第3話 新しい世界で

 獣国に着いた深夜、シロウはウィリア達の家のベッドで熟睡していた。ヤタがゆっくり飛んでいる間に寝てしまったのだ。寝顔からはうっすらと笑みを浮かべているようにも見える。それをまるで母親のようにウィリアは近くで眺めていた。獣化を解いて、獣人ビーストになったヤタが静かに扉を開けた。薄明かりで気付いたウィリアは静かに話した。

「シロウ君。本当に疲れてたんだんね。ヤタさんゲート割って動きが落ち着いた時にすぐ寝ちゃった。」

「それほど彼は我々を信じて来てくれたのだ。心底安心したのだろう。」

 ヤタは静かに答えた。

「残念でしたね。下の景色をシロウ君に色々教えてたのに。」

 ウィリアはニヤニヤしながら言った。

「まぁいいさ。元々実際に出向くつもりだ、彼が元気を取り戻した時にな。」

 素っ気なく返すと、その言葉がウィリアの胸を静かに刺した。私の時は一度もなかったのに。そんなことを思っているとはつゆ知らず、ヤタはシロウに近づき寝顔を覗いた

「寝顔はまるで赤子だな。キミが来た時もこんな感じだったか。」

「私、お姉さんになったんだ。この子はが……大切に育てる。」

 そう言うとシロウの頭を優しく撫でた。

「我々も手伝うさ。しかし、まるで母親のセリフだな。」

 さっきの仕返しをするかのようにヤタもからかい交じりで言った。

「それさっきの仕返しですか? 私まだ18なんですけど。」

 ウィリアは頬を膨らませ睨みを効かせながら言った。それを見て、ヤタは笑いながら答えた。

「いやいや、子供からすれば大人と変わらないさ。10も歳が違えばな。」

 そう言われると、ウィリアは開き直ってシロウに添い寝した。ヤタは少し呆れて視線を外した。

「……まさか本当に母親になる気か?」

「ここ元々私のベッドだし。」

 ふてくされたように言うと少しの間、部屋は静寂に包まれた。

「本当になれないのは分かってる……でもそれに近づきたい、近い存在になりたい。あの場所の酷さは私もよく知ってるから。今までシロウが満たされなかった心を、本当の親じゃないけど、私が代わりに溢れるくらいの愛情をに注いであげたいし、注ぎたい。楽しい事をいっぱいして、幸せな思い出をたくさん作って、ずっと笑って過ごして欲しい。」

 シロウの方を向いていて顔は見えなかったが、潤み声と彼女の[気]からヤタは感情を読み取った。その時、彼は胸が締め付けられるような思いをした。それは彼女の「心」を感じたからこそのものだった。今の自分が彼女にかけられる言葉もなく、ただ自分を恨めしく思うことしかできなかった。

「……「心」が揺れているぞ。」

 彼女の方を向いてクチバシの間から絞り出せたのはこれだけだった。静かに否定するかように当然返事は帰ってこない。ウィリアは沈黙を守っていた。しかし、我が子を守るように眠るシロウに手を回すと、不安定だった彼女の「心」は安定した。体の動きは正直に出るものだ。そんな事を考えながらヤタは部屋の扉に手をかけた。そして出る間際、ウィリアの方を向かず独り言のように言った。

「……仮にもしになりたいのなら「心」は完全に1人で操れるようになった方がいい。そうなればきっとその子も安心する。……子供は、意外と大人をよく見ているぞ。では、おやすみ。」

 そう言うとヤタは部屋を出た。

「……10年経っても抜けないものだな、と言うものは。君の言うその『』が彼を毒さなければいいがな。」

 扉を閉めた後、ヤタは静かにつぶやいた。その声は少しおぼろげな不安を感じさせるものだった。

「…………おやすみなさい。」

 聞く人が誰もいない静かな部屋の中で、ウィリアの小さな声が響いた。そして外から彼女を慰めるように、シロウを優しく包み込むように、月明かりが2人を照らしていた。


 部屋を出たヤタが石階段を降りると、1階は全部の蝋燭ろうそくに火が着いており部屋全体を明るく照らしてしていた。テーブルの椅子には9つの尻尾を持つ狐、キュウビが目をつむって姿勢良く座っている。ヤタはそっとしておこうと音を立てず離れようとすると、後ろから声がした。

「せっかく労いのつもりで、あの2人見たいに熱々のお茶を入れたのに、もうこんなに冷めちゃったじゃないか。」

 振り返るとキュウビの目は開いており、橙色だいだいいろの瞳はヤタをじっと見つめていた。彼の近くには緑茶が入った湯呑みが2つあった。

「起きていたのか、いつもそこでそうやって寝ているものだから気づかなかったよ。疎くて済まないな。」

「飲むかい?」

「……では、ありがたく頂戴しよう。」

 そう言うとヤタは誘いに乗りるように、席に着いて茶を貰った。少し茶を眺めていると、キュウビはそれを気にかけた。

「入れ直そうか?」

「問題ない、冷めた茶でも十分に美味い。」

 そう言って茶を啜る。冷めていても、緑茶の良さはしっかりと味わえた。すこしの間、静寂が支配した。しかし、ヤタがいつまでも浮かない顔をしているので、痺れを切らしたキュウビは尋ねた。

「何をそんなに悩んでいるんだい? あの少年に何か不満かい?」

「いや、ウィリアの言葉に考えさせられてね。」

 滅多に悩み事などを口にしないヤタから出た言葉は、重い口を開くかように感じた。そしてヤタは先程の部屋で話した内容を伝えた。それを知ったキュウビもヤタと同じように考え込んだ。

「なるほどね……確かに、僕らには刺さる言葉だね。」

「我々が彼女に10年かけてできたことと言えば、獣士の修行と少しの旅だ。彼女のしたいことは何一つ叶えてあげられなかった。だが修行は10年かけただけあって、そこらのマスターよりは確実に強くなっている。とは言え、彼女は一向にアーリーになる気すら無いようだがな。」

「でも彼女にとっては。しかも強くなった目的はのためでしかないからね。お出かけとかお買い物とかそう言うのはしてあげられなかったね。見た目が人間でも女の子だって言うのに。きっと自分がしたくもできなかった事を、彼にはやらせてあげたいんじゃない?」

「あれは彼女の決意を表す言葉だ。だがそれと同時に我々への10年間の不満に対する主張にも聞こえる……一体なぜだろうな?」

 我々は間違っていたのか? 今までで彼女に獣士の修行と常識を教える以外にもっとできたことはあったのではないか? だが仮に10年前の情勢の中、彼女を獣国の中心部に連れていったらどうなる? そんな考えが2人の頭を駆け巡った。

「じゃあ明日、みんなで行こう。」

 今の重い空気を、キュウビは明るい声で吹き飛ばした。ヤタも同じ事を考えており、彼に共感するように微笑み返し、頷いた。

「さて、我々も休まねば。もう寝るとしよう。」

 そう言って立ち上がると、キュウビも同じ動きをした。

「オーケィ。火は消しておくよ。」

 笑みを浮かべるキュウビが人差し指を立てると、蝋燭の火は鬼火のように浮き出し、そこに集まった。そして集まった炎を素早く握り潰した。炎はジュッと音が鳴らして消え、部屋は暗闇に包まれた。火の確認をしたキュウビはヤタの後から自室に戻った。


 翌朝____朝の日差しがシロウを起こす。だがシロウはその光を拒むように唸った。もうあの場所にはいないはずなのに、なぜか目が覚めると不安になる。もう何も怖がることはない。自分にそう言い聞かせたが、身体を小さく丸めて、尻尾で顔を隠した。すると廊下から、歩く音と何かが転がる音が聞こえた。シロウの獣耳は反射的にピンと立った。シロウの部屋の前で音が止むと扉が開いた。向こうからは感づかれないよう尻尾の毛をかき分け、その隙間から誰が入るかを確認した。

「おはようシロウ君、起きてる? 朝ごはん持って来たから一緒に食べよう?」

 入って来たのはウィリアだ。シロウはほっとしてベッドの上で体を伸ばして、起き上がった。転がる音の正体は彼女が引っ張って来ていたワゴンだった。そこから漂う朝食のいい香りがシロウの鼻孔びこうをくすぐり、お腹が鳴った。それをウィリアは聞き逃すはずもなく、シロウの顔を見て笑った。昨日の昼から何も口にしていないので当然である。だがシロウは何となくカッコ悪さを感じてお腹を押さえて、ウィリアから顔をそらした。

「おはようございます。わざわざありがとうございます。」

 照れて視線を合わせられないが、挨拶とお礼はしっかり言った。

「全然、あとそんなにかしこまらなくてもいいよ。」

 そう言いながらワゴンをいじると、背が低いテーブルに変わった。目に飛び込んだのは錠剤や栄養剤ではなく、紛れもなくできたてのだった。日の光に照らされて湯気もしっかりと見える。

「これ、本当に食べていいの?」

「もちろん。」

 シロウはそれを見た瞬間目を輝かせ、無意識に開いた口からはヨダレが垂れていた。

「シロウ君、ヨダレ垂れてる。」

 ウィリアはクスッと笑いながら言うと、シロウは慌てて口を閉じ、ヨダレを拭いた。

「それじゃ、いただきまーす!」

「いただきます。」

 2人の朝食が始まった。ウィリアは食べながらもシロウを観察した。シロウは恐る恐る箸を取り、ご飯を一口食べた。感動した。実に4年ぶりの食事だった。こんなに美味しくて温かいご飯は、お母さんと暮らしていたとき以来だ。口の中にあるご飯の熱を息を吐いて逃しながらも、懐かしさとその味を噛み締めた。心の中では幸せだった時の思い出が蘇る。収まり切らない思いが、涙となって外に溢れ出た。止まることはない。だがそれと同時に、彼の箸も同じく、ただ食べることに夢中になっていた。箸は上手く使えてはいなかったが、食べ方自体に大きな問題はなかった。ウィリアは微笑みながら、彼の気持ちを静かに理解していた。

「「ごちそうさまでした!」」

 きれいになった皿は見てて爽快だった。

「美味しかった?」

「はい! とっても!」

 ウィリアの質問に対し元気に回答した。片付けるために下に降りると、ヤタは掃除をしていた。

「ヤタさん。シロウ君、ご飯『とっても美味しかった』だって。」

「ヤタさん!? ご……ご馳走様でした!」

 巨大なカラスの姿しか見た事無かったので、動揺しながらも深く頭を下げるシロウ。相変わらずヤタは笑いながら近づき、優しく頭を撫でた。

「口に合ったようで良かったよ。お粗末さまでした。」

 あまり触られることを好まないシロウだが、ヤタに撫でられるのは嫌ではなかった。羽の感触がとても良いからだ。

「さて、ではシロウ。君には新しい服と部屋を用意した。部屋はウィリアの向かいだ。ベッドの上に服を畳んで置いといた。着替えたら外に来てくれ。いいね?」

「はい!」

「いい返事だ。では、待っているぞ。」

 そう言うとヤタは獣化した。だが、変身したのは巨大なカラスではなく、そこら辺で見るような小さいカラスだった。飛んでいくと天井近くの高い窓にあるゴミ袋を加えて外に出た。シロウは随喜ずいきし、階段を跳ねるように上っていった。部屋に入ると、綺麗に掃除されており、ベッド、タンス、鏡、机や棚があって家具は充実していた。そしてベッドの上には服が丁寧に畳まれていた。広げてみると、見慣れた普通の長袖のシャツと長ズボン、それとブーツにローブ。着てみると全部サイズは丁度だった。鏡に映る自分は少しだけかっこよく見えた。この尻尾と獣の耳が自分で良いと思ったのは初めてだ。とても着心地が良く動きやすかったので、シロウは心底気に入った。

 

 その頃ウィリアは、ヤタが外に出たのを確認し、忍び足で階段を上がろうとした。

「ウィリア。なぜ上に行こうとしているんだ? しかもこっそりと。」

 後ろから先程出ていったはずの声がした。ビクッとしてウィリアは恐る恐る振り返るとテーブルに[気]を漂わせたヤタがいた。彼の周りが紫色のオーラが漂い、周りの景色は[気]の色に染まっている。

「それは……その……ほら! シロウ君の着替えとか手伝ってあげようかな……って。ね? アハハ……。」

 ヤタの鋭い眼光で見られるウィリアの笑顔は引き攣っていた。ヤタが大きな鳴き声をあげると、ウィリアの叫び声が家の外まで響いた。シロウは慌てて下に降りた。するとそこでは、両手で頭を守りながらテーブルの周りを走って逃げ回るウィリアと、それを飛んで追いかけ、頭をつついて叱るヤタがいた。

「全くお前は! そうやって何かと理由をつけてシロウに近づこうとして! それでは今のお前がなろうとしているのは『親』と言うより『親バカ』だぞ!」

「イヤー! ごめんなさいー! でもシロウ君カワイイんだもん! しょうがないじゃん! ヤタさん!! 痛い! 痛いって!」

「ダメだ! もう少し彼に1人の時間をやれ! お前は明らかに距離が近すぎるんだ! そんなんだと煙たがられるぞ!」

「それはイヤだけど、シロウ君と一緒にいたいし触りたい!」

「ダメだ!! 彼は君のモノじゃない! もっと自重しろ!」

 そんな2人のやかましいやりとりを眺めていたシロウは思わず笑ってしまった。賑やかなのがこんなに楽しいとは思ったこともなかった。


 外に出れば息が白くなる。青空の下、雪は止んだが積もっていた。キュウビが沢山の火の玉で辺りの雪を溶かしていた。火の玉はあちこちを移動していて、まるで生き物のようだった。3人が外に出た時、キュウビの操る火の玉にシロウは興味を示した。やはり獣国ここの「日常」は彼にとっては全てが不思議なモノだった。

「触らない方がいい。見た目はカワイイけど、ちゃんとしただから触ると火傷をするよ。」

 火の玉を触ろうとしたシロウを、遠くからキュウビが言葉で制止した。

「ごめんなさい。ア……はじめましてシロウです。よろしくお願いします。」

 キュウビと会うのは初めてだったので、シロウは見た瞬間突然固くなり出した。

「僕はキュウビ、これからよろしくね。」

 そう言ってキュウビは手を差し出した。シロウはそれを見て握手だとすぐに分かった。

「で? 今日は何の修行ですか?」

 ウィリアはシロウの後ろから面倒くさそうに言うと、ヤタとキュウビは顔を見合わせ2人に微笑んだ。

「今日はは無しだ。」

「ホントに? ヤッター!」

「…………。」

 飛び跳ねて喜ぶウィリアに対し、シロウはポカンとしている。

「『無い』と言うより、これからみんなでのが修行だよ。」

 キュウビの言葉を聞いた2人は、それぞれ考えていることは違えど、首を傾げる動きは同じだった。ウィリアはその修行の意味が分かっていないからだが、シロウはそもそも初めから何のことだかさっぱりだからだ。

「そして気になるお出かけ先は、獣国の中心であり唯一の多種完全共生の街『バルム街』だよ。」

「ッ〜〜ヤッタァーーー!! シロウ君! ついにバルム街に行けるんだー!!!! 」

 ウィリアは狂喜乱舞した。近くにいたシロウを持ち上げて回り抱きしめるほど、ウィリアにとっては喜ばしいことらしい。一方のシロウはもはや彼女の喜びを発散する為のぬいぐるみになっていた。顔を胸に押し付けられ息ができなかった。

「ウィリア……苦しい!」

 必死にウィリアを押して腕から離れた。

「あの……さっきからって何ですか? 僕何になるんですか? 『獣国』って、そもそもここどこなんですか? そもそもなんで動物が話せ……!」

 シロウの質問攻めに対してキュウビは手を顔の前に出し遮った。

「一度に沢山の質問はしない事だよ、シロウ少年。後でゆっくり答えてあげるよ。さぁ、行こう。」

 そう言ってキュウビはシロウの手を取り、巨大化したヤタの背中に飛び乗った。ウィリアもその後に続いた。

「では行くぞ。」

 雲ひとつない快晴の中、3人を乗せてヤタは空を羽ばたいた。安定した時にシロウは下の景色を覗いた。肌に当たる空気は冷たいが、その分澄んでいて下の景色がよく見えた。川が流れ、青々とした草原が広がり、所々に家や樹木が点々としている。昨日は寝ていたのもあったが、いざ下の景色を見ると美しく映るモノだった。

「そろそろ降りるぞ。」

 そう言って緩やかに降下し、門の近くに着地した。

「ここが、獣士の集う場所であり獣国の中心地、バルム街だ。」

 降りた2人は目の前の景色に感銘の声を漏らした。さっきいたのどかな場所とは打って変わって、様々な獣人ビーストたちがあちこちを行き交う賑わいのある大きな街だった。

「スゴいねシロウ君!」

「うん……。」

 ウィリアははしゃいでいるが、シロウは終始圧倒されていた。自分のような人が沢山いる。何ならヤタさんやキュウビさんみたいに見た目が動物の人も沢山。むしろそんな人達しかいない。それなのに、誰も何もその事になんの疑問も持っていないことが不思議でならなかった。

「 早く行こう!」

 いつものようにウィリアに手を引かれ、つれて行かれた。

「ウィリアは満足そうだね。シロウは全く理解できてないみたいだけど。」

「当たり前だ。昨日来たばかりで、彼はそもそもここがどういうところか理解すらしていない。だが、ここに一度来ればここがどんな所か分かってくれるはずさ。わからない部分は、後々我々が説明すれば良い。」

「ヤタさーん! キュウビさーん! 早くー!」

 遠くから聞こえるウィリアの声にヤタとキュウビは手を振って応えた。

「できるだけ無駄遣いはしたくないんだがな。」

「今日はどう考えても無理じゃない?」

 ヤタのこぼした不安を煽るようにキュウビが答えると、ゆっくり2人後を追った。歩く度に景色が変わる。売っている物、見せ物、建物など。街の景色が変わる度にシロウとウィリアの表情も変わっていった。ただ何かしらの屋台を見る度にウィリアは、

「ヤタさん。アレやりたい。」

「キュウビさん。コレ食べたい。」

 とせがんでいた。2人がダメだと言えば、

「シロウ君もやりたがってる。」

「シロウ君も食べたがってる。」

「え!? ……僕からも、お願いします。」

 こうやってシロウを使ってくる。シロウは渋々ウィリアに合わせて頼みを口にするが、これではどちらが歳下かよく分からない。色々せがまれた中で1番まともだったのは記念写真だった。そんなことをする度にウィリアはヤタに叱られていた。今日だけで何回見ただろう? しかし、それはシロウにとっては何度見ても飽きない光景だった。そして色々な場所を歩き回り、夕方になった。街の人通りは昼より少なくなっていた。ヤタとキュウビは中央広場のイスに腰を下ろした。ウィリアとシロウは目の前にある噴泉に入り水をかけあっていた。シロウは転んで水浸しなってもお構いなしだった。今日一日で保護者2人は結構な額を使わされた、それも全部ウィリアのせいで。貰って残っているものと言えば写真だけだった。他は全部見るだけか胃袋の中に入って行った。だが噴泉に入ってはしゃぎながら水遊びをするあの2人の満足そうな笑顔を見ると、やはり使ってよかったと思えた。

「たまには浪費するのも悪くないかもしれないな。」

 帽子を直して言ったヤタのつぶやきにキュウビは耳を疑った。普段は無駄遣いを嫌悪するヤタからそんな言葉が出てくるとは。

「ヘェ〜。珍しいね、キミの口からそんな言葉がが出るなんて。」

「見方を変えただけだ。今日使った金は我々からすればただの浪費だ、だが2人からすればとても価値のあるものになっているからさ。かと言っていつもソレが良いわけじゃない。だから私は『たまには』と言ったんだ。それに、今日初めてこう言う場所に来て羽を休めると言う大切さも知ったからな。」

「昔の僕らとは、もう違うんだね。」

「時代は生き物だ。時が流れれば世界も変わる、過去の常識すらもな。」

 そう言って2人は夕日に照らされる2人を眺めながら話していた。夕日が落ちると共に、バルム地区で大きな鐘の音が鳴り響いた。ヤタとキュウビは2人に集合をかけた。走ってきた2人はびしょ濡れだったが、キュウビが[気]を使って2人を一瞬で乾かした。

「さて二人とも、今日は十分に楽しんでもらえただろう。だがシロウ、君はこの世界について全くわかっていないだろう。と言うわけでの時間だ。夕飯を食べながら楽しくな。」

「「はーい!」」

 2人は元気よく返事をしたが、シロウにウィリアの感じが何となく移っている気がしてならない。どうか杞憂きゆうであってほしいと密かに願う2人だった。夜になると、こぞって街中の居酒屋がオープンする。そしてシロウ達と似たような服を着た獣人ビースト達をよく見かけるようになった。街頭の明かりが道を照らし、街は再び活気を取り戻した。少し歩いていると、「マザリ屋」という大きな居酒屋の看板と扉が、シロウ達の目に入った。

「ここが獣国1の居酒屋食堂『マザリ屋』だ。」

 シロウとウィリアが扉を開け店内に入ると息を呑んだ。天井はなく、夜空が天井になっていた。白い石壁の高い位置に、松明たいまつが刺さり酒場を照らしていた。カウンターはもちろん、大きな円卓やテーブルが沢山あり、そこでは様々な獣人ビースト達が座って騒ぎながら飲み食いしていた。テーブルの上にある料理はどれも美味しそうに見えた。2人の目の前にある料理の匂いがあまりにも美味しそうで、つい飛びつきたくなるほどだった。その間保護者2人は店員と話をしていた。話が終わると、4人は店員に円卓の席へと案内された。席に着くなりヤタは帽子を外し、水と手拭きを渡しに来た店員にキュウビとヤタはメニューを見ずに注文をしていた。まるでここの常連のようだ。

「2人は何が食べたい? 好きなものを頼んでいいよ。でも、残したら大変なことになるからね。ちゃんと考えて頼むこと。1品ずつ頼むことを強く勧めるよ。」

 キュウビの忠告と共にメニューを渡される。2人は早速開いてページをめくり、どれにすると目を輝かせながら悩んでいた。2人は忠告を無視していきなり3品頼もうとしていたがヤタに止められ、結局シロウはラーメン、ウィリアはハンバーグを注文した。しかしこのメニューに書いてあるのは、シロウにとって聞き覚えのある料理名が多かった。届く間はちょっとした雑談で時間を埋めた。料理が届くと、2人は驚いた。まずはその量、シロウは1人で食べ切るのが不安になるほどの量だった。だが見た目が美味しそうなのは当たり前だが、シロウはそれよりも母親と食べた時と同じものが届いたことに驚きだった。

「じゃあ、頂くとするか。」

「「いただきまーす!」」

 ヤタが言うと全員手を合わせて言うと、すぐに食べ始めた。見た目通り、味は絶品だった。

「さて、シロウ少年。ここからは君の質問に答える時間だ。聞きたいことをなんでも聞いてくれ。僕らが答えてあげるよ。」

「?」

 キュウビの言葉で箸が止まった。口に入ってるものを飲み込んで、シロウは質問を始めた。

「そもそもここはどこなんですか? なんでみんな僕みたいな人ばっかりなんですか?」

 シロウが1番気になるのは当然だった。ヤタがこの質問に答えた。店内の大勢の話し声が聞こえる中でも、ヤタの声は張らなくてもハッキリと聞こえた。

「ここは獣国。『ケモノクニ』と書いて獣国だ。簡単に言えば、ここは人間界ののようなものさ。ここに住んでいるのは……。」

 突然ヤタの言葉が止まった。シロウがこちらの話をしっかり聞くために食べるのを止めて熱い視線を送っている。ヤタはそれが気になったのだ。次にヤタの微笑む口から出たのは意外な言葉だった。

「そんなに箸を置いて真剣なる必要はない。ここは食堂だ、うまいものを食べて『うまい』と言う場所なんだ。きちんと話を聞くのも立派だが、食べる事を優先してくれ。それに、麺類は早く食べないと伸びるぞ。」

「……はい、ごめんなさい。」

 シロウは俯き、咄嗟とっさに謝った。何となく怒られたように感じたからだ。

「ハハハ……。謝る必要は無いさ。少々伝え方が悪かったかな? こちらとしては、もっと気を楽にして欲しくてね。」

 気さくにヤタがそう言うとシロウは先程の曇った表情は晴れて、元気よく返事をした。

「では続けよう。どこまで話したか……あぁ思い出した。ここに住んでいるのは人間ではなく、我々獣人ビーストと言う人間と動物のハーフみたいなものだ。元からこの姿だから、決して君と同じ事をされていたわけじゃない。」

 ヤタが思い出して話す姿はなぜかとても知的に見えた。

「僕以外に人間はいるんですか?」

獣国ここにいる人間は君とウィリアとあと1人、サコミズと言う男しかいない、と言うより見ない。我々がここにあまり訪れないと言うのもあるが、獣国と人間界は繋がっているし人間がこっちに来ることもできる。だが、獣国ここに人間が来たというのは見たことはもちろん、聞いたこともない。サコミズについては、近いうち会ってもらう。だからそれまで待っていてくれ。」

「そうですか……。」

 そう言って肩を落とすシロウを、ウィリアは元気づけるように肩をさすった。

「ウィリアも人間なんだね。知らなかったよ。」

「まあね~。ハンバーグ食べる? あ〜ん。」

 ウィリアは優しさから、自分のハンバーグを小さく切ってその一切れをフォークに刺し、シロウの口元に寄せた。嬉しかったが、アーンはどこか恥ずかしいいものがあった。

「大丈夫、気持ちだけもらう。」

「もうカワイイんだから〜。」

 甘い声でそう言うと、フォークを自分の口に運びハンバーグを食べた。そして空いている手を使って笑顔でシロウの髪をクシャクシャに掻き回した。相変わらず彼は嫌そうな顔をしている。この時、ヤタとキュウビは彼女の行動にさじを投げた。

「そう言えば夜になった途端、獣士達が増えましたね。」

 ウィリアは辺りを見回して言った。

「仕事に出ていた獣士たちが戻ってくるからだよ。」

「昼にあまり獣士の獣人ビーストを見なかったのはそれが理由なんですね。」

 キュウビの答えにウィリアはに落ちたように返した。確かに昼はシロウ達のような服装の人を全く見なかったが、夜になった途端、通る人ほぼ全員似た服装をしていた。

「獣士って?」

 このシロウの質問に答えたのはウィリアだった。

「獣士は人間界で言う昔の騎士とかお侍さんとか、ハンターみたいな感じで、国と人を護るのが仕事。そのために獣士達はマスターから[気]や武器の使い方を教わって、修行して強くなるの。」

「ちなみに、獣士にも階級があるんだ。始めたばかりや、マスターの教えを受けている成長途中の獣士を『アーリー』、技を会得し、1人でも上級任務をクリアでき、教わっているマスターから1人前と認められて『マスター』になるんだよ。」

「へぇ〜すごい! それ僕にもできますか? ウィリアも修行やってるの?」

 シロウは獣士について前のめりになって聞いていた。どうやら、やる気は十分にあるらしい。

「やってるよ、私獣士だもん。ヤタさんとキュウビさんから今でも教わってるし。[気]も武器も初めは上手く使えなかったけど、今は結構使えるようになって強くなったよ。まぁ自分で言うのもなんだけどね。」

 ウィリアはシロウに得意げになって言った。

「本当に? ヤタさん、キュウビさん、僕にも獣士になりたいです! 修行をやらせて下さい、お願いします!」

 シロウは2人に思い切り頭を下げた。どうやら獣士やマスター、修行という言葉はシロウにとって何か惹かれるものがあるらしい。何にせよ、ヤタとキュウビにとっては好都合だった。

「もちろんだよ。それじゃ、明日からウィリアと一緒に修行してもらうよ。」

「はい! 頑張ります!」

 そして4人で食事を楽しんだ。全員しっかり食べたが、中々食べ切るのは苦労した。この量があと2品あったらと考えると背筋が寒くなる。マザリ屋を出た時、キュウビは先に家に戻ると言って瞬間移動のようなものをして消えた。残った3人は門の外まで歩き、そこからはヤタに乗せてもらって帰ることにした。家路につく道中街は賑わいを見せており、街から出てヤタが空を飛んでいる時に後ろを振り返ると、街は美しく輝いていた。この事からあの街は「眠らない街」ともいわれているそうだ。こうしてシロウとウィリアはバルム街を心の底から楽しんだ。家の近くに着くと湯気が立ち上っていた。先に戻っていたキュウビが外で風呂を沸かしてくれたのだ。ウィリア達が駆け足でキュウビのところに行き名前を呼んでいるのに対し、キュウビは手を振ることで応えた。その後ろからはヤタが歩いてきた。シロウは竹でできた風呂を見てはウィリアに聞いて、目を輝かせながらウィリアの説明を聞いていた。

「戻ったぞ。すまないな、風呂まで用意してもらって。」

「大丈夫だよ。でも一つ問題がね……。」

 見ると一人用の竹風呂が3つしかない、シロウの分がないのだ。

「じゃあ私、シロウ君と一緒に入る!」

「エエッ!?」

「「(……言うと思った。)」」

 ウィリアの提案は二人にとっては予想通りのものだが、シロウにとっては顔を赤らめるほど驚きの言葉だった。

「『エエッ!?』ってなによ〜、私と一緒に入ろうよ〜シロウ君おねが〜い。」

 そうか、ウィリアにとって僕はでしかないんだ。そこに男子とか女子とか、性的な隔たりなどあってないようなものなんだ。シロウはそう結論づけると内心少しガッカリした。甘い声でシロウの体をゆすってねだるように誘うウィリアを無視して、そんなことを密かに思った。

「ヤタさん、キュウビさん、助けてください。」

 体はウィリアに掴まれて動かせないので、顔を二人の方を向いて助けを求める。その目からはなぜか涙がこぼれそうになっていた。

「「シロウ……。」」

 二人は小さくつぶやいた。大きくため息をついて俯いている二人を見てシロウは、どうにかしようと考えてくれてくれているのだろう。そんなことを一人期待していた。だがシロウは気付いていなかった。この時の二人は、もう既に彼女の「異常なシロウ愛」対して匙を投げていると言うことを。

「…………我々にはもう無理だ。ガンバレ。」

 ヤタがそう言うと、呆れながら静かに微笑む二人は親指を立ててシロウを応援した。

「えぇ……。」

 シロウの中で「絶望」という雷が落ちた。切られた。唯一の希望はチリになって消えた。あの二人がそう言ってしまったら、シロウとしてはもうどうしようもないものになってしまう。そんなことは火を見るより明らかだった。


 結局シロウは、ウィリアと一緒に風呂に入ることになってしまった。家の中に雌雄しゆう別に脱衣所とシャワーが付いている。そこに風呂も付いているのだが、気分によって外風呂に変わるそうだ。滅多に人が通らないからこそできる事らしい。ウィリアと入ることになったシロウは服を脱ぐ事さえも恥ずかしかった。これから一緒に過ごすと言っても家族ではないし日も浅すぎる。しかも男の人や獣人ビーストならまだしも、ウィリアは女の人で人間だ。恥ずかしいのは尚更なおさらだ。隣ではウィリアが何の恥じらいも無く脱いでいる。体全体を見るとスタイルが良く、白く透き通った肌は綺麗でシロウの目を釘付けにした。……当然シロウは子供と言っても男の子なので、胸の膨らみにも目は行った。ウィリアの胸は何と言うか、大きすぎず小さすぎずのおしとやかで上品な感じの胸だった。とは言ってもシロウ自身、他人の女性の胸をウィリア以外直接見たことがないので何とも言えないが、シロウにとってはそんなイメージだった。その時ウィリアと目が合ってしまいシロウは慌てて視線を逸らした。ウィリアは笑ってしゃがみ、シロウの服を脱がす手伝いをしようとした。

「はいシロウ君、バンザーイ!」

「自分で脱げるよ!!」

 そして風呂場に行き、シャワーの時はシロウが自分で洗えると言っているにも関わらず、

「いいからいいから。」

 と言って風呂椅子に座らせて爪を立てないように優しい手つきで頭を洗ってくれた。人に洗ってもらうのも案外悪くなかった。

「痛いとことか、痒いところある?」

「ううん、大丈夫。」

 少しの沈黙が流れた。水滴が垂れる音と、ウィリアがシロウの髪を洗う音だけが響いた。その時間に耐えられなくなったのか、ウィリアが話し始めた。

「今日は楽しかったね。」

「うん。本当に楽しかった。」

「ご飯の時、シロウ君は何で獣士になりたいって思ったの?」

「……ウィリアみたいになりたいから。僕を助けてくれた時みたいに、誰かを助けられるようになりたいから。」

「……そう、ありがとう。一緒に頑張ろう。」

 たった少しの何気ない会話。だが話しているうちに段々恥ずかしさが薄れていき、嬉しさや楽しさ、ありがたみの方が勝っていった。

 隣の風呂場ではヤタとキュウビが二人の会話を聞きながら体を洗っていた。

「二人の関係は良好だな。」

「そうみたいだね。」

 普通の会話はほぼ聞こえないのだが、2人のはしゃぐ声はよく響く。初めはよく聞こえなかったがはしゃぎ出した途端、聞こうと思わなくても聞こえるレベルだった。

「見てシロウ君! パイナップル!」

「ねぇ〜! ウィリア! 僕の尻尾で遊ばないでよー!」

「アハハハ! 怒ってるのもカワイイ〜。」

「もぉー……。」

 沈黙が流れた。これを聞いていたヤタは大きくため息をついた。キュウビはクスクスと笑っていた。

「……これではどちらが年下かわからんな、まったく。」

「まぁまぁ、あの2人はあれくらいが丁度いいんじゃないかな?」

「どうだかな……。」

 ヤタは悩みながらそう言った瞬間、キュウビの目つきが変わった。

「ところでヤタ。彼、どう思う?」

 ヤタは問われた瞬間動きが止まり彼を見た。だがすぐに自分の体についた泡を流し始めた。

「あぁ……彼は化けるぞ。何せ彼の中にある[気]はだからな。人間のエゴによって犠牲になった合成人間キメラノイドの完成形。ウィリア同様、潜在能力は十分すぎるくらいにある。あとは我々がどこまで引き出せるかだ。」

「やっぱり? 僕もそう思ってたんだ。」

 そう言うとキュウビはニヤリと笑った。

「これは鍛えがいがありそうだね。」

「そうだな。だが、我々も危ういかもな。」

 そう言って2人は外に出た。

 ウィリアの尻尾イジリはまだ続いていた。シロウは何度も十分だと言っているが、ウィリアが一向に止めようとしない。

「シロウ君の尻尾綺麗だし、触り心地が最高なの。もうずっと洗ってられるよ。」

「あんまりソレやらないで。ゾクゾクして体が変な感じする。」

 断言できる。体を洗う中で、尻尾が一番触られている。毛並みがよくクセがないので、自由に形を作れる。さらに石鹸せっけんで尻尾が一番泡立つので、ウィリアは尻尾で思い切り泡立てては優しく繊細な手触りで根元からゆっくり引っ張って泡を絞ると言うことを何度もやっていた。その間シロウの体はずっと変な感じがして、変な気分だった。ウィリアも分かってはいたが、シロウが手を前にやりモジモジして顔に紅葉もみじを散らしているのが可愛くてたまらなかったのだ。終わったときにはシロウの顔はのぼせたように赤く、息が荒かった。ウィリアは自分で体を洗おうとするシロウが止めた。

「僕もウィリアを洗う。お返しする。」

「えぇ? いいよ、自分でやるから。」

「いいからいいから。」

「そお? じゃあ……お願いしよっかな。」

 そう言って立ち位置を入れ替えて、シロウはお返しをした。シロウが懸命に私の体を洗ってくれている。こんなに健気で優しい少年がにいるべきではない。私が彼を立派な獣士にしてみせる。ウィリアは心の中でマスターとしての自覚を初めて持った。

「……ア……リア……ウィリア……ウィリア!」

「……え?」

「大丈夫? すごい怖い顔してた。もしかしてどこか痛かった?」

「ううん! 違うの、少し考え事してただけ。シロウ洗うの上手だね。」

「ありがとう。ウィリアの髪も金色でキレイ。あと、その赤い目も。」

「……ありがとう。」

 ウィリアははにかみながら返した。必ず私が守って、育てる。シロウの満面の笑みを見たウィリアは心に誓った。シロウは今の彼女の気持ちを何となく読み取ることができた。

 タオルを巻いて外に出ると、冷たい空気が2人の温めた体を冷ましていく。もう既にヤタとキュウビは湯船に浸かっており、扉の音で気付き、後から来る2人を眺めていた。2人で寒い寒いとはしゃぎながらシロウが一足先に段差を登って勢いよく湯船に飛び込んだ。次の瞬間、シロウは浮き上がって来ず、2人からはシロウが消えたように見えた。浴槽が深いことに全く気付いていなかったので、あまりの深さにシロウは少し溺れかけていた。

「シロウ君! 大丈夫?」

 そこを後から入ったウィリアに体を持ち上げてもらい、助けてもらった。

「……ありがとう。」

 咳込むシロウは涙目になっていた。想像していたのとだいぶ違っていたらしい。

「どういたしまして。」

 2人で楽しそうに笑っていた。シロウは離れようとしたが、ウィリアが掴んだ体を離そうとしないので諦めて、大人しくウィリアの膝の上に座ることにした。

「風呂場で何があったかは知らんが、ずいぶん楽しそうで何よりだ。」

「「はい。」」

 シロウとウィリアの返事はもう同じだった。これはもう完全にウィリアの色に染まったな。ヤタはそう思ういながらも、それは良いことなんだと捉えるようにした。

 そして4人で夜空を眺めながら、歓談を楽しんだ。この時のシロウはもうこの仲間の輪の中に加わっていた。そして風呂から上がり、寝巻きに着替えて歯を磨き、寝る前におやすみと言ってそれぞれの部屋に戻っていった。シロウが最後に言うのはウィリア。それは向こうも同じ、最後に言うのはシロウだ。

「それじゃあおやすみウィリア、今日は色々ありがとう。」

「一人で寝れる? 私が一緒に寝てあげようか?」

「大丈夫、一人で寝れる。」

「そう……もし何かあったらこっちに来てすぐ呼んで、隣だからさ。じゃあ、おやすみ……シロウ君。」

 少しガッカリしたのか、声と表情が少し暗くなった。そのまま部屋に行こうとしたが、振り返ったシロウはウィリアが何となく寂しく映ったのでどうしても放っておけなくなり、声をかけた。

「もし、何かあったらこっち来てもいいよ? ほら……僕もすぐ近くだし。じゃあ……おやすみ。ウィリア。」

「……ありがとうシロウ君。」

 こうして二人は部屋に戻った。夢じゃない。本当に来たんだ、新しい世界に。そしてこれから、新しい日常が始まるんだ。何もかもが違う、あたらしい世界で。シロウはベッドで眠りにつきながら、改めてその事実を噛み締めた。ウィリアはシロウがここを気に入ってくれて馴染んできたことに喜びを感じる一方、当人もまだ気付いていないが、密かにシロウに対するが芽生え始めていた。そして、明日からシロウの獣士修行のマスターになることに期待と不安を募らせながらも眠りについた。

 4人全員が眠りにつく直前、頭に浮かんだのは、リビングに飾られたバルム街での記念写真だ。それは、浪費から生まれる幸せな思い出もあると知った瞬間でもあり、この家の大切な「家族写真」となったことを全員理解した。

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