第16話 何のために戦うか

 巨獣が鳴らす足音は徐々に城へと近づいている。オルガンから流れる曲は徐々に加速していく。そんな中、アンドラスは鳥瞰している。数でも質でも圧倒的に不利とわかっている。だが6人から放たれる殺気を前にしても彼は動じることはなかった。

「フフフフ……。」

 突然笑いだす姿に、6人の警戒心は高まる。

「フハハハハハハ! アハハハハハハハハハハ!!」

 勝利を宣言したかのような高笑いは城中駆け巡った。

「数が揃い勝ったつもりか? 私の首を獲れば戦いは終わると、本当に思っているのか?」

 アンドラスの発言に全員が絶句した。だがワイバーンは唯一声を上げた。

「あぁ! お前を倒せばあの巨獣は止まるんだろ!」

 残念なことに理解はしていなかった。

「さすが幻獣族の恐竜だ。トカゲの仲間なだけあって考えが浅はかだな。」

「アイツ失礼なヤツだな。」

 軽くあしらわれけなされたワイバーンは歯軋りをするが、それをなだめるかのようにシルベスターがつぶやいた。だがそれ以前の問題というのは全員が静かに思ったことである。

「確かにあの槍を彼に刺したのは私だ。だが暴れているのは『槍の意志』だ。もはや止まることはない、誰にも止められない。」

「『呪血の槍』か……随分と味なことをしてくれたな。」

『呪血の槍』それは紫の属色だけが持つ禁術の一つで、生物の血を凝固させて呪いを付与した槍を作る術。死体を操るというあまりに非人道的な術であることから獣国では禁術として封印されている。だがアンドラスはその禁術を最大限に活かした最悪な戦い方をしているのだ。

「彼は獣人ビーストの研究に20年以上という実に膨大な時間を割いてきたが、この『呪い』には一番苦労していたよ。それもそうだ、人間からすればこんなふざけたカルトを「解こう」と発想することがそもそも馬鹿げている。現代科学の力を持ってしても数式に落とすことはおろか、再現すらできないのものをどう乗り越えるか。彼が出した答えは実に単純だった、それが……。」

「『悪魔の契約』か。」

「その通りだ。彼は自分自身が使えれば解明できると思い私と契約した。密入国までしても知りたがる彼の飢えた獣のような探究心。研究者は、私に取ってはこれ以上ない相手だ。教えずに逃すわけないだろう?」

 全員が決心した。ここでこいつを仕留めないといけない。今彼を逃したら、次は本当に人間と獣人ビーストでの戦争が起こりかねない。

「今一度言おう。アモンアレはもはやただの死体人形でしかないのだよ! 誰も止めることはできない巨獣だ! 私を殺しても無意味なのだよ!既に我々の勝利が確定しているのだよ!」

 アンドラスは勝ち誇ったように告げた。ただ残念ながらその通りなのだ。槍をアモンに刺した事でアンドラスの役目は終えている。彼の切り札が出ている時点で実質シロウたちは詰んでいるのだ。

「あの時……獣士の資格を剥奪されてでも、お前を殺すべきだった!!」

 レオンの歯は剥き出しで、怒りが露わになっていた。それはアンドラスに対してではなく、過去の自分に対するどうしようもない怒りだった。

「では最後に……いいものを見せてやろう。」

 指を鳴らすとアンドラスの後ろの壁が大きな音を立てて上がっていく。ひたひたと冷たく湿った音が響き、暗闇の中から現れた。

「私からの冥土の土産だ。喜べ。師と感動の再会だぞ。」

 現れたのはあろうことかヤタとキュウビだ。だが死肉の塊がヤタとキュウビの姿をしているというだけ、体の至る所に縫い目が見え、皮は剥がれ肉が見える。実際はただの継ぎ接ぎな肉塊にすぎない。だが4人にとってはこれ以上ない侮辱だ。

「どうだ? よくできているだろう? お前たちの師と瓜二つだ、私が最後に見た姿のな。」

 ゆっくりと着地したアンドラスは何処の馬の骨かも分からぬ死肉で型取られたヤタとキュウビを触り動かす。煽っていることは明らかだが、ここまであからさまにやられると本当に胸糞悪くなる。全員がアンドラスに対し静かに憤慨する中、レオンの口が開いた。

「ワイブ、シリー。お前たちはキュウビ。俺とサバージでヤタだ。そして…。」

 今にも叫びたいというレオンの気持ちがよく伝わる。歯を剥き出しにして唸るが、食いしばって我している。そしてできるだけ小さい声で話しているのがよくわかる。言葉の中には異常なほどの殺意とそれを完遂してやろうという決意の固さが強く現れていた。

「シロウ、ウィリア。お前たち2人でアンドラスを倒せ。これは復讐じゃない。通過儀礼だ。2人で父親を超えろ。いいな?」

 声の中にはもう一つ、仲間に対する信頼もちゃんと籠っていた。シロウとウィリアが見たレオンの横顔は凛々しく、向けられた視線からは自然と「勝てる」「大丈夫」という安心感が湧き出てきた。

「「はい!」」

 2人の返事を聞いた4人の顔に笑顔が浮かび上がる。

「終わり次第巨獣の足止めに迎え! 任務開始だ!!」

 レオンの命令を合図に。それぞれが指示された敵へ全力で向かっていった。その時ワイバーンはオルガンに向けて爆液を発射した。青色の液はオルガンの管にへばりついた。それを無視して全員の走る姿を見たアンドラスは叫んだ。

「さぁ! 過去の『』と向き合うがいい!!」

 彼の声が合図となり、死肉のヤタとキュウビも彼らに向かって走り出す。死体である2体は片腕を刀に変形させてそれぞれが当たった敵の剣を受け止める。刃のぶつかる鋭い音が大広間に響き渡る。全員がつば競り合いの状態になると、曲が終わったのかオルガンの音は小さくなっていく次の瞬間。

 ボカアァン!

 ワイバーンの設置した爆液が点火しオルガンを破壊した。それと同時に演奏者である骸骨たちは吹き飛ばされ、シロウたちがいる地面に叩きつけられた。その時今まで地面をっていた煙は消え、今まであった寒気と奪われていく感覚は嘘のように消えた。これで6人は本来の力を発揮できるようになった。

「今だ!!」

 ワイバーンが叫ぶとそれぞれが敵を掴んでワイバーンとシルベスターは上へ投げて天井を、レオンとシルベスターは蹴り飛ばし壁を破壊。それぞれが別の場所で戦うことで、お互いを気にせず思う存分戦えるようになったのだ。それも自分達が有利な場所で。再び起き上がった骸骨たちは、死肉ヤタへ死肉キュウビへとそれぞれが別の場所に向かった。アンドラスはサーベルをぶつかり合うサーベルを蹴って2人との距離を取った。

「殺せるか? 親である私を?」

「あぁ……そのために来た。」

「だが何のために? 私に勝っても意味はない。自己満足? それとも復讐のためか?」

「どっちも違う。」

「ではなぜだ?」

 アンドラスの言葉に2人は黙る。

「もう二度と、私たちのような犠牲を作らせないために!」

「もう二度と……獣人ビーストが傷つかずに済むように!」

 答えると2人は構え直した。シロウとウィリア、答えは違えどアンドラスを倒す理由は復讐以外で確かに持っていた。それは今まで過ごしてきた中で培ってきた「誰かを守る」という大事な思いだった。

「いいだろう。ならばやってみろ! この私を倒して見せろ!」

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