第15話 集結
城の中で骸骨は「オペラ座の怪人」を奏でていた。薄ぼんやりとした松明の明かりの中、床は綺麗な赤色が広がっていく。
「まずは一匹だ。まさか完成品を私自身が手にかけるのは……なんとも悲しいものだな。」
串刺しにされたシロウを眺めながらアンドラスは言う。
「うあああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ウィリアは雄叫びをあげ、怒りに身を任せた斬撃を打ち込んだ。だがその一撃はいとも簡単に止められてしまう。
「やはり獣だな。怒りに身を任せるあまり力任せだ。冷静さを欠いているぞ」
アンドラスが瞬きをした瞬間、眼前にはウィリアの剣しか残されていなかった。背後をとっていたウィリアは両手に[気]を集中させていた。
「そっちは慢心してるみたいね。」
両方の拳をアンドラスの背中の前に出す。
「麒麟・雷撃砲!」
「ッ!!」
直後両拳から強い光と電撃が放たれ、アンドラスを吹き飛ばす。壁に大きな穴を開けるほどの高威力だ。衝撃で瓦礫がアンドラスを下敷きにする。そこから動きと殺気がないことを確認するとウィリアはすぐさまシロウの元に向かう。気力も体力も限界の中、深く突き立てられたサーベルを抜いて[気]を集めシロウの治癒を始めた。
「シロウ……大丈夫……今……治してあげる……から。」
開きっぱなしの目には、あるはずの光が消え、息をしていないとを知りながらも「諦める」という言葉は彼女の中には微塵も無い。触れると微かに心臓の鼓動を感じる。奇跡的に心臓を突き刺されてはいなかったが、それでも大量に流れ出た血から、致命傷に変わりない。
「シロウ……お願い……戻ってきて……。」
傷口に当てている手に血と涙を落とす。ウィリアの中から溢れ、流れるものは際限がなく、留まることもない。
「まだ死なないでよ……私……まだシロウとやりたいこと……沢山あるんだから……。」
無駄だとわかっている。だがそれでもシロウに話しかけ、祈るように治癒を続ける。目は閉じている。いつもより治りが遅いが傷口も塞がり完治していく、ただ体の中にある異物は取り除けていない。温もりが戻ることもない。下に漂う冷気に松明の灯りは届いても、その熱が届くことはない。
「もうこれ以上…………私を1人にしないで。」
心と身体に限界がきたウィリアの腕の力が抜け、綺麗になったシロウを覆いかぶさり抱きしめる。シロウの毛はウィリアから流れる血で赤く染まっていく。無力感に苛まれ押し潰されそうになりながらも、泣き叫ぶことはしなかった。ただ静かに、奇跡に縋るように涙を流した。
「さて……別れの言葉は済んだか?」
瓦礫をどかしながらアンドラスは起き上がる。痺れが取れていないのか心なしかふらついている。剣は地面に刺さっている。だが動けないウィリアには届かない距離。これ以上近寄るな。そう睨みつけるだけが精一杯だ。
「フェンリルの持つ自然治癒は無力化してある。サーベルに猛毒を塗ってあるからな。」
「どう言うこと?」
「あれは外傷こそ瞬間的に治す力はあるが、体内に侵入した毒物などが侵入した場合、治癒の機能が停止する。戦闘においては致命的だ。」
勝ち誇ったかのように2人の前に立つ。だが顔は全く別の方向を向いていた。
「聞こえるか? あの足音が。もうすぐここに着く。」
ウィリアがさっきから抱えていた疑問が今解決した。オルガンの音色に包まれながらも近づき響く地鳴り、それが足音であることに動揺を隠せなかった。シロウもレオン達もいない今、この戦いの勝利は絶望的だった。涙を流していた目が、光を拒むように何も写さなくなった。
「『
アンドラスは剣先を向けて勝利の宣言をすると、目の色を変えサーベルを高く振り上げる。そのままウィリアめがけて一直線に振り下ろした。
「ごめんね…………シロウ。」
ウィリアは静かに閉じた。泣き叫ぶことも、アンドラスに攻撃をしようともせずに。どんな形でも最期は潔く飾ろう。そう考えての行動だ。少なくともさっきのシロウを見て、自分もあんな終わり方に少し憧れを持っていた。
「謝るくらいなら生きてよ。ウィリア。」
ガキィン!!
優しい囁き声と共に、後ろから温かい風が吹き抜ける。ウィリアは強く閉じていた目をゆっくり開けた時、瞳に光が戻った。ウィリアに振り下ろされたサーベルは、獣人体のシロウによって止められた。それもヤタが得意としていた[気]による体の硬質化を使って。完全にできてないのか左腕だけを強化している。
「ウルアゥッ!!」
空いた右手でアンドラスの顔目掛けて拳抉るように振り上げる。しかしすんでのところでアンドラスは翼を広げて上空へ逃げた。ウィリアは目の前で起きている光景が信じられず、ただ見ているだけだった。
「立てる?」
「……えぇ!」
流れている温かい涙を拭い、嬉々として答えると差し出された手を掴んで立ち上がる。喜ぶあまり、溜まっていた疲労が消えて元気を取り戻した声には今までの勢いが戻っていた。それは体も同じだ。
「驚きだな。確実に殺したと思っていたよ。」
「獣と人間じゃ心臓の位置がズレてる事ぐらいあんたでも知ってんだろ? それとも、ウィリアを仕留めることに集中しすぎて忘れてたか?」
不敵な笑みからアンドラスを煽っていることは明らかだった。表情を少し変えかけたアンドラスは、再び冷静さを取り戻す。
「安い挑発だな。そんなのに乗ると思うか?」
「平然を装うのも大変だなぁ? 動揺してんのが丸わかりだ。揺れてるぞ? アンタの[気]が!」
「ッ!!」
アンドラスの中で忌々しい面影が重なる。
「こんなまぐれ。次はない!!」
一瞬で分身を作ると、再びシロウに襲いかかっていく。ウィリアも加勢しようとするが、分身はシロウに狙いを定めていた。遠距離射撃を狙うが、シロウに当たるかもしれない不安からすぐ撃てずにいた。アンドラスの攻撃を躱しながら、落とした自分の武器を取り戻す。前後左右から滑空してくるアンドラスの攻撃を、高く跳び上がって避けるシロウ。
「確かに次は無いかもな。だが……」
首飾りを引きちぎってお守りの石を投げる。
「アンタの言う『次』もない。」
宙に浮いた石を棍槍剣で真っ二つにした。
割れた石から強烈な光と共に衝撃波が放たれる。近くにいたシロウは吹き飛ばされるが、ウィリアが受け止める。アンドラスは危険を察知し、分身を消して自分の元に戻した。その光の中からレオン・サバージ・ワイバーン・シルベスターが飛び出すと、華麗に着地した。床に漂っていた冷気は一瞬にして晴れた。
「ウゥ〜! 久しぶりだよこの感覚。」
「オイラは慣れたもんよ。」
「それは君の力だからニャ。」
「そんなことを言ってる場合じゃないぞ。」
4人は目の前にいる悪魔を見た途端、表情が変わりそれぞれの武器を構える。
「シロウ……これ……一体……。」
唯一ウィリアは突然の出来事に置き去りにされていた。
「本当に最後の贈り物だよ。ヤタさんと、キュウビさんからの。」
シロウはウィリアから離れ、4人の元へ向かう。シロウにも置いてかれたウィリアは意味がわからずためらったが、シロウの4人を笑顔で見ていた姿とお守りが無いことからどう言うことか理解した。
「2人に会ってたんだ。こっちは死にかけて大変だったたのに。」
「そのお礼は今さっきしたよ。」
体を気にかけながら立ちあがろうとした時、シロウに言われて普通に立ち上がれることに気づいた。
「早く言ってよ。」
そう言いながらシロウを追い越して4人の間に入りシロウもそれに続く。遂に城の中に獣国騎士団が全員集結した。
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