第18話 ハスキー犬とサバンナ猫

 __城の中庭__

 霧は未だ晴れずに地面を這い、壁に刺さる松明の明かりを反射させて辺りをぼんやりと照らしている。そんなウィリアとシロウが苦戦した場所に2人と1体は出た。空気の流れに従い飛ばされた死肉ヤタ受け身を取り、その動きに霧はついていく。晴れた道をレオンとサバージはゆっくりと歩いて追う、武器を強く握り締めて。レオンは唸り声を静かに上げ歯が剥き出しになり、サバージの普段の細目も今は鋭い眼光が見えている。レオンの黄色の目とサバージの緑色の目は遠くの壁にあるはずの松明の炎は既に2人の目に燃え移っていた。天秤が傾かないよう、互いに十分な距離を取っている。助走をつけ、庭の中心で撃ち合うには互いにとても良い距離だった。

「随分と忌諱ききに触れることをしてくれるな、アイツは。」

「死体や死肉を粘土のように使い作っては戦わせる遊んでる……随分悪趣味なものだニャ。」

「あぁ……それに、俺たちの師匠マスターをわざわざ……!!」

 均衡は崩れた。助走というより疾走、レオンは一瞬にして死肉ヤタの背後に回り込んだ。ブレードではない方の腕に。

「本当にタチが悪い。」

 ガキィン!!

 死肉ヤタは目で捉えていた。腕をブレードに形状変化させ、レオンの斬撃を受け止めたのだ。彼の移動は一瞬、抜刀と斬りつけの間はさらに短い。そんな普通では見ることすらできないはずの一撃に死肉ヤタは対応した。だがレオンにとって、だった。レオンの攻撃の間に距離を詰めていたサバージが2本のレイピアで攻撃する。しかし、余った腕のブレードで2本がかりの剣撃を捌いていく。

 ■■■■■!!!

 掠れた咆哮と共に撃ち込まれた剣をカチ上げ、駒のように回転する。2人は後ろに重心をかけて死肉ヤタから離れる。レオンは背後にある壁を蹴りサバージの元に着地する。

「やはり訳が違うな。」

 バン! バン! バン!

 カキン! カキン! カキン!

 サバージが放った銃弾はいとも簡単に弾かれた。目の部分は腐食し黒くなっている。見えてないのならば、腕のブレードで銃弾を弾くことは《《まず不可能》だ。2人の中で様々な推測が浮かんだが、どれもヤツには当てはまらなかった。

「見えてないとして、勘であそこまでできるのかニャ?」

「いや無理だ……何かしらがある。それを暴いて潰すだけだ。」

「『やることは今までと変わらない』って事だニャ。」

「そう……」

 瞬間、2人は疾走し、正面から死肉ヤタとの間合いを詰めて剣を振りかざした。

「いつも通りだ。」

 ガキイィンン!!!!

 大きく鋭い音が庭の中で暴れた。それは連続し、止まることを知らず、赤・黄・緑の光跡が動き回る。空中で体を回転させたり、わざと大回りして走って斬りかかるなど、いつもの2人だからこそ使える『阿吽の呼吸』で戦うことにした。そう、考えても無駄なのだ。なぜならヤツは。想像すらできない事象に対し、正面で向かい合って解くと言う発想自体がそもそも間違っているのだ。

 ならばどう解くか? 答えは実に単純である。

「「(戦いながら見つける!!)」」

 2人と1体の武器が激しくぶつかり合う。3本の刃は遠い松明の灯りでも金属の光沢が高貴に煌く。残りの2本は光沢などはない。刃こぼれした骨の刃に赤黒い肉が所々に錆のようにこびりついている。

「レオン!!」

 後ろに離れたサバージの呼びかけに対して、微かなを聞き取った。

「ハァッ!!」

 鍔迫り合いをしていたレオンは死肉ヤタの両腕の刃をカチ上げた。開いた腹に肘打ちでよろめかせた。そのままももを台にし、顔面を蹴り上げて高く跳び上がった。

「撃て。」

「完璧だニャア。」

 バァン! 

 レオンがよろめかせた瞬間、引き金を引いた。サバージは真剣な表情をしていながらも笑みがこぼれて瞳は光っている。放たれたサバージの赤い[気]が込められた銃弾は死肉ヤタの心臓を貫いたのだ。

 ■■■■!!!

 通常の弾丸ではないため速度は遅く、死肉ヤタの心臓に留まった。撃たれた部分を押さえつけ、金切り声を上げて後ろに数歩引き下がった。

 ■■■■■■■■ーーーー!!!!

 だがすぐに体勢を立て直し怒りの咆哮と共にサバージの方へ勢いつけて迫ってきた。

「それでいい。」

 死肉ヤタが飛びかかった瞬間、真剣な表情は完全な笑みに変わった。振り下ろされた右腕は受け止めながら剣を滑らせ腕と刃の境目を綺麗に切り落とした。続けて下から抉るように飛んできた左腕はレイピアを投げて間接部分に突き刺し地面に固定させた。

「後は任せるニャ。」

 そのままサバージは左に切り返す。その時サバージは弾丸が入っている心臓部分をレイピアで切り付けた。視界からサバージが消えた時、死肉ヤタの体が硬直した。傀儡かいらいでありながらも「戦慄」と言うものを知ったのだ。サバージが避けた後ろには、青いオーラを纏い、黄色い眼と共に光らせている。レオンは呼吸を整え、突きの構えで準備をしていた。左手の伸ばして目標獲物を狙う。低く長い唸り声を上げながらサバージが自分の線上から外れる瞬間を今か今かと待っていたのだ。そして遂に、レオンにとってその機会が訪れた。

「トドメだ。」

 その一言を呟いた瞬間、青と黄色の閃光、それと同時に光跡が生まれた。レオンは一歩で死肉ヤタの間にあった10メートル程の距離は刹那にして消し、自分の間合いに持ち込んだ。

「『咆哮能牙ホウコウノキバ=』!!」

 刀身は心臓を貫き、そのままレオンは空いている左手で柄を持つ。

「『快晴』!!」

 レオンは刀を半回転させて死肉ヤタの心臓を抉ると同時に二歩目を踏んだ。刀身は向こう側に行ってレオンからは見えなくなり、鍔に引っかかった死肉ヤタは布切れのように手足がなびく。勢いが止まることはなく、そのまま壁に串刺した。

 ■■■■■■■■!!!!!!

 死肉ヤタから出たものは辺りを震わせるほどの悲鳴と大量の吐血。肉壁を通して串刺した壁はレオンの風圧と刃の威力に負け、ヒビは刀を中心に放射状に広がり大きな窪みが生まれた。レオンは死肉ヤタを貫き、壁に刺さった刀を勢いよく死肉ヤタを強く斬りつけながら抜いた。松明の炎を美しく反射していた鋼色は紅に染まり、肉を噛みちぎった後の獣のように、刃は血塗られていた。そして大きく円を描いて血振りをさせると、腰の鞘に刀身を滑らせ納刀した。カチンと音が鳴ったと同時に、レオンの後ろで壁が崩落する音が響いた。動く事ができなかった死肉ヤタは下敷きとなった。

「それでよく今まで警察隊の総隊長をやってたニャ。」

「指示と判断を的確にしてきたからだ。それさえできれば、感情は露わになっても問題ない。」

 サバージの皮肉にレオンは分からなかったかのように自然に返した。

「お前こそ、なぜそんなに冷静でいられた?」

「騎士長であることともう一つ。貴族にとって感情を表に出すと言うことは、余裕がないことの表れだからニャ。それは眼や素振りからも出てくる。」

「だから常にそんな感じなんだな。」

「そう言うことだニャ。」

 貴族の出であるサバージは、感情の起伏を見せると言う事がどういうことかを理解している。常に笑顔で両手を後ろで組んでいることもそれが理由だったのだ。

 ■……■■…………。

 2人が移動しようとしたその時、埋もれていた瓦礫の中から死肉ヤタが起き上がった。声にもならない鳴き声を上げて。肉体的な限界なのか呼吸がうまくできていないだけなのか、息が上がっている。身体中は血だらけで、最初から皮膚が剥がれて肉が見えてたりしていたが、さらに抉れて骨まで見えていた。立っているのもやっとなのだろう、歩く時にふらついている。右腕だけ骨のブレードのようなものが造られていた。だが先ほどのより細く、斬るというより突くためのレイピアのようになっていた。

「全く……まだ来るというなら……こうするしかないニャア。」

 そう言ったサバージは指を弾く。すると死肉ヤタの体から無数の刃が飛び出し串刺しにした。死肉ヤタの体は刃に持ち上げられ宙吊りにされる。刃の形はレオンの刀と同じものだ。心臓に置かれたサバージの[気]が込められた銃弾から生み出された、サバージ特有の技なのだ。そんな状態になってももがく死肉ヤタに、サバージは銃のハンマーを下ろし頭に狙いを定めた。

「『エスパス・アール空間美術パニッシュ』」

 引き金を引くと銃は吠え、炎と銃弾が放たれる。弾は一直線に死肉ヤタの頭から脊髄を綺麗に貫いた。叫ぶことももがくこともなく、死肉ヤタの動きは完全に止まった。2人は[気]でも確認し、完全に死んでいることを確認した。

「『偽物には偽物に相応しい死を』だニャ。」

「お前に花など必要ない。そのまま地獄へ堕ちて逝け。」

 レオンとサバージはそれぞれ師の傀儡かいらいに吐き捨てた。


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