第13話 決戦④

 巨大なシャンデリアがぼんやりと照らす城内は、静寂に包まれていた。サドナの顔に動揺するも、2人は戦いの緊張を解かない。その姿をサドナは鳥瞰ちょうかんし、品定めするように2人を注視する。階段を降りながらサドナは話しかけた。

「素晴らしい。今のお前たちは私が思った以上に成長している。だが惜しい。私の下にいたら、さらに強くなっていただろう。そして……。」

「『獣人ビースト殲滅に役立った』……そう言いたいんだろ? サドナ。」

 シロウの眼光は過去一番で鋭くなっている。

「リアネフ。父親に対する敬意が見えないぞ?」

 だがそれをあざ笑うかのように平然と微笑みながら返す。

「私たちがアンタに敬意なんか払うわけないでしょ?」

「あぁマチルダ。お前を失った時は本当に悲しかった。記念すべき第1号だったというのに。」

 ウィリアの口撃にも全く動じることはない。さらに、ウィリアに返した言葉は渇ききっている。声色、態度、感情。何もかも変化がなく、まるで人形と話しているかのようだ。

「ふざけるな絶滅主義者。僕たちは、お前が父親だなんて絶対に認めない。あんたがやってきたことは……少なくとも父親がやることじゃない。」

 シロウも負けずに言い返す。ウィリアが深呼吸で自分を落ち着かせる中、シロウは葛藤により震えていた。理性が押さえつけていたのは父親に対する恐怖心ではなく、今すぐ殺したいという「獣」の衝動。激しい憎悪と怒りから来るものを必死に抑えている。

「それは違うな。確かにお前たちを息子娘とは見ずに一つの実験個体として見ていた。」

「だったら!」

「だがお前たちがそこまで強くなれたのはなぜだ? 獣人ビーストにしか使えない獣術を使うことができるのは? 人間では到底為し得ない力を持つことができたのは?」

「何が言いたいの?」

「愚かだな。そもそも私が血を与えなければ、そこまで強くはなれなかったと言うことだ。。その点に関しては、父親として完璧だと思うが?」

 サドナが瞬きをした次の瞬間、目の前には「赤眼の」シロウがいた。それも涙を流しながら。

「黙れ。」

 静かに吐き捨て、大理石の階段を砕き散らすほど大きな一撃を打ち込んだ。大きな音を立てて砂埃が立ち、シャンデリアが揺れる。だがシロウが突き刺したサドナの姿は、キメラの死体に変わっていた。本物は高く跳び上がり、逆さに落ちながらも、シロウの背中を取っていた。

「衝動に駆られ、本能に従う。やはり愚かな獣人けものだな。」

 サドナは笑いながらそう言うと、羽の形をしたナイフをシロウ目掛けて投擲する。シロウはそれを弾こうにも、あまりの勢いで突撃したため、武器と一緒に腕が石に突き刺さってしまい動けずにいた。それを予想していたかのように[気]を集中させたウィリアはシロウの背中に飛び込み、飛んでくるナイフを弾く。

「ハアァ!!」

 直後、ウィリアは剣から炎の斬撃をサドナに飛ばす。背中から翼を生やして受け止めながら後退する。その間にシロウは武器と腕をひっこ抜いた。

「ありがとう。」

 ウィリアに一言礼を言うと、すぐさまサドナの方へ向かう。

「シロウ君!!」

「ウルラァウ!!」

 ウィリアの呼ぶ声に反応せず、獣の吠え声に近い雄叫びを上げながらサドナが顔を上げたと同時に顔面に峰打ちを打ち込む。出血したサドナがよろけた所を、すかさずシロウは棍槍剣の長さを活かして押し込み、サドナを壁に押し付ける。

「僕らをこんな風にしておいて『父親として完璧』だと? 僕らのことを実験体にしておいて、人間にも獣人ビーストにもなれない存在にしておいて!!」

「私にそこまでの憤りを感じていること自体が、愚かだと言っているんだよ。」

 後ろからサドナの声がした。シロウとウィリアが振り返ると、階段の踊り場にサドナが立っている。シロウは棍槍剣で押さえ込んでいるのを見ると、それはまたキメラの死体に変わっていた。慌てて2人は構え直す。

「お前たちは悲観的に考えすぎだ。私たちは選ばれたんだぞ? もっと喜ぶべきではないのかい?」

「『選ばれた』?」

 サドナはハンカチで血を拭いながら言う。シロウはサドナの言葉を繰り返すが、その時笑っていることが2人に底気味悪さを感じさせる。

「そうだ、私は神に選ばれた。いや正確には、神に『辿り着いた』と言うべきか。」

「どう言うこと?」

「簡潔に言おう。私は神になったのだ。そしてお前たちはわたしに造られた新たな種族だ。アダムとイヴのようにな。人間と獣人ビースト、2つの種族を超越した最高傑作。戦場に出ているキメラヤツらキメラノイド彼らとは違い、なんの欠陥もなく成長に不具合もない。」

 サドナの声が徐々に変化している。もう1人の誰かが同時に話しているような混ざった声に2人は違和感を感じる。するとサドナの周りに黒い霧が纏い始め姿を覆い隠す。

「お前たちはもはや一つの種だ。神は地球を、天地生命を創造した。それと同様に、私は完全無欠の合成人間キメラノイドを創造したのだ。」

 霧が消え、再び姿を現したサドナに2人は絶句した。

「お前は……!」

 シロウは驚きのあまり言葉が詰まる。ウィリアも唖然として何も言えなくなっている。2人の知る父親の顔は消え、最初に戦っていたときに見たフクロウの顔になり本来の姿に戻った。人間の体と天使のような白い羽、フクロウの頭をした魔物。2人の背筋が凍りついた。

「「アンドラス!」」

 姿が変わった瞬間に禍々しく放たれる黒紫色のオーラ、それは紛れもなく邪術の[気]だ。ヤタに教わった通り、周りにある生命を無慈悲に奪っていくような冷たく、不快な感覚が2人を襲う。

「(さっきと全然違う……何だこの感じ。)」

「(怖い……震えが……止まらない!)」

 2人とも獣士になる時読んだ本で見たことはあったが、その時に見た写真よりもその恐ろしさは別格だ。あれを見て今自分に最も近いものと聞かれれば「死」と即答するだろう。それほど2人にとって絶大な恐怖を感じさせるものだ。目の前にいるのは大昔に絶滅したとされていた悪魔なのだから。

「何で悪魔が生きているの? 絶滅したはずじゃ?!」

「マチルダ。史実が常に正確だと思わないことだ。お前たちが知るサドナはもういない。」

「どう言うことだ!」

「死んだ。つい先ほどな。奴は私と契約した。そしてそれが果たされた今、私が奴の魂を喰うことで、契約は果たされ体は私のものになったのだ。」

「………………。」

 2人の中にあった疑問が消えた。なぜ父親から「老い」を感じなかったのか。本当に存在したのだ、「悪魔の契約」というのが。サドナは悪魔と契約し、その間に消えていた肉体の「老い」は当人の魂を捧げる「死」と言う対価によって支払われたのだ。そして、その空いた体にアンドラスが代わりに入っているのだ。

「さて……この戦いが千秋楽だ。派手に行こう。そうだ、せっかくだ、オルガンを奏でるとしよう。」

 黒い霧からサーベルを取り出すと、オルガンの席に2人分の骨が一つに合わさった骸骨が現れ席に着く。

「早く構えろ。このままだと、お前たちは終わるぞ?危機は既に迫ってきているぞ?」

 言われるがままにシロウとウィリアは武器を構える。アンドラスはそれを満足げに見る。

「この戦いで全てが決する。さぁ終わらせよう。どちらが正義で、どちらが悪か! 」

 骸骨のオルガン演奏開始と同時に、アンドラスがシロウとウィリアのに飛びかかり3人の決戦も始まった。


「「マスター・エイジ!」」

 離れていた6人がマスター・エイジ、エイジは振り向くことなく手を後ろに払い、後ろの6人に離れろと警告した。獣士全員が離れている視線の先に見えたものは、立ち上がったアモンの姿だった。

「まさか……あれは!」

「もう溶け切りましたよ。」

 槍が刺さっていた部分は後ろの景色を覗けるほど、大きな穴が開いている。肌は赤黒く染まり、もはや人間の形をした別の生物に見えてしまう。

「穴が空いてるのに血が出てない……。」

「アイツ立ってるけど生きてるの?」

 ワイバーンとシルベスターが不気味そうに言う。

「死んでる。全く生気を感じない。」

「もしあれで生きているなら、冷たいすぎるニャ。」

 それに対し、レオンとサバージは平然を装いながら答える。内心は2人共ワイバーンと同じだが指揮官でもあったため、そのような動揺は見せないようにしている。

「ウ…………ア…………。」

 アモンが発する声に全員が耳を澄ませる。しかしそれは声というより音に近かった。

「GRAhaaaaaaaaaaaーーーーーー!!!!!!」

 アモンが放った突然の咆哮は、周りの獣士たちに耳を塞がせる程だ。アモンが発狂すると赤黒いオーラとヘドロが噴き出して体を包んでいく。それは徐々に巨大化し、様々な動物の特徴が混ざった一体のキメラに変わった。皮膚なんてものはなく、筋肉が剥き出して体が構成されている。だがその筋肉の筋も赤黒く染まっている。

「もはや一体のキメラというより動く肉塊だな。」

 セリザワは降りてすぐ、アモンの姿を侮蔑する。

「離れているのにすごく息苦しい。」

「禍々しさを感じるニャ。」

「それほど、彼の心の闇は深いものなのです。」

 その姿・形・大きさ、禍々しいオーラに全員が圧倒される。キリンの獣士ですら見上げるほどの大きさだ。本当に勝てるのか?その言葉が獣士全員の頭によぎる。

「GRAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーー!!!!!!」

 アモンの咆哮はさっきのと比べ物にならない大きさになっており、内臓を揺さぶられてしまうほどだ。

「どうするヘルガー? あらかじめ言っておくが、もう和解することはできないぞ。」

「それが絶たれたから考えている。あの大きさだと、仕留められるかもわからないな。」

 レオンとセリザワが話していると、突然アモンは動き出した。下にいる獣士たちを完全に無視して、城の方へ歩き出す。全ての動物の足を無理やりくっつけ、束ねたような醜く巨大な2本の足で。獣士たちは理解できずに固まっていたが、レオンたちは何をしようとしているのかがすぐにわかった。

「総員! ヤツの進行を止めろ!! 絶対に城へ到着させるな!!!!」

「「「ウオォォォォォーーーーーー!!!!!」」」

 レオンが大きな声で指示を出すと、獣士たち全員は大声を上げてアモンに突撃し始める。さまざまな攻撃がアモンに直撃する。しかしアモンは止まるのは愚か、怯むことすらしない。巨獣アモンはただひたすらに城を目指している、ヤツの行進が止まることはない。セリザワが顔面に爆撃や射撃を当ててもだ。

「どうなってやがる? ありったけぶち込んでやったはずだぞ!」

「まさかアイツ……痛覚が存在しないのか? 肉体が死んでいるから?」

「どうやらそのようだニャ。アイツはついに本当の意味で人形になってしまったんだニャ。」

 3人の間を走り抜け、エイジが高く飛び上がると巨獣アモンの頭を飛び越える。エイジは空中で呼吸を整え構えると、アモンの体と同じくらいの金色に光る大きな銅鑼が現れる。それは亀の甲羅の形をしていた。

「生命波動・亀甲銅鑼きこうどら

 ゴオォーーーーーーーーーン!!!

「ギャアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 エイジが甲羅の銅鑼を裏拳で軽く叩くと、それは大きな音を響かせ、黄金色の衝撃波となって巨獣アモンを襲う。流石のアモンも怯み悲鳴のような声をあげる。足が止まり剥き出しの筋肉はドロドロに溶け落ち、骨だけが残る。そして落ちた肉片は生き物のようにうねる。だがすぐに骨にくっついて元に戻る。

「さすがは肉塊。巨大なだけに一筋縄では行かないな。」

「だがセリザワ。マスター・エイジの技でも倒せないとなると……。」

「終わりではないですよ。皆さんの力を合わせればいいのです。」

 エイジが降りてきてすぐに言った言葉は、レオンとサバージを閃かせた。お互い頷くとすぐさま指示を出し始める。

「警察隊は脚部の捕縛を最優先! 拘束し次第体から肉を切り離せ! 体に肉をくっつけさせるな!!」

「騎士隊は遠距離から炸裂技を使用! 肉片を可能な限り遠ざけるように攻撃!!」

2人の指示を聞いた獣士たちは口々に了解と叫ぶとすぐさま行動に移す。様々な拘束技で巨獣アモンの足を固定させていく。巨獣の足取りは徐々に重くなり、何重にも縛るとついに足を止めた。足はもはや大木の幹のようにねじれ上に伸びている。拘束を解こうと鉤爪を足に振り下ろすも、騎士隊が放つ獣術技で手を粉砕する。反対側はセリザワがすでに切り落としていた。

「グゥガアアアアアアアアア!!!」

両手を破壊されたアモンは吠えると、突然切り離された肉塊が形作られ、様々な動物になって暴れ出した。全員が驚きながらも、お互いに助け合いながら応戦する。

「どうなってる!? 急に動物なり出したぞ!」

「動けないなら一部だけでもってことじゃないかニャ?」

「だとしたら、難易度が急激に上がったな。」

「私は本体を攻撃します。皆さんは切り落とした部分をお願いしますよ。」

「「わかりました。」」

エイジは城の方へ、そして3人は巨獣アモンの方向へ走っていった。


城内ではオルガンの音色と3人の刃が交わる音、そしてそれぞれの気合いが響く。それはもはや一つの旋律になっていた。城に入ってから2人は生気がジリジリと奪われている感覚に襲われながらも戦い続けていた。

「フレイムテンペスト!」

ウィリアの剣からは炎の渦が放たれるが、アンドラスは何なく避ける。だがシロウは後ろから狙っていた。

「ブリザード・ガースト!」

刃を突き刺すとアンドラスの体は氷漬けになる。

「砕け散れ!」

刃を外してアンドラスに突き刺す。棍槍剣の先に魔法陣が広がると吹雪が発生してアンドラスは吹き飛ばされる。そのまま炎の渦に飲まれて温度差によって体は砕け散った。

「本体はどこ?」

「分からない! 探しても見つからないし、これじゃイタチごっこだ!」

「このままじゃ……こっちの体力が。」

ウィリアとシロウが苛立ちを露わにしているところに、突然本体のアンドラスが襲いかかる。2人サーベルを受け止め、力の強さから本体だと瞬時に判断できた。しかしその力は2人同時で止めても後ろに引きずられるほどの力に2人は圧倒される。そしてアンドラスはすぐに飛んで逃げると後ろから3体のアンドラスが襲いかかってきた。

「ハアアアアアアア!!!」

一撃で3体を片付けるが、2人の体力は限界だった。あたりを見回すとアンドラスの偽物が飛び交っていた。30体はいるだろう。2人はそれを見て絶望した。そんな限界な状況でも、見えない何かが2人の生気を容赦無く奪っていった。

どう倒せばいい? どう戦えばいい?

シロウとウィリアの集中が切れた瞬間、アンドラスたちは2人に襲いかかり切り抜いていく。2人の血は飛び散り、壁に飾られた絵を赤く染めていく。2人は千鳥足になっていた。

「さぁさぁ踊れ踊れ! 死ぬまで踊り続けろ! 『致死の舞踏会デッドリィ・ワルツ』!」

「アアアアアアアアアアアア!!!!」

オルガンに合わせたアンドラス達の猛攻が2人を襲う。本体は上からやられる2人を楽しげに眺めている。

「ウ…………。」

2人の服と体は傷だらけで服は赤く染まっている。息は荒く視界はぼやけ、剣を突き立てた状態で立っているのがやっとだ。

「フィナーレだ!」

アンドラスはサーベルを構えると勢いよく滑空しウィリアに迫る。ウィリアは殺気を感じ慌てて前を向くが、避けようにも体が動かなかった。

「まずはマチルダ! お前からだ!!」

「(だめだ! 間に合わない!)」

迫り来る剣先を見た瞬間、

「ウィリア!!!」

シロウが体を奮い立たせて狼の姿に変わりウィリアを突き飛ばした。そして、

グシャッ

シロウは、サーベルの餌食となった。刺突したサーベルはシロウの体だがアンドラスは速度を落とさずに、そのまま壁に突き刺した。

 グシャン

「キャゥン!!!」

肉を裂く音と壁に強く打ち付けられる音が鳴る。そしてその中で、狼になったシロウの甲高い悲鳴が響く。サーベルを突き刺され、そのまま壁に叩きつけられた2つの激痛により白目を剥いて気絶した。ウィリアはただそれを見ていることしかできなかった。

「シロォォォォオオオオオオ!!!!」

絶望するウィリアから出た彼を呼ぶ叫び声は、城の外にまで響くほどだった。










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