第4話 変態シスコンと完璧超人シスコン

第一章


四 変態シスコンと完璧超人パーフェクトシスコン




「しまった!」


 全然休んでいない上に、お姫様のことは殆ど分かっていない。

 あの天使と中華まんの話をしている場合では無かった。

 

 しかし、こうなったら取り敢えず夕飯は行くしか無いだろう。

 今は余計に怪しまれたくない。

 腹も減ったし。


「お姫様、また後で。……はーい! 今行きまーす!」


 そっと鏡に布をかけ、エミリィちゃんに返事をする。



◆ ◆ ◆



「あのさ、エミリィ。オレ……じゃなかった、私のことは記憶喪失のつもりで接してくれ。分かることと分からないことを一々伝えていたら、みんなに心配かけちゃうだろ?」


 長い廊下を歩きながらエミリィちゃんにそっとお願いする。


 実際、記憶喪失以下の状態なんだが、エミリィちゃんに全ての事情を話すわけにも行かない。

 多分、話したら笑顔で速攻医者に連れて行かれそうなので、こう言う他ない。


「承知しました。では、早速ですがヴィオ様」


「なっ、何だよ?」


「その話し方では皆様心配されます。細かい作法を直ぐに思い出すのは難しいでしょうが、出来るだけ女性的にお話しになりますよう、お心がけください」


「おっ……おぅ」


「ヴィオ様?」


 どちらかというと最初から淡々とした喋り方のエミリィちゃんだが、声のトーンが一段階低く、そして冷たく響く。

 顔はちゃんと笑顔なんだから凄い。

 というか……やべぇ、可愛い娘の笑顔は怖い。

 なんか、ゴゴゴゴゴって効果音が聞こえてきそうなんだけど。


「はっ、はい!」


「良く出来ました」


 オレの返事に満足すると、元の優しい微笑みに戻ってくれた。

 けど、こっわー。

 笑顔に圧があるんだよなぁ。


 でも、言ってくれて良かった。

 一人称だけは「オレ」じゃまずいって思っていたけど、そう言われてみれば、話し方全体が男のままだった。

 女の子言葉で喋った事なんて無いけど、出来るだけ気をつけていかないと。

 取り敢えず、丁寧な言い回しを心得よう。

 オレが反省していると、エミリィちゃんが手を差し出してきた。


「では、食堂へ参りましょう」


「えっ、あっ……」


 『ああ』とかじゃダメだよな。

 同意する返事を出来るだけ丁寧な言い回しで言うと……


「御意」


「ヴィオ様!」


「え? ダメなの?」


「全然ダメですよ! 第一、御意は目上の方に申し上げる言葉ですし」


 あっ、確かにオレの見てたドラマでも、部下達が偉い人に向けて言ってたな。

 じゃあ、目上の者から目下の者に言う感じで丁寧な言い回しかぁ……


「エミリィさん、その件につきましては当方におきましても、特に却下するような箇所は見受けられませんでした。よって了承しましたことをここにお伝え……」


「長いです! 新人の報告書かと思うくらい内容が薄い上に長いです。自分たちはただ、食堂に向かうだけですから。もっとシンプルで良いんです。……さぁ、気を取り直して、食堂に参りましょう」


 目が……目が怖いよ。

 次、間違ったら殺されるかも知れん。


しっ、シンプル、シンプル……


「……はい」


「もう少し大きな声で」


「はい!」


「良く出来ました」


 うぅ、可愛い娘のしごきってもっとワクワクするものだと思っていたけど、ガチで怖いタイプだと命の危険を感じるな。


 食堂が遠いぜ。



◆ ◆ ◆



「ヴィオー!」


「うわっ!」


 食堂の扉が見えたところで、不意に後ろから飛びかかるように抱きつかれ、思わず間抜けな声を上げてしまう。

 間抜けな声って言っても、このお姫様の声だからめっちゃ可愛いんだけど。


 しかし、不審者で無いのは隣に控えるエミリィちゃんの落ち着いた様子からも見て取れる。


 抱きしめられている腕をどうにか緩めて距離を取る。

 そして振り返ると、オレに抱きついてきた相手は長身の男だった。


 え?

 誰?


 恐らく、オレの顔に書いてあったのだろう。


「第二王子、ベージュ様。ヴィオ様のお兄様です」


 側で控えていたエミリィちゃんが、耳元で短く伝えてくれる。

 いやぁ、出来る娘がお付きのメイドで助かったよ、マジで。

 

 第二王子って言うことは、勿論、上に第一王子が居るんだから、ただお兄様って呼ぶんじゃダメだよな。


「ベージュお兄様、何をなさるんですか?」


 ちょっと……いや、かなりぎこちない笑顔を長身の兄に向ける。


 本当に背が高いな。

 190cmはありそうだ。

 でも、昼間抱きしめられたロッソに比べると、力はそんなに無さそうだ。

 体格もガリガリって程では無いが、ヒョロッとしている感じだし。

 

 ……って、何で抱きしめられて基準があのエロ騎士なんだよ、全く。

 まぁ、あいつはエロくても騎士だしな。

 色々鍛えているんだろう。

 

 目の前の兄はどちらかというと、大学の研究室とかで見かけそうなタイプだ。

 

 色素の薄い砂色の髪。

 前髪がかなり長く、目が半分隠れてしまっている。

 目はやや細く、さらに銀縁眼鏡をかけているので、ますます瞳が見づらいのだが、よく見ると凄く綺麗な空色だ。

 顔も流石にこのお姫様のお兄様だけあって、なかなか整っている。

 

「はぁはぁ……ヴィオがボクに笑顔を向けてくれた……はぁはぁ……」


 あっ、こいつ、変態だ。

 こっち見ながら、興奮して息が荒くなってるんだが。


「ベージュお兄様、食堂へ参りましょう」


 とにかく早くここから移動したい。

 食堂へ行けば他の人間も沢山居るだろうし、オレがこの変態の相手をする必要もなくなるだろう。


「はぁはぁ……ヴィオがボクを食事に誘ってくれるなんて……うっ、鼻血がっ!」


 ヤバいよー。

 ますます興奮して、鼻血出てるけど?

 

 慣れた手つきでハンカチを当てる様子からして、余程鼻の粘膜が弱いのか、筋金入りの変態なんだろう。

 本当に恐ろしいが、恐らく後者だろうな。


「食事に誘っているのでは無くって、私たちは食堂へ向かう途中なんです」


「うわぁ、ヴィオがこんなに長い言葉をボクに話してくれるなんて。今日は一体どうしたんだい?」


 いつもとの違いを言われても困るので、ヒソヒソっとエミリィに確認する。


「なぁ、エミリィ。私は普段、大人しいの? それとも……」


「大変慎ましやかでいらっしゃいます。あと、ベージュ様はいつもああいったご様子ですが、ヴィオ様はどちらかというと親しくしていらっしゃいます」


「了解」


 親しくしている兄にすら、今、オレが話した言葉よりちょっとしか話していないなんて、もの凄―く大人しいって事だな。

 要は最低限のイエス・ノーくらいしか言ってないんだろう。

 怪しまれないためには、なるべく今までのお姫様と近いキャラで行きたいところだけど……。

 そこまで無口で大人しいんじゃ、お姫様の悩みを解決して、再転生出来そうにないし、それは困る。

 

 ここは、ちょっとずつ口数を増やして、キャラも変えていかないとな。

 っつーか、そもそもそんな深窓のお姫様なんて出来ねぇよ。

 ムリムリ。

 

 でも、今のオレにできる限りの女の子言葉で、口数の増えた理由付けをしておくか。


「……コホン。いつまでも大人しくしているのも、良くないかと思いまして。喋るように心がけるようにしました」


「今までもその美しさ、その慎ましやかさで素晴らしかったのに、更に喋るように心がける向上心! これからヴィオも大人の階段を……って、そうだ! 大人の階段と言えば、男と会ったって本当か!?」


「え? あっ、男って、ロッソのこと?」


 急に話題が変わり、女の子言葉を忘れそうになる。


「ふぁっ!? ファーストネームで呼ぶって、初対面で何があったのだい!?」


 ……何って、ファーストからサードキスまで奪われ、何なら舌もちょっと入れられましたけど。

 うっ、涙が……。

 この件に関しては言いたくもないし、この変態兄貴の様子からして言うわけにもいかないだろう。

 あいつ、殺されるんじゃね?

 

 ってか、そういやファーストネーム呼びじゃあ親しすぎるのか。

 確か、あいつのフルネームはロッソ=レオーネか。

 外国名は覚えづらいんだよな。

 まぁ、日本名だってそんなに覚えないけど。


「いえ、えっと……レオーネ様とは少しお話ししただけです」


「そうだよな。控えめなヴィオがいくら喋るように努力中とは言え、初対面の、しかも男と話すなんて。よしよし、辛かっただろう」


 もう鼻血は止まったようで、ハンカチをしまって、オレを長い腕で抱きしめ、頭を撫で回す。


 鼻血、止まるの早くない?

 止血が的確すぎない?

 マジで鼻血慣れしてるんだな。


 確かにあのエロ騎士に色々されるのも辛かったが、変態兄貴に抱きしめられて耳元で鼻息はぁはぁされるのも、なかなかしんどいですよ。

 オレには「ただしイケメンに限る」も通用しないからな。


「でも、ヴィオがいつもより口数も多くて、ボクの顔を見てくれるし、嬉しいよ」


 そう言うと、ベージュはオレの耳により唇を近づけて軽くキスをしてきた。


「ひゃ!」


 可愛い声を上げてしまったが、全然可愛い状況じゃ無い。


 これって、兄妹のコミュニケーションの範疇なのか?

 オレ、大丈夫なの?

 っつーか、ダメだよね?

 どう考えてもヤバいよね?

 どうしよー!?

 

「こらこら、止さないか。ヴィオが怯えている」


 凜としたバリトンボイスが廊下に響く。


 決して大きな声では無かった。

 それに、特別高い声でも無い。

 だけど、反射的に暴走したベージュが動きを止めた。


「兄上、ただの兄妹のコミュニケーションですよ」


 そっとオレから身体を離し、声のした方へ身体を向ける。

 やっと変態兄貴の束縛から逃れたオレも服の乱れを直しつつ、同じ方へ目を向ける。


「第一王子、ネーロ様です」


 エミリィがそっと教えてくれる。


 っつーか、エミリィちゃんってば側に居るんだったら、変態兄貴に抱きしめられたときに助けて欲しかったんだけどなぁ……立場上なかなか難しいか。

 助言だけでも有り難いよ。


 で、第一王子ね。

 まぁ、ベージュが兄上って呼んでいるんだから、第一王子だろうとは思ったけど。

 身長は180cm欠けるくらいだから、190cmオーバーのベージュより大分低いが、ピンと伸びた背筋に堂々とした風格でもっと大きく見える。

 それに、そもそも180cm弱ってかなり大きいからね。

 羨ましいぜ、全く。


 オレもまず、170cm欲しかったよなー。

 思わずため息が出てしまう。


「ベージュ、お前は暴走しすぎだ。ヴィオ、大丈夫か?」


 変態王子とオレの間に入ってくれた第一王子は、正統派の王子という雰囲気で、そういう意味でも思わず感嘆のため息が出てしまう。


 この世界に来てからはやや珍しい漆黒の長い髪。

 後ろで軽く結んでいるのがとても似合っている。

 そして、理知的な紺色の瞳。

 体つきはきっと剣術とかしっかりやっているのだろう、引き締まっていて、鍛えられているものだと一目で分かる。


「大丈夫です。ベージュお兄様も私のことを心配してくださっただけですから。ね?」


「ヴィオー!」


 本当は全然大丈夫じゃ無かったが、大事にもしたくないし、丸く収めようと返事をしたら再びベージュを暴走させてしまった。

 けれど、また抱きついてきそうなところを、ネーロがすかさずガードしてくれる。

 

 兄ちゃん、頼りになるぜ。

 

 しかし、ベージュもめげない。

 感激で涙を浮かべながらオレを見つめてくる。


「なんて優しいんだ。まるで天使のようだ!」


「天使って例えは好きじゃ無いです」


「え?」


「おほほほほ。何でも無いです」


 天使って言うと、あの理不尽天使アンジーを思い出してしまう。

 たった半日でエロ騎士と変態兄貴に色々触られまくって今度はオレの魂が絶望の余り身体から抜けそうだけど、マジでどうしてくれるんだ。

 まぁ、とにかくまともな兄ちゃんが居てくれてホント良かったよ。


「おや、ヴィオはいつもより元気だね?」


 やっぱりオレの様子って元々の姫とは大分違うんだな。

 ネーロは形の良い瞳を見開いて、少し驚いた表情を向けてきた。


「あっ、はい。大人しいだけじゃ良くないと思ったので」


「そうか。確かにヴィオも、もう十六歳だ。いつまでも頷くのと首を振るのだけでは困るからな」


 あちゃー。

 大人しいってレベルじゃ無いな。「はい、いいえ」だけの意思表示って、某有名ゲームの主人公じゃ無いんだから。

 でも、あのゲーム、結婚とか大事な場面だと「いいえ」の選択が出来ないんだよな。


「しかし……」


 すっかりRPGの事を考えていたオレの艶やかな紫苑色の髪を一房、ネーロが優しく掴む。

 お姫様の髪の毛は真っ直ぐでサラサラで、しかも一本一本が細いから、指の隙間から何本かこぼれ落ちる。


「あまりお転婆でも困るな。姫には姫の役割があるからね。愛しい私のお姫様プリンセス


 言いながら、まるで自分のものだと印を付けるようにオレの髪に口づける。


 前言撤回。

 格好よくて、頭も良さそうだし、強そうだし、完璧超人な兄貴かと思ったけど、こいつもシスコンだ。


「ヴィオの髪を! あっ、兄上! 私のお姫様プリンセスってどういう事ですか!?」


「言葉通りの意味だが?」


「兄上のものでは無いでしょう!」


「お前のものでも無いぞ」


 ファーストキスから幾つかはエロ騎士に奪われ、変態次兄に耳チューされ、シスコン長兄に髪チューされ、そしてオレを挟んでケンカって……。


「早く飯が食いたいんだよ~! オレは乙女ゲーのヒロインか!?」


 広い廊下でオレの叫び声が虚しく響いた。

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