第9話 最後のトキ

 ____翌朝____

 ウィリアはベッドから裸身を起こすと、半醒半睡のままシロウを見た。シロウはそのまま眠っている。彼は見た感じしばらく起きそうにない。やはりシロウの寝顔はいつ見ても可愛いものがあった。昨夜は決戦前夜に加えてご無沙汰だったと言うのがあったので、2人は9回裏からの延長戦にまで持ち込んだ。そのおかげでぐっすり眠れて体調は万全だった。

 シロウとウィリアは昔4人で住んでいた家で夜を過ごした。流石に何年か放置しているだけあったが、そこまでゴミや埃が溜まっていなかったのは嬉しいところであった。窓の外を見ると植えた柳の木が見えた。だいぶ成長したようで苗の時と比べると、10倍以上になっている。

「……今日だ。」

 ウィリアは静かにそう言うと一階に降りた。

 シロウはウィリアが朝食を作っている時に動き始めた。彼もウィリアと体の調子は同じだった。

「……今日だ。」

 シロウもそうつぶやいた瞬間、目つきが変わった。そのままベッドから出て下に降りた。

 シロウの気配を感じたウィリアは振り向いて挨拶をした。

「おはようシロウ君……って、何で上着てないの?」

 ウィリアはからかい混じりでシロウに言った。シロウは黒いレースの下着にエプロンを着て料理するウィリアを見て「ウワッ」と動揺の声を漏らして顔を赤らめた。白く透き通った肌は相変わらず清雅せいがで、そのスラリとした体に黒が入ると今のシロウにとってはあまりにも刺激的なものがある。それに下着越しでもうっすらと見える肌はさらにシロウの衝動を突き動かしたが、頭を振って必死にそれを抑えた。

「……おはようウィリア。そう言いながらもそっちだって下着にエプロンじゃん。」

 見えている綺麗な背中からシロウは咄嗟に視線を外した。ウィリアはそんなことを気にしていないかのようにウィリアは準備ができた朝食をテーブルに運んだ。

「私は暑いからこうしてんの。さ、食ーべよっ。いただきまーす。」

 ウィリアは相変わらずいつも通りの調子だった。自由奔放というか傍若無人というか、どちらの言葉もシロウにとってはウィリアに当てはまるものだった。

「じゃ、じゃあ僕もウィリアと同じ理由ですよ。暑いから来てないんです。いただきます。」

「『も』って何よ。『も』って。しかも急に敬語になってるし。」

 赤みが抜けない頬を膨らませて、不機嫌そうにシロウは言った。それをウィリアは静かに笑いながらシロウに言った。そして2人は向かい合って談笑しながら食べていた。するとウィリアは何かを思い立ったようにおもむろに立ち上がり、シロウの隣に座った。

「……何で隣に来るの? 狭いんだけど。」

「初めて4人で食べた時のこと思い出しちゃって座りたくなっちゃった。いいでしょ別に?」

 初めてシロウ4人でご飯を食べた時は隣にウィリアがいてもテーブルは広く感じていた。だが12年経って座ると、少し狭く感じた。

「まぁ、別に。全然構わないけど。」

 シロウは照れながら承諾した。ウィリアの方に視線を向けないようそっぽむいて言った。

「なになに何それ〜? ツンデレ?」

 下着エプロン姿のウィリアがシロウに迫ってくる。シロウは必死にブレーキをかけて自分を制した。

「そういうんじゃないから。とにかくもう少し離れて!」

 シロウはウィリアを段々鬱陶しく思って押した。その時にシロウの手がウィリアの胸に当たった。その瞬間お互い「あ……。」と言ってシロウはウィリアから完全に背を向けた。それに気付いたウィリアはシロウを茶化し始めた。

「あれ〜? もしかしてシロウ君、さっきからずっとそんな風にしてるってことは、もしかして今の私の格好見てムラムラしちゃってるの?」

「べ……別にそんなことは……。」

 ウィリアはこれでもかと言うほどシロウを小突き回した。

「そんなこと言って顔赤くしちゃってさ〜。体は正直だな、このこの〜。」

「………………。」

 シロウはだんまりを決め込んで食べながら耐える以外にできることがなくなっていた。ウィリアの皿はキレイになっているのが不思議だった。あんなに喋っていた状態でいつ食べ切ったのだろうとシロウは不思議で仕方がなかった。

「夜、ベッドの上だとフェンリルみたいにしっかり私を全力で食べるのに、普段はこういうのにからっきしなのかなぁ〜?」

 そう言われた瞬間シロウは食べ切り、テーブルを叩いてウィリアに言い返した。

「やめてよそういうの! そんなホイホイとできないんだよ僕は。」

「え? もしかしてムードが無いとダメなの? やっぱりシロウはかわいいな〜。そんなんじゃ私以外の恋人ができた時に大変だぞ〜。」

 ウィリアにはもう何を言っても無駄だということがシロウの中でよく分かった。

「うるさい! この万年発情ウサギ!」

「ヒャアッ!!」

 シロウはそう言うとウィリアに襲いかかり、テーブルに押し倒した。

「僕だって……やる時はやるんだ。」

顔を逸らしながらもウィリアに言う。お互いに赤くなっていた。

「できる? 今ここで?」

 ウィリアはできないと踏んでそそのかした。だがこの時シロウは衝動を抑えるのを止めた。

「あぁ、とことんやってやるさ。お互い満足するまで、ぶっ壊れるまで何度でも。」

 そしてシロウは「夜のフェンリル」になった。


 ____昼・交渉決戦直前____

 シロウ達は準備を済ませていた。武器・服装・平常心。全ての準備を整えていた。部屋の中は緊張感に包まれていたが、2人にとっては心地のいい物だった。

「そう言えば今日ウィリアの誕生日だったよね?」

「あぁそうそう。こんな状況だから言えなかったけどね。」

「誕生日おめでとう、ウィリア。」

「ありがとう。」

 するとウィリアは大きくため息をついた。

「はぁーあ。私もう31か〜。もう周りからは見たらオバサンになっちゃってるのかな?」

「僕らの見た目はほぼ老いないよ。それにウィリアは……今でもキレイだよ。」

「ッ!!」

 シロウのはにかみながら出た一言はたちまち、ウィリアの顔に紅葉を散らさせた。

「……ありがとう。」

 そして互いが互いの顔を伺いながら少しの間、静寂が包んだ。

「ねぇシロウ君。」

 静かにウィリアは名前を呼ぶ。シロウだは何も言わずに振り向いた。そして目に映ったのは、扉の前で笑顔で手を広げるウィリアの姿だった。扉の曇りガラスから光が差し込みウィリアを照らした。その時シロウは彼女が一瞬女神のように見えてしまった。

「最後にここでギュッてしよう?……いいでしょ?……ダメ?」

「……仕方ないなー。分かったよ。」

 口では少し面倒くさそうに言ったシロウだが、体の動きは満更でもなかった。むしろこころよく受けているようだった。

「絶対に勝とうね。」

「うん。必ず終わらせてやろう。2人で。」

 お互い静かに、そして優しい声でエールを送った。そして余韻に浸りながらお互いに見つめ合い、口付けをしようとしたその時、扉を叩く音と特徴のある声がした。

「あのーお2人さん。そろそろ時間なんですけど行きませんか?」

 ワイバーンの声がして2人は扉を見つめた。

「キスは勝った時に取っておく?」

「うん。それもする。」

 ウィリアがシロウに物欲しそうに尋ねると、シロウは簡単に答えて軽くキスをした。

「今はこれだけ。残りは勝った時に取っておこう。」

「それいいね。」

 扉の向こうに聞こえないように2人は静かに笑った。

「それじゃあ、行こうか。」

 シロウが扇動するとウィリアもそれに応えるように笑顔で返した。

 そして扉を開けて外に出ると、5人のグランドマスターと1人の人間が待っくれていた。

「遅いよ2人とも、待ちくたびれたぞ〜。」

「俺たち早く行きたくてしょうがねぇんだぁからさぁ〜。」

「まだ時間に余裕はあるし待って3分も経ってないニャ。」

「「マジで?」」

「ハァ……。」

「サコミズさん! どうしてここに?」

「久しぶりだねシロウ君、それにウィリアさん。僕も一緒に戦うことにしたんだ。園児達を守るためでもあるしね。とは言っても、マスター・エイジとの行動になっちゃうけど。」

「シロウ、ウィリア。準備はいいな?」

「「……はい!」」

 2人の返事から強く覚悟が決まっていることが伝わった。

「それではマスター・エイジ。お願いします。」

「では、行きますぞ。」

 杖で地面に叩いた瞬間、金色に光る大きな魔法陣が足元に広がった。

「それでは十国騎士団のみなさん。頑張ってください。」

「「はい!!!」」

 全員が声を大にして返事をした。シロウとウィリアはその時、柳の木が目に飛び込んできた。風に煽られた枝葉えだはが揺れた。それはまるで柳が2人に対してと手を振っているように見えた。さらにはヤタとキュウビが柳の木の下で立って2人を見守る姿も見えた。

「「いってきます。」」

 シロウとウィリアは静かにそう言うと魔法陣の光が強くなり、一瞬にして全員を転移させた。そこには誰もいなくなった。

「彼らはきっとやり切ってくれるでしょう。」

「えぇ。そう信じましょう。」

そして2人は振り返って柳の木とその前に立てられている白い板で組まれた十字架を眺めた。

「きっと彼らも見守ってくれているはずです。」

「ヤタ、キュウビ……どうか彼らを、見守ってやって下さい。私も……そろそろですからな。それでは、我々も行きましょう。」

「はい。」

 エイジとは柳の木を見上げながら優しく語りかけて手を合わせた。そして振り返って歩くとエイジとサコミズもどこかへ転移した。


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