第11話 決戦②

 磔にされたワイバーンとシルベスターを見た瞬間4人は恐怖に駆られた。目の前で起きていることが全てが信じられなかった。信じたくなかったのだ。とても受け入れられるものではない。ウィリアとシロウは特にだ。目の前にやっとの思いで倒した相手が目の前にいる。そして訓練でのタッグ戦では一度も勝てなかったワイバーンとシルベスターが負けてはりつけにされている。

「君たちが戦っていたのはだ。」

「どういう事だニャ?」

 アンドラスは不気味な笑みを浮かべながら指を鳴らす。その瞬間黒い霧が現れそこからもう1人のミストとフラナが現れた。だが2人の腹部には大きな穴が空いていた。

「同じ合成人間キメラノイドが2人……まさかクローンを!?」

「惜しいな。だが鋭いぞマチルダ。正解は……。」

 アンドラスが2人に触れた瞬間、皮膚がろうのように溶け落ち、答えが出てきた。もう1人のミストとフラナは何とキメラだったのだ。

「死んだキメラだ。死体の意図人形カーカス・マリオネット。死体に操縦者の意識を共有させると姿、能力全てが模写される。君たちはと戦っていたに過ぎないんだよ。」

 4人は絶句した。奈落の底に突き落とされた気分だった。さっきの戦いでほとんど力が残されていない状態で「人形だった」という結果は精神的に大きく応えるものがあった。だが怖気付いたり、弱音を吐いたり、諦めるというものは微塵もなかった。

「ワイブとシリーの救出を最優先。奴らを叩くのはその後だ。」

「「了解!」」

「そんな事、させると思うか?」

 走り出そうとした瞬間、突然シロウ達4人の足元から手が飛び出した。反射で全員が飛び上がるも、その先には既にアンドラス達が待ち構え、それぞれを違う方向に吹き飛ばして1対1の状況に持ち込ませた。シロウはアモン、ウィリアはフラナ、サバージはミスト、そしてレオンはアンドラスと。

「サシで勝負しても、俺たちはどうにかできないぞ。」

「誰がサシでやると言った?」

 アンドラスが指を弾くと、周りに転がっていたキメラの死体が再び動き出し、それぞれに襲いかかる。4人は地面から飛び出してくるキメラに不意を突かれながらもなんとか応戦する。その中でさらに合成人間キメラノイドたちも攻撃に加わりさらに戦況が悪化していく。全員の体力は限界に近い、その中での戦闘はやはり不利に動くものだった。

「ヴァルテックス・ヒドゥンプレデジョン!」

「デスペラー・サルべーション!」

「フラッシュライトニング・ストラッシュ!」

「ミストバーストストリーム!」

 合成人間キメラノイドたちの技がそれぞれに直撃する。広い範囲をほふる彼らの技は周りのキメラたちも巻き添えにした。

「「ウワアアアアアアーーーーーー!!!!!!」」

 暗闇の中4人の叫び声が響き渡る。キメラの群れと共に4人は倒れた。全員立ち上がる力も残っていない。無理矢理体を起こそうとするも、体は震えて拒絶した。武器を握ることだけで精一杯だった。

「さぁどうする獣国騎士団。このままでは終わるぞ?」

 アンドラスは笑みを浮かべながらレオンに向かってゆっくり歩く。心の余裕が動きとして顕著に出ていた。そんな中レオンは唸って反抗心を露わにする。他の3人もどうにか現状を打破できないかと考える。

「……レオンさん! グハァッ!」

「おいおいシロウ動くなよ。その体で何ができるってんだ?」

 シロウの背中をアモンは思い切り踏みつける。

「シロウ君! アアアッ!!」

「マチルダ。所長は動くことを許可してない。そこでじっとしていなさい。」

 ウィリアがシロウの元に向かおうとするところをフラナは電気ロッドを突き立てて無理矢理動きを止めた。

 シロウは体を動かそうとするとアモンが背中を踏みつけ動けないようにする。他の2人も同じようにされていた。そしてとうとうレオンの目の前までアンドラスは来た。何もできないことが分かり切っていたアンドラスは笑いをこぼしながらレオンの頭を踏みつける。

「残念だったな。時間は与えてやった。が……もはやこれまでだ。」

 アンドラスは他のメンバーを姿を見ながら言う。その言葉は合成人間キメラノイドにとって、もはや勝利の宣言だった。そしてレオンの眼前にサーベルを突きつける。

「では、我々の勝利で幕引きと行こうか。」

 アンドラスがサーベルをレオンに突き立つようとしたその瞬間、空の方から音がした。それを見た全員は絶句した。黒く染まった空にヒビが入り光が刺す。

「何だ?」

 赤いレーザー光線が空に巨大な円を描いていく。貫通するレーザーは地面を焼き焦がしていく。その線上に体があった合成人間キメラノイド達はすぐさま避ける。倒されていたシロウたちはギリギリ線から外れていたのでそのまま通り過ぎていく。

「あれは……まさか!」

 レーザーが円を描きると空が崩れ落ちた。降ってきたもの、それは大地だった。ここは地下だということをサバージたちは理解した。穴から太陽の光が差し込む。突然の光に全員目を眩ませて反射で手で覆う。そして悲鳴を上げながら大量の獣士たちが降ってきた。

生命浮床せいめいふしょう。」

 マスター・エイジは手を合わせてから大きく広げると、落ちていく獣士たちの動きが徐々に遅くなっていく。その中落ちていく大地は唯一止まらなかった。獣士たちが次々と着地していく。そして倒れていたレオンやサバージたちに声をかけ、肩を貸して立ち上がらて[気]を使って傷を治してもらった。すると自力で立って動けるようになるまで回復した。ワイバーンとシルベスターも磔から解放して治療してもらった。

「ありがとうございます。マスター・エイジ、それにサコミズ。」

「このような場に出るのは、実に200年ぶりですよ。」

「いやいや。僕たちの方こそ遅くなってごめんね。ここを見つけるのに手間取ったよ。」

「しかし、悪魔術式ですか。まさか本当に再び条約破りをするとは。ノア、あなたはどうしても言うのですか。『人は過去から学ばず、歴史は繰り返すものだ』と。」

 エイジは空を仰ぎながら呆れたように言ったが、表情や声にはどこか物悲さををレオンたちに感じさせた。アンドラスたちはその光景に苛立っていた。有象無象の人間のなり損ねどもに。アンドラスたちの後ろでは、城から放たれたキメラの大群が光に照らされる獣士たちめがけて走って来る。アンドラスが腕を横に出すと大群はアンドラスより先に行くことをせずに唸ったり吠えたりして目の前の敵に威嚇していた。シロウたちの後ろでは空から3つの影が降りてきた。それらは隕石のように落下し、大きい岩に大きな亀裂を入れてしまうほど、勢いよくブレードを突き立た。セリザワ隊である。その瞬間、アンドラスの怒りは爆発した。

「貴様! なぜ裏切った! セリザワ!!!!」

 セリザワはマスクを外して顔を見せた。表情は相変わらず無愛想だったが、レオンやサバージは彼からただらなぬ怒りを感じた。

「今の俺たちのモットーは『俺たちが正義と思うことを成す』だ。いい加減気付け。なぜ俺たちがか。」

「ふざけるな! 人間のなり損ねである獣人ビーストが、我々人間より優れている訳が無い! はもはや、神への冒涜ぼうとくだ!」

「フッハハハハハハハハハハハ!!!!」

 獣人ビーストを指さして罵倒するアンドラスを高らかに笑う人間がいた。セリザワの後ろにいたオズウェルドだ。

「聞いたかセリザワ! 聞いたか義隆! こいつらは、化け物でありながらも自らを人間だと言っているぞ。」

 その声は大きく、体を前に傾けて、表情は完全に彼らを煽っていることを見せつけていた。

「人間? 貴様らが? 科学によって自らの在り方を変え、に成り下がった貴様らが『神への冒涜ぼうとく』などと? 笑わせてくれる! 神から授かりし御身を、否定しておいてその言葉! 何が人間のなり損ねだ! それはが言うべき言葉だ! 全て貴様らの言えたことではないわ!」

 アンドラスの怒りは頂点に達していた。

「人類の科学を、進化を貴様らは『神への冒涜』と言うのか。」

 羽を広げて宙に浮くと、下におろしていた腕を上に挙げる。

「ならば貴様らのような骨董品、大量の欠陥品と共に廃棄してくれる!」

 獣士たちはそれぞれ構える。拳の獣士もいれば武器を持つものもいる。レオンとサバージの元にシロウとウィリア、ワイバーンとシルベスターが来た。全員を目を合わせると全員頼りがいのある笑顔をお互いに見せて構えた。

「これが本当の獣国騎士団じゃないですか?」

「あぁ、そうだな。」

 ウィリアが言うとレオンは後ろを向いた。それはとても頼もしく、全員が護りたいと言う強い思いを持っていることがよくわかる。レオンは再びこの国がどれだけ愛されているのかを実感した。

獣国総獣士軍ビーストウォリアーズ!」

 レオンが叫ぶと静寂が訪れた。お互い全員が牽制しあっている。刀を抜いて天を刺し、静かに構えた。

「総員突撃!!!!」

「グゥアアアアアアァァァァァアアアーーー!!!!!!!!」

 レオンの一言をきっかけにワイバーンが甲高い雄叫びを上げながら走り出す。それを合図に獣士たちも同じ動きをした。

「これで最後にしてやろう! ここが貴様らの墓場だ!」

 アンドラスは勢いよく腕を振り下ろすと、合成人間キメラノイドとキメラの大群も一斉に襲いかかる。両軍の咆哮と雄叫びを契機に最後の戦いが始まった。

 レオンを先頭に、獣国騎士団、獣国総獣士軍ビーストウォリアーズが突撃していく。キメラの群れも彼らに呼応するように同じ行動を取る。次々に襲いかかるキメラを獣士たちは様々な技で薙ぎ倒していく。セリザワ隊は落ちた地面を登り上からの攻撃を開始した。ミサイルやバヨネット、斬撃の雨がキメラに降り注ぐ。そのままオズウェルドと義隆は敵を薙ぎ倒しながら城へ一直線に向かう。セリザワたちに視線を向けたわずかな間に、後ろからキメラが襲いかかってきた。レオンは慌ててキメラの鋭利な牙を受け止める。

「ヘルガー!」

 上から聞き慣れた機械音と声がして隕石のように落ちてきた。直後レオンが受け止めていたキメラは突然崩れ落ちた。パワードスーツを着た男が上から首の骨をブレードで見事に突き刺していた。

「お前らのとこにいる合成人間キメラノイドを借りてくぞ。」

 ブレードを抜き、キメラから降りるとマスクが外れセリザワの相変わらずの冷たい顔が現れる。

「どう言うことだ!?」

「あのにリベンジマッチの機会を作ってやる。手出しはするな。じゃあな。」

 言い終えるとセリザワはキメラから飛び降りレオンの横を通り過ぎようとした。しかしレオンは彼の足を止めた。

「待て! なぜ急に俺たちと……。」

「……ふと見たくなっただけだ。獣人ビーストと人間が本当の意味で共存する世界をな。」

 そう答えた時、セリザワの頭にはサコミズの顔が浮かんだ。エイジと交渉しにきた時のサコミズが羨ましく思えたのだ。

「…………そうか。」

 レオンがそう言うと、セリザワはそのまま歩き出した。

「セリザワ……ありがとな。」

 レオンの言葉にセリザワは小さくため息のようなものをこぼす。そして左腕のボタンを操作すると、レオンの前に青と銀で彩られた刃の無い刀を転送した。

「ソイツを使え。そのなまくらよりは役に立つ。お前らの言う[気]とやらで研ぐ必要がないからな。必ず返せ。」

「……あぁ! もちろんだ!」

 レオンが笑顔で強く言うと、セリザワは振り向くことなく顔をマスクで覆い飛び去った。その時レオンはなんとなく彼が笑っているように見えた。そしてセリザワの置き土産である地面に突き刺されたの柄を握った。すると放射音と共に、レーザー状の刃が現れた。飛びかかってきたキメラをかわして斬りつけると、光は強く発光しヤツらの体を真っ二つに焼き斬った。レオンは愛用の太刀より若干の重さを感じながら、人間の持つ科学技術そして兵器の恐ろしさと共に魅力を感じた。

 一方セリザワは上空から応戦しているシロウとウィリアを見つけると、腕に装着していブレードを折り畳み、ブラスターに切り換えて上からキメラたちを討伐していく。そしてシロウとウィリアが気付く。

「お前たち、俺に掴まれ! この戦いを終わらせるぞ。」

 そう言うとセリザワは2人を追い越した。

「シロウ君。」

「わかってる。」

 お互いに声を掛け合うとすぐさまセリザワの方に疾走する。向かってくるキメラたちを斬り捨てながら2人で道を切り開いていく。そしてに近づいた瞬間高く飛び上がった。届かなかったが、セリザワが量腕からワイヤーを射出し捉える。ワイヤーは素早く引き戻され2人はセリザワの腕に掴まった。


 数ではアンドラス率いるキメラ軍の方が圧倒的に多い。しかしそれはだ。実際の戦況は獣国側が圧倒的に有利に傾き始めていた。キメラたちは獣士たちにより次々に絶命していく。「戦いは数、質より量である」という考えを持つ者がいた。それは必ずと言っていいほど敗者が持つ思想だ。しかし、アンドラスの術式内ではキメラに「死」と言う概念は無い。むしろ、絶命した時こそ真価を発揮する。死体となったキメラは術式内に広がるウイルスにより復活して襲い続け、それに際限はない。粉々にでもしない限り、何度でも蘇る。アンドラスたちにとっては「」と言う名の「」なのだ。

「こいつら倒しても倒してもキリがないわ。マンバ。そっちは!?」

「確実に倒しているはずだが何度も立ち上がって来る。俺の毒はとっくに回っているはずだぞ。」

「見て! こいつ、前足が片方ない!」

「向こうで戦ってる奴は後ろ足が欠けてるぞ!」

「まさかこいつら……。」

「死体になっても襲いかかって来るのか。」

「面倒な奴らだ。一体何度倒さなければいけないんだ?」

 BARUM機関のマスターたちをはじめに、獣士たちは次々に異変を理解する。

「おいよく見ろ……アイツらただ蘇ってるわけじゃない。徐々に失った部分を再生させているぞ。」

「何度倒しても体を治しながらまたかかってくるわけか。」

「これじゃイタチごっこだ。」

「イタチのお前がソレ言う?」

「そんな下らない事を言ってないで、何か方法を考えろ! このままでは我々がやられるぞ!」

「それは私に任せてください。」

 声が聞こえた。少し遠くのキメラの群れの中からマスター・エイジが数体のキメラにアッパーを決めながら飛び出してきた。

「「マスター・エイジ!」」

 獣士たちはその光景に愕然とした。エイジは他の獣士たちに引けを取らないほど軽快に動いて戦っているのだ。目にも止まらぬ速さで甲羅になって回転したり、走りながら次々とキメラを倒していくその姿は若い獣士顔負けだ。おまけに全力疾走だというのに息が全く上がっていない。200年の空白は5000歳にとって些細なことだとでも言うように宙に高く飛び上がると、杖を投げて両手を地面に当てた。

天恵譲渡てんけいじょうと・ガイア。」

 杖が刺さった瞬間、地面に黄色い波紋が広がる。真っ黒の生気がない地面はたちまち草原に変わった。草原ができた後に続いて広がる波紋に当たると、キメラは凍りついたように動きが止まりそのまま倒れた。総数の役3〜4割は死体だったようで、そのまま崩れて倒れた後再び動くことはなかった。そしてエイジの波紋が広がる範囲のから、外側にいたキメラはその範囲に入らないように遠くから威嚇したり吠えたりしていた。。

「昔よりも[気]の操作は上手くいっても、やはり攻撃に関しては昔のようにはいきませんな。」

「ふざけやがってクソ亀が! 甲羅と共に噛み砕いてやる!」

 近くで獣士たちを薙ぎ倒していたアモンが、エイジの背後から右腕をワニの頭に変えて飛びかかる。しかしエイジは振り返ることなくアモンの攻撃を避けた。そして手足頭を素早くしまって回転し、地面を滑りながらアモンから距離を取る。再び立ち上がりアモンの方に手を伸ばした。

「後ろ、危ないですよ。」

 エイジの言葉に反応し、アモンが振り返ると先程後ろにあった杖が飛んできて目の前にあり、そのままアモンは杖に殴られた。そして杖はエイジの手に吸い寄せられるように飛んでいき、エイジはそのまま掴んで持ち直した。

「だから言ったでしょう?『危ない』と。」

「………………。」

 先程の大量のキメラをたった1匹で一掃したエイジを見ていた。アモンは内側で煮えたぎる炎は限界をていたが必死に押さえていた。それは怒りであり、喜びでもある。だが何とか冷静さを取り戻そうとしていた。感情的になれば負けるとサドナに再三言われ警戒はしていた。それは先程の大量のキメラをたった1匹で一掃したエイジを見たときに頭では分かっていた。だがアモンは「戦いの愉悦」を知ってしまっていた。シロウとウィリアと戦った時、そしてヤタとキュウビを殺した時に。そして今まさに、それ以上の強者が目の前にいる。コイツと戦いたい。勝ちたい。殺したい。そう思った途端、アモンはさっきまでの冷静になろうとした自分を馬鹿にした。右腕を元に戻し、両手で手刀を作った。徐々に手首からは蛇の毒が流れ出て、両手を毒液まみれにした。

「……ナメた真似してくれんじゃねえか!!」

 その声は怒りと高揚感が混ざったような大声だった。エイジとの間合いを一気に詰めた。獣のように吠えるアモンは目にも止まらぬ速さで手を動かしエイジに毒突きを当てようとするが、エイジはそれを全て避けていなしていく。様々な動物に体の一部を変化させながらエイジに襲いかかる。だがそれは全て避けられるかいなされるかされて、隙ができればアモン杖や平手で素早い反撃を確実に当てていく。何度かそれを繰り返すとアモンは苛立ちからか攻撃が荒くなっていく。速度も力も上がっているが、エイジにとってはなんら問題なかった。

「アアアアアァァァァァ!!」

 咆哮と共に大きく振りかぶった腕を振り下ろす。それと同時に、エイジは草を摘み取って目の前に放り投げた。それは巨大化して盾となり、アモンの攻撃を受け止めた。

「これが盾のつもりか? こんな葉っぱごとき!」

 右手を変化させてワニの頭に変えた。ワニの口が大きく開き、葉っぱの盾に噛み付く。鋭利な歯は簡単に穴を開けた。

「ワニの咬合力こうごうりょくの前じゃ紙も同然。」

 アモンが拳を握ると連動して顎も閉じ始める。葉は徐々に噛みちぎられていく。葉っぱのちぎれる音が鳴るたび、アモンの勝利への確信が固まっていく。無意識に笑みが溢れていた。

「やはり獣士は所詮この程度!」

 そんな中エイジは目を閉じて、噛みちぎられていく葉の後ろでゆっくりと円を描いて[気]を集中させていた。

「力だけで成せることには限界がありますよ? 若人よ。」

 エイジから金色のオーラが溢れ出て、目の前にはレンズのようなものが現れている。ゆったりとした動きでレンズの前に手をかざし、集めた[気]を一気に流し込んだ。

「倍加焦点設置・《整命波動砲せいめいはどうほう》。」

 金色のレンズは強く光り、葉の色が緑から金色に変わる。そしてそれを通して金色の波動がアモンの方に広がり、強風と共に衝撃を与えた。エイジの鼓動に合わせて絶え間なく波動が放出される、それに当たる度に衝撃と突風が襲う。

「(何だ……これは!?)グアァッ!!」

 耐え切れなかったその瞬間、アモンが吹き飛んだ。その勢いは近くにいたキメラを吹き飛ばしてしまうほど凄まじい速さだ。そして減速すると地面を滑るように長い距離を転がり、体勢を立て直す。ワニの頭を地面に突き刺して踏ん張ってもなお、引きずられ、草原の中に土の線が長く引かれた。ようやく止まるもアモンの中にあった喜びは消え、怒りの炎だけが残された。目の前にあった勝機を逃したことに。予想外のことが起きたことに。そして何より、自分自身がやられていることに激憤していた。

「ヤァロオオオォォォッ!!!」

 走り出そうとした瞬間、足が地面から離れずに体だけ前に行ってアモンはひざまづいた。そして息が急に苦しくなった。

「(どうなってやがる……なぜ体が思い通り動かない!?)」

 理解できなかった。まるで自分の体ではないとまで感じさせるほどの違和感がアモンを襲う。体を動かそうとしたら錆びついた機械にでもなったかのようにぎこちなく、そしてゆっくりだった。そして一瞬で背後に移動したエイジに、杖で小突かれただけで、アモンは倒れた。

「自分の体を大事にしないからこうなるのですぞ。」

 アモンの怒りに満ちた顔を、エイジは表情ひとつ変えず首を伸ばして覗き込む。

「俺に何をした!? 老いぼれ!!」

「簡単なことです。あなたの体調を整えただけですよ。」

「どう言うことだ!?」

「全てにおいて生物の体というのは1つの体につき1つの[心]があります。それは血となって体の中を駆け巡り、体の形を覚えていく。ですが、あなたは多くの動物の血を取り込んでしまった。そのため私の技を喰らった時に体の中で血が迷ったんですよ。どの血があなたのかわからなくなり体が動けなくなってしまったんですよ。本来私の技は『治す』技ですからね。」

 そんな中周りにいた獣士たちがアモンを囲う。だが獣士たちは間合いを詰めることはなく、少し距離を取った状態で円になって囲んでいた。そして戦意がないことを示すためか、囲んでいる獣士たちが持つ武器の先端はアモンに向けられていなかった。そんな中エイジは倒れているアモンの目の前に手を差し伸べた。

「むやみやたらに争う必要はありません。お互い分からないから恐れるのですよ。だからこそ、獣人私たち人間あなたたち、お互いいたずら畏懼いくする事なく真摯に向き合えばきっと分かり合えます。そうやってお互いを知ることができれば獣国界と人間界、人間と獣国ビーストという大きな壁を崩し、手を取り合って共存していけますよ。」

 アモンは絶望した。これ以上ない屈辱だった。そしてアモンは理解した。自分の知っていた「戦いの愉悦」というのは自分にとってということも。アモンは今まで戦ってきた中で、勝ちと敵の撤退以外なかった。彼の中に「自分が負ける」という考えそのものが存在していなかった。

「…………ふざけるな。」

 俯きながら小さくこぼした言葉は涙ぐみ、鬱屈としていた。

「フザケルナアアアーーー!!!!」

 涙を流しながら叫ぶアモンの怒号は周りの空気を震わせ、周りの獣士たちを戦慄させた。エイジ以外は少し引いた表情を見せた。反射で構えてしまうほどだ。

「『向き合う』? 『互いを知る』? 何が『共存できる』だ笑わせる! 形だけの条約だけ結び、今まで互いに拒み続けた結果がこれだろ! 獣人お前らは何もせずただひたすら条約改正を待ち続けた。一方俺たち人間は漠然とした恐怖と人間が優れていることの証明として、政府は領地及び資源獲得のための殲滅へと舵を切った。これがその結果だよ。結局、お互い分かり合おうとせずに潰し合うことになったんだ。」

「……………………。」

 そこにいる全員が武器を下ろし、アモンの話を黙って聞いていた。動けないと分かっての行動だが、向き合おうとしなかった獣士たちが今できる「償い」でもあった。

「だが獣人ビーストが存在することは許されない。許してはいけないんだ。生物の生存競争や人間の歴史でもそうだろ? 中途半端な奴らはさまざまな方法で淘汰されてきた。お前らも同じだ。歴史にのっとり、人間でも動物でもない中途半端な存在は淘汰しなければならない。お前らのような化け物は、人間が滅ぼさねばならない。人間のなり損ねのような存在ならば、不可能を可能にする叡智と科学技術を持つ純粋な人間こそが、お前らを淘汰すべき者なんだ!」

 その時戦況をアンドラスは城の上から俯瞰していた。そして厳重な装置にコードを入力し、冷凍保存された短槍を取り出した。それは暴走・凶暴化させるさまざまな薬品と巨大化したキメラの血を混ぜ合わせ、凍らせて作った赤黒く染る短槍だ。

「ではこれを使うとしよう。あの中での一番個体だからな。奴らを葬るのに十分な大きさになる。」

 そう言うとサドナ狙いを定めると、アモンに向かって短槍を投げた。

「人間は地球上の生態系の中で頂点に君臨するべき存在だ! だから!」

 グサッッ!

 勢いよく投げた槍は、背中からアモンの心臓を貫いた。

「ア…………ガ…………。」

 アモンはそのまま崩れて絶命した。白目を剥き、口から静かに血を流し倒れていた。それを目の当たりにした獣士たちは突然起きたことに理解できず唖然としていた。エイジも動きには現れなかったが、驚きを隠せ少し動揺していた。

「まさか…………こんなことになろうとは。」

 エイジはアモンを死に顔を悲しげに見つめていた。エイジはアモンの背中に触れて目を閉じ、彼の[心]を覗いた。そして終えるとそのまま彼を置いて歩き去っていった。

「マスター・エイジ。」

 マスター・リザードとマスター・イーグルがエイジの元に駆け寄る。それをエイジ大丈夫だと言うように彼らの前に静かに手を向けた。

「マスター・イーグル。外側のキメラはどれくらい残っていますか?」

「生きているのが1〜2割、他は全てゾンビキメラになっています。」

「そうですか。」

「マスター・エイジ。なぜそれを聞くのです?」

「この後、多くの獣士が必要になりますぞ。巨大な『闇』が現れようとしています。」


 激しい戦渦の中、セリザワの腕に2人は掴まっていた。3人はアンドラスのいる城に向かっていた。

「終わらせるって、どうするんですか?」

「お前らをあの城に連れていく。あそこにアンドラスがいる。アイツを討て、それで勝負はつく。」

「それってどう言うこと?」

「キメラの死体が復活する理由はあの城があるからだ。あの城は死者を蘇らせ操る術式。術式は共通して術者が死ねば解ける。お前らがそれをやれ。」

「なんで僕らが?」

「獣国を救う戦いでもあり、アイツへの復讐戦リベンジマッチでもあるからだ。」

「なんでそれを!?」

「……サコミズから話は聞いた。2人共……よく頑張った。」

「サコミズさんが……。」

 シロウがつぶやく。2人共動揺を隠しきれなかった。セリザワの優しい言葉とシロウ達の目論見もくろみをサコミズを通して知っていたことに。そして2人はセリザワ達が協力してくれた理由が、自分たちのことをサコミズが話してくれたっからだと分かった。流れる少しの沈黙をウィリアが破った。

「……あなたは来ないの?」

「これは合成人間キメラノイドであるお前らがやるべきことだ。アイツは人間そして獣人ビースト、両方の自由と尊厳を奪い、そして獣人ビーストを滅ぼそうとした。そしてお前らは、人間でも獣人ビーストでもない、生物兵器というとても中途半端で孤独な存在の成功個体にされた。父親が実の息子と娘を実験体にするなど絶対にあってはならない事だ。2人共実の父親にそんな事をされて本当に辛かっただろう。だがお前ら2人はそんな残酷で過酷な中で互いに助け合い、時にはつまづきながらも正しく生き抜いてきた。だからこそお前ら2人が裁け! アイツはもう父親ではない、父親という皮を被った化け物だ。ヤツがお前らから奪った全てを、今度はお前たちが奪い返してこい!」

 セリザワの言葉に2人は救われた。自分たちが生きることは間違いではなかったと、そして2人の存在は認められているものだとわかったのことが、2人の決意をより固くした。

「もちろん!」

「わかりました!」

 2人はそれぞれ違う返事をしたが、鋼鉄のように硬い決意はセリザワは手にとるように感じた。シロウとウィリアはお互いに顔を見合わせ、互いに笑顔を見せて優しく鼓舞をした。

「さぁ、もうすぐ着くぞ。お前たちで全てを終わわせて来い!」

「「はい!!」」


 城内ではサドナがオルガンで「オペラ座の怪人」を弾きながらシロウとウィリアを待ち構えていた。その音色は大広間の中を響かせてサドナの体も震わせる。

「さぁ来るがいい。完璧で……愛しのマチルダ、リアネフ。私はここだ。ここにいる。フフフフフ…………フハハハハハハハハハハ!!!」

 オルガンの奏でる奇妙な音色とサドナの笑い声が城の中で響き渡った。

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