第5話 王家の食卓と魔法世界の入り口
第一章
五 王家の食卓と魔法世界の入り口
「ヴィオ様は少しお疲れ故、動揺しておりますので、申し訳ございません」
オレが取り乱すと、エミリィちゃんが素早くシスコンブラザーズに頭を下げ、オレを食堂へと押し込んだ。
入るとまず大きな一枚板のテーブルが目に飛び込んできた。
木の色からして年代物なのだろう。
テーブルの側面や足には扉の物と近い装飾が施されている。
恐らくこの国伝統の模様なのだろう。
そんなテーブルの真ん中では銀の燭台が柔らかい炎を揺らしている。
一番奥の所謂お誕生日席の椅子が一際大きくて立派な作りなので、きっと国王の席なのだろう。
「ここからはフォローが難しくなります」
部屋へ入ると直ぐにエミリィちゃんがそっと耳打ちしてくる。
テーブルの大きさからしてここで普段食事をするのは十五名弱だろうか。
「分かった。少し慎重にするよ」
「その方が宜しいかと。ヴィオ様の席はこちらです」
促されたのはお誕生日席の左側。
机を挟んで向かいには長兄、ネーロ王子が腰を下ろした。
勿論、第一王子なのだからその席でも妥当だろう。
だったら今オレが座っている席は立場の順や生まれ順を考えると、王妃様か第二王子のベージュが座るものじゃ無いのか?
しかし、ベージュは当たり前のように第一王子ネーロから一つ空けた席に腰掛けてしまった。
ん?
一つ空けるのか?
二人は共に二十代前半に見える。
一応、ネーロが第一王子と言われているので、年上なんだろうが、精々一つか二つ違いにくらいしか見えない。
なのにどうして席が離れているのだろう?
そんなに仲が悪いのか?
「ネーロ王子、お待たせしてしまい、申し訳ございません」
考え事をしていると、二人の綺麗なお姉様が沢山の子供達やそのメイドや乳母と共に食堂へ入って来るや、第一王子に頭を下げた。
「わっ、美人」
思わず声を上げてしまうほどの美貌だ。
可愛さだけならやっぱり、このお姫様がナンバーワンなんだけど……こう、なんと言うか……漂う色気っていうのが違いますなぁ。
それに、お化粧とかもバッチリ上手にしてるのが、大人の魅力って奴なのかな?
二人のお姉様は二十代半ばといったところだろうか。
青紫色の髪をなびかせたスリムでちょっとキツい感じの美女と、赤紫の髪をゆるふわでまとめた、ほどよく肉付きの良いおっとり泣きぼくろ美女。
う~ん、どちらも甲乙付けがたし。
っつーか、このセクシーお姉様はあのシスコンブラザーズの奥さんなのか?
「エミリィ、あの方々は?」
丁度、注目は第一王子とお姉様方に向いているので、その隙にエミリィに小声で訪ねる。
「第四王妃様と第五王妃様です。後ろからメイドや乳母達と来ているのは王妃様達のお子様です」
「王妃!? 若すぎじゃね? 兄様達の奥さんかと思ったよ」
「確かに王子様達との方が年は近いですけどね……。王子様達はまだ独身ですよ」
「そっかぁ。じゃあ、どっちがオレ……私のお母様なの?」
オレの言葉にエミリィちゃんが一瞬表情を曇らせるが、周りに悟られる前に表情を戻す。
何か度々暗い顔をさせてしまって、ちょっと罪悪感。
「……ネーロ様とヴィオ様のお母上であらせられる第一王妃は、ヴィオ様出産後程なくお亡くなりになりました」
「あっ……そうか……、あれ? ベージュ兄様は……」
そりゃあ、あんなに若い人たちがお母さんなわけないか。
何か悪いことを訊いてしまったな。
自室のドレッサーに居るこの身体の持ち主、ヴィオーラ姫にも少し申し訳ない気持ちになってしまう。
しかし、そんなオレの気持ちはつゆ知らず、エミリィちゃんは淡々と説明を続ける。
「ベージュ様は第二王妃のご子息です。第二王妃は現在療養中なので人前には滅多に出られません。ついでと言っては失礼になりますが、第三王妃はヴィオ様の姉上にあたる第一から第四王女が嫁いだ際に避暑地での隠居を希望されましたので、現在は王宮にはおりませんよ」
つまり、第一王子ネーロとは父母共に同じ兄妹。
で、第二王子ベージュとは異母兄弟なのか。
確かに、ネーロとの方が似た雰囲気を感じる。
もっと情報を引き出そうとも思ったが、第四、第五王妃とその子供達が着席したので、訊きづらくなってしまった。
「え?」
ネーロとベージュの間の席と、オレの左隣にはそれぞれ幼稚園児くらいの小さなお姫様が腰掛けた。
何だ?
この並び順?
ベージュの後の席次は、第四王妃にその子供達。
続いて第五王妃にその子供達となっている。
人数は城の主である王様を除いて十二人。
国王が来るまでもう少しかかるということなので、並んだ面子と席順を眺める。
「あれ? もしかして……」
違和感の正体が掴めそうだったその時、国王が食堂へ入ってきて、オレの疑問は吹き飛んでしまった。
身長は180cmくらい。
それだって十分に大きいけど、部屋に入ってきた存在感が桁違いだ。
これが国を背負っているものと言うことなのだろうか。
青みがかった黒髪はそのまま後ろに流されている。
顔立ちはネーロとそっくり。
と言うか、ネーロがそっくりなのか。
しかし、そんな存在感とか顔が誰に似ているとか、そう言うことじゃなくて……
「若すぎる」
そう、若すぎるのだ。だって、二十歳そこそこの息子がいるんだから、若く見積もってもアラフォーだろう。
けれど、目の前の国王はどう見てもアラサーってか、二十代後半程度なのだ。
ネーロやベージュの兄貴にしか見えない。
勿論この国の人間が全員若者な訳では無い。
使用人達を見る限り、若い者も居れば、壮年、老年の者も幅広く居る。
「ヴィオ、予の顔に何か付いているか?」
「へ? いえ、あの……何でも無いです」
しまった。
ジロジロ見すぎてしまった。
着席すると国王が不思議そうな顔を向けてきた。
「おや、自分の言葉で答えるとは珍しいな。非公式な場ではあったが、婚約者候補の一人と少し早く顔合わせしたのが良い刺激になったようだな」
「「全然良くないですよ」」
シスコンブラザーズの声が揃うと、食堂内は笑いに包まれる。
「ネーロもベージュもヴィオに甘いな。しかし、ヴィオも十六。姉姫達と同様に、いやそれ以上に素晴らしい縁談を用意しないとな」
「ヴィオが嫁ぐなんてボクは反対だよ! いつまでもボクの側に居て欲しい。そして二人で……」
「ベージュ。別にお前の側に居るわけでは無いだろう、ヴィオには出来れば国内に留まって欲しい。私の側で……」
「そう仰るなら、兄上の側って訳でもないですけどね!」
「お前なぁ」
「兄上こそ」
「お前達、ヴィオが喋って嬉しいのは分かるが、皆が怯えるだろう」
立ち上がろうとする長兄、次兄を、国王がからかうように制止する。
不機嫌そうな長兄と次兄を窘める国王。
そして微笑む王妃や家臣達。
ちょっと人数が多いけど家族団らんの食卓だが、それどころでは無い。
皿が運ばれてくる間にエミリィちゃんが
「お毒味は済んでおります」
と、短く小声で告げてくれたことで、安心して食べられる。
けれど、本当は食べている場合じゃ無い。
とは言え、
何かこのピクルス的なものやミニトマトとチーズを挟んだものなども美味しいが、それどころでは無いのだ。
皿が空になったら直ぐにスープも来て、パンプキンスープっぽいそれも美味しいのだが、本当にそれどころでは無いのだ。
お腹は減っているからペロっと食べてしまうだけなのだ。
「もぐもぐ、ロッソ……レオーネ様は婚約者候補のもぐもぐ一人なのですか?」
元々は無口な姫が国王へ自分から質問するのも不自然かと思ったが、訊かずには居られない。
あと、
「ヴィオは彼が気に入ったのか? 他にも各国から申し出が止まないから、直ぐの返事は難しいが……」
「気に入っておりません!」
「そうか? では、候補から外した方が……」
「それもしなくて良いです!」
すっごく腹立たしいが、オレが毒だか何だかを盛られたことを知っていて、気をつけるように忠告してくれたのはあのエロ騎士だ。
国も違うし、ここで繋がりが切れてしまうのは避けたい。
それに、オレの一存で婚約者を切ったりしてはダメだろう。
本当のお姫様がちゃんと決めないと。
あと、ちゃんとした婚約者って訳じゃ無いのに、キスとか散々しやがって!
くそっ!
具体的に思い出したくないんだが、印象が強すぎな上、そんなに時間が経ってないから、唇の感触を思い出してしまう。
あと、口内の……忘れよう、忘れるんだ。
とにかく!
マジで、あいつどういうつもりなんだ!?
ぜってー問いただす!
その後のディナーもしっかり味わったが、頭の中はあのエロ騎士に文句を言うことで一杯になっていた。
◆ ◆ ◆
食後、直ぐにでも文句を言いに行こうと思ったが、急に沢山食べたらお腹がゴロゴロしてきた。
そうだよな。
そりゃあ、生理現象だし、仕方ないよな。
本当は、自室で鏡の中の
でも、これ以上我慢するのは本気で身体に悪いと思う。
「あの……エミリィ」
「いかがしましたか?」
食堂を出たところで、エミリィちゃんに耳打ちする。
「その、とっ…とっ…」
「ああ、ご不浄ですね。近くのを利用いたしましょう」
この娘、本当に仕事が出来るな。
きっと、無口なお姫様の相手をしてきたから、相手の意図を汲み取るのが上手いんだな。
ありがたや、ありがたや。
だが、歩きながら、ふと不安になる。
受験勉強の時に資料集に書いてあった中世西洋の歴史を振り返ると、トイレ事情はかなりヤバかった気がする。
昔は個室では無く、その辺でしちゃうからハイヒールが使われるようになったとか、その辺にするのを控えるようになった後は、専用の壺にするようになったとか……。
どうしよう。
女子のトイレってだけでも心臓が張り裂けそうなのに、その上、壺とかましてやその辺でとかだったら……。
そもそもオレ、ウォシュレット派なんだけどなぁ。
「ヴィオ様、こちらですよ」
「ああ、ありがとう」
いくら記憶が曖昧という事にしているとはいえ、トイレの中に付いてきて貰うわけにも行くまい。
でも、江戸時代の大奥だとトイレの付添が有ったようだし、ありなのか?
いやいやいや、オレ的に無しだ。
具合が悪いわけでも何でも無いのに、流石にこんな可愛いメイドちゃんにトイレの世話は頼めない。
「では、エミリィはここで控えております」
どうやら、この国では王族のトイレに付き添う文化は無いらしい。
エミリィちゃんも普通にトイレから少し離れたところで待機してくれた。
うむ、近くだと恥ずかしいから有り難い。
「あれ? 普通の形だ」
トイレ自体は六畳くらいあって、凄く広いし、付いている手洗いも立派なので、決して普通のトイレでは無いのだが、便器の形そのものは実に慣れ親しんだフォルムだった。
全体的な雰囲気が中世的だと思ったんだけど、意外と文明が進んでいるのか?
「え? これ? ボタン?」
そそくさと腰掛け横を見ると、便器の脇にはボタンが四つ。
水が流れるマークと、小さな噴水と大きな噴水、そして風の絵。
「ウォシュレット……なのかな?」
何気なく、大きな噴水の絵を押すと――
「うわっ!」
――なんと便器を中心に大きな魔法陣が光を帯びて浮かび上がる。
そして……
「ぎゃー!!」
「ヴィオ様、大丈夫ですか!?」
ただならぬ叫び声に、ドアの向こうからエミリィちゃんが声をかけてくれる。
「なっ、何でも無い! 大丈夫だから、元の場所で待ってて」
……凄い勢いのウォシュレットだった。
流れるボタンや乾燥ボタンを押すと、魔法陣がさっきとは違う色で光って、それぞれの処理が行われた。
――ガチャ
しっかり手を洗い廊下へ出ると、心配そうな表情でエミリィちゃんが駆け寄ってきた。
「あの……エミリィ」
「何でしょうか?」
自分から話しかけたのに、上手く言葉が出ない。
しかし、エミリィちゃんは無口なお姫様に慣れているからなのか、オレが落ち着いて次の言葉を言うまでそっと手を握ってくれる。
ああ、ちゃんと手を洗っておいて良かった。
少し、気持ちが落ち着いたところで、やっと口を開くことが出来た。
「えっと……魔法って普通にあるの?」
「魔法……ああ、ご不浄の魔法陣のことですか? 下水道への超短距離転送ですね。わざわざご不浄に魔法陣を仕掛けるのは王宮など特別な場所ですが、ちょっとした魔法陣なら厨房など色んなところで使われていますよ」
「そうなのか……」
エミリィちゃんの話を聞き、我慢できずに拳を壁に打ち付ける。
「ヴィっ、ヴィオ様!?」
「あのバカ天使、肉まんの話をする前に、魔法があるって言っておけー!!!」
きっと天にオレの声は届いていないのだろうが、叫ばずには居られなかった。
魔法って何だよ?
本当はすっげーことなのに、その出会いがトイレのウォシュレットって……あんまり過ぎる。
トイレのウォシュレットや諸々が魔法陣だってさ。
何か、今まで慌ただしくてフワフワしていた感覚が、急に現実味を帯びる。
ああ、オレは本当に異世界へ転生してしまったらしい。
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