第5話 ジュウシとなりて、決意する①

 ____2226年4月_____

 獣士の修行開始から三ヶ月が経った。太陽の光は変わらないが、春の暖かさを感じさせてた。冬の寒さは一変して、風が運ぶ空気は冷たさなんてものは忘れたように消えていた。冬を越した動物たちが沢山動き始めていた。家の周りは明るい緑が広がっている。風でなびくと濃淡が生まれ、波のようになってシロウ達に魅せていた。鳥が鳴き、風が吹き、草がゆれる。街外れということもあり、もはや自然の声しか聞こえない、まさに平穏そのものだった。丘の上にポツンと、小さな一軒が立っていた。


 シロウの獣士になるための修行は問題なく、むしろ順調ですらあった。教養では漢字、算数の四則、英単語、文法の勉強も始まった。少し大変だが、ウィリアと一緒というのもあり問題なくできていた。実習はヤタとの武器の打ち合いをし、戦い方・武器の使い方を体に叩き込んでいた。元々戦わされていたのもあって飲み込みはスポンジに水が吸収されるように、非常に早かった。ヤタに何とか一撃かすらせる事ができるところまで成長していた。そして、今日からやっと[気]についての実習が始まることになった。と言っても、「今日からキュウビが教える」と言うことは、その日の実習の時になって知ったことだが。

「さて、今日からいよいよ君達で言う『魔法』……正確には[気]についての実習だ。」

「あれ? 今日はヤタさんじゃ無いんですか?」

「これを担当するのは僕と言うことになってるよ。それに、基礎は何度やってもためになるからね。」

「今日からキュウビが教える」と言うことは、その日の実習の時になって知ったことだった。それに気になる事がもう一つあった。

「……何でウィリアもいるんです?」

「なんでそんな嫌そうな顔してるの?」

「彼女も参加したいと言ったからオーケーした。基礎は何度やっても得になるからね。」

 ウィリアの楽しさはシロウにも伝わってきた。

「一緒にやれて嬉しい?」

「嬉しく無い。」

「ちょっとー! しかも即答!?」

 ウィリアの軽い質問にシロウが首を小さく横に振り素っ気なく返すと、彼女はショックを受け騒ぎ始めた。シロウを揺すりながら自分が好きか嫌いかを聞き出し、シロウはそれをうざったく思いついに無表情で何も言わなくなった。ウィリアとシロウの精神年齢が逆転した瞬間である。それを見ていたキュウビは、笑って見ていたが、内心どう収拾つけるか悩んでいた。

「……そろそろ、始めてもいいかい?」

 彼の口から出たのはこれだけだった。そして今度こそ[気]の実習が始まった。

「まず最初にシロウ、これで君の[気]のを見させてもらうよ。」

「色……ですか?」

 シロウがそう言うと、キュウビが内袖から透明の宝石を取り出した。2人が見たのは透明のダイヤモンドだった。だがその時のシロウは何の宝石かわかっておらず、とにかくキレイと言う印象だった。しかしウィリアはそれを見た瞬間、興奮して目もダイヤのように輝いていた。ウィリアの反応を見たシロウは首を傾げた。

「何ですかこれ?」

「ダイヤモンドだよ。一般的には水晶だけど、それは大きいからシロウが持てるダイヤにしたよ。」

「…………エェーーー!!!!」

 シロウはダイヤと聞いてようやくウィリアの反応を理解し愕然とした。ダイヤがこんな目の前にポンとある事が信じられなかった。しかも相当大きい。持つことは当然、触れることすら恐ろしくてできなかった。

「これで見るのがその…………ですか?」

「そう。簡単に言うと、どのタイプの色に属しているかを見るの。試しにウィリア、やってみて。」

 そう言ってウィリアにダイヤを渡した。ウィリアは緊張のあまり手汗がすごく、服で手汗を拭いてから恐る恐るキュウビの手からダイヤを両手で受け取った。

「これに[気]を送ると、自分の属色ぞくしょくに変わるの。見てて。」

 そう言ってウィリアは目を瞑って意識を集中させた。すると、無色透明だったダイヤが内側から煙が充満するように赤と青、キレイに半分ずつ染まった。それを見たシロウは大興奮だった。

「すごい! ホントに変わった! やっぱり魔法だ!」

「だからこれは[気]なんだけど……。」

 そう言っているのだが彼らは一向に直す気配がない。とにかく、2人にとってはこれは[気]ではなく「魔法」らしい。別物なのなので直したいのだが、これは時間がかかりそうだ。キュウビは根気よく言うしかないと思った。キュウビは黒板に図を描き、シロウにわかるように説明を始めた。

「[気]というのは自然のエネルギー。そこらじゅうに漂っているものだから、空気と同じものだと考えてもらっても構わない。それを自分に集めることで自分の得意能力に変化させて使うことができる。赤・青・黄・緑・茶・無彩色、そして紫の7つに分けられて、それぞれ自分が得意なエネルギー変換に分けられる。色が濃いほど適性が高く、その属色の力が発揮しやすい。赤は炎、青は水、黄色は電気、緑は樹木、茶色は土。無彩色で白は太陽の光、黒は夜の闇だね。ウィリアみたいに得意な属性が複数ある場合、さっきみたいにキレイに色が分かれて染まるんだ。」

 するとシロウは手を上げて

「キュウビ先生!」

 と言った。その時キュウビはキョトンとした。

「せ、先生? 何で?」

「だってウィリアが『教わる人のことは先生って呼べ』って教養の時に言われたから。」

「あぁ……なるほど。」

 きっとウィリアが教養で先生気分を味わいたいがために、そう言わせたということは、キュウビには想像に容易い事だった。本来なら「先生」ではなく「マスター」と呼ぶのが獣士の基本なのだが、今のシロウは「先生」と呼ぶのが合っていると思っているだろう。仕方なく、今はウィリアの方に合わせることにした。先生呼びは後で言うことにした。

「……はい、シロウ君。」

「エネルギー変換ってどういうことですか?」

「[気]を集めて溜めて、外側に放出する時にそれぞれの属性に変わることだよ。[気]自体に属性はないが、自分に集めてそれを出す時、変換させた場合、最初は自分の得意な属性に変化するんだ。例えば、赤の属色を持つ獣士は[気]を外側に出す時、一番威力がある炎に変換するということになる。そこから、訓練次第で、水に変換したり、雷に変換したりなんてこともできるようになるよ。もちろん、時間はかかるけどね。」

「あれ? 紫は?」

「この色になったらすごく珍しい、それこそ本当の魔法使いだよ。「魔術」を指して得意とされている特殊な色だからね。でも逆に言えば、全ての色がある程度使えないと、戦う時には不利になるという難しいものでもあるんだ。」

 図もわかりやすく、シロウは簡単に理解できた。全てに良さを感じたが、やはりシロウにとって「紫」には特別惹かれるものがあった。

「でも紫は濃ければ濃いほど強力な『呪い』が使えてしまう。それは扱いを間違えると自分や誰かを苦しめたり傷つけたり、最悪殺してしまったりする恐ろしいものでもあるんだ。」

「そうなんですか? それでも僕は紫がいいなー。」

「どうだろうね? 確かめてごらん。」

 そう言うとウィリアから笑顔でダイヤを渡された。

「ちなみに、僕は濃い紫だよ。」

「エ?」

 キュウビからの衝撃発言にシロウはあっけに取られ、手渡された大事なダイヤを落としそうになった。そこにいた全員が慌てたが、すんでのところでシロウが掴んだので何とかその場はおさまった。安心感のあまり3人は大きくため息をついた。キュウビは涼しい顔でとんでもないことを言ったのを申し訳なく思ったのか、シロウにごめんと手で表した。

「実はとても珍しいというのは、哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類の4種族間の話であって、幻獣族にはむしろ多いんだよ。紫を持つ割合が。」

しかしそれにしても超珍しいに属している紫を持つ者が目の前にいるという事が、シロウからすると信じられない事だった。そして気を取り直し、シロウはダイヤをしっかりと掴んだ。……が肝心なやり方がわかっていなかった。

「……どうやってやるんですか? まだ何にも教わっていませんけど。」

「何も考えなくていいよ。ただ、手に意識を集中させるだけ。やってごらん。」

 キュウビのアドバイスにシロウは小さく頷いた。そしてダイヤにじっと目を凝らし、両手に意識を集中させた。すると、徐々にダイヤの内側が白く濁っていった。2人は見守りながら、白になり太陽が出るかと予想していた。しかしその予想はあり得ない形で裏切られた。右手の方から赤い濁り、左手の方からは青い濁りが出てきた。2人はこのような変化は初めてだったので内心驚きながらも、何も言わずにダイヤの変化を凝視していた。最終的に、その3色は混ざりシロウが願った紫色に変色した。一部始終を目撃したその場の全員が言葉を失った。本当に珍しい紫に属する[気]の使用者の誕生に3人は立ち会ったのだ。

「やった……紫だ……僕も、魔法使いだったんだ!」

「すごいよ! シロウ君! 本当に魔法使いになっちゃった!」

「しかも変化の仕方は僕も見たこと無いものだったよ。変化の仕方は個人差があるけど、今のは全く見たことがない。」

 3人は大喜びだった。

「よし。シロウの属色がわかったから、次は扱い方についてだね。」

「「はーい!」」

 そうしてキュウビの[気]についての実習もヤタの武器練習と1日交替こうかんで始まった。基礎として集め方と出し方、シロウとウィリアで相手に送ったり吸い取ったりするやり方も教えてもらった。ヤタの武器練習とは違って、繊細なコントロールが必要だった。ウィリアとキュウビが手取り足取り教えてくれて、何とか扱えるようになったのはさらに三ヶ月後の7月7日になってからだった。その日はちょうどウィリアの誕生日でもあるのだ。


 __2232年3月__ 

 それから6年の月日が流れ、シロウは14歳になった。シロウはここに来た時とは考えられないほどたくましい少年になっていた。顔つきは男らしくなり、ウィリアの胸の高さだった身長は、伸びてもう少しでウィリアに追いつきそうになっていた。シロウは変わっていたが、外の景色と周りの環境は全く変わっていなかった。そんな中、今日はここにいる全員にとってとても大事な日だ。朝から実習を行う場所に全員が集まっていた。

「知っている通り、今日は獣士になるための認定試験だ。」

「獣士認定試験」それはマスター以上の獣士監督のもと、獣士見習いとして6年以上獣士の修行を受けている獣人ビーストが、獣士(アーリー)の資格を得るために受ける試験である。資格は6年以上修行をする事、そしてマスターの獣士から受験の承諾を受けた場合のみである。

「それじゃ、行こうか。」

 そう言うとキュウビは空間転移用の大きい枠に魔法陣を描いた札を貼った。そして[気]を集中させて札に手を当てると、札が光り、枠の内側が煙が落ちて濁らせた。向こう側に見えていた景色が完全に見えなくなっていた。

「さあどうぞ、受験生たち。」

 キュウビは道化師のようにお辞儀をして手でシロウとウィリアを門の方に手を向けた。2人は向き合って強くうなずき、煙のカーテンをくぐっていった。すると目の前には先程の景色と全く違うものが広がっていた。どこかの森の奥深く。空は巨大樹によって隠され、隙間から差し込むわずかな光だけが視界の頼りだった。シロウたちのあとからマスター2人が続いて来た。だが全員の顔はこわばっていた。どうやらここから先はもう家族ではなく、受験生と試験官、と言う事らしい。ウィリアは大きく深呼吸をし、自分の背負っている鞘に手を当てて今まで学んだ事を思い返した。母親の動きを真似るように、シロウも同じ事をした。鞘はシロウの方が若干大きいものになっている。

「試験の課題は簡単だ、、それだけだ。ここから我々は離れて見る、手助けは一切なし。どんな事があろうともだ。準備はいいな?」

「「はい!」」

 2人の声は力強く、マスターである2人に迷いを感じさせない程だった。

「よし。キュウビ頼む。」

「じゃあ、相手を紹介するよ。セリザワ隊メンバー、サコミズ・シンだよ。」

 キュウビが手を向けた方には誰もいないように見えた。だがそれは目が慣れていないだけだ。足音は確実に近づいているのは分かっているし人影が近づいているのが見えるからだ。

「すごいな。この子達かい? 今日相手をするのは。信じられないなー、ここからでもすごいオーラが伝わってくるよ。」

 深く優しい声で賛美さんびが聞こえてきた。そして近くになって2人が見たのは以前ヤタから話されたこの国にいるもう1人のだった。髪は黒で短髪のツーブロック。人当たりが良さそうな細身で中年の男だった。中年というのはヤタから聞いた話だ。しかし、見た目からは全く想像つかず、中年より30代のように若く映っている。

「初めましてシロウ君、ウィリアさん。俺はサコミズ・シン。2人から君たちの話は聞いているよ、よろしくね。」

 緊張をほぐすためか、笑顔で2人に握手を要求してきた。2人は気を緩めることはしなかったが、握手は素直に受け入れた。ヤタとキュウビが中心に、ウィリアとシロウはサコミズと距離をとって向かい合った。ヤタとキュウビは獣化して上に飛んだ。残された3人はお互いに睨み合って、その場の空気は張り詰めている。そこだけ時の流れが遅くなっているようにも見えた。風が吹き、上の方からガサガサと葉っぱのぶつかる音がする。2人のマスターであるヤタとキュウビはこの場の様子を鳥瞰ちょうかんしていた。

「それでは…………試験開始!!」

 森の中で響くヤタの合図と共に、ウィリアとシロウ、そしてサコミズの獣士認定試験戦が幕を開けた。





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