第7話 お転婆姫、夜の散歩にて金髪イケメンと出会う
第一章
七 お転婆姫、夜の散歩にて金髪イケメンと出会う
「さてと、じゃあオレはまだ少しやることがあるから、鏡はそろそろ布をかけるな」
姫が頷くのを確認して、鏡に布をかける。
テーブルに置かれた紅茶はすっかり冷めていたが、残りを飲み、透明な呼び鈴に手を伸ばす。
近くで見ると硝子では無く、
呼び鈴を振ると澄んだ音が部屋に響く。
程なくして扉がノックされ、エミリィちゃんが入ってきた。
「ヴィオ様、お休みの支度でしょうか?」
「いや、ちょっと質問があるんだけど」
「質問……ですか?」
すっかり寝間着への着替えだと思っていたのだろう。
エミリィちゃんは少し驚いたような表情を向けてきた。
「今日会った、レオーネ様に出来るだけ早くまた会いたいんだけど、使者とか出して貰える?」
「無理です」
今度はこちらが驚く番らしい。
一秒も間を空けずに断られてしまった。
「手紙でも良いんだけど」
「それも無理です」
妥協してもダメらしい。
何なんだ?
わざわざあのエロ騎士の名前に様まで付けたというのに。
「無理の理由を聞いてもいいかな?」
「ヴィオ様自ら外部と連絡を取る事は、許可されておりません」
「じゃあ、今度レオーネ様が来るのはいつ?」
「分かりかねます。今日の非公式会談も、あちら側が強引に申し込んできたものだという話は小耳に挟んでおりますが、他の婚約者候補との兼ね合いもあるでしょうし、直ぐにというわけには行かないと思います」
姫が望んでいるのに使者や手紙も出せないなんて、この国はどうなっているんだ?
しかも、検討する素振りも無く、お付きのメイドにシャットアウトされるなんて。
箱入りにも程があるだろう。
明らかに苛立つオレの瞳をエミリィちゃんが不安そうに覗き込む。
「ヴィオ様?」
「何だよ?」
「レオーネ様がお気に召したのですか?」
「なっ!? どうしてそうなるんだよ!?」
「とても会いたがっているように見受けられましたので……」
「あのなぁ、エミリィが思っているようなアレじゃ無いからな?」
「アレ……でございますか?」
「あ~、もう良いから。下がって」
「寝間着へのお召し替えは如何されますか?」
「自分で着替えるから、そこの椅子へ乗せておいてくれ」
「ですか……」
「エミリィ」
決して怒鳴るわけでは無いが、有無言わせないように、強く名前を呼ぶ。
オレの声色を汲んだのか、エミリィは無駄の無い動きで寝間着を用意し、一礼して退出した。
ちょっと怖がらせてしまっていたら申し訳ないが、壁に掛かった時計は十時過ぎを示している。
「仕方ない。呼んでくれないなら、こっちから行きますか」
軽く柔軟をして、部屋の窓に手を掛ける。
レースのカーテン越しに木の枝が伸びていたのが見えたのだ。
子供の頃は校庭の木とか登ったこともあるし、二階程度の高さから下るなら大丈夫だろう。
万が一落ちても大した怪我にはならなそうだし。
それに、このお姫様、胸以外は身軽そうだし。
窓から木を確認すると、上手く城壁の上に足が付けば、そこから城外の木に移って城壁の外まで下りられそうだ。
こんな木が放置されているんだから、姫自体が城を抜け出す心配もされていないし、逆に族とかに入り込まれる心配もしていない。
国自体が結構平和なんだろうな。
「一応、最低限の工作くらいはしておくか」
椅子の上に用意された寝間着を手に取ると、クッションや枕をその中に詰め込み、ベッドへと寝かせ、布団を掛ける。
よしよし、一見、頭まで潜って見える。
天蓋のレースを下ろせば眠っているように見えるだろう。
簡単な工作が終わったところで、改めて窓から外を眺める。
外を眺めて始めて気付いたが、城は高台にあったので、窓からも城下町の様子が見えた。
街と外の境界であろう塀がかすかにだけど遠くに見えることからも、決して大きな街では無さそうだ。
と言っても、城は高台だし、街中にはあまり背の高い建物が無いので、見通しが良いだけかも知れない。
城からは真っ直ぐレンガで舗装された一本道が城下町へと続いている。
その向こうの城下町自体は夜で暗い上、結構距離があるので、建物のデザインとか細かいところは確認できないけど、遠目からは中世ヨーロッパ風に見える。
明かりの様子からして、所謂繁華街自体はそんなに広く無さそうだ。
恐らくエロ騎士は宿屋に居るだろう。
こっちの世界の基準は分からないから、取り敢えず元の世界の基準に沿って宿屋がありそうな繁華街か住宅街との境目当たりで探してみよう。
「ありゃ、そこそこ見回りは居るんだな」
遠くは確認したので、今度は直ぐ側の城壁付近を確認する。
城の正門は姫の部屋からは遠いし、兵士が何名も立っていて、近づかない方が良さそうだ。
とは言え、城下町への一本道は当然、正門から続いている。
城の周りの森を少し通って、一本道の近くへ回るようにしよう。
城の庭や城壁の周りにも見張りは居る。
けれど、数も少なく、緊張感の無い様子からも、見張りが姫の部屋付近から離れた隙を突けば問題無さそうだ。
数分間、城の庭を警備する兵士達をやり過ごし、窓に手を掛ける。
外へ身体を出すと塩を含んだ風が頬を撫でた。
「潮風なのか?」
風の吹いた方へ目を向けるが、城自体が影になり、海があるのかは確認できなかった。
でも、夕食の魚も美味しかったし、きっと近くに海があるのだろう。
脱出に利用しようと木の枝を掴むと、予想よりも軋んだが、姫がかなり身軽だったので、どうにか身体を預けることが出来た。
「痛っ」
途中、木の枝で小さく擦りむくが、大したことは無い。
って、それは男の感覚なのかな?
お姫様の傷一つ無い真っ白な肌に擦り傷を付けてしまったのは、ちょっと申し訳ないな。
でも、このまま部屋に居たって何にも進展しないし、ここはちょっと擦りむいても頑張るところだろう。
「よっと」
どうにか、城壁の上に下りる。
城壁の上なんて目立つから、勿論直ぐに移動して、今度は城壁から別の木に飛び移る。
「うわっ!」
一瞬、次の枝に捕まり損ねたかと思い、声を上げてしまった。
しまったな。
どうにか掴んだ枝を登り、木の中に身を隠し様子をうかがう。
幸い、潮風の音でオレの声は響かなかったようだ。
誰も来ないことを確認して、城から見えない方の幹をするするっと下りて、やっとこの世界に転生して初めて地面に足を付けた。
城から城下町へ続く一本道を通りたいのはやまやまだけど、目立たないように、道から僅かに外れた林の中を駆け下りる。
さっき、木を下りたときも思ったが、このお姫様、超箱入りの割に普通に筋肉があって助かる。
もしかして、筋力とかはある程度元々のオレ自身から引き継いでいるのか?
そうこう考えているうちに城下町の繁華街に辿り着いた。
木の陰を出て町中を歩くことにする。
人通りも結構あるし、堂々としていた方が目立たないだろうと思ったが――
「おいおい、すっげー上物じゃねぇか」
やはり、このお姫様は可愛すぎるのか、速攻で品の無さそうな三人組の男達に声を掛けられてしまった。
けれど、オレがお姫様だと言うことには気付いて無さそうだ。
あまり顔は知られていないのかな?
「夜だから一瞬分からなかったけど、こいつ『
「マジかよ? そんな娘が街で客待ちなんかするか?」
「え? アメジスト……?」
聞き慣れない言葉に戸惑っていると、急に手首を掴まれる。
「まぁ、何でも良いさ。俺等の馴染みの店があっちにあるからよ、行こうぜ」
「え?」
「可愛がってやるからさ、ガハハハハ」
「やっ、止めろ。離せ」
キッと睨み付けたが、男達の興味を煽っただけだった。
「なんだ、声も可愛いな。どんな声で鳴くか楽しみだ」
手首は全然離せない。
これはこのまま連れて行かれたら絶対にアウトなアレだろう。
キスどころの話じゃ無い。
明らかな身の危険に、身体が震える。
でも、怖がっている場合じゃ無い。
考えないと。
必死に冷静になろうとしていたその時、急に手首の拘束が解かれる。
「ぐはっ」
オレの手首を掴んでいた男が道ばたに突っ伏したのだ。
突然現れた金髪の男に
「君、大丈夫?」
こちらを見るために振り返った金髪は、超イケメンだった。
黄金色の髪に、少し垂れ気味な翡翠色の瞳。
身長は185cmくらいだろうか。
こんなのが学校に居たら、バレンタインはマジで大変だろう。
そんなイケメンがオレの顔を見て微笑む。
「あれ君、すっごい可愛いね」
「ナンパなら間に合っています」
「つれない態度、良いね!」
満面のイケメンスマイル。
何だこれ?
新しいフラグなのか?
嫌な予感しかしないんだけど。
城を抜け出して小一時間。
早くも後悔しそうである。
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