第1章
第1話 隣国の俺様第一騎士団長? ロッソ=レオーネ
第一章
一 隣国の俺様第一騎士団長? ロッソ=レオーネ
「おい、あまり大声を出すな」
天界の理不尽を嘆くオレ……と言うか、可愛い姫と言うか、やっぱりオレの口をイケメンが後ろから手を回し塞ぐ。
いくら相手がイケメンとはいえ、男にくっつかれても、ちーっとも嬉しくない。
けれど、立派な姿見に映った、年上で180cmは余裕でありそうなイケメンに、後ろから口を塞がれる小柄な美少女という姿は、なかなか官能的である。
この美少女がオレじゃ無ければ、写真を保存しておきたいくらいだ。
「
「落ち着け。今従者達に来られて困るのはお互い様だぞ」
そう言ってイケメンが重厚な両開きの扉に目を向ける。
視線を追うと、木製で凝った意匠の扉は閉ざされている。
素早く周りを見渡すと、どうやらここはとても広い応接間のような場所らしい。
大きなテーブルが真ん中にあり、ティーセットと三段重ねのケーキスタンドが用意されている。
上に乗っているのはケーキではなく、焼き菓子のようだ。
部屋の隅にあるこれまた立派な柱時計を確認すると、時刻は三時過ぎ。
外が明るいことからも午後三時だろう。
オレとイケメンの他には誰もいないところからして、午後のティータイムに二人で何やら話していた最中に姫が倒れてしまったというところだろうか。
しかしこの情報だけでは話が全然見えないし、このイケメンが何者なのかも全然分からない。
ただ、耳元で囁かれる声は力強く、何というかこう、ただ者では無い感じがする。
取り敢えずイケメンの言うとおり叫ぶのを止める。
「…………」
「よし、良い子だ」
「~~~~~」
耳元で囁くな!
息がかかるんだよ!
少し低音気味のイケボで囁かれるたびに耳がくすぐったくて身がよじれる。
イケメンイケボ大好き女子だったら歓喜しているかもしれないけど、オレ男だからね。
男子高校生だからね。可愛い女の子が大好きだからね。
だから、耳元で息をするなっつーのー!!
そんな折、大きな扉の向こうでざわめきと足音が響き始める。
「ちっ、やはり気付かれたか。……姫、一つ確認したい」
まだ口を塞がれているので、コクコクと頷く。
「姫は自分が倒れることが分かっていて、あれを飲んだのか?」
鏡越しにイケメンが目配せした方へ視線を向けると、ふかふかの絨毯の上には一客のティーカップが転がっていた。
そういえばテーブルの上にはカップは一客しかない。
転がっているカップは中身も大分こぼれているようだし、早く拭いた方が良いよなぁなんて、ついつい心配してしまう。
だってほら、シミは早く対処すればかなり取れるし。
って、そんな所帯じみたことを考えている場合では無い。
学食のカレーうどんがはねてしまった時は、つまみ洗いをして、ワイシャツの裏側にハンカチを入れてトントン上から叩くと、汚れがハンカチの方へ移るとか豆知識は良いんだよ!
ともかく、オレには何のことかさっぱり分からないので、首を大きく振る。
「成程。俺は何者かに嵌められかけたようだ。姫、時間が無いから手短に言う。貴女もどうやら何者かに命を狙われているようだ。もうすぐ双方の従者達が部屋に入ってくるだろう。このまま引き離されるのはお互い危険すぎる。ここは私を信じて任せてくれ」
うわっ、全然状況が分からん。
分からん……けれども、このイケメンは、今は仏頂面だがオレが目を開けたときは嬉しそうに微笑んでいた。
……悪いやつじゃ無いような気がする。
思い切って頷くと、イケメンは素早くオレの口から手を外し、そのままオレの華奢な肩を掴み自分の胸へと飛び込ませる。
ほぼ同時に重厚な扉がノックされ、中の返事も待たずに血相を変えた沢山の人間がなだれ込んで来た。
イケメンの言っていた双方の従者達ってやつだろう。
「わっ」
「しっ、話を合わせろ。無理なら頷くだけで良い」
イケメンが耳元で短く囁く。
「ロッソ様!」
「ヴィオーラ姫!」
従者達が駆け寄ろうとすると、ロッソと呼ばれたイケメンがオレを力強く抱きしめたままそちらを睨み付け、
「取り込み中だ」
そう一言だけ。
だけど、その一言で誰もこれ以上オレたちに近寄ることが出来ない。
頭一つほど身長が違うので、かなりの上目遣いで従者達を睨み付けるイケメンの……ロッソの顔を見上げてから、周りの様子をそっと確認する。
「ヴィっ、ヴィオ様」
大の男達が凄まれる中、オレと同じくらいの年頃に見えるメイドが恐る恐る声を上げる。
「大丈夫なのですね?」
心配そうな様子から、おそらく近しい者なのだろう。
元々のオレの身長くらいありそうだから女子としては決して小柄では無いが、少し釣り目がちで真っ黒な瞳が実に可愛らしい。
鏡に映る姫様はとにかく目立つ可愛さだが、このメイドちゃんはもう少し控えめな可愛らしさだ。
そんな可愛い女の子に心配そうな顔をさせるのは、性に合わない。
オレはちょっとぎこちなくなってしまったが、微笑み頷く。
「ヴィオ様……」
するとメイドは口に手を当てて真っ赤になってしまった。
「何かお邪魔だったみたいだね」
最初に入ってきた従者達の一人が肩をすくめる。
服装を見ると従者と言うよりは、多分騎士とかなのだろう。
もっとそちらに視線を向けたかったが、強く抱きしめられているためなかなか上手くいかない。
しかし、騎士の言葉で室内の他の者達も落ち着きを取り戻したようだ。
室内の緊張が緩むのを感じる。
「では、我々は控え室に戻ります。何かありましたお呼びください」
さっき軽口を叩いたのとは違う騎士が、オレとロッソに敬礼をする。
鎧が違うからこちらは姫側の騎士なのだろう。
騎士達に続いて従者やメイド達も続々と部屋を後にした。
そして、大きな室内にはまたオレとロッソの二人だけ。
しかも、大層強く抱きしめられている。
幼少期を除いて誰かにこんな強く抱きしめられたことなんてあっただろうか、いや無い。
あと、悲しいかな抱きしめたことも無い。
あーあ、オレだってこんなに可愛いお姫様をぎゅーって抱きしめたいよ。
何でオレが姫なんだよ。
ったく。
それに抱きしめられるほどに感じる、このお姫様の大きな胸の膨らみ。
胸が大きすぎて完全にロッソと密着できていない。
ってか、密着しなくて良いんだけどさ。
マジで。
しっかし、華奢で小柄で更に巨乳なの?
加えて超絶可愛いって……ホント、何でオレの魂が入っちゃってるんだよ。
心の中で悪態をついていると、ロッソが左手をオレの頭に回して耳に口を近づける。
「良くやった」
そう言ってオレの耳を甘噛みしてきた。
「~~~~~~~!!!!」
また騎士や従者が突撃してきても面倒なので、自分の口を手で塞ぎ、必死に叫び声を押さえる。
当然ながら耳なんて噛んだことも噛まれたことも無い。
ってか、大体噛むものなのか!?
一般的な行為なのか!?
めっちゃ背筋までぞわぞわってしたぞ!
「ははっ、姫には少し刺激が強かったようだ」
目を覚ましたときの微笑みとは違う、馬鹿にしたような笑い方に怒りが沸点を超える。
「ふざけんな!」
怒鳴りこそしないが、ロッソを突き飛ばし、そのままスカした顔に渾身の右ストレートをお見舞いするが……
「おっと、女に拳を向けられるのは初めてだ。なかなか筋が良いじゃないか」
オレの右手首を軽く左手で掴み、ロッソは面白そうに笑う。
この言い方からして、拳じゃなくて平手なら何度かありそうだ。
「笑い事じゃ無い! オレが叫んだらまた人がなだれ込んでくるんだぞ!?」
ロッソを強く睨み付ける。
けれど、こんな可愛い顔で睨んでも全然怖くないのだろう。
全く怖がったり、反省したりするような素振りは見せない。
「しかし、話に聞いているより随分元気な姫のようだ。第一印象では俺の妻は務まらないのではと思ったが、殴りかかる根性もあって、さっきも話を合わせる度胸があったし、まぁ大丈夫そうだ」
「何か急に話し方がフランクになったな」
「それはお互い様だろう。いきなり殴りかかってくるお姫様に紳士的な態度でも仕方ないだろうが。それに人前でならさておき、二人きりで未来の妻を相手にいつまでも他人行儀で話す必要があるか?」
「ってか、妻ってさっきから何なんだよ!?」
「おい、やはりまだ毒が抜けきっていないのか?」
「毒?」
最初に倒れていたのは、あの床に落ちている紅茶に毒が入っていたせいなのか?
それで仮死状態なのか何なのかになって本当に姫は魂が抜けてしまい、オレの魂がスポンと入ってしまったと言うことなのか?
「おい、本当に大丈夫か? 毒は全部吐かせて水も飲ませたのだが」
「いや、大丈夫だけど、少し記憶がハッキリしなくて……」
細かいことを突っ込まれたら終わるので、取り敢えずそういうことにしておこう。
「そうか、毒についてはこちらでも調べておこう。比較的すぐに目を覚ましたし、今も元気そうだからそんなに酷い毒ではないだろう。心配なら信頼できる医師に診て貰った方が良い」
「……分かった。それで妻って言うのは?」
「まぁ、話自体は前からあったが、さっきが初対面だったし、毒のせいで思い出せないのかもしれんな」
言うのと同時にオレの右手首をキツく握り背後の姿見に押しつける。
意志の強そうな暗紅色の瞳がオレを真っ直ぐ見つめてくる。
「改めまして、お初にお目にかかります。アメジスト王国第五王女ヴィオーラ=オリジネ=アメジスト姫。私は姫の婚約者候補、ガラッシア帝国第一騎士団団長ロッソ=レオーネと申します。以後お見知りおきを」
壁ドン状態の格好とは裏腹にやたらと丁寧な挨拶をすると、何の前触れもなく顔が近づき――
「ん?」
――唇に感じたこともないような柔らかくて冷たい感触。
え?
これって?
「なっ、何するんだー!」
空いていた左手で殴りかかろうとするが、こちらの手も素早く捕まってしまい、鏡にバンザイの姿勢で押しつけられてしまう。
そして更に深く口づけられる。
「――っ」
暫くしてロッソが唇を離す。
形の良い少し薄い唇から赤い血が一筋流れる。
噛みついたオレの口内にも血の味が広がる。
「人のファーストキスを勝手に奪うな!」
いや、姫が初めてかは知らんけど、姫って立場なんだからそんな迂闊にキスしたりしないだろう。
いや分からんけど、何か外国っぽいし、もしかしたら挨拶とかで普通にしているのかもしれないけど、でも、迂闊にディっディっディープな方はしないだろう!
っていうか、オレは迂闊も何もただただ普通に縁遠かった訳だが。
勿論フレンチな方ですらだ!
大体そんな機会あるか?
そんなの一部の恵まれた青春を送っている奴らだけの神話かなんかだろ?
それでも初めては可愛い子……せめて女の子が良かったさ。
しかし、そんなオレの苦悩とは裏腹にロッソは面白そうにこちらへ目を向ける。
「何だよ? 噛みつかれるようなことしたのはそっちだからな!」
「いや、そうではなくて、ファーストキスはさっき済ませたぞ」
「はい?」
「毒を吐かせた後、水を飲ませたときに」
そう言うと、懐からスキットルを取り出し、意地悪そうに笑みを浮かべながら口に水を含む。
えっ?
水を飲ませるって口移しかよ!
「~~~~~!!!!」
思わず口を押さえる。
「今回の毒に関しては犯人も今のところ分からないし、色んな意味でお互い危険だから、暫く協力した方がよさそうだな」
「うぐっ」
確かにこのエロ魔人の言うことも一理ある。
少なくともこいつはオレを助けたんだから犯人ってことは無いだろう。
「そして、この件が片付いた暁には末永く頼むぞ」
「断る!」
「そんなに照れるな。顔が真っ赤だぞ」
「これは怒りに震えてるんだ!」
睨み付けるオレの顎を掴むと一瞬、唇を啄み、ロッソは満足そうに微笑んで見せた。
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