第14話 夢の中で
「…………。」
シロウは眠りから覚めたように目を開ける。ゆっくり体を起こして辺りを見回すと滑り台やブランコ、鉄棒やタイヤなどがある、そこは幼い頃に母とよく行った公園だとすぐにわかった。
「……何でここに? 僕はさっきまで……。」
突然置かれた状況に困惑していると
「リア。」
昔の名前を呼ばれた。とても懐かしく優しい声、振り返るとそこには母親レティの姿があった。
「大きくなったね。」
「…………母さん!」
レティの容姿は幼い時と全く変わっていない。違和感を感じながらも、10年ぶりに会うことのできた衝撃からシロウは母親に走り寄ると強く抱き締め合う。2人共再会の喜びで涙する。
「今まで本当にごめんね。」
レティの言葉にシロウは首を振る。まるで童心に返ったかのように。だがレティは突然吹いた風によって砂のように吹かれ消え始める。シロウは目に映る光景に驚いて離してしまう。そのままレティは砂のようになって消えてしまった。
「母さん!!」
冷静さを無くしたシロウは慌てて吹き上げられた砂を掴もうとするも、掴んだものは空だった。仕方ないということも分かりきっていたが、受け入れられなかった。
「せっかく……会えたのに……まだ何も……。」
掴んだものは虚無と理不尽、それだけだった。そんな握り拳を泣き崩れながら胸に押し当てた。
「(リア。大丈夫。あなたはもう1人じゃないでしょう? 私ができたことは少ないけど……ずっとシロウを見守ってるし、応援もしてるから。)」
ふとレティの声がどこからか聞こえる。
「母さん? どこ?」
「(これでやっと……近くで見守れる。)」
「母さん? 母さん!」
「(ほら、あなたの大切な人が来たよ。)」
「……え?」
「シロウ。」
懐かしい声が聞こえて後ろを振り返るとヤタとキュウビが歩いてきた。その瞬間、シロウはレティの言葉に安心感を持った。本当に見てくれているんだ。そんなことを思いながら2人んもとへ向かう。
「ヤタさん! キュウビさん!」
「もう少年ではないな。」
「立派になった。」
「……はい!」
頭を撫でながら褒めるヤタに、シロウは涙を拭って笑顔で答える。ヤタとキュウビは微笑みながら黙って頷き返した。
「少し歩こうか。」
キュウビは頭を触ってから歩き始める。シロウは黙ってついていった。いつぶりだろう、2人に頭を触られたのは。嫌になっていたはずなのになぜか2人に触られると嬉しくて仕方ない。シロウはそんなことを考えていた。
「ここって、どこですか?」
シロウが素朴な疑問を投げると、
「君にはここが何処に見える?」
そうヤタに返された。
「公園です、人間界の。僕が……
「そうか。ここはそういう場所だったのか。」
シロウが少し考えて答えると、ヤタは辺りを見回し頷きながら返事する。
「あの、どうして2人がここに? こういうのはアレですけど……もう2人は死んだはずでしょう?」
「あぁそうだ、確かに我々は死んだ。そして、ここは君が一番求めている物が手に入る場所だ。」
「どういうことですか?」
「ある種夢の中みたいなものさ。」
キュウビがそう言うと水の音が聞こえ始め、辺りを見ると景色が山の中にある湖に変わっていた。キュウビとヤタは小舟の上に、そしてシロウは桟橋の上に立っている。
「シロウ。我々はそろそろ行かなければならない。一緒に来るか?」
「はい。」
ヤタに誘われたシロウはすぐさま小舟に乗る。そしてそれはゆっくりと動き出すと、行く先は徐々に霧で隠され始めた。
「それはレオン達からの贈り物か。救転石とは彼らしい。」
ふとヤタはシロウの首飾りを指して言う。ヤタ達がレオン達と同期と言うことは以前から聞いていた。
「救転石?」
「その石はシルベスターの能力とそれぞれの獣士が持つ[気]が込められている。その石を割るとその[気]の持ち主が飛んできてくれる。確かレオンは青、サバージは赤、ワイバーンが緑、シルベスターが白だったか。我々にとって、彼らからの最後の贈り物だ。」
「そうだったんですか……初めて知りました。これにそんな力があったなんて。」
シロウは首飾りを眺めながら感嘆の声を漏らした。ウィリアにかけてもらった時感じたのに納得がいった。
「みんなはよく『お守り』って言ってたからね。願掛けみたいなものさ。『必ず自分達の元に帰ってこれるように』ってね。」
キュウビはさらに補足した。これは仲間をひと繋ぎにするための大切なものだったのだ。
「どこに行くんですか?」
「それはノアだけが知ってる。」
ふと先が見えない不安から出たシロウの問いに対してキュウビは曖昧な回答をした。
「今なら戻るのもありだぞ。彼らが待ってる。」
桟橋の方を向くと、レオン、サバージ、シルベスター、ワイバーン、スター・エイジ、そしてウィリアがいた。
「………………。」
シロウは躊躇う。2人の師匠にもう一度会えたことに喜びを感じているし、もっと色んな話をしたいし学びたい、だからこそ乗ったのだ。でも獣国騎士団や獣国のみんなと過ごす日々は楽しく飽きることはない。そっちとも一緒にいたい。そして何よりも、ウィリアがいないのは耐えられない。
「シロウくん…………シロウくん。」
どこからかウィリアに名前をささやかれる。そんな中シロウは様々な思いと考えが交錯する。その中には生きることに対する未来への不安、過去の辛い記憶を背負い続ける事への辛さが湧き上がってくる。このまま乗れば何もかも消え楽になれるが、その先には何もない。考え込んで起きる頭痛を両手で頭を強く押し、痛みを誤魔化しながら考え続ける。
「決められませんよ……どっちかにしろだなんて……ヤタさん、キュウビさん……僕は……どうしたら……。」
いろんな感情が混じった涙を流しながら、シロウは2人に助けを求める。
「シロウ! これは誰かに頼って決めてもらうことじゃない。自分自身で決めないといけない事だよ。最後に決めるのは誰でもない自分なんだ! 大丈夫だシロウ。君にはもう『力』がある、『獣士としての力』ともう一つ『生きるための力』が。」
「生きるための……『力』。」
キュウビは初めてシロウに対して強い口調で言った。それは怒りに任せて放たれた言葉ではなく、最後の激励だとシロウは受け取った。
「…………『誰かと一緒だからこれにする』ではなく『自分がやるならこれにする』。そう考えたらどうだ? 自分の心に聞いてみろ。何が一番やりたいかを。」
「………………。」
ヤタに言われた通り、シロウは目を閉じて考える。自分が本当にどうしたいかを考える。桟橋とそこにいるみんなの姿が遠ざかる中、それでもシロウは冷静さを失わずじっくりと考えた。
「焦らずゆっくり考えるといいよ。」
「残念ながらそういう訳にも行かないらしい。」
決断を急かすようにシロウの後ろから静かな風が吹き小舟を揺らし前に進ませる。どうやらこの夢の世界はシロウに、これ以上悩むことは許してくれないらしい。
「さぁどうする? もう迷っている時間はないぞ?」
「…………僕は…………。」
目を開いた時に、シロウの心は決まっていた。体は小舟の縁に手足をかけ、飛び出す準備をしている。
「……向こうに行きます。」
「それがお前の答えなんだな?」
「はい。僕には……まだ向こうでやることが残っているので!!」
ヤタとキュウビに満面の笑顔を見せて言うと、シロウは小舟を飛び出し桟橋の方へ戻ると、そのまま走って行った。
「成長したな。本当の意味で。」
「あぁ。生きることは辛い、でもその分幸福がある。過去がどれほど暗く背負いきれない物だとしても、
「彼はそれを知っていたからこそ、あの選択をしたのだ。我々が思っている以上に、彼は成長している。それに彼が
森の中に消えていくシロウの走り姿を眺めながら、2人は静かに喜んだ。そのまま2人の小舟は日の出の方へ向かい進んでいく。
「シロウ。自分を信じて真っ直ぐ進め。過去の自分は今と未来で変えられる。お前はそれを体現してきた。それは……我々がよく知っている。」
2人を乗せた小舟はゆっくりと霧の中へ消えていった。
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