第8話 決戦前夜
____2238年7月7日____
獣国騎士団に入団して4年。20歳になったシロウと30歳になったウィリアはもうしっかりとした大人になっていた。団の名に恥じぬくらいの実力をつけていた。今日も
「ハアアァッ!!」
「シェアアッ!!」
ウィリアとシロウの渾身の掛け声が闘技場に響く。一撃でエイジの作ったサンドゴーレムを次々と破壊していく。その戦いの様子をレオン達は見ていた。
「一気に片付けてやるんだから!」
囲まれたウィリアはそう叫ぶと長剣に[気]を溜めて大きく円を描く。その瞬間刃から渦潮が飛び出し辺りのサンドゴーレムもろとも一掃した。
一方のシロウはサンドゴーレムの猛攻を紙一重で避けて札を貼っている。
「仕込みはもう済んでんだよなぁ。」
指を鳴らした瞬間、札からサンドゴーレムを覆う量の水で閉じ込め一気に破裂させた。そして最後の1体をウィリアが一刀両断にした。
「シロウ君、後何体?」
「今のでラストだよ。ウィリア。」
「お二人ともすばらしいですね。見違えるほどの成長をしていますぞ。」
「「ありがとうございます。マスター・エイジ。」」
「じゃあ今度はボクが相手だ! どっちか早速やろうぜ〜。」
「だめだニャワイバーン。今日は全員午前だけの稽古で午後は明日に備える時間という約束だニャ。」
「「エェ〜。」」
シルベスターもワイバーンと同じ気持ちだったらしく、2人揃ってごねり始めた。だが2人同時に喋るものだから全員聞き取れていなかった。
「全く、お前らはどうしていつもこうなんだか……。」
レオンはいつも通り頭を抱えた。前日になってもこんなバカ2人に悩まされることになろうとは思ってもいなかった。
「まぁまぁ、彼らのような存在があるからこそ、今でもこうしていつも通りでいられるのです。」
「しかしマスター・エイジ。確かにそうかもしれませんが、今彼らに付き合っている暇はありません。明日はこの国にとって一番大事な日なのです。あなたは特に明日に備えて休んで頂かないと。」
「それもそうですね……なら、彼らはどうしましょうか。」
エイジはそれを温かく見守りながら悩んでいた。レオンは全員明日に影響してしまうのではないかということが不安でならなかった。それに加え、明日は獣士全員での交渉決戦となるので、警察長であるレオンと獣士長であるサバージは多忙なのだ。
「なら、僕が2人に付き合いますよ。」
シロウが手をあげると、後出しでウィリアも挙げた。
「私もやります。シロウ君1人じゃ大変そうだし。」
「どういうことだよ、ソレ。」
「「イィヤッター!!」」
ワイバーンとシルベスターは飛び跳ねてはしゃぎ回っていた。
「おい!……2人とも、本当にいいのか? いつもアイツらに付き合わされているが……。」
レオンははしゃぐバカ2人よりもシロウとウィリアの心配をした。
「大丈夫ですよ。心配しないでください。」
「あの2人のおかげで私達強くなれてる部分がありますから。」
2人の謙虚さはどこか損をしている部分がある。そうレオンは前々から思っている。しかし、
「……そうか……いつも本当にすまないな。これに関しては2人には助けられてばかりいる。それじゃあ、あの2人を頼むよ。」
レオンはそう言った後に自分が情けなく思えた。また2人の謙虚さに甘えてしまった。
「おーい! 早くやろうぜー! こっちはいつでも準備オッケーよー!」
そんなことも知らずに、ワイバーンとシルベスターはシロウとウィリアを急かした。早くやりたくて仕方ないと言うのが彼らの落ち着きのなさから滲み出ていた。
「はーい! 行こうシロウ君。」
「うん。それではまた夕方に。」
2人はそう言うとワイバーン達のもとに走った。
「あぁ……また後でな。」
2人の後ろ姿を見たレオンは自責の念に駆られた。
「本当に……申し訳ない。」
レオンは彼らに聞こえないのを分かっていながらも、意味が無いのを分かっていながらも謝った。
「それじゃあ2人に伝わってないニャ。」
「もしかすると余計なお世話かもしれんからな。行こう、サバージ。俺たちは忙しくなるぞ。」
「頑張らニャイとニャ。」
隊長2人はお互いを鼓舞してそれぞれの仕事に取り掛かった。
____人間界 ZENON日本支部・新宿地下研究所____
日の光が決して届く事がない地下50メートルにある中枢研究所。太陽の代わりに研究所内は白く光る人工灯が研究所内を冷たく照らしていた。人々は太陽の下で平和に生活をしている。大都会の道路では仕事をしている人が様々な服装で交差点の中を慌ただしく、そして目まぐるしく入り乱れている。にも関わらず、暗闇の中で
「何がそんなに楽しいんスカ? 所長?」
「『何が』だって? 決まってるじゃないかアモン。明日だよ。明日があまりにも楽しみで私は仕方がないのだよ。」
顔だ振り返って見せたサドナの表情は笑顔だ。だがその笑顔は純粋なものではなく、狂気に満ちた笑顔だった。
「それは明日獣国と
そう尋ねた瞬間、エレベーターが最深部に到着したことを伝える電子音が鳴った。扉が開くと、暗闇で一寸先しか見えなかった。何も見えないが、なんとなく異常な広さは伝わった。あとはそこらじゅうから漂う血生臭いニオイが。アモンはエレベーターから一歩出た瞬間歩いた感覚から地面についていない事がわかった。そして先へ進もうとすると鉄格子にぶつかった。
カーーーーーーン……。
ぶつかった音が遠くまでこだまする。それはここの広さを表していた。ミストとフラナは格子をつかんでゆっくりと歩き、自分が檻の中にいることを自覚した。
「これは俺たちが出てるんじゃない。俺たちが捕まってるんだ。」
「ここが一体なんだというの? 何も見えないし、何もいないじゃない。」
するとサドナは思い出したように3体に言った。
「そうだった……。君たちをここに連れてくるのは初めてだったね。」
エレベーターの光で白衣のポケットからタバコとライター、そしてこの最深部の照明スイッチを取り出した。そして右ポケットにタバコとライター、反対には照明スイッチを入れたのを確認してエレベーターから出た。
「アモン。お前がさっき言ったことも間違ってはいない。確かに獣国とその
スイッチを押すと巨大な音と共に照明が
「な……なんだコレ……!」
目の前に広がるのは見渡す限りの檻の壁。その中一つ一つに失敗作だった様々なキメラが収容されている。形はどれも同じではない。ツギハギのキメラもいた。そして光に反応したキメラ達は檻から出ようと体当たりをしたり檻に噛みついたりしていた。そのガンガンなる足音や吼える声などに連鎖爆発のように次々と反応して目を覚まし、全てが同じような行動を取っていた。目の前だけで数百体はいる。
「何だ……コレ……。」
あまりの恐怖でミストの声は震え、腰を抜かした。
「大丈夫?」
フラナはミストに寄り添ってミストを立たせた。
「半世紀と12年……君らの
サドナの今までためてきた感情が
「明日、我々人間は証明するのだ! この世界の頂点に君臨するのは、人間であるということを! フッフフフ……ハハハハハハ……! アーッハッハッハッハッハッハ……!」
サドナの高らかな笑い声は最深部の床から天井まで届いて響いた。彼ら3体もサドナに感化され、全員が狂気の笑みを浮かべていた。
____同じ夜____
明日の準備が整った街は大騒ぎだった。全大陸の獣士・警察官達が集まり、明日を楽しみにして待ち切れないと言う声が至る所から聞こえてくる。「マザリ屋」では獣国騎士団の4人の
「え〜本日、7月7日は何と彼女! ウィリアの誕生日でーす!」
「皆さん祝ってあげましょ〜!!」
2人がそう言うと前夜祭から誕生日祝いの会に変わった。
「「イェーイ!! ウィリア! 誕生日おめでとー!!」」
店内にいる
ゆっくりと息を吐いて自分の背負っている武器をおもむろに取り出して撫でながら眺めていた。4年前までは黒い長剣と白い短剣を何本持って戦っていた。だが今は、マスター・エイジから頂いた替え刃式の短槍長剣になっている。持ち手は短槍くらい長く、刃は長剣の刃をさらに長くしたものを混ぜ合わせたような武器になっている。収納ができるように替え刃式になっているのだという。だが正直言って、この武器は今までの中で一番使いやすい。剣のように斬れて槍のように突いて振り回せる。シロウにとっては長所だけを抽出したような武器なのだ。そんなことを考えながら見ていると、上から声が聞こえてきた。
「皆さんと一緒に過ごさないのですか?」
「うわッ!」
突然の声かけに驚いたシロウは体を縮こまらせて上を見た。シロウの真上にある木の枝のところにマスター・エイジがいた。
「あなたは亀ではないでしょう? そんなに縮こまっても何にも変わりませんよ。」
シロウの反応を楽しむようにエイジは言った。
「マスター・エイジ……あっ、いたんですね。あの、ごめんなさい、勝手に入っちゃって。まさかいるなんて思ってなくてウワァッ! というか……気が付かなくて、あと気付けなくてイテッ! ……本当にごめんなさい。」
シロウは慌てて椅子から立ち上がり
「全然構いませんよ。むしろよく来てくれました。ちょうどシロウさんに話があったのです。」
そう言ってエイジは桃の木からゆっくりと降りてきた。あとから聞いたことだが、[気]で足場を作ってそれをゆっくり重力と反対方向の力を[気]で送る。そして反対方向に送る[気]の量を減らすことによってできることらしい。
「僕に……ですか?」
シロウが繰り返すと、エイジは黙って頷いた。
2人は長椅子に座って、いつも通り桝に水を入れ飲んでいた。
「それで……話と言うのは一体なんですか?」
シロウが尋ねると、エイジは何も言わずにシロウの武器を指さした。
「その武器は、誰が作ったものだと思います?」
4年前と同じ、突然の問いかけが始まった。
「えっと……それは……マスター・エイジ……ですかね?」
「なぜそう思いました?」
深ぼられた瞬間、シロウは少し悩みながら答えた。
「やっぱり、この武器を下さったのはあなたですし、僕はあなたからこれを頂きましたから。でも……。」
「『でも』……なんですか?」
エイジはゆっくり待ってくれた。シロウが自分の中で思っていることを自分で引き出すのをじっと待つかのように。
「でも……何か違うんです。マスター・エイジが僕を理解していないとか、そう言う事ではありません。ただやっぱり、どうしてもこれをもらった時から、使っている時もずっと、僕をよくわかってくれている……ヤタさんと……キュウビさんの感じがすごいするんです。それに、こんな僕専用みたいな変わった武器を作れるのも、きっとあの2人だけだと思います。だからいつも思うんです。もしかしたら……これはあの2人からの最後のプレゼント……なのかなって。まぁ、最後の部分に関しては、2人が亡くなったのが僕の誕生日だからってところが強いですけど。」
シロウは俯きながらも、思っていることを全て話した。エイジはそんな彼の話をを頷きながら聞いていた。
「やはりわかっているではありませんか。」
シロウはその言葉の意味が分からなかった。分かってはいるのだが、一体どの部分が『分かっている』と言っているのかかが分からなかった。
「『分かってる』って……何がですか?」
「全部ですよ。今君が言ったこと全部。これは私が渡しましたが、作ったのはヤタとキュウビですぞ。君はそれを感じ取ることができた。素晴らしいではありませんか。」
「でも……どうやってマスター・エイジの元に? どうして僕だとわかったんです?」
「それでは……見せてあげましょう。事の
そう言ってエイジはシロウの空になった桝と自分の桝を重ねて息を吹きかけ
「全ては6年前から動いていたのですよ。」
そして映像のようなものが流れ始めた。
____2232年3月____獣士認定試験終了後
「サコミズ。すまないが一つ頼まれてくれないか?」
「何だい?」
サコミズが聞くとヤタは麻袋を渡した。
「これを、グランドマスター・エイジに渡してくれないか?」
中身は重く何やら細長いものがある。
「中身を見ても?」
「構わない。」
出てきたのはシロウが今持っている武器だ。
「これは一体何だ? 短槍と長剣どっちなんだ?」
「どちらでもない。強いて言うなら
「棍槍剣?」
「棍棒・短槍・長剣の3通りで戦える何でもござれの武器さ。」
「彼は棍棒、長剣、短槍がとても上手く使えていた。短槍に関しては自覚が薄かったがな。それに、刃を飛ばしての
「ここの替え刃の部分、ここだけ分厚いんだけどってるけど、これは……。」
蓋を押し込むと中が2部屋に分かれており、出前はたくさんの札が入っていた。そして奥には数枚しか入らないような隙間があった。
「そこに札を入れて取り出せるようにしたの。札を自分で使うもよし、奥の消費場所に入れて武器自体に付与するもよしにした。何もない札を入れれば撃てるようにしたし。[気]を込めれば札が銃弾の役割を果たして銃としても使えるようになる。札一枚で最低でも10発撃てるように改良したんだ。」
「それじゃあ、渡しておいてくれ。」
「ちょっと待ってくれ。」
サコミズは2人を引き留めた。
「こんなに丹精込めて作ったんなら直接渡せばいいんじゃないか?」
「ダメだ。」
ヤタはサコミズの当然の提案を強く否定した。
「これは彼に対する我々からの最後の贈り物だ。それにシロウ自身がこれに気づけるかと言うことも含めてな。」
「何でそこまでする必要があるんだ?」
「だって僕ら、来年のシロウの誕生日で死んじゃうから。僕の能力で調べた。もうこれは変えられない事実だ。」
サコミズは言葉を失った。自分の死期がわかると言う能力があるなんて思いもよらなかった。そしてここまで準備を進めているのも驚きだった。
「そして2人がマスター・エイジの所に行くと言うのも知ってる。どんな形かは分からないけど会うことだけは分かる。だから……渡しておいて欲しい。」
「彼に教えるべきことは全て教えた。あとは自分で探し、掴み取る訓練をするだけだ。こればかりは自分でやる以外どうしようもないからな。」
サコミズは困惑した。このまま返して直接思いを伝えろと言うこともできるが、2人の決意が本物であることも、また辛いものなのだ。
「本当に……いいんだね?」
「あぁ構わない。シロウにとって、これは我々からの最後の誕生日の贈り物だ。そしてもし、これがマスター・エイジの手から渡されてもなお、我々からの
サコミズはもうこれ以上何も言わなかった。認めるしかなかった。そして受け入れるしかなかった。目の前の2人の腹はもう決まっているのだから。
「…………分かった。」
サコミズが言い終えると、木屑に映された映像が消えた。
「知らなかった……こんなことがあったなんて。」
「やはり思いは伝わりますな? シロウさん? ウィリアさん?」
「ウィリア?」
シロウが振り返ると、扉の前にウィリアが泣きながら立っていた。
「じゃあ……ウィリアも見てたの? いつから?」
「初めからだよ……。」
そう言ってシロウのもとに駆け寄り抱き締めた。
「シロウ君……合格……おめでとう。」
涙ながらに言われる言葉は刺さるものがあった。
「ありがとうございます。」
シロウも応えるようにウィリアを抱き返した。だが少しした時にエイジが杖で2人をつついた。2人は慌てて離れた。
「あぁ、ごめんなさい。つい……。」「僕もすいません。」
離れた2人はなぜかエイジに対してたじろいでいた。
「お二人とも。今日は決戦前夜ですぞ。彼らに伝えなくてよろしいのですか?」
「????」
「今夜は大事な人と、大事な場所で過ごすのがしきたりですぞ。さぁ早く行きなさい。」
そう言われた瞬間、2人の行き先と過ごし方は決まった。
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