第6話 ②ジュウシとなりて、決意する。

 ヤタの開始の声を皮切りに、3人同時に鞘から種を弾き出してそれぞれの武器に変化させた。シロウとウィリアは長剣、サコミズは2つの手斧へと形を整えた。種や木の実に自分の武器のイメージを[気]で投影する。するとその種は成長し木となり木材となる。その木材をさらに[気]で研磨することで武器になる。イメージが固まっているほど、早くそして鋭利に仕上げることが可能となる。投影時間、練成度はほぼ互角。だが先に動いていたのは2人の方だ。錬成が完了した時には、既にサコミズの前にいた。

「「ハァッ!!」」

 2人同時の先制攻撃は、虚しくも片方の斧だけで受け止められた。力いっぱい振り下ろしたはずだったのにいとも簡単に打ち砕かれた。

「一糸乱れぬ動き。本当に息ピッタリじゃないか。しかもこんなに重いなんて。」

 彼の表情を変えず余裕を持って話すその姿が、2人からすれば煽っているようにしか見えなかった。 2人の隙がない連撃をサコミズは2本の手斧で難なくさばいている。2人は攻めているはずなのにその感じが全くしない。シロウは段々逆上し始めた。シロウの紫色の[気]はダダ漏れる殺意となって溢れ出した。尻尾の毛は逆だっている。攻撃は徐々に力任せになってなっていき、剣で「斬る」という発想から「叩きつける」と言う発想になっていった。

「ウオォ……さっきより重くなってきた……。」

 シロウの攻撃の変化に少しの動揺が見えた。サコミズの涼しい表情は徐々に崩れようとしていた。その瞬間、でわずかな勝機が見えた。その瞬間、鼓動の音が体を駆け巡った。シロウの中にあるが騒ぎ出した。髪はきれいな白銀に、そして目の色は赤黒く変色した。本来なら暴走の状態なのだが、何とか理性は保っているようだ。

「アアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!」

 シロウは獣のように咆哮ほうこうし、サコミズを蹴飛ばした。重い一撃が入り、サコミズは吹き飛んだ。この時ウィリアとの連携が完全に崩壊し、もはや戦場はシロウ1人の独断戦と化していた。

「シロウ君落ち着いて! もっとゆっくり、私に合わせて!」

 ウィリアの声も、今のシロウには雑音以外の何物でもなかった。

「ウルセェ!! 今のなら行けるはずだ……アイツを、仕留められるはずなんだ!!!」

 その時のシロウの目は鋭く、赤黒い瞳は血を求めているかのようでウィリアも恐怖を感じる程だった。シロウは逃がすまいと視界から消えないように、新しく剣を作りすぐさま凄まじい勢いで後を追った。

「痛てて…………。流石はフェンリルの合成人間キメラノイド。年のせいか腰にも来るなあ。」

 飛んだ先の木に強く体を打ちつけた。年齢も相まって、さすっても痛みが中々引かない。サコミズが動けなくなったことを好機と見たシロウは、仕留めにかかった。持っている長剣を前に放り投げ、鞘から種を1つ弾き出した。そして大きい一本の木材を作ってから、短剣10本に変化させた。全ての剣に起爆札を貼って思い切り投げた。短剣が木や地面に刺さりサコミズの周りを囲んだ。

「逃がさねぇぞ!!」

 シロウはそう叫ぶと走る勢いを乗せて高く飛んだ。空中で回っていた長剣を掴み、サコミズに飛びかかった。サコミズはなんとか起き上がったが、もう手遅れだ。シロウの長剣は目の前で突き立てようとしている。サコミズに避ける術はなく、そのままシロウに腹を貫かれる以外なかった。

「アァッ!!」

 激痛であげるうめき声。声を発したと同時に吐血した。木であっても鋭く研がれた長剣。身体を貫いて後ろの木まで突き刺さし、釘で打たれたようになっている。

「まるで呪いの藁人形だな。」

 獰猛さが増したシロウの戦い方はもはや動物の「狩り」に近かかった。

「この勝負、俺たちがいただくぞ!」

 顔のすぐ近くを蹴りつけ、勝利を謳うかのようにサコミズに近づき言い放った。その時の顔はもはや悪人の笑顔でしかない。その時のシロウの目は獲物を捕らえた肉食獣のようである。

「これはくれてやる。勝利の花火を上げてやるよ。とくとみやがれ!」

 そう叫ぶとサコミズを蹴って離れると周りの札が光り出した。

「これで終わりだ!」

 シロウが上げた腕を勢いよく振り下ろすと札が爆発し、爆炎がサコミズを飲み込んだ。シロウはその瞬間を最後まで見届けた。ウィリアはその間シロウは、自分の身体を元に戻していた。目の色も元の水色に戻っていく。戻った直後、一気に疲れが押し寄せ、疲弊するあまり膝から崩れて四つん這いになった。ウィリアが駆けつけてシロウに方を貸してゆっくりと立たせた。息は荒く、体は熱くなっている。

「もう、熱くなりすぎだよ。」

「ごめん。でも手応えは確実だよ…………ここまで持ってくるのに6年かかったんだ……頼むから上手くいっててくれよ。」

 爆煙を眺めて小さく呟いたその言葉は、シロウの全力を出した結果である事を暗に示していた。

「倒しきれなくても、傷くらいは……。」

 一瞬の遅れが死に直結する……これが獣士認定試験。これは試験でありながらも、同時に本格的な殺し合いにまで発展するものなのだ。だからこそマスターがあまり受けさせたがらないのだ。次の瞬間、煙の方から咳込む音がした。2人は驚きのあまり硬直した。

「いやぁ〜やっぱりすごいな。動き出す前に退路を奪う。突き立てただけで満足しない。戦い方はバッチリじゃないか。おまけに最後のトドメである爆発。威力は十分にあったよ。でも……。」

 足音と共にまたあの声が近づいて来る。それも弱くなったり、息が荒くなっているわけでもない。最初と全く同じ調子だ。そして煙が晴れた瞬間、2人は絶句した。

「目だけじゃなくて、[気]でもしっかり確認しなくちゃね。」

 爆煙の中からゆっくりとサコミズが現れた。

「ごめん。やっぱりダメだった。」

「そういうわけでもないみたいだよ?」

 再び武器を作って構えた時に見てシロウは少し驚いた。アイボリーの獣士服や顔が汚れて、腹部は赤く染まっている。どうやら全部が全部避けられたということではないらしい。

「ここまで危なかったのは久しぶりだよ。昔を思い出すくらいだ。」

 そう言うと傷口に手を当てた。すると手を離した瞬間、傷口が塞がっていた。その時シロウの背筋が凍りついた。この人に本当に勝てるのか? そう頭の中によぎる。自分が6年という時間を費やして得た技が、いとも簡単に打ち破られたことに。さらにはせっかく負わせることができた傷が、簡単に消されてしまうことに。

「じゃあ俺も、そろそろ本腰いれないとな。」

 そういうと、マントの内側にしまっていた2本の手斧を取り出し、手の上で投げて回した。

「それじゃあ……。」

 気を引き締めてまばたきをした次の瞬間には、2人の目の前にいた。その表情はさっきとは打って変わって真剣そのものだった。

「行くよ。」

 振り下ろされた斧は確かに2人の頭を狙っていた。咄嗟の判断でなんとか剣で受けるが、その一撃は2人の足が地面にめり込むほど強力で2人は次の行動に移ることができなかった。サコミズは呼吸を整えて、[気]を集中させた。するとサコミズから赤と緑のオーラが見えた。

蔓蛇つるへび纏蝋燭まといろうそく!」

 サコミズが叫んで地面に斧を叩きつけると、2人の足元から植物のツタが飛び出して生き物のように2人に巻きついて締め上げた。必死にもがいてもびくともしない。2人は苦しむ中[気]を集中させて自分の守りに徹した。しかしシロウは違和感を感じた。何故か植物のツタなのに、わずかにガソリンのような匂いがするのだ。

「さっきのお返し、俺のはちょっとキツイよ。」

 そう言って指を弾くと、絡み付いたツタが燃え始め、2人を火だるまにした。

「「アアアアアアアアアア!!!!!!」」

 2人の悲鳴が森の中に響き渡る。サコミズ自身も思っているがこの技はもはや拷問的処刑でしかない。体に纏い付くツタと炎から逃れようとしても、ツタ自体が体の自由を奪って動くごとを許さない。例え[気]で身を守ろうとしても熱により息がうまくできず長くは守れないのだ。ただでさえ疲弊していたシロウにとってこの攻撃になす術が無かった。シロウは体の力が抜けて剣を落としてしまう。呼吸をする度に肺が焼かれていき、徐々に2人の体と意識を蝕んでいく。

「シロウ君!!!」

 呼んでも返事が来ない。気絶寸前のシロウを見たウィリアは[気]を守ることから水の能力を発動することに換えた。ツタの炎が集中力を削ぎにくる。だがウィリアにとってそんなことは考えていられなかった。

「生命吸引・巨大水牢きょだいすいろう!」

 その瞬間、大量の水がウィリアの手から発生し巨大なドームとなり3人を閉じ込めた。ツタの炎は消え、すぐにほどけた。ウィリアはシロウを助けると水牢から出た。サコミズも外に出ようと泳ぐ。すると水牢も移動しサコミズを逃さないようにしていた。水牢で時間を稼いでいる間、ウィリアは気絶したシロウを抱えて[気]を送って回復させた。シロウは咳込み目を覚ました。

「……シロウ君! よかった!」

 ウィリアは歓喜し抱きしめた。シロウはハッとして自分の手を見た。火傷の跡は消え、疲労感も消えていた。ウィリアのおかげだとすぐにわかった。

「ありがとうウィリア。でも……早く離れてもらっていい?」

「あぁ……ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃって。」

 そう言ってシロウを離した。シロウの顔は赤く染まっていた。その直後、水牢が割れる音がした。

「来るよ!」

 ウィリアはサコミズの[気]を察知して警告した。予想通り彼は飛んだきた。だが自ら飛んできた訳ではなく、正確には「何かに飛ばされてきた」のだ。転がりながらも受身を取り、すぐに体勢を立て直した。だがシロウ達に構えたのではなく、飛ばされた方向に構えていた。2人は状況が飲み込めていなかった。

「どうしたんですか?」

「2人とも! 今すぐ逃げるんだ!」

 サコミズは鬼気迫る表情で強く言った。

「どういうことですか?」

 直後サコミズの向く奥の方から雄叫びが聞こえた。鳥達が騒ぎ出し不安を煽る。シロウは鼻をヒクヒクとさせて血なまぐさい臭いを嗅ぎとった。そいて獣耳けものみみから不穏な呼吸音を聴き取った時、異常な不快感が蘇った。

「キメラだ。」

 つぶやいたシロウの予想は的中した。大地を踏みしめながら現れたのは獣人ビーストベースのキメラ。シロウは指を額縁のようにして距離を測ると大きさは約3メートルと出た。二足歩行で目は充血し、口周りは赤く染まり血が滴っている。何かの血である事は見た瞬時に把握できた。猫背がひどく四足歩行にも特化しているのだろう。見たところ元はヒョウの獣人ビースト。皮膚は溶ほぼけているが、赤く染まったまだら模様が少し残っていたからだ。場の空気が張り詰め、息苦しさを感じる。3人の考えはそれぞれ違っていた。

「ここは俺が食い止める。だから早く逃げるんだ!」

「いえ、一緒に戦います。コイツは僕らがやらないと。」

 シロウがそういうと、2人はサコミズの隣に立って武器を作り構えた。

「なんとなくですけどヤタさんの言った『協力して勝利する』ってアイツと戦うことだと思うんです。私とシロウ君の2人が協力してサコミズさんに勝つんじゃなくて、私とシロウ君とサコミズさんの3人で協力してあのキメラを倒せってことだと、私はそう思うんです。」

 ウィリアが見せた笑顔はどこか頼りがいを感じた。話を聞いてサコミズの笑顔が戻ってきた。そしてゆっくり立ち上がり、2人と肩を並べた。考えは一致していた。

「わかった。それじゃあ一緒に勝とうか!」

「「はい!!」」

 意気投合した3人は構え直した。互いの睨み合う時間は1秒が恐ろしく長く感じる。キメラはうなりながらシロウたちを凝視していた。獲物が3人に増えたことにより、誰から先に喰おうかと選ぶようにそれぞれに視線を移している。一方の3人はヤツの出方をを伺っている。何であれ音が鳴ったり、動いたりした瞬間から戦いが始まる事はその場の全員が理解していた。全員が無言の中、風と樹林が草木を揺らして騒いでいた。だが風が止み本当の静寂が訪れた。そして……。

 グァロオオオオオオォォォォーーーーーー!!!!!!

 キメラから放たれた渾身の咆哮が沈黙を破った。それは森をも震え上がらせるほどだった。その瞬間それぞれが行動に移した。キメラは3人に向かい突っ込んでくる。ウィリアとサコミズは武器を地面に叩きつけ、シロウは空中に札を3枚張りそれを全て斬り剣をキメラに向けた。

蔓蛇つるへび!」

「ルードーン!」

「スパイラルヴァイン・スティング!」

 木の根と蔓が地面から勢いよく飛び出してウィリアの根は足、サコミズの蔓は腕に絡みつきキメラの動きを止めた。シロウの剣から螺旋状の鋭利な蔓が3本。勢いよくキメラの腹に数カ所の穴を開けた。

「ヨシ!」

「まだだ!」

 歓喜するシロウをサコミズは制した。呻き声をあげるキメラが背中を丸めると内側から何かが外に出たがるように膨らみうごめいていた。肉が裂けて内側から出てきたのは無数の触手と細長い「人間の腕」。それは3人に向かって伸び、それぞれ避けながら散らばり距離をとった。細い腕でも力は強いようだ。手足にしっかりと絡みついた蔓と根を引きちぎっていた。そして一番最初に見たシロウに狙いを定め突進して来る。触手は自立型なのか伸びてウィリアとサコミズを襲い2人はそれを相手するのに避けたり様々な技を使って手一杯だった。そしてシロウは迫り来るそれを正面から剣を突き立てて返り討ちにしようと構えた。札を剣のグリップに貼り呼吸を整え[気]を集中させた。

「デスパレート……!」

 撃とうとした刹那せつな、脇腹からの強烈な痛みがシロウを襲った。

「ウグァッ!!」

 油断だった。似た相手なら同じ手段が通用すると思ってしまうものだ。正面からの攻撃を伺いすぎたシロウは外側から伸びた手に脇腹をえぐられた。不意を突かれ、全ての集中が切れたのを見逃さず追い討ちをかけるようにキメラはシロウの腹を思い切り殴った。重い拳はシロウの腹を押し込み吹き飛ばした。シロウは勢いよく木に体を打ちつけ地面に倒れた。シロウがぶつかり倒れた部分は赤く染まり、大木であるにもかかわらず大きく揺れる。

「シロウーーーーー!!!!」

 シロウの無惨な姿を見たウィリアは咄嗟に悲鳴に近い叫び声を上げ、自分の限界量を超えた[気]を斬撃に乗せて飛ばした。赤く光るそれは全ての触手を一刀両断しサコミズの方にある触手、加えて周りの大木も巻き添えにするほどだった。次々に木が倒れ、日陰だらけだった森を明るく照らした。これにキメラが気づかない訳もなく、ウィリアとキメラの激しい打ち合いに転じた。ウィリアが若干押されていたところを、サコミズは完全に空いた背中を斬りつけて加勢した。数で勝った途端、状況は一転した。遠のく意識の中、シロウは太陽の光とたった一度名前を叫ばれた声を頼りになんとか体を起こして頭を振り意識を取り戻す。重症になりながらも脇腹を押さえ震えながら立ち上がり、シロウは落とした剣を拾い上げ地面に突き立てた。彼の中ではまだ終わっていなかった。心の炎はまだ燃えていた。

「まだ……だ……まだ……やれる……やってやる!」

 シロウが中指と人差し指を立てて自分の方に来るよう指を動かして念じると散らばっていたシロウの長剣が浮き始めてシロウの元に集まっていく。シロウの近くに来ると地面に突き刺さった。集まったのはたった3本だ。鞘の中にあるタネを全て取り出して全てを長剣と同じ大きさのくいに変えた。量を優先させたためできたのは全部で60本。そして全てに札を貼ってある。

「2人とも! こっちに来てください!!」

 シロウの叫び声を聞いてウィリアは離れたがサコミズはそれができる状況ではなかった。

「サコミズさん!」

 ウィリアがサコミズを呼んでも戻ってこない。

「大丈夫! ちょっと待ってて!」

 口ではそう言っているが実際の彼に余裕の表情はない。2本の腕ならまだしも4本の腕が襲いかかるとなると逃げる機会を作るのはサコミズでも難しいのだ。機関銃きかんじゅうのように拳が飛んでくる中で左の細腕ほそうでが受け切れず斧の上を通った。しかしその瞬間サコミズは何故か笑顔を浮かべた。

「やっぱり……用意しておいてよかった。」

 直後、キメラの左腕が肘まで2つに裂けた。離れて見ていた2人は何が起きたか理解できていなかった。

 ギィギヤァァァァァァァァーーーーー!!!!!

 激痛を訴えるかのような絶叫が響き渡り左腕を思い切り振り回している。拳が止まりサコミズは2人のもとに後ろで跳んできた。サコミズの息は荒くなっている。

「ごめん……遅くなった。」

「全然大丈夫です。」

「あの腕一体何したんです?」

 ウィリアが聞くとサコミズは何も言わずに自分の斧を見せた。そこにはさっきまで斧だったが柄の上にに赤く染まった剣の刃が付いていた。シロウはそれを見て

「サコミズさん、ウィリア。武器を僕に使わせてください。これで決めます。」

 そう言うと2人は頷いてシロウの前に武器を刺した。シロウは既に集中して[気]もこれ以上にないほど上手く扱えている。左手で目の前に刺さっているウィリアの剣を抜いてキメラに向けると、周りの武器も同じように浮いた。右手を左肩に添える。すると士郎の隣に、6本の武器がリボルバーの玉のように円を作っていた。

「残弾60。装填6プラス1発。まぁ……十分すぎるくらい……か。」

 狙う部位はない。ただ当たりさえすればいい。シロウの中ではそれが一番だった。

「迎撃準備。」

 静かに強く放つシロウの言葉に何をするか察した2人は、同じように[気]を集中させて狙いを定めた。それぞれのオーラが現れ、キメラは3人のオーラに気づき動きを止めようと吠えて威嚇した。しかしそんなものはもう無意味だ。こちらの準備は

 グルァァァァァァァアアアア!!!!!

 怒り狂うように放った咆哮と共に、キメラは四足歩行で全力疾走を始めた。さっきまでの二足違い、スピードは段違いだった。

「撃ち方始め!」

 ウィリアが叫ぶと全員が一斉に技を行使した。

「リボルバーショット・ウェポンバレット!」

「ライトニング・カットバレット!」

跳躍とびおどだま雨蛙あまがえる

 それぞれの技がキメラに一斉射撃され、様々な弾が飛んできた。シロウの初めに放った剣が全弾命中し、爆発を起こして足を止めた。

「まだまだぁッ!!」

 剣が、切れると次弾装填して杭が放たれ、全てがキメラの体に刺さっていく。その度に爆発や発火、水が勢いよく弾けたり蔓が生えたり電気が流れたりと様々な術が施され内側から崩していく。ウィリアが放つ光速の雷の光弾は皮膚を切りつけ傷をつけていく。さらに血だらけの体を感電させて体の動きを鈍くする。サコミズの放つ水弾は蛙の形になって目にも止まらぬ速さで飛び跳ねる。皮膚を切り裂くと辺りを踊るように跳ね周り、再び相手を切り裂いていく。ウィリアの光弾は焼き切るので傷口から血が出ないが、サコミズの水弾は血が流れさらには水で濡らすので帯電性が増し、水で辺り一体を湿らせるおかげで、煙が立って目標を見失う事がない。当たっていることは全て目視できる。

 グゥアアアアアアアアア!!!! グゥギャアアアアアアアアアア!!!!!!

 キメラの断末魔の叫びが森全体を震え上がらせた。巨大樹すらも。体勢こそ変わっていなかったが、撃ち終える頃には動きは止まり、吠えることもしなくなっていた。シロウが撃ち終えたと同時に2人も撃つのを止めた。全員体力をほぼ使い果たし、立っているのがやっとだった。キメラは完全に阿鼻叫喚の姿となっている。もはや残骸と呼んだ方が正確かもしれないほどの姿に変わり果てていた。だがそれを見た瞬間に、3人の疲れが一気に吹き飛んだ。

「や……。」

「「やったーーー!! 倒したーーーー!!!」」

 3人は歓喜し、気分も爽快だった。試験に合格しキメラを倒す事ができ満足以外の何者でもなかった。

「シロウ!」

 ウィリアは思い切り抱き締めた。あまりの嬉しさにシロウのけがのことは彼女の頭から消えていた。抉られた脇腹の傷は全然治癒できていなかった。だが痛みを辛抱してウィリアを喜びを分かち合うことにした。

「シロウ君やったね! ついに私たち本物の獣士になったんだ!」

「うん。僕らアーリーになったんだ。ウィリアと一緒だ。」

「シロウ君と一緒だー!」

 ウィリアが跳ねたる度にシロウの傷に響く。刺さるような痛みに耐えるのはしんどい部分があったが、この時シロウは初めてウィリアとのハグを快く思った。それと同時に、シロウの中で何か愛おしさだろうか、温もりを感じた。それはウィリアも同じだ。

 ウィリアはシロウを守ると、そしてシロウは、ウィリアを守ると心に誓う。だが、本当はこの決意が間違いであることを2人は心の奥底で理解している。だがせめて形だけでも……2人は満たされない心を無理やり埋め合わせるように抱き合いもしていた。

 2人がそんなことを考えていることは薄々だが気づいている。それでもサコミズはずっと温かい目で2人を見守っていた。

「本当におめでとう。2人仲良く上がれたのを本当に嬉しく思うよ。」

 2人は離れてサコミズの方を向き、1人ずつ固く握手をした。

「ありがとうございました。」

「水牢の発想、すごく良かったよ。仲間を守る大事さがとてもよくわかってるね。これからも獣士として頑張ってね。」

「はい! 頑張ります!」

「最初の戦いで見せてくれた仕留め方は素晴らしかったよ。でも、最後の[気]での確認を忘れないこと。あと連携崩さないこと。この2つができれば、君はもっと強くなれる。獣士になっても忘れないでね。」

「はい。忘れません。」

「頑張って。」

 肩を優しく叩かれた時は祝福していることがよく伝わった。2人の笑顔を見ると優しさと共に力強さを十分に感じる。見ただけで安心感が生まれると言うのも獣士にとっては大事な要素だ。もしかしたらこの2人は本当にグランドマスターになれるのではないか? サコミズは2人の中にある原石を見透かしているようにそんなことを密かに感銘を受けていた。

「とにかく2人とも合格おめでとう!」

 サコミズは2人の成長に立ち会ったようで非常に感慨深いものがあった。

「あぁその通りだ、文句なしの合格だな。」

 ヤタとキュウビが空中で獣化を解いて拍手をしながら降りて歩いてくる。

流石さすがだな。獣人ビーストモデルのキメラを倒すとはな。しかし……本当に派手にやったな。」

 キメラの死体を眺めてから呆れたように辺りを見回している。

「2人が戦ったことのあるキメラと全然違ったでしょ?」

「はい。前うまくいった技が使えなくて大変でした。」

「だろうな。あの吹っ飛び様を見ていればわかる。油断したなシロウ。人間モデルのキメラは正面からの攻撃を基本としているが、一方の獣人ビーストモデルのキメラは死角や左右からの攻撃を基本としているんだ。」

 一括りにするととんでもないことになる。これが今日1番学んだことだった。

「それ最初に言ってくださいよ……。」

「油断しない・慢心しないのが戦いの基本だぞ。油断して一括りにするとバカを見るぞ。」

「おっしゃる通りですマスター・ヤタ。申し訳ありません。」

「まぁまぁいいじゃない。一度失敗することが大切なんだよ。失敗からしか学べないんだから。ね?」

「そのおかげで重症なんですけど……。」

 サコミズは肩をポンと叩きフォローをした。ありがたかったが、その発想は今回のシロウの状況ではフォローしきれていないものがあった。シロウだから言ったと言う部分もあるかもしれないが。

「じゃあ戻ろうか。夜はマザリ屋で祝賀会といこうね。」

「やったー!」

「やったー……。」

 喜んだ瞬間シロウは崩れかけた。そこをウィリアが支えてくれた。流石にあの傷で治癒もせずにずっと放置しておけばこんなことになるのは明白だったのだが、今のシロウの体にその体力はない。

「2人は先に家に戻っていてくれ。疲れただろう? ゆっくり休むといい。」

「門はどこです?」

「向こうにあるよ。」

「ありがとうキュウビさん。」

 そう言うとウィリアはシロウをおぶって歩き出す。その後ろ姿は、さながら疲れ果てた子供をおぶって帰る母親のようだ。

「シロウ君。傷私が治してあげるね。」

「すぐ治るから大丈夫だよ……自分で治せるし。」

「でもその間体力削られちゃうんでしょ? 私がいた方がいいと思うけど?」

「………………お願いします。」

「え? 声が小さくて聞こえなーい。」

「あぁ〜もう!よろしくお願いします!」

「はいよろしい。」

「全くもう……。」

 会話は仲のいい姉弟か恋人に近い。聞いているだけでも伝わってくるし、見ているだけでも微笑ましいものだ。だがそう思っているのはサコミズだけで、ヤタとキュウビは見慣れて(と言うよりも見飽きて)いつも通りだと思っていた。

「羨ましいよ。いつもあんな感じなんて。」

 サコミズは微笑んでいる。だがそれは少し心憂いている感じも伺える。

「そうか? 我々からすると何度もあのやりとりを見せられて大変だ。いつも思うが、どちらが年下かわかったもんじゃない。」

「ウィリアが年上のはずなのにいつもシロウを困らせててね。」

 ヤタはため息混じりで言うが、キュウビはクスクスと笑いをこぼしながら言っている。

「賑やかなのはいいことだよ。昔の俺なんて……そんなことは一度もなかった。それぞれがそれぞれのやりたいことを自由にやって、戦う時だけ全員集まる。そんな感じだったよ。おかげで趣味のなかった俺は、子供と遊ぶのが好きなコーヒー通のおじさんになっちゃってさ。」

 皮肉混じりに言うと、微笑みから苦笑に変わった。2人は彼の話を真摯に受け止めていた。

「でもここに来てからは、その考えは変わったんじゃない?」

「もちろん変わったよ。今じゃ俺は幼稚園の園長さ。子供達とは楽しく過ごせてるし、他の先生たちとはコーヒーの話で盛り上がれる。今の俺は……とても恵まれてるよ。子供たとを守れるように、獣士になったのもあるしね。」

「それで充実しているなら、十分じゃない。」

「……でも彼らは本当に心から楽しんでるのかな? 獣士になった時も、心の中に不安を感じたよ。」

 ふと思いついたように、サコミズは2人に言った。その時2人は俯き。表情が曇った。

「……正直言って、それは無い。」

 広い森の中なのに空気が張り詰める。日差しがあるにも関わらず肌寒く感じた。ヤタの口調は静かに重く、そして強くなり、キュウビの目つきも鋭い。

「平たく言ってしまうとサコミズ・シン。我々がこれからすることは人間に対する復讐だ。」

 もちろんサコミズは難色を示した。

「どういうことだ? まさか人間を……。」

「あの2人は人生を狂わされた。人間のエゴによってだ。そしてその成れの果てが人間でも獣人ビーストでもなく、どちらにも振り切れぬ中途半端な存在だ。」

「ウィリアさんだけだけど知っているよ。20年前は俺もセリザワ隊向こうにいたからな。でもざっくりとで詳しくは知らないんだ。シロウくんはそっちから聞いた。と言ってもこっちもざっくりだけど。」

「ウィリアは姿こそ人間に近いものの中身はウサギの合成人間キメラノイド。だがたった1匹のウサギだけでも身体能力・[気]の操作量と能力はさながら獣人ビーストそのものだ。」

「一方シロウはフェンリルの合成人間キメラノイド。姿は獣人ビーストに近く変化した、と言うよりほぼ獣人ビーストと言っても過言じゃない。能力はぶっちゃけシロウの方が上だけど、合成されたのが幻獣なだけあってフェンリルの本能を制御するのに苦労して、本来の力を発揮できてないけどね。」

「驚いたな。今でもあんなに強いのに、それじゃあもっと伸びるな。」

 いつの間にか3人は腹を割って話している。静かに切り株に腰を落ち着かせて。決して明るい話では無い。だがウィリアたちの近くでは普段話せない内容だからこそ、3人は今話をしている。

「きっとヤツらは今でも研究を続けている。20年前の条約以降、奴らは今まで蓄積させた研究結果を元にシロウを完成させた。それもたった10年でだ。人間と動物の合成人間キメラノイドであるウィリアを完成させるのに40年かかったと言う記録が、我々が壊滅させたにも関わらずたった10年で幻獣の合成人間キメラノイドのシロウを完成させたのだ。」

「…………。」

 ヤタの説明にサコミズの顔から完全に笑顔が消え、深く考え込む。信じられなかったのだ。自分が過ごした20年の間、条約締結以降人間界でそんなことが起きていたなど知らなかったのだ。人間の悪意がここまでひどいものだとはサコミズも思っておらず、言葉を失う。

「悪いが我々はここらで限界だ。シロウと初めて出会った6年前のあの日から腹に据えかねていた。ここまで人間の性根が腐り果て今もなお続けているとなると、黙って見過ごしていられるほど我々はお人好しでは無い。」

「…………人間の絶滅か?」

「まさか。それを行う国連科学研究所ZENONゼノンの壊滅だよ。と言っても、日本支部だけだけどね。そこにある『キメラ計画』の資料を跡形もなく消しとばす。調べたら、まだキメラとか作ったりしてるのは日本支部だけだったよ。」

 サコミズは驚きかけたが、すぐに元に戻った。世界一の研究機関であるZENONゼノン、しかも中枢である日本支部を壊滅させることがどれだけ甚大な被害をもたらすか想像できるものではなかった。……しかしそれは20年前の話でもうそんな人間界の機関のことはどうでも良くなっていた。サコミズはもう獣国の住人なのだから。

「そうか……それで人間界むこうが考えを改めてくれるといいけど。」

「それはわからん。だが少なくとも、もうキメラや合成人間キメラノイドなどふざけたものは作れなくなる。それを目的にあの2人は獣士になったのだ。あの2人には『我々にとって獣士になると言うことは、獣国の獣士になると同時に、人間ヤツらに対する復讐を果たすと言うことだと。』伝えているからな。今回、彼らはそれを理解してこの試験を受けたのだ。」

 この試験は獣士なることを決意した者が受けるものと同時に、2人にとっては人間に復讐する決意ができたと証明する試験でもあったのだ。それを理解した瞬間、サコミズの心にあったわだかまりが消えた。静かに頷いた。

「……セリザワ達はきっとそれを止めるために動いてると思う。そんな人間の悪意を野放しにするような奴らじゃないことは、俺が一番知ってる。」

 重い口を動かして一番に出たのは昔のメンバーのことだ。それぞれの顔が浮かび郷愁を感じながら放ったその言葉は、彼らに対する信頼の現れでもあった。

「さて、そろそろウィリアたちのところに戻るとしようか。すまないな。こんな話をしてしまって。」

「いやいやこっちこそ。久しぶりに腹を割って話せて楽しかったよ。」

 ヤタはサコミズに申し訳なさげに謝る。サコミズは気分が晴れたのかまた笑顔が戻っていた。

「俺も祝賀会に参加してもいいかい?」

「もちろん。大歓迎だよ。」

「サコミズ。すまないが一つ頼まれてくれないか?」

「……分かった。」

 後片付けが終わり、十分に話して満足した3人は戻っていった。そして夜のシロウ・ウィリアの獣士認定試験合格の祝賀会は盛大に盛り上がった。


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