第9話 チャラチャライケメン 副長ルーカ=ファルコ
第一章
九 チャラチャライケメン 副長ルーカ=ファルコ
「おいルーカ、これはどういう事だ? 説明次第では叩き切るぞ」
繁華街と住宅地の境界に位置する、そこそこなグレードの宿屋の一室。
金髪碧眼の超絶イケメン、ルーカに組み敷かれる、これまた美少女姫のオレ……と言うか、この国のお姫様、ヴィオーラ。
そしてそんな状況の部屋に入ってきてしまった、姫の婚約者候補、こちらもイケメンの帝国騎士団長、ロッソ。
う~ん、この部屋の外見偏差値ヤバいな。
状況は修羅場だけど、外見はキラッキラだよ。
って、やっぱり修羅場だよね。
うん、知ってる。
「うわっ、ロッソ! ストップ、ストーップ! 落ち着いってってば」
「ほほう。婚約者を押し倒されていて、どうやって落ち着けと?」
「今までも結構あったじゃん、あはは」
「ガキの頃の話だろ。やはり叩き切る」
おいおいおい、腰の剣に手を掛けちゃってるけど、騎士団長ってきっとかなり強いんだよ
な?
こんな狭い部屋で剣なんか出したら、マジで無事では済まないぞ。
ヤバいって。
「もうロッソってば。乗り気じゃ無かった割には、結構この娘の事が気に入っているんだね」
血の気が引いてしまっているオレとは裏腹に、ルーカはロッソの殺気を微笑でやり過ごすと、身体を起こし、オレのことを軽々とベッドの脇に座らせる。
彼自身は立ち上がるとライティングディスクに付いている木の椅子へ腰掛けた。
そして、ロッソにベッドへ座るように促す。
「…………」
「…………」
きっ、気まずい。
剣からは手を離したが、何かロッソはムスッとしているし、全然座ろうとしないし。
こっちから何か話した方が良いのか?
でも、一体何から話せば良いんだよ……。
「ぷっ」
沈黙を破ったのはルーカだった。
「ルーカ、笑うのが早すぎるぞ。もう少し怖がらせようと思っていたのに」
そう言うロッソも笑いを堪えたような表情を浮かべている。
「え? 何なんだよ!?」
全然状況が飲み込めない。
「国外でやることじゃないが、ちょっとキツメの家出少女の保護ってところだろう?」
ロッソがルーカに目を向ける。
視線を向けられたルーカはニヤッとしながら悪びれる風も無い。
「だってぇ、いくら辺境とは言え、こんなに可愛い女の子が夜の繁華街に突っ立っていたら一瞬で攫われちゃうでしょ? 実際、僕が声かけたとき、もう危なかったもん。あっ、でもお姫様だとは気付かなかったよ。似てるなぁって思ったけど、夕方見たときはロッソの肩越しだったり、遠目で人に囲まれていてよく見えなかったからね」
「確かに繁華街に姫が居るとは思わない。まぁ、見つけたのがお前でまだマシだったな。それにしても本当の事とは言え、その国の姫を前にして辺境とか言うな。失礼だろうが」
いやいや、お前も相当失礼だ。
「って言うか、保護ってどういう事だ?」
このまま放っておくと、どんどん話しについて行けなくなる。
状況は分からないが、会話に参加しておかないと。
会話に入ってきたオレをロッソが少し驚いたように見ると、ドカッとベッドに腰を下ろした。
マットレスがロッソの方へ沈む。
「言葉の通りだ。お前みたいに何にも分かっていないような小娘がたまに夜の街をうろついていると、大体悲惨な結果になる。それで、そこの軽い男がナンパを仕掛けて、ちょっとビビらせて反省させてから家に帰しているんだ。まぁ、よその国でやることでは無いがな」
「軽い男って、自分の右腕に向かって失礼だよ~」
「こんなのが俺の右腕とは……、帝国も人材不足だな」
「あはは~。騎士の鏡でしょ?」
「え? じゃあ、ルーカはオレ……じゃなかった私に何かするつもりは無かったの?」
「そうだねぇ。僕って年上好きなんだよね。どこかの誰かさんと違って、いくら可愛くてもお子様相手には燃えないなぁ」
「ヒトをロリコンみたいに言うな!」
ああ、お子様ってオレのことか?
十六歳ってそんなに子供なのか?
確かにこのお姫様は童顔だけど、大人から見るとまだまだ子供って事なのかな?
高校生になってからはすっかり大人のつもりで居たんだけど。
お姫様だけじゃ無くて、オレ自身も同い年だし少しモヤモヤしてしまった。
そんな気持ちでルーカを見ると、キラキライケメンスマイルをこちらへ向けてきた。
その雑誌の表紙も余裕で飾れそうな笑顔を見て、ふと疑問が湧き上がる。
「それじゃあ、もし家出少女をビビらせたときに相手が乗り気になっちゃったら?」
「ん?」
オレの質問にルーカが目を丸くする。
「いや、だから、私は乗り気にならなかったけど、中には居るでしょ? ルーカくらい格好よければ良いかなぁって思っちゃう女の子が」
「ああ……。あんまり子供なら勿論丁重にお断りするよ」
「そこまで子供じゃ無い年頃だったら?」
「そこはほら」
「ほら?」
「あはは~」
あっ、こいつ、マジで女好きだな。
オレだって、女の子大好きだし分かるけどね。
相手も乗り気になって年齢制限もクリアしていたら、そりゃあGOですよ。
嗚呼、オレもGOしてみたかったなぁ。
元々はこんなにはイケメンじゃ無いけど、それでも、もっとガツガツ行けばワンチャンくらいあったんじゃないかなぁ?
思わず遠い目をしていると、ロッソがオレの腕をぐいっと引いて自分の側へ移動させた。
「うわぁ、ロッソに警戒されちゃったじゃ無いか~。大丈夫だって、手は出してないよ? ね? ヴィヴォアンちゃん……じゃなくて、ヴィオちゃん」
指噛みと腕チューをした上、ベッドに押し倒したのが手を出したうちに入らないのだったら、きっとそうなのだろうな。
何かそれを言ってしまうとロッソが怒りそうなので、言えないが。
いや、オレは何をこいつに気を遣っているんだ?
婚約者候補だからか?
いやいやいや、怒らせると色々面倒そうだからだ。
そう。
引き寄せてきた腕の強さにビックリして、もしかして本当に心配してくれたのかなぁなんて思って気を遣ったわけでは無いぞ。
決して。
「ええ、まぁ。手は出されていないような気もします」
「うわっ、曖昧な返事だよ。ヴィオちゃん!」
「まぁ、手を出していないなら良い。それより、一国の姫を気安くちゃん付けで呼ぶんじゃ無い」
「え~、ちゃんと公式の場ではキチンと出来るタイプだよ、僕。それにもう仲良しだもんね、ヴィオちゃん」
「ルーカの仲良しの基準と私の基準は違う気がするけど……」
「可愛い顔して結構辛辣だねぇ~」
「ちょっと待て!」
軽口を叩き合うルーカとオレの様子を見て、ロッソが険しい顔になる。
「なっ、何だよ?」
「ヴィオ、お前、ルーカは名前で呼んでいるのか?」
「そりゃあ、名前教えて貰ったし。っつーか、名前しか知らないし」
「ああ、そっか。ちゃんと名乗り忘れていたね」
そう言うと、ルーカは椅子から立ち上がり、ふわっとオレの前に跪(ひざまず)く。
そして、オレの小さな手を掌に乗せる。
「改めまして。お初にお目にかかります。アメジスト王国第五王女ヴィオーラ=オリジネ=アメジスト姫。ガラッシア帝国第一騎士団副長ルーカ=ファルコと申します。以後どうぞお見知りおきを」
指先に軽く口づけ。
どっか誰かさんとほぼ同じ台詞だけど、壁ドンして腕を固めながらの状況と違ってまるで絵本の一場面みたいな正当派な挨拶。
女子だったらこんな挨拶されたら大喜びだよなぁ……。
なんて思いながら、思わずドキッとしてしまう。
「ってか、ルーカが副長なの? 大丈夫? 第一騎士団?」
つい、口から本音が漏れてしまった。
「帝国の第一騎士団ともあろうものが、辺境……隣国のお姫様に心配されちゃったよ。困ったもんだね」
ルーカがクスッと笑い立ち上がる。
何か隣国って言い直したけど、よっぽどこのアメジスト王国って辺境なのか?
要は田舎って事だろ?
まぁ、城は結構豪華だけど、繁華街とかそんなに大きくなかったし、所謂都会だとは思わなかったけど。
成程、ちょっとした疑問が一つ解けたな。
――どうして一国の姫がよその国の騎士団長と婚約(仮)をする事になったのか。
騎士団って言うんだから、ロッソも貴族ではあるんだろうけど、それにしても王族のヴィオーラ姫とは立場が違いすぎる。
それを埋めるのが、国力の差なんだろう。
ルーカの話しぶりからして帝国は大国、で、アメジスト王国は辺境の小国なのだろう。
まぁ、この若さで騎士団長を務めているんだから、将来はもっと出世するからそういうのを見越しているのか?
と言うか、ロッソやルーカって何歳くらいなんだろう?
見た感じとオレに対する言動から年上なのは間違いないけど、まだ全然若者って感じだし。
「辺境の姫が余計な心配をしてしまい、失礼しました。そう言えば、ルーカやレオーネ様は何歳くらいなの?」
「俺はファーストネームじゃないのか?」
ロッソが不機嫌そうに呟く。
「え?」
「あはは。ロッソ、ヤキモチ?」
「……叩き切るぞ」
ルーカがやれやれと肩をすくめて、目配せしてくる。
「ああ、え? 名前で呼んで良いのか? 夕食の時、兄貴達の前で名前呼びしたら、ちょっと面倒なことになったから、気をつけてたんだけど」
「それはそうだろう。だが、俺たちしかいないなら、何と呼ぼうが構わん。ヴィオーラ」
少し低めだけど良く通る声。
みんなヴィオと短縮名で呼ぶのに、急に長い名前で呼ばれて驚いてしまう。
驚いて隣に座るロッソへ顔を向けると、向こうもこっちをマジマジと見つめていた。
うぐっ。
意志の強そうな暗紅色の瞳。
髪は黒っぽいが光の当たっているところは深緋に見える。
おとぎ話的な美形のルーカとはまた違い、力強さを感じる整った顔立ち。
特にその意志の強そうな暗紅色の瞳に見つめられると、よく分からないけど、吸い込まれそうな感覚になる。
オレもこういう感じの男に転生したかったよ、マジで。
「二十一だ。俺もルーカも」
急に先ほどの質問に答えられて、一瞬頭が追いつかなくなってしまった。
「二十一歳? 私と五歳しか違わないじゃん! 子供扱いするからもっと上かと思ったよ」
「五歳しか……って、結構違うと思うけどな」
「だって、どっちも誕生日前だとして高二と大四だろ? あれ? やっぱり結構違うか」
教育実習生くらいって事だもんな。
そういや、去年来た教育実習生で綺麗なお姉様が何人か居たなぁ。
うちの高校に赴任して欲しかったなぁ……。
「コウニとダンヨンとは何だ?」
「しまった。なっ何でも無い。一種の方言みたいなもんだから、気にしないでくれ」
「そうか。一通り勉強してから来たつもりだったが、まだまだ分からないことがあるものだな。ん? 右頬、怪我をしているじゃ無いか?」
「怪我? ああ、木から下りるときに擦りむいちゃったかも。でも全然痛くないし大したこと……」
「ルーカ、受付で薬を貰ってきてくれ」
「オッケー」
ルーカが素早く椅子から立ち上がりドアノブへ手を掛ける。
「気を利かせて小一時間くらい席を外した方が良い?」
「「いらん!」」
「うわぁ、息ぴったり。怖いなぁ。じゃあ、どうぞごゆっくり~」
パタンとドアが閉まると、部屋にはロッソとオレだけになってしまった。
ルーカのふざけた軽口が無くなった途端、部屋は無音になる。
沈黙を先に破ったのはロッソだった。
「お前がずっと横顔しか見せないから、怪我しているのに気付かなかったじゃ無いか。良く見せてみろ」
「いや、本当に全然痛くないし」
「良いから見せろ」
大きな手で顎を掴まれ、そのまま強引にロッソの方へ顔を向けられる。
「ひゃっ」
勢い余ってロッソの胸の中に飛び込む形になってしまう。
見た目は決して筋骨隆々と言うほどゴツくは無いが、かなり鍛えているのだろう。
姫の身体とは比べものにならないほど堅い。
悲しいことに元々のオレの身体とも比べものにならない。
はぁぁ。
これでもちょっとは筋トレとかしてたんだけどな。
まぁ、元の身体でもあんまり筋肉が付きやすい体質じゃ無かったけどさ。
と言うか。
ベッドの上で婚約者候補の一人に抱きしめられてしまっているこの状況、何気にヤバくない?
マジでルーカ、速攻で戻ってきてくれよ!
天にも祈る気持ちだが、部屋を出る際のルーカのにやけ顔を思い浮かべると、期待薄を確信して、軽く絶望に襲われる。
どうして男の時にモテなかったんだよ~!!!
せめて十分の一で良いから~!!!
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