第8話 但しイケメンに……限らん!

第一章


八 但しイケメンに……限らん!




「ルーカ様ぁ、今日はわたし達のお店に来てくださるんでしょう?」


 タチの悪いナンパ三人組が超イケメンにのされて逃げていくと、近くで見ていた女の子達が甘い声を掛けてきた。


 昼間、ロッソと面会したときにオレが着ていた正当派なドレスとは違い、露出度の高いナイトドレスを身に纏う女性達。

 サテンのような生地で、髪はアップ。

 派手めな化粧から、夜のお店へのお誘いなんだろう。

 

 まぁ、オレは行ったこと無いけどさ。

 元々高校生だしね。

 っつーか、大人になっても行かなさそうだけど。

 何喋ったら良いのか分かんないし。

 と言うか、お姫様に転生している現状でキャバクラデビューもへったくれも無いな。


「ごめんごめん。今日はちょっと用事が出来ちゃったから、この埋め合わせは今度するから、ね?」


 「ね?」のタイミングで完璧なウィンク。


「「「きゃー! ルーカ様ぁ!!」」」


 バタンバタン。

 イケメンウィンクに失神する女性陣。

 それをどこからともなく現れて回収する黒服達。


 え?

 夜の街ってこんな感じなの?

 受験生の時とか塾の帰りに繁華街を通ったりしたけど、こんなだったかな?

 あんまり飲み屋とか多いところは歩かなかったから、分からないだけなのか?


「じゃ、行こうか」


 状況について行けず、女性陣が黒服に回収されているところをぼんやり眺めていると、ルーカ様ぁと騒がれていた超イケメンに、ふわっと頭にスカーフを掛けられる。


「え?」


 気付いたら肩に腕を回されていた。

 素早すぎる。


「夜だから分かりづらいけど、それでもその髪は目立つでしょ? 『紫の申し子アメジスト・レイン』のお嬢さん」


「さっきの奴も言ってたけど、何なんだ? 『紫の申し子アメジスト・レイン』って?」


「ん? 君、国外の出身なの? でも、『紫の申し子アメジスト・レイン』だからそれは無いか……」


 ルーカはほんの少し困ったような表情を浮かべたが、直ぐに軽い笑顔に戻る。


「まっ、良いか。このままじゃ、また目立っちゃいそうだし、取り敢えず移動しよう。」


 そう言うと、慣れた足取りで繁華街をずんずんと歩き始めた。

 一応、知らない人に付いていってはいけないという危機感はあるのだが、肩に回された腕は全然外れ無いし、ナンパ三人組を倒してくれたんだから、まぁまぁ信用できるだろうと言うことで、一先ず付いていくことにした。


 何かヤバそうだったら、とにかく叫ぼう、うん。



◆◇◆



「ほら、入って入って」


 通されたのは、結構しっかりした作りの宿屋の一室だった。


 板張りの六畳ほどの室内はセミダブルのベッドに、ライティングディスクと明かりが一つ。

 奥には小さなクローゼットがある。

 簡素だが質の良いものが揃っているし、板張りの床も歩いて軋むと言うことは無い。

 そこそこのグレードの宿屋なのだろう。


「本当はソファーにでも座って貰いたいところなんだけど、この通り小さな部屋だからさ、ここに座っちゃって良いよ」


 勧められたのはセミダブルベッド。

 立ったままなのも落ち着かないし、端っこにちょこんと腰掛ける。

 思ったより堅いマットレスのようだ。

 

 座る場所はまだ広く残っているのに、ルーカはピタッと隣に腰掛けてきた。


「ちっ、近い」


「あはは、狭いからね。僕はルーカ。この国には旅行で来ているんだ。君は?」


 スペースは大分空いてるだろうって思ったけど、名前を聞かれ咄嗟に口が動いてしまう。


「え? ヴィ……」


「ヴィ?」


 いやいや、流石にお姫様の名前は名乗っちゃダメだよな。

 でも、ヴィって言っちゃったし、ヴィから始まる何か丁度良い名前は……。


「ヴィっ、ヴィヴィアンです」


「ヴィヴィアン、ちょっと変わっているけど可愛い名前だね」


 セーフ。

 でも、ちょっと変わった名前なのか。

 この世界の名前の法則もよく分かんないし、まぁ仕方ないだろう。


「あれ? ヴィヴィアンちゃんって手が凄く小さいんだね」


「……そうかな?」


 確かにお姫様の手は元々のオレの手よりは大分小さい。

 それにシュッとしていて、とても白い。

 桜貝のような可憐な爪にはよく見ると薄紅色のマニキュアが塗られている。


「小さいよ。ほら、手貸して」


「あっ」


 眺めていた手をルーカに取られ、掌を重ねられる。


「ね? 全然違う」


 重ねられた掌はルーカの言うとおり全然大きさが違った。

 ルーカの手もどちらかと言うとシュッとしているけど、それでもやはり男性のもので骨張っている。

 それにとても大きい。

 元々のオレの掌と比べたって結構違うと思うけど、小柄なお姫様と比べると差は歴然。

 掌の部分だけで、お姫様の指先まで握ってしまえそうだ。


「手が冷たくなってる。冷えちゃったかな?」


 手を温めるようにゆっくりと指を絡めて握られてしまう。

 なんと言うか、これは俗に言うカップル繋ぎなのではないか?

 

 そうか、モテるにはこういう強引さも必要なんだな。

 何か分からんがいつの間にか手を繋いでしまっているではないか。

 これがナンパテクなのか?

 って、そもそも但しイケメンに限るって奴なのか?

 

 まぁ、オレに対してはイケメンでもアウトなんだよ!

 何なんだよ!?

 これ、イチャラブ五秒前じゃねぇか!

 取り敢えずこの雰囲気を打破しなければ。


「あっ、あのっ」


「温めてあげるよ」


 ルーカはそう言うと握った手をそのまま口元へ運び優しく温かい息をかけてきた。

 驚いてストール越しにルーカの顔をマジマジと見つめる。


 睫毛なげ~。何かの彫刻とか絵画から飛び出してきたみたいだ。


 金髪の人は当然睫毛も金髪なんだな。

 バッサバサでマッチ棒も余裕で乗りそうな伏し目がちな睫毛の下には、艶っぽい翡翠色の瞳が光る。

 ランプで暖色に柔らかく照らされた室内に響く手を温める息の音。

 不覚にも大きく鼓動を鳴らしてしまった。

 

 ちっ、違うんだ!

 これは、そのアレだ。

 あんまりにも相手が美形だと男だろうが女だろうがちょっと緊張しちゃうだろ?

 そう言うアレだ。


 流石に恥ずかしすぎるし、手を引っ込めようとすると――


「ひゃっ」


――野郎、急に指を甘噛みしてきやがった。


 ってか、オレも「ひゃっ」じゃねぇよ!

 もっとまともな声は出ないのかよ?

 しかも、このお姫様の声だと余計に可愛く聞こえてしまって非常にタチが悪い。


「可愛い」


 熱っぽく呟かれる。

 だろうな!

 ほんと、このお姫様、超絶可愛いんだよ!

 端から見たら美男美女のイチャラブに見えるかも知れないけど、姫様の中身、ふっつーの男子高校生だからな!

 本当は全然絵にならないからな!


 あっ、でもクラスの女子たちでそういうのも尊いとか聞いたことあるけど……まぁ気にしないでおこう。

 趣味は人それぞれだけど、オレはそう言うんじゃ無いんで。

 一つよろしくだよ!

 マジで!


 っつーか、いつの間にか指先の甘噛みが腕まで登ってきて口づけられてるんだけど!


「やっ……」


 腕の内側の柔らかい部分に唇を這わされて思わず声が漏れる。

 今までの人生でこう言うことから縁遠すぎて、頭ではツッコミのオンパレードなんだけど、身体が全然追いつかない。


「ヴィヴィアンちゃん、凄く可愛いのに、ビックリするくらい自分の可愛さに無防備なんだね」


「え?」


 ルーカはクスッと笑うと膝の内側を一撫でし、腰に左手を移動させる。

 そしてそのままコロンとベッドに倒されてしまう。

 その拍子に頭に掛けられていたスカーフがハラリと床に落ちた。

 

 もしや、これは押し倒されているのか?


 目の前には恐ろしく整ったルーカの顔。

 どんどん近づいて、唇が触れるか触れないかの距離で、優しく囁かれる。


「大丈夫、怖がらないで。『紫の申し子アメジスト・レイン』のお嬢さん」


「あっ! そうだ! その『紫の申し子アメジスト・レイン』って何なんだ?」


 聞きたかったことを思い出し、この艶めかしい雰囲気に反して、凄く普通の声を出してしまった。


「……うわっ、良い雰囲気台無しだよ」


「元々良い雰囲気なんかじゃ無い」


「そうなの? 普通、男の部屋に入ってベッドに座ったらOKだと思うけど」


「そりゃあ……そうかも知れないけど、オレ……じゃなかった、私は違うの」


「はは。君って本当に可愛らしいんだね」


「そういうのはいいから。『紫の申し子アメジスト・レイン』の事、教えてくれないか」


 相変わらず押し倒された姿勢のままなのは気になるが、まず聞きたいことを聞いてしまおう。

 何か無理矢理は襲ってこないし、そこまでヤバい奴じゃ無いだろう、多分。


「僕も国外から来てるだけだから、一般的な知識しか無いけど」


「それでも良いから」


 オレなんか国外どころか異世界から来てるんだから、ほんとアウェーも良いところだよ。


「『紫の申し子アメジスト・レイン』って言うのは、君みたいな紫色の髪の毛を持つ人のことを言うんだよ。それか紫色の瞳でも良いんだけど。これが凄く珍しくて、この国でしか見られない特徴なんだよ」


 何かさり気なくオレの髪を指に絡め始めたが、突っ込むとまた変な雰囲気になっちゃいそうだし、スルーしよう。


「色んな色の髪とか目があるのに、紫だけ珍しいのか?」


「そうだね。まず国名がアメジスト(紫水晶)王国って言うだけあって、紫には特別な思い入れがあるだろうしね。それにしても、『紫の申し子アメジスト・レイン』自体が珍しいんだけど、こんなに綺麗な紫色は初めて見るなぁ」


 確かに、第四、第五王妃や子供たちも何名か紫色ではあったが、いずれも赤紫や青紫で、一番普通の紫色なのはヴィオだった。


「そういうものなのか……」


「そうそう、それにこの国のお姫様で一人、髪も瞳も紫色。『紫の申し子アメジスト・レイン』の中でも特別な『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』って言われていて、それはもう縁起が良いって言われてるんだって。どうやら凄い美人らしいんだけど、もしかしたら君の方が可愛い――ん?」


 ルーカが形の良い瞳を見開いてオレの瞳を覗き込む。


「あれ? え? 君、まさか……」


「あはは……」


 乾いた笑いが部屋に響く。


 その時、ドアの向こうから大きな足音が聞こえてきた。

 ノックが聞こえ、部屋の主の返事を待たずに開け放たれる。


「おい、ルーカ。明日のことなんだが……」


 不躾に部屋へ入ってきたのは……


「げっ! アンタ……」


 元々、こいつに話を聞くために城まで脱走したので、会いたい奴ではあったのだが、他の男に押し倒された情けない状況では会いたくなかった男。


 婚約者候補の一人であり、オレにキスや色々してくれちゃった、ロッソだった。

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