プロローグ

プロローグ(これが1話目です)

オレは乙女ゲーのヒロインか!?


プロローグ




「それって、自分の好きなように転生できるってことか?」


 台風一過でやたら晴れた大空に、オレの間抜け声がやけに響く。


 そう、ここは大空。


 何故急にこんな事になってしまったのか?


 足下に広がる特に都会でも田舎でも無く、別にオススメ観光ポイントも何も無い生まれ育った街を見下ろす。

 先日二年生に進級したばかりの通い慣れた高校のすぐ側の道路に人だかりが出来ている。

 トラックも停まっているが、事故を起こした形跡は無い。


 そう、オレはトラックに撥ねられたわけでは無いのだ。


 確かオレは登校中だった。

 朝練をしているグラウンドの脇を通ったところで、何かが光ったような気がして上に顔を向けると、野球部の特大ホームランボールがオレめがけて飛んできていた。

 間一髪でボールを避け、うっかり道路に出るとそこには大型トラックが……でも、オレはこれもすれすれで躱したのだ。

 だから、本当は何も困った事なんて無い筈なのだ。

 

 足下のマンホールの蓋が開いていない限りは。


 ……思い出した。

 オレ、マンホールに落ちたんだ。

 台風の風か、それとも凄かった雨水のせいで外れてしまっていたのだろう。


 人だかりはオレが落ちたであろうマンホールの側に出来ていた。


「やっと状況が飲み込めてきたようだねぇ」


 不意に幼女の顔が目の前に飛び込んでくる。

 しかも逆さま。


「うぉっ!」


 マンホールに落ちて、魂だけするするって上ってきてしまったオレをこの幼女が天空で捕まえてくれたのだ。

 驚いたオレを見て姿勢を正面に直しながらケラケラ笑う幼女は、輝くような金髪に、蒼い瞳。

 白い肌。

 そして、背中には純白の小さな翼。

 ……ん?

 翼?


「ってか、お前天使か!?」


「おやおや、やっと気付いたのかい? どう見ても天使だろうに。じゃあ、最初に言った話もよく分かって無いんだろう?」


 どう見ても幼稚園児くらいなのに、随分婆くさい話し方をする。


「あの、転生がどうこうってやつか?」


「そうそう。アンタの事故は本当に不慮の事故だったんだ。天界も予想外。だってそうだろう? ボールを避けたせいでトラックにぶつかりそうになり、それも避けたらマンホールに落ちるってどれだけ不運なんだろうねぇ」


「うぐっ。だけどそう言うのって元々運命とかで決まっているんじゃ無いのかよ?」


「まぁ、ある程度運命っているのはあるよ。でもねぇ、アンタは本当だったらあのボールに当たってちょっと脳しんとうを起こすくらいだったんだけどねぇ。それか避けてお尻を打撲か。それがこんな事になるなんて言うのは本当に珍しいよ」


「平凡な人生だったのに、こういう所でレアは引きたくないんだよ。で、その激レアさんなオレはどうしたら良いんだよ?」


 オレのその言葉を聞き、幼女というか、天使はホッとしたような表情を見せる。


「やっと話が最初に戻せるよ。こういう運命以外の道に弾き飛ばされてしまうのを防げなかったのは、天界のミスなのさ。これは予定外だったんだからねぇ。だから、アンタの希望を聴いた転生をすることにしたのさ」


「希望?」


「そうさ、何かあるだろう? 社長になりたいとか、こんな国に生まれたいとか……」


「ああ、そういうことか。でも、社長になりたいとしても、もう一回赤ん坊からやるんだろ? 気が長い話だなぁ」


「今回のことは天界のミスだから、特別にアンタの年齢である十六歳まで生きていて、何らかの事情で魂だけ抜けてしまった身体に転生することも可能だよ」


 正直今更赤ん坊はキツい。

 小学生なら楽しかったし、戻っても良いけどな。

 でも、授業が面倒か。


「じゃあ、出来るだけ今の年齢に近い方が良いな。でも高校受験の内容は忘れたから中三は避けてくれ」


「分かったよ。他には何かあるかい?」


「そうだなぁ、やっぱり陽キャでパリピなイケメンで、ザギンでシースー食べるような金持ちで……」


「ちょっ、ちょっと待っておくれ! ワタシ日本の担当を始めたばかりだから、そういう特殊な言葉はまだ分からないんだよ。もう少し分かりやすい言葉にしておくれ」


「おっ、そうか」


「あと、希望は三つくらいにしておくれよ。条件に合う身体を探せなくなっちゃうからね」


 三つか。

 まるで魔法のランプだな。


 まずイケメンは外せないよな。


 あと、モテモテ。

 あーモテてーな。

 勝手に美女達にわらわら言い寄られたい。

 

 それと、金持ちの方がやっぱり良いよな。

 でも、金持ちって言うとどんぐらいなのか分かりづらいし、こう折角転生するんだし平凡じゃない方が面白そうだよな。

 

 これを今時じゃ無い言い回しで伝えれば良いんだな。

 まぁ、国語のテストに書くような感じか。


「美形で、異性に好かれやすく、特別な立場にしてくれ!」


 オレがハッキリそう言うと、天使は目を丸くした。


「それでいいのかい?」


「おう! 完璧だろ?」


「アンタも美形ってほどじゃ無いけど、まあまあ可愛らしい顔立ちじゃないのさ」


「男が可愛くても本当にしょうが無いんだよ! しかもまあまあとか、中途半端も良いところだ」


 成長期後半の高校二年生で、平均身長を下回り、飛び抜けて美少年ならまだしも、まあまあ可愛いという微妙な評価。

 それより、背も高く、格好よく、カリスマ性もあり、何だかいつも人の中心にいるような、そんな男らしい感じに憧れるのは当然だろう!

 

 急に転生なんて困惑はしているが、折角の機会だ。

 しっかり自分の希望を伝えねば。


「そうかい、分かったよ。じゃあ、早速転生の儀式を行うよ」


「え? 急だな」


「ワタシも結構忙しいんだよ。ほら目をつぶって」


 言われるがまま目を閉じると、呪文らしきものを唱える天使の声がどんどん小さくなっていった。

 元々宙に浮いていて不安定だった足下はますます不安定になり、やがて身体が回転する感覚。



 それらが全て落ち着くと


――完全な闇が訪れた。



◆ ◆ ◆



――どれくらい闇の中にいたのだろう?


 何日もいたような気もするし、ほんの数分間な気もする。


 遠くで声が聞こえ、身体を揺らされる感覚。

 少しずつ音が現実味を帯びていく。


 何度か目を開けようと思ったが、上手く力が入らない。

 今まで意識したことが無いが、瞼にぐっと力を入れ、一気に目を開けると――


――目の前には見知らぬ男の顔。


 ああ、これが転生したオレの姿か。

 きっと鏡を見ている途中だったのだろう。

 

 意志の強そうな暗紅色の瞳。

 髪は黒っぽいが光の当たっているところは深緋に見える。

 鼻筋もしっかり通っているし、顔からして日本人では無さそうだが、まず間違いなくイケメンだ。

 天使よ、やるじゃないか。

 

 鏡の中の表情はオレの気持ちとリンクして嬉しそうに微笑んでいる。

 リクエスト結果に満足し、鏡に手を伸ばすと……


……むにゅ


「ん?」


 何で柔らかい感触なんだ?


……むにゅむにゅむにゅ


 もう一度手を伸ばすがやはり柔らかい。普通に頬の感触だ。


「もう平気そうだな」


 鏡の中のオレが微笑みを引っ込め、呆れたように言い放つ。


「え? あれ?」


 勝手に喋っていると言うことは、鏡では無いのか。

 少し意識がハッキリしてくると自分が床に寝そべる体勢で目の前の男に抱きかかえられている事に気付く。

 床には豪勢な絨毯が惜しげも無く敷かれている。

 男の頬から手を離し敷物に触れると、ふかふかすぎて布団のようだ。


「起きられるか?」


 絨毯を触っていたら、立ちたい合図だと思われてしまった様だ。

 イケメンはオレを支えている左腕に少し力を込めて補助をしてくれた。

 まだ少し意識が混濁しているのか、それとも服が動きづらいものなのか、よろよろと起き上がる。


「あっ、ありがとうございます」


 礼を口にした瞬間、声の高さに驚く。

 元々のオレの声も決して低くは無いが、これは高すぎる。

 年齢が近い身体に転生できると聞いていたが、まさか声変わり前の子供になってしまったのか?

 

 見たところ、ここは日本じゃ無さそうだし、義務教育とかあるのか分からないけど……。

 どこだか分からない外国でもう一度勉強し直すのは辛すぎる。


 でもまぁ、美形で、異性に好かれやすく、特別な立場という条件が満たされているなら、人生もイージーモードか。


 小学校の頃の担任の先生にも

『君の良いところは前向きなところだね』

と褒められた事のあるオレは、瞬間的に気持ちを切り替える。


 そうだ。

 子供の方が良いじゃ無いか。

 確かに色々面倒だけど、これからこの国のこととか勉強すれば良いんだし、数学とかそのまま使える科目もあるだろう。

 これからは美少年として順風満帆に過ごして、数年後には美女達に囲まれてウハウハコースだ!

 はっはっは!


 男に腰を支えられながら何とか立ち上がったオレの目の前に、姿見が飛び込んできた。

 これも自分の家にあるものとは全然違い、煌びやかな装飾が施されている。

 

 そこに映るのは、文句なしのイケメンに支えられた、文句ない見たこと無いくらいの美少女の姿。

 

 睫がバサバサの大きな菫色の瞳に、紫苑色の腰まである艶やかな髪。

 陶器のような白い肌に、薔薇色の唇。


「え?」


 咄嗟に頬をつねると、鏡の中の美少女の顔が可愛らしく歪む。

 歪んだ顔も、文句なしでマジ可愛い。

 服装は白じゃ無いけど、結婚式とかで見るようなドレス姿。


「姫、本当に大丈夫か?」


「ひっ、姫? オレが?」


「オレ? やっぱりまだ意識が混濁しているのかもしれないな、もう一度横になるか?」


「いやいやいや、大丈夫です。じゃなくて、オレが姫?」


「そうだ」


 男の返事と同時にその手を振りほどき、鏡をガシッと掴む。

 勿論、鏡の中の美少女も同じ動き。

 今度こそ間違い無く、本当に鏡に映った姿だ。


――天使のやつ、全然違うじゃねぇか!


 叫びかけてハッとする。


 オレの出した条件は『美形で、異性に好かれやすく、特別な立場』。


 美形……本当に今まで見たことの無い美少女だ

 異性に好かれやすく……今現在、すっげーイケメンに優しくされている

 特別な立場……姫って言われているんだから、姫なんだろう、確かに特別だ


 条件は満たしている……。


 しかし……


「ちげーだろーが!!!」


 すっかり可愛らしくなってしまったオレの叫び声が、虚しく響き渡った。

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