第7話 復讐者と英雄

 ____2234年7月____

 獣士になってからさらに2年が経過した。シロウは16歳になり、ウィリアは27歳になろうとしていた。2人の外見は2年前よりもさらに凛々しく成長していた。シロウは一段と格好良く、ウィリアも一段と美しく綺麗になっている。だが今の2人は怒りに飲まれ理性を失った野獣に変わり果てていた。綺麗な赤色の目と水色の目からは殺意以外何も感じない。きっかけは去年のこの頃だ。


 ____2233年12月24日____

 シロウの誕生日。だが神がよこしたプレゼントは「絶望」だった。大切なマスターであり家族であるヤタとキュウビを失ったのだ。それも研究所の人間によって殺された。命からがら逃げ切った彼らは目も当てられないほど無残な姿でシロウ達のもとに戻った。そして2人の目の前でゆっくりと息を引き取った。その時に2人の中で大事な「何か」に大きな亀裂が入った。ガラスに大きなヒビが入ったような音が体の中で鳴った気がした。心に穴の空いたような気持ちが2人を襲う。家の中の空気は氷のように冷たかった。そして重苦しかった。そんなことではダメだとウィリアは必死にシロウを励まし、2人の墓を家の近くに作り、2人を埋葬した近くに柳の苗を植えて葬儀をした。だが葬儀に来たのはサコミズただ1人。3人はわびしい思いで一杯だった。気晴らしにサコミズはバルム街に連れてったり、自分の営む幼稚園で子供達と遊ばせたりして励ましたが、彼らにはどうしても満たされないものがあった。

 それから毎日が「欲望」に染め上げられていた。1日の会話・遊びや食事・獣士の修行と言う基本的な生活は変わらない。しかし、そこに新しく「復讐」と「淫行」が加わった。獣国に不法入国したZENON研究員や傭兵などの人間の殺戮さつりく。人間界でのZENON日本支部の派生研究所を探し見つけては破壊の繰り返し。夜になればヤタとキュウビの喪失感に駆られ、耐え難くも遣る瀬無い哀傷あいしょうの気持ちを無理矢理紛らして吐き出すようにお互いがお互いを求め合った。それは「愛」と呼ぶには程遠いものだった。復讐はそれほど頻繁ではなかったが、淫行に関しては欠かす事はなかった。それが2人にとっての励まし合いであり、慰め合いでもあったのだ。

 

 ____元に戻り2234年7月____

 人間界でシロウとウィリアはいろんな景色を見て、聞いて、感じた。

 だがその景色は全て血で赤く染まっていた。目をつむるとチェキカメラのフィルムのようにゆっくりと様々な感覚を思い出す。見えるのは建物は炎に包まれ、壁や床、辺り一面は血に染まっている。鬱蒼うっそうと茂る森の奥深くにある研究所壊滅では、逃げ惑う研究員の白衣や迎え撃つ傭兵の迷彩服、砂漠の砂や草木すらも緑の葉や綺麗な色をした花が赤く染まっている。花に関しては形こそ覚えているものの、元の花の色を思い出せない。唯一空と海だけは青く見えた。

 聞こえるのは爆発音。燃えて灰になっていく音。物が焼け落ち崩れる音。研究員たちの悲鳴や断末魔。斬撃音や銃声。斬ったり撃ったりして血が勢いよく吹き出して壁や床を染める音。

 感じるのははらわたが煮え繰り返るほどの怒り。殺した直後の爽快感。その後に一気に押し寄せてくる罪悪感。それらをなかったことのように必死に埋め合わせる性的快感。

 この2人は完全に復讐者アヴェンジャーとして生きていた。


 だがそんな生活もこれまで。先日レオンとサバージによって長期間の獣国不法滞在・人間に対する大量殺害ジェノサイドを働いた罪によって、今2人はBARUMバルム機関の会議室中央に拘束されて座らされている。ひざまずき後ろで手錠をかけられ、逃げられないように鉄の棒で手錠部分をしっかりと固定されていた。目や口は塞がれシロウとウィリアには聞くことと周りのオーラを感じること以外何一つ許されていないのだ。だが2人はすぐそばにお互いがいることと自分の周りに他の誰かがいることは[気]で察知できた。元々会議室の座席が中央を囲むようにな円形になっているのはこれが理由でもある。大罪人はBARUMバルム機関に所属する代表メンバーのみで判決及び処罰を下される。シロウとウィリアが会議室に座らされてから誰1人一言言葉を発しない。ただ2人を監視している。そんな中、木の扉が開く音がした。入ってきたのはエイジだが、2人がそんな事を知る由もない。きしみながらゆっくりと開くと、杖をつく音が遠くからした。それは徐々に近づき上の方に登っていく。音が止むと、再び沈黙が支配した。

 少し経つと、静まり返った会議室でガベルが2回鳴った。静寂の中で響く木槌の音は軽く叩くだけでも会議室の中を十分に響かせた。

「それでは、ただ今から5種族獣術協会最高評議会・通称BARUMバルム機関による異端獣士弾劾裁判を開廷いたします。よろしくお願いします。」

 全員より少し高い席からエイジが開廷を宣言すると他のマスター達は静かに会釈した。

 それから色々なことが聞こえた。哺乳類代表であるレオン・サバージ・シルベスターによる状況報告。代表の獣士たちによる調査報告。シロウとウィリアの判決会議。沢山の獣士たちの会話を全て黙って聞くことしかできなかった。だが恐ろしいことに、全ての事実が正確で、シロウ達の意図をしっかりと理解していた。


 そして被告人弁明の時間がやってきた。

「それでは……被告人らの目隠しを外します。よろしいですか?」

 代表の獣士全員が重い頭を動かすように頷く。

「では……いきますよ。」

 静かに言うとエイジは[気]を操り2人の目隠しを外した。目を閉じている。だが2人が開眼した瞬間、溢れ出る感情を爆発させるように獣術を使って拘束具を無理矢理破壊し身構えた。そんな有り得ない状況を目の当たりにしても誰1人微動だにすることはなくただ悠然とした態度で眺めている。脅すように2人はオーラを発したが、そんなものは無意味でしかなかった。だが急にひらけた視界は2人を困惑させた。中央の議会席(円卓)はこの部屋に合ってないのではないかと言うほど小さかった。日の光が入る場所はなく大きな柱があり、水たまりが各席の離れた場所に5箇所ある。水底からの光が天井で揺らめいている。そんなぼやけた光で全体像がはっきり掴めず、視線が定まっていない。だが戦意は十分全員に伝わった。

「やめておけ。」

 レオンが言うと、2人は声の方を向いた。

「今の状況がわからないほど、お前達もバカじゃあるまい。」

 落ち着いた声で2人を諭すが、2人の目つきは変わらず一向に構えを崩さない。

「それとも……本気で俺たちとやりあうつもりか? 俺とサバージに負けてそこにいると言うのに、今度は15対2でやるのか?」

 シロウ達は目が慣れて辺りを見回した。囲むようにそれぞれの種類が3体ずつ一つの長机に座ってこちらを見ている。2人は戦慄を覚えた。彼らの静かに放つオーラを感じて本能が警鐘を大きく鳴らす。そして2人は、ただただ黙ってそれに従うしかなかった。戦意はそがれ、身構えることを止めた。レオン達は静かに彼らが落ち着きを取り戻すのを待った。壇上にいるエイジを見ると彼は年老いた声でゆっくりと質問を始めた。

「それでは……先程の報告と異なる部分はありましたか?」

 2人は小さく首を振った。全てが正しかった。

「何か思うことがあればご自由におっしゃってください。いくらかかろうと構いませんぞ?」

「……僕はヤツらが許せません。僕らをこんな風にして、ヤタさんとキュウビさんを殺したアイツらを。」

 静かに放ったシロウの言葉は、その場の空気を重くした。ウィリアは止めようか不安げに迷いながらシロウを見ている。それを無視してもシロウは伝えることだけを考えていた。

「調べたなら分かっていると思いますが、ヤツらがやっている事は決して科学技術の進歩や人間の文明発展じゃない。獣人ビーストを殱滅するための生物兵器作りです。人間が獣人ビーストに対して劣等感を抱いているから、ヤツらはあんな、同種の命をもてあそぶようなことをするんだ。ヤツらは獣国に僕やウィリアのような合成人間キメラノイドを送り込んで内側からの壊滅を目論んでる。をこのまま放っておけば、いつヤツらが獣国こっちに攻めてくるか分かったもんじゃありません。こうしてる間にも、人間界むこうで誰かが犠牲になっているかもしれない。誰かが止めるしかないんだ! どんな手を使っても!!」

 シロウは全力で彼らに訴えた。感情を全て表に出してぶつけた。息を荒くするほどに。その言葉に嘘はなく、人間界……研究機関ZENONに対する怒り、そしてその犠牲を1人でも抑えようとする思いがこもっている。そしてそれは涙となって溢れ出ようとしている。ウィリアはそんななりふり構わず必死に訴えるシロウの姿を見て涙を飲む。

「(彼はまだ泣いてない。)」

 そう自分に言い聞かせる。そして彼の言葉に共感しながらも涙を必死に堪えてシロウをただ見守る。エイジ達はシロウの言葉を真摯に受け止めていた。

「僕はここがが好きだ……この国が大好きだ! 幸せなの思い出、自分の成長、沢山の出会い……僕を作ってくれた全てが……獣国ここにあるんだ!! だから僕は守りたい!! 僕にとっては生まれ故郷じゃなくてもそれ以上に……僕にとっては大事な居場所なんだ!!」

 叫んだと同時にシロウの心に限界が来た。先ほどの怒りと獣国での思い出は混ざり合い、涙となって溢れ出た。溢れ出した想いは止まることを知らず、ひたすらシロウの視界をぼやかし続ける。

「人間界でもう……これ以上僕らのような犠牲者を生み出して欲しくないんです……。今からでも遅くない。サドナ達アイツらを叩き潰して終わらせたいんだ。人間達かれらには悔い改めて……こんな馬鹿げたことをやめさせたいんだ。きっと互いを理解して生きていけると思います。あそこもきっと……素晴らしい世界なはずだから。こんなにひどいことをされても、どうしてもそう信じちゃうんですよ。腐っても……僕らのだから……。」

 頭の整理が追いつかず口調がグチャグチャだ。泣きながら出たのは人間界に対する希望。ZENON日本支部を壊滅させれば獣国と人間界が互いに互いを認め合い、生きていけるということだ。シロウはそれを言い終えると、膝から崩れ落ちてすすり泣き始めた。必死に声を抑えようと歯を食いしばり口に拳を押し当てた。そんなシロウを見て辛さに耐えきれなくなったウィリアは涙を流しながらシロウに駆け寄り方肩を抱き寄せた。シロウは寄せられた瞬間、子供のようにウィリアに顔をうずくまらせた。その瞬間ウィリアも涙を流しながらシロウを抱き締め返した。母親が子を安心させるかのようにウィリアは「シロウ。シロウ。」と慰めるように名前を呼び続けた。ウィリアが思っている事はシロウと同じなのだ。会議室の広さは2人の哀愁をさらに強いものにした。


 2人を姿を見たレオン達は全員顔を見合わせ何かを決心したかのように頷いた。そして全員がエイジに視線を送るとエイジは彼らの考えを読み取ったかのように頷いて、2人に話しかけた。

「そんなに泣かないで、顔を上げてください。」

 エイジがそう言うと2人は顔を上げた。目は赤くなっている。それを見たエイジは温かい笑顔を見せた。

「お二人の考えはよく理解できました。それほどまでにこの国のこと、あちらの国のこと、そして2つの未来までも思いやる心が十分に伝わりました。それでは、マスター・レオン・ヘルガーから判決を言い渡します。」

 そう言うとレオンは席を立ち、2人の所に向かった。どんな罰であろうとも2人は受け入れる覚悟を決めていた。

「主文。被告人は獣国の住人ではないにも関わらず、自らの手を汚し獣国が問題視しながらも解決に難航していた人間界における『キメラ計画』復活を遅らせ、獣国に対する条約改正起訴に有利な物的証拠を多数提供した。合成人間キメラノイドであることや調査結果・環境状況・被告人弁明による厳正なる審査の結果2人の全ての行動を…………獣国貢献とみなす。」

「「……え?」」

「何だ? 聞こえなかったのか? さては分からないのか? ならわかりやすく言ってやろう。お前らは無罪放免だ。」

 2人は呆気に取られていた。まさかこんなことになるとは予想もしておらず信じられなかった。お互い顔の顔を見てレオンを再び見る。レオンは静かに微笑みながら頷いた。

「でも……それってどうなんです?」

 シロウは素朴な疑問を持った。

「『どう』……と言うのは?」

「私たちがやった事は重罪なんですよ? 獣国に無許可で過ごしていたし、人間界では沢山の人間を殺した。なのに……それを国の貢献っていう形で無罪にしてしまうのはちょっと……。」

 ウィリアはこれが自分たちの状況を悪くするという事は分かっている。だが罪の意識を2人は共通して持っているので「罰がない」と言うのは納得がいかない部分があるのだ。ウィリアがそう言うとレオンは啞然とし、ついでに場の空気も凍りついた。

「プッ、フフフフ……。」

 笑いを堪えきれなかったのかレオンは吹き出した。

「???」

 2人はレオンを不思議そうに見る。なぜ笑うのかがわからないからだ。

「アッハハハハハハハハハハハハ!」

 レオンは突然声を大にして笑い出し、それに釣られるように周りの獣士たちも笑い出した。しかしこの状況は2人からすると訳がわからず戸惑いを隠せないものだ。驚きながらも周囲を見回してどうにか理解しようとする。

「おい! 聞いたかみんな! コイツら無罪になったってのに、自分から求刑をし始めたぞ!」

 シルベスターが囃し立てるとエイジ以外全員が便乗し始めた。

「何だコイツらは! こんなおかしな奴らを見たことなんかただの一度も無いぞ!」

「自ら求刑するなど……ハハハ……馬鹿げているにも程がある。」

「あぁ全くだ。そんなことをしても得など一つもない事は目に見えているだろうに。」

「今までの中でコイツらは最高傑作だ。鳥が自ら食べてくれって言ってるようなもんだぜコリャ。」

「マンバ。そう言うの今だけは構わないけど、私たちの前では止めてよね。黒いのは皮膚だけで十分よ。」

 代表メンバー達は笑いながら口々に言っている。彼らは2人をけなしていたが、同時に称賛もしていた。

「それにしてもレオン。面白いわこの子達。こんな正直で健気なんて。食べちゃいたい。」

「ペリカン。お前は食べるんじゃなくて丸呑みにするんだろ?」

「おいおいルーパー。そんなに笑うと乾燥して倒れるぞ?」

「まぁまぁみんな落ち着け。こんな無罪で喜ばない罪人を今まででみたことがああるか? 彼らは自分の犯した罪を理解しているからこそ、こんな到底理解し難いことを言い出すのだ。だったら、このまま無罪にするわけにはいかないな? レオン?」

「あぁ。そうだな。ならお望み通り、こんなバカがつくほど正直で、慈悲深く、信念と強さ持っているお前らに判決を言い渡す。リアネフ・Rレント・テクシス改めシロウ。マチルダ・Rレース・ノワエリア改めウィリオーレリア・ルーポ。以下の者は、獣士の位をグランドマスター昇格し、エイジの命による獣国騎士団所属の刑に処す! 以上だ。」

 レオンが強く宣言したと同時に、代表の獣士達全員は満足げに拍手した。

「君らには国を背負ってもらうと言う罰を受けてもらう。罰をもらえないことが一番辛いというならば、それがこの罰だということを忘れるな。」

 そう言ってレオンも拍手した。たった15人の拍手なのにも関わらず、その音が部屋全体を響かせ、大勢の人間から受けているように感じた。

「今の判決に私も賛成です。それでは、これにて閉廷といたします。お疲れ様でした。」

 エイジは宣言するとガベルを1回叩き裁判は閉廷となった。その瞬間、全員話しながら席を立ち会議室から出ていった。レオンはエイジのところに行き話をしている。そして2人はどうすればいいかわからず、その場で立ち尽くしていた。

「シロウさん。ウィリアさん。少しお付き合い頂いてもよろしいですかな?」

 突然エイジに呼ばれた2人は言われるがままについていった。門の先にあった場所……そこはエイジがいつもいる石床の桃の木がある場所だ。2人は久しぶりに見た目の前に広がる外の景色の豊麗ほうれいさに心をうるおされた。空も雲も夕焼けに染まり茜色に変わっている。赤いがそれは血とはかけ離れたとても美しく自然だけが表現できる色だった。そして地平線の彼方まで樹海が広がっている。桃の木は緑の葉っぱを纏っていた。それら全てが美しかった。

「どうです? とてもいい眺めでしょう。」

「はい……とても心が落ち着きます。」

 シロウは静かに答えたがウィリアは目の前の景色に圧倒されて言葉が出なかった。2人はこの2年で失っていたもの全てが取り戻せたようにも感じた。無意識に流れた2人の涙を上風が拭うように吹いた。涙に気づいたウィリアは自分が拭った後に、シロウにもやってあげた。

「私はいつもここにいるのです。ここには大事なものが全てがありますから。」

「『全て』?」

 ウィリアは繰り返して聞くとエイジは笑顔で振り向いた。

「はい。ここには全ての[生命いのちの気]が満ち満ちています。上を見れば空と雲、下を見れば大地と樹海、目の前を見れば桃の木。周りを見ると炎と水。そして気まぐれに吹く風。地球一つの繋がりが全てがここにはあるのです。ここでその[生命いのちの気]を感じる場所なのです。」

 シロウとウィリアはただ黙ってエイジの話を聞いていた。周りを見ると確かに壁に焚かれた松明たいまつと竹の水道からチョロチョロと流れる水があった。エイジは枡を3つ用意し、その水を入れるとシロウへ、ウィリアへと渡し桃の木の前にある長椅子に座るよう優しく爪で叩音を鳴らして促した。

「乾杯しましょう。この生命いのちに。そして明るい未来に。」

「未来に。」

「未来に。」

 そう言い座った3人は桝を合わせて水を飲む。この時の水は、どんな飲み物でも超えることのできない美味しさがあった。


 エイジと3人で座って景色を眺めていると、シロウはエイジに尋ねた。

「なぜ……復讐者アヴェンジャーである僕らを、獣国騎士団なんかに?」

「…………知りません。」

「「え?」」

 エイジは表情一つ変えずに言い切った。2人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「決めたのは私ではありません……ノアがのです。私はそれに信じ従っただけですよ。ノアが私に、君たちを信じろと言ったのです。」

「そのノアって言うのは一体なんですか?」

 ウィリアが尋ねるとエイジは微笑み返し、

「いずれ分かります。」

 と言った。少し景色を眺めていると、エイジは景色から目を離さず2人に尋ねた。

「英雄と復讐者、2つの違いは何だと思いますか?」

 突然の質問に2人は悩む。何が正解かと頭の中で考えていた。

「何も答えがあるわけではありません。あくまでそれぞれの考えを伺っているのです。ですから自分の考えを教えてください。」

 そう言われて先に答えたのはウィリアだった。

「私は、『誰のためなのか』と言う部分が違うと思います。復讐者は自分がやられた仕返しをする為だけに相手を倒し、英雄は自分以外の誰かを守るために相手を倒す。やってることが同じでも、『誰かのため』と言う部分が分かれる部分だと思います。」

「なるほど。シロウさんはどうですか?」

「僕は……。」

 シロウが言いかけたその時、エイジは何かに気付いたように2人に言った。

「そろそろ、迎えが来ますぞ。」

 そう言った次の瞬間、扉の開く音と共にレオンが入ってきた。

「シロウ、ウィリア。準備ができた。行こう。」

「わかりました。すぐ行きます! 行こう、シロウ君。」

「……うん。」

 ウィリアは大きな声で返事をして立ち上がると隣にいたシロウを立ち上がらせる。シロウもすぐに立ち上がった。

「あの、マスター・エイジ。これ……。」

 ウィリアは桝をエイジに見せると

「そのまま置いて構いません。さぁ、行って下さい。彼を待たせるのも悪いですから。」

 相変わらずの笑顔でウィリアに答えた。

「ありがとうございます。失礼します!」

 そう言うとウィリアは先にレオンの元へ行った。

「マスター・エイジ、あの……。」

「いいんですよ。また今度聞かせてください。」

 そう言われたシロウは申し訳ない気持ちも混ざりながらエイジに深くお辞儀して行こうとした。その時、

「シロウさん。」

 エイジはシロウを呼び止める。振り返るとエイジは立ち上がりこちらに向かって歩いてくる。

「何かに縛られず生きてください。大丈夫ですよ、アナタはきっと前に進めるはずです。この国の平和は……任せましたよ。」

 笑顔で優しく胸に手を当てられこの言葉をかけられた時、シロウの体にエイジの温かい[気]が大量に流れ込んで来た。それは全身を駆け巡り「僕は今「勇気」をもらった。」そうシロウは直感で理解した。

「はい、頑張ります!」

 静かに、そして強く笑顔で返事をした瞬間引っかかっていた「何か」が吹っ切れた。これがだ。シロウの中で雲に隠れていた太陽が見えたような感じがした。

「シロウくーん! はーやーくー!」

「はーい!」

 ウィリアに急かされ、シロウは返事をして向かった。

「それじゃあ、ありがとうございました!」

 また大きく頭を下げてウィリアとレオンのもとに走り出した。走りながらも振り返り、エイジに大きく手を振る。エイジもシロウに手を振り門の扉が閉まるまで見送った。

「さて……きっとこれも……天の贈り物ですな。」

 そう言いながら杖で2人の桝を叩くと宙に浮きエイジの手にある空の桝に重なった。そしてエイジは風が吹いた瞬間息を吸って重なっている3つの桝に息を吹きかけた。するとそれは木屑きくずとなって風に乗り流されてどこかへ消えていった。全員の姿を[生命の気]は見守っていた。








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