第6話 姫とヴィオ

第一章


六 姫とヴィオ




「ちょっと、ヴィオ様! 本当にどうしてしまったのですか!?」


 バカ天使アンジーの連絡不備に腹が立ち、壁を殴りつけ始めたオレの首根っこをエミリィちゃんが慌てて掴む。


「え? エミリィ?」


「とにかくお部屋に戻りますよ!」


「ぎゃー! 苦し~!」


「お姫様がそんな聞き苦しい悲鳴を上げるものではありませんよ」


「首根っこ掴まれたら、こんな悲鳴になるだろ!」


「まず、首根っこを掴まれるようなことをなさらないように」


「うぅ、くるひぃ……」


 そのままズルズルっと自室まで引きずられていった。

 この方が目立つ気もするけど、首が苦しくて突っ込む気も起こらなかった。

 

 しかし、エミリィちゃんは意外と力強いんだな。

 やっぱり、姫付のメイドだと武闘とか嗜んでいるのかな?


――バタン


 部屋に入ると、エミリィちゃんは素早く扉を閉めた。

 オレも首根っこを掴まれて引きずられている間に少し冷静になることは出来た。


 とにかく、本物のヴィオーラ姫がどうして何もかも嫌になってしまったのか、ちゃんと洗い出して、それを解決して、姫には再び生きる希望を持って貰う必要がある。

 まず、姫と話をしよう。


「ゲホゲホ……」


「ヴィオ様、大変失礼いたしました。しかし、あまりいつもと違うと周りから余計な心配をされます故……」


「分かってるよ。ちょっと苦しかったけど、大丈夫だから。やっぱり、記憶が混濁していて、色々心配かけてしまって悪い」


 頭を下げようとすると、エミリィちゃんが慌てて押しとどめる。


「いえ、確かに急にお人が変わられたようになられましたが、初めて頼って頂けて嬉しゅうございました」


 頬を赤らめてそう言ってくれる。

 かっ、可愛い!

 あ~、何で今オレは姫なんだろう。

 王子だったら、いや王子じゃ無くてもせめて元のオレ自身だったら抱きしめちゃうよ。

 

 でも、今はオレの方が全然小柄なお姫様だしな~。

 抱きしめても様にならない。

 エミリィちゃんに抱きしめられるなら、なかなか絵になる気がするんだよなぁ。

 

 スレンダー美少女と正統派美少女の抱擁。

 うわっ、マジで絵になるって。

 写メして~。

 何で異世界に携帯持ち込み不可なんだよ。

 最近は持ち込みオッケーな異世界も色々あるって言うのに。

 

 せめてお姫様らしく、にっこり微笑む。

 ああ、このお姫様の微笑みも直に見たいものだ。

 絶対に超可愛いよなぁ。


「ありがとうエミリィ、それじゃあ早いけど休むことにするよ」


「ヴィオ様……。あっ、お休みでしたらお召し替えを……」


「いや、少し読書とかしてから寝るから、眠くなったら自分で着替えるよ。あのクローゼットのどの辺にあるか教えてくれれば良いから」


「何を仰いますか。そちらの呼び鈴を鳴らして頂ければどこに居ても直ぐに参りますから」


 エミリィちゃんはそう言うと、小さなテーブルに目を向けた。


 そちらに視線を動かすと、テーブルの上には硝子か水晶クリスタルで作られたであろう、透明な呼び鈴が置かれていた。

 素材が透明だったこともあり、さっきは気付かなかったが、遠目でも細かな装飾が施された品物だと分かる。

 しかも、鳴らしたらどこに居ても直ぐに来てくれるって事は、きっと魔法道具マジックアイテムなんだろうな。

 

 と言うことは、エミリィちゃんはこの呼び鈴を受信するアイテムを持っているはずだよな。

 何つーか、もうちょっと頑張れば携帯電話に行き着くんじゃね?

 そんな単純な話じゃ無いのかな?

 あっ、そういや、いつもやってるゲームのログボ貰ってなかったな。


 オレが考え事を始めると、エミリィちゃんは慣れた手つきで紅茶を淹れ、いつの間にか部屋から退出してしまっていた。

 オレの考え事を邪魔しないように気を遣ってくれたんだろう。

 元の世界でやっていた携帯ゲームの事を思い出していたなんてちょっと申し訳ないな。

 

 でも、最近無料ガチャでも良いのが引けなくなっていたし、引退の時期だったのかな。

 まさか転生して引退するとは思わなかったけど。



「さてと」


 折角だし、エミリィちゃんが淹れてくれた紅茶を温かいうちに一口飲む。

 普段は基本、家では麦茶かアイスコーヒーだから紅茶ってあまり馴染みが無いんだけど、こうして飲んでみると結構美味いな。

 きっと良い茶葉を使っているし、エミリィちゃんがちゃんと淹れているからなんだろうけど。


 喉が潤ったところで紅茶をソーサーに置き、本物のヴィオーラ姫が居る鏡台の鏡にかかった布を外す。


「よう、お姫様」


『あっ……』


 鏡の中のお姫様は先ほどと変わらずうずくまっている。

 オレを確認する際に一瞬目が合うが、あっという間に逸らされてしまう。


「なぁ、自分の身体に男のオレが入っているのは嫌だろうけど、そんな露骨に目を逸らされると流石に傷つくんだけど」


『……もっ、申し訳ありません……。決して貴方が嫌とかでは無いのです。ただ……』


「ただ?」


 余程喋り慣れていないのだろう。

 次の言葉まで時間がかかる。

 でも、何か喋ろうとしているし、根気よく待つことにする。


『元々、誰かと接する事がとても苦手で……不快にさせてしまったのなら、お詫び申し上げます』


「いやいや、そんな大げさな。オッケー、相当な照れ屋さんなんだな」


『……照れ屋とかそう言う事では無く……』


「ん?」


『……あっ、いえ……』


「何だよ? 言いかけて止めるなって」


『ひぃっ、ごっ、ごめんなさい』


 あちゃー。

 こりゃあ、色々大変そうだな。

 思わず紫苑色の艶やかな髪ごと頭をポリポリと掻く。


「怒ってねぇよ。何でそんなにビビってるんだ?」


『……男の方に決まり文句以外を言うように求められた事が無いので……』


「はぁ? 何だそれ?」


『ごっ、ごめんなさい』


「怒ってない」


『今、ちょっと怒っていましたよね?』


 思わぬ返答に一瞬口ごもる。

 何か初めてお姫様がほんの少し心を開いてくれたような気がして、思わずにやけてしまう。


「決まり文句以外を言わないように育てられた割に突っ込むじゃねぇか」


『…………』


「黙るな~」


『ごめんなさい』


「あと、必要以上に謝るなよ。オレたち、運命共同体なんだからさ」


 その言葉を聞くと、お姫様が顔を上げてオレの方を見つめてきた。

 何だよ、やっぱりちゃんと顔を見せてくれれば、すっげー可愛いじゃん。


『運命共同体……何だか仲間が出来たみたいで嬉しいです』


 なっ、不意打ちな微笑みの爆弾が直撃する。

 アリガトウゴザイマス!

 おっと、あまりの威力に吐血しかけたが、吐いている場合では無い。


「仲間って、大げさだなぁ。城にも色々居るだろ。メイドのエミリィちゃんとかさ」


 そう言うと、お姫様が顔を曇らせる。


『エミリィですか……。確かに彼女は良くしてくれていますが、まだ私に付いて一年足らず。打ち解けているとは言いがたい状況なのです』


「ああ、彼女も仕事に忠実そうだし、お姫様も自分から話すタイプじゃ無いしなぁ。仲良くなるにも時間がかかるか」


『そうですね。彼女も最初は積極的に話しかけてくれていたのですが、私の態度に段々職務以外の言葉は減っていきました』


 お姫様の口数が増えてきたので、少し質問を続けることにする。


「その前は誰が付いていたんだ?」


『その前はずっとばあやが付いていました。しかし昨年、ぎっくり腰になってしまい職務を続けられず、故郷くにに帰ってしまったのです。ばあやは元々亡き母上の乳母だったので、安心して一緒に居られたのですが、急に結婚話が持ち上がったタイミングでお付きのメイドになったエミリィには、なかなか心が開けず、それも心苦しいのです……』


「結婚話は急なのか?」


『……はい。私はずっと国に残って巫女として国の繁栄を祈るように育てられていたのに、急に国外の殿方と結婚するなんて……』


 それに絶望して魂が抜けてしまったのか。


「姫は、この国の歴史とか政治とかそう言うことには詳しいのか?」


『いえ、特に政治に関しては、女性は知らなくて良いことなので……』


 あちゃー。そういうお国柄か。


「じゃあ、そういうの詳しそうで信用できる人っているか?」


『…………』


「いないのか?」


『……ごめんなさい』


「だから直ぐに謝るなよ。別にお姫様が悪いわけじゃねぇじゃん」


 しかし、困ったぞ。

 思わず探偵ばりに顎に手を当てる。

 パイプでも吹かしたいところだ。

 パイプどころか煙草も吸ったこと無いけどさ。

 

 そういや、子供の頃はタバコチョコって駄菓子があったけど、最近はあんまり見かけないな。

 これも時代の流れなのかな?

 通販とか使ってまで欲しいとは思わないんだけど、その辺で売ってたらちょっと買ってみたくなるんだよなぁ……。


 って、さてさて、ふざけている場合では無いな。

 お姫様は巫女として暮らすつもりだったのに、急に国外の男と結婚することになったのに絶望した上、国内には信用できる人が居ない。


――ん?


 あっ、居るわ。信用できる奴。

 すっげー嫌だけど。


 浮かんでしまったのは、あのエロ騎士。


 だって、あいつは姫が何を飲んで倒れたか分からないのに、紅茶を吐き出させたり、口移しで水を飲ませたりしているわけだろ?

 本当に悔しいが、姫に信用できる人が居ない以上、オレが信用できる奴を頼るしか無いじゃ無いか。

 あのシスコンブラザーズも姫のことは好きみたいだけど、長く一緒に暮らしていた姫が信用できる人間として名前を挙げなかったんだから、様子を見て大丈夫そうなら頼るようにしよう。


「姫」


 大まかな方針は決まったので、鏡の中のお姫様に向き直る。


『はっ、はい』


「オレが姫の絶望を何とか解決するから、大船とは言えないけど、小舟なりに頑張るからさ」


『ありがとうございます……あっ、あの』


「ん?」


『貴方のことは何とお呼びすれば宜しいでしょうか?』


 一瞬、百円ショップで印鑑には困ったことのない苗字に、クラスに一人は居る産まれた当時流行だった名前という実にありきたりな組み合わせの本名を言いかけたが、止めておこう。

 最終的にこの身体に戻るお姫様が、一時身体を貸した相手の名前なんて知らない方が良い。


「オレは貴女を姫と呼ぶから、貴女はオレをヴィオと名前で呼んでくれ」


『……はい、何だか自分の名前を呼ぶのは慣れませんが、そのように致します』


 オレが名を明かさないことに怪訝そうな顔をするものの、姫はそれ以上訊いては来なかった。

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