第3話 アンジーによるもう一つの可能性と世界概要論
第一章
三 アンジーによるもう一つの可能性と世界概要論
「え? これは一体……」
同じ姿なのに、全然違う動き。
オレは立ち尽くしているのに、鏡の中のオレ……お姫様は顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。
思わず鏡に手を伸ばしお姫様に触れようとすると、
『おやまぁ、アンタ結構ムッツリなんだねぇ』
ぬぅっと、鏡の中に見知った顔が現れた。
「あっ、お前、天使!」
『んもぅ、天使なんて雑な呼び方だねぇ。アンジーちゃんって呼んでくれて構わないんだよ』
手首にスナップをきかせ九十度に振るその動きはまるでベテラン主婦だが、この天使、見た目は完全に幼女である。
「アンジーちゃんって呼んでじゃねぇよ! 何なんだよ!? これは!? どうしてオレが小柄で華奢で巨乳な超絶美少女姫になってるんだよ!?」
『今、その巨乳部分を堪能しようとしたのに、よく他人に文句が言えたもんだねぇ』
「そりゃあ、目の前にあれば見るだろうが!」
『はっ、はうぅ。見ないでください……』
アンジーが現れたせいで鏡の隅っこに移動していた姫が、か細い声を上げる。
よく見ると鏡の背景はこの部屋ではない。
虹色で、まるで夢の中のような別空間のようだ。
たまに大きなシャボン玉のような物が鏡の中を横切っていて非常にファンシーである。
「ってか、この娘は?」
『見ての通り、本物のお姫様の魂だよ。本当は魂を天界に連れて行くためにこっちに来たんだけど、まだ完全に身体から離れてなくてねぇ』
「は? じゃあ、この娘の魂を最初から身体に戻してやりゃあ良かっただろうが」
アンジーは、詰めかかろうとするオレを一瞥すると、呆れたようにため息をつく。
幼女の姿の奴に馬鹿にされたような視線を向けられると、普通より割り増しで屈辱的だ。
これが快感と思えるほどには新しい扉を開けていないオレは、やはりまだまだ甘ちゃんなのかも知れない。
別に開けたくも無いけど。
『あのねぇ、このお姫様の魂を元に戻すって……それが出来るなら最初からアンタの魂なんて入れやしないよ。因みに、姫が飲んだモノは現在アンタがピンピンしていることからも分かるように、大したものじゃないんだよ。……けどねぇ、それを飲んだショックで気を失う際に、生きる希望を完全に失ってしまったんだね。そうやって抜けてしまった魂は普通、元の身体に戻らず、そのまま成仏しちゃうのさ』
「生きる希望……」
いまいちピンとこないが、アンジーはそのまま話し続ける。
『そうさ、将来野球選手になりたいとか、そんな大層なもんじゃ無くて良いんだよ。明日のテレビが楽しみだとか、肉まんだと思って食べたらあんまんだったとか』
「ちょっと待て。その場合、あんまんの方が当たりなのか?」
『そりゃあそうだろう』
「そこは個人の好みだろうが。第一オレはピザまん派だ……って、お前の例えは話が逸れやすいんだよ! とにかく、小さな幸せでも良いけど、そう言うのがあれば魂は抜けなかったんだな」
『……ピザまんと言うのは?』
「中華まんの話はいいんだよ! そもそもオレを元々の家の近くで転生させてくれていれば、豚角煮まんでも、芋あんまんでも、明太チーズまんでも何でも紹介してやれるんだよ!」
『うぅ、なんてこったい……。この際、条件なんてある程度無視して近所で転生させておけば良かった……』
アンジーが膝から崩れ落ちて、おーいおいと泣き始める。
泣くほど中華まんが好きなのか。
オレも中華まんの話ばかりしていたら、食べたくなってきてしまったじゃないか。
最近キャラクターを模した中華まんも出ているんだよな。
確か、家に持って帰って萎んでしまったら、もう一度温めると復活するらしいんだが、この西洋風な場所でこの知識、要るかな?
やっぱり、中華まんが食べられる場所に転生させて貰った方が良かったんじゃ無いか?
ってか、オレはそんなに中華まんが大好物だったか?
「参考までにだが、オレの出した条件をある程度無視して近所で転生した場合は、どんな奴の身体に入ることになっていたんだ?」
やはり、もう一つの可能性は気になる。中華まんも食べたいし。
『十六歳の男だよ。家はアンタの学校の近く』
「ほほう。顔は?」
『悪くないよ。どちらかと言うとワイルド系だねぇ』
ワイルド、良いじゃないか。でも、やっぱりモテないとな。
「異性には人気があるのか?」
『老若男女問わず人気者だよ』
「凄いなぁ」
『特別な立場って言えば特別だったんだけどねぇ、でも、このヴィオーラ姫の方が特別感、強かったしさぁ』
「いやいやいやいや、そもそもオレ、男に転生したかったからね」
『何だい? もう一人の候補が気になるのかい?』
「そりゃあ……まぁ」
『本当は、あんまり教えるもんじゃ無いんだけど、仕方ないねぇ』
そう言うと、アンジーは掌をまるで水をすくう時のように広げた。
すると、掌の上に水晶玉のような球体が現れる。
球体はエネルギーの塊なのだろう。
小さな火花がパチパチと休むこと無く出ている。
少し待つと、球体に影が映り始め、やがてその姿をくっきりと現した。
――十六歳の男で、ワイルドな風貌、男女問わず人気者、やや特別な立場だというそいつは
――
「犬じゃねぇか!」
『そうさ、アンタの学校付近のボス犬、ガストンさ。アンタの通学路とは違う方角だから会ったこと無いかも知れないけどね、芸達者で人気者なんだよ。……でも、もうすぐ寿命でねぇ、妻犬のベティと余生を過ごしていたんだけど、ベティが先に死んでしまってね。それで、もう少し寿命が残っていたんだけど、魂が上がってきちまったのさ』
「ほぅ、因みにガストンの残り寿命は?」
『十二時間ってところかねぇ』
「ほぼ生ききったじゃねぇか! ってか、そっちに転生してたら、オレ十二時間でまた死んでたの?」
『まぁ、そうだね。その際は寿命を全うしたって事で、次回の転生は完全ランダムだったね』
「げっ」
それは困る。
じゃあ、この転生でラッキーだったのか?
でも、お姫様がまだここに居るんだよなぁ。
ちらっと鏡の奥に目をやると、お姫様は相変わらずうずくまりながら、指の隙間から恐る恐るオレとアンジーの様子をうかがっていた。
こりゃあ、相当引っ込み思案だな。
折角超絶可愛いのに勿体ない。
いや、逆にそういうところが良いと言う層もいるかも知れないな。
『きゃっ』
一瞬、目が合うと、短く叫び声を上げて完全に顔を隠してしまった。
何だかなぁ。
でも、魂は身体から抜けているとは言え、このお姫様、どう見ても成仏してないんだよなぁ。
そういや、さっきアンジーが完全に身体から魂が離れないって言ってたもんな。
「えっとー、お姫様が身体から離れてないから成仏出来ないって事なのか?」
『おやアンタ、ムッツリな割に結構の見込みが早いねぇ』
「ムッツリは余計だ! ってか、男はみんなムッツリなんだよ!」
『ひぃ!』
しまった。
お姫様がますます怯えている。
これ、好感度最悪なんじゃねぇ?
同時に、ついあのエロ騎士の顔が浮かんでしまった。
非常に不本意である。
更に不本意だが、あっちのオレに対する好感度メーターはなかなか良さそうなんだよなぁ。
はぁ。
……とにかく、気を取り直そう。
「っつーか、成仏前って事はこのお姫様の魂はまだ生きているのか?」
話を強引に元に戻す。
すると、アンジーはちょっと困った様子でキラキラの金髪頭を軽く掻く。
掌の水晶玉はいつの間にか消えていた。
『う~ん、魂の生き死にの概念はかなりややこしいからねぇ、人間に説明するのはちぃと骨が折れるんだよ』
「じゃあ、もっと率直に訊くが、お姫様の魂をこの身体に戻す方法はあるのか?」
そう、お姫様がちゃんと自分の身体に戻ってくれれば、オレの魂はお払い箱だ。
今度こそパリピなイケメンに転生させて貰おうじゃないか。
『…………』
『…………』
「…………」
三者三様の気まずい沈黙。
最初に口を開いたのは、唯一答えを知る天使だった。
『……そうだねぇ、あまり前例は無いけど』
「何か方法があるのか?」
『無くは無い』
「何だよ、モヤッとする言い回しだなぁ」
『仕方ないだろう。魂まで抜けてしまった者が生きる希望を取り戻すのは、大変なんてもんじゃ無いんだよ』
「生きる希望……」
正直、よく分からん。
でも、要は何もかも嫌になっちゃったって事だろう?
で、その絶望したタイミングで毒だか何だかを飲んじまったから、ショックで魂が抜けてしまったわけだ。
だから、その何もかも嫌になった部分を洗い出して解決する必要があるって訳だ。
『まさかアンタ、折角希望の人生を手に入れたのに、お姫様に身体を返す挑戦をするのかい?』
「希望じゃねぇよ! そもそも前提条件が間違ってるんだよ!」
『もしかして、ガストンの方が……』
「それよりは全然良い! っつーか、一つキチンと確認しておきたいんだが、お姫様の魂をこの身体に戻せたら、オレの転生は希望通りにやり直して貰えるのか?」
『……そうだねぇ、途中で本人の魂を戻すって事は転生が完了しなかったって事になるから、最初の希望に添った転生が可能だよ。美形で、異性に好かれやすく、特別な立場だろ?』
「美形って、男で格好いいって事だからな」
『……分かったよ』
よしよしよし!
言質は取った!
このお姫様の魂さえ元の身体に戻せば晴れてパリピなイケメン転生ライフだ!
次から次へと現れる美少女や美女。
止まないフラグ。
オレを取り合う美少女や美女達を横目に、
「ふぅ、やれやれ困ったもんだぜ」
とか、言ってみたいよ!
このヤロー!
他の奴が言ってたらぶっ飛ばしたくなるような、
「オレは目立ちたくないんだよ。平穏に暮らしたいだけなのに、美少女達(あいつら)のせいで平穏な学園生活が送れない」
とかさぁ!
言いたーい!
よし、何かテンション上がってきたぞ!
「じゃあさ……」
『おっと、ワタシも次の仕事が入っていてねぇ。ずっとアンタだけを見ているわけにはいかないんだよ。また話が進展したら様子を……』
もう少しヒントを貰おうとしたら、アンジーが話を締め始めた。
「ちょっ、ちょっと待て!」
『なんだい? 本当に忙しいんだよ』
マジでもうどっか行ってしまいそうだ。
この様子からして質問は一つが限界だろう。
これから姫の悩みを解決しつつ、暫くここで生活する上で、どうしても確認しておきたいことがある。
「ここは何時代のどこの国なんだ?」
短い時間しか過ごしていないが、現代ではない気がするんだよな。
だって、電子機器とか全然無いし。
しかも、人々の名前や意匠からも日本では無い。
特に意匠は中世ヨーロッパと北欧が入り交じったように見えるから、その辺の地方なのか?
『ここはアンタの住んでいた世界とは全く違う世界だよ』
当たり前だろうと言わんばかりのアンジーの言葉が予想外すぎて、一瞬、言葉を失う。
「……は?」
『だから、日本とかアメリカとかフランスとか、アンタが知っているような世界地図とは階層が違うんだよ』
「え? それって?」
『簡単に言うと、異世界ってやつだね』
「異世界……転生?」
『そうそう、それだよ! アンタ本当に飲み込みが早いじゃ無いか』
「異世界転生って言うのは、イケメンチート俺TUEEEハーレム無双の楽勝世界じゃ無いのかよ!?」
『あっ、そう言えばいきなり異世界転生は大変だろうからサービスしておいた能力があるのさ』
「え?」
一瞬、期待に胸が膨らむ。
いや、これ以上膨らむとマジで重そうだけど、それはそれで見てみたいけれども。
そんなオレの邪な考えを知るはずも無く、アンジーは自信満々に胸を反らす。
そして、ビシッとオレを指差してきた。
『元々姫が使えていた言語の読み書きは出来るようにしておいたよ。そうじゃないと話も出来ないからねぇ』
「確かにそれは助かる……ってそうじゃねぇ~~! そりゃあ基本中の基本だ!」
『おやおやまぁまぁ、最近の転生者は注文が多いねぇ。幸いアンタにはお姫様って言うアドバイザーもいるんだし、せいぜい上手いことやるんだね。天界としては、成仏させる方向で説得して貰っても全然構わないからね。じゃあ、また来るよ~』
言い終わると、アンジーは紅葉のような小さな手を振り、周りに浮かんでいるシャボン玉に捕まると、鏡の向こう側に消えてしまった。
「…………」
『…………』
今度は鏡の中のお姫様と二人きりの気まずい沈黙。
でも、話をして色々聞き出さないことには何も始まらない。
「あのさ……」
――トントン
「ヴィオ様、お夕食の時間です」
扉の向こうからエミリィちゃんの声が聞こえた。
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