第2話 獣人達の不安

 巨大な爆発が起こり、研究所は崩壊した。しかし、その事故は報道されず、これを知るは、ほんの一部を除いていなかった。


 ___翌日__昼___。

 快晴の中、研究所跡に足を踏み入れようと雪道歩く者たちがいた。しかし、彼らはではない、獣人ビーストだ。全体の骨格は人間に近いが、それぞれの動物の耳と尻尾を持っている種族。人間に近い姿をしているものもいれば、それぞれの動物に近い姿をしているものもいる。雪道を黒いロングコートにゴーグルのようなサングラスをかけた犬人、レオン・ヘルガーと、白いロングコートを着た細目の猫人、サバージ・ロシアブルーの2人を先頭に、後ろにオレンジ色のジャケットを着て、木製のアタッシュケースを持つ調査チームの獣人ビースト5人の計7人で歩いていた。それぞれ腰に武器をもっている。レオンは刀、サバージは2本のレイピア、調査チームはからくりがある木製の鞘だけもっていた。ついに目的の建物が見えた。

「あそこのようですニャ。」

「あぁ。そのようだな。調査チーム《みんな》は正面入り口から研究所内の調査を始めてくれ。俺たちは、奥のコンテナの方から調査する。みんな撮影を忘れるなよ。」

 振り返って指示すると、後ろにいた他の獣人ビーストたちは大きく返事をした。

「みんな競争だ! 一番は俺がいただきだー!」

「待てー! 俺が先だー!」

「おい! 抜け駆けするなよー!」

 などと口々に言って、子供のように一斉に研究所跡の正面入り口の方に向かって走り出した。そして着くなりアタッシュケースを開き、獣化じゅうかして辺りの調査を開始した。獣化をすると、それぞれの動物の大きさに変わり、見た目その動物に近くなる。クマは大きくなり、ムササビは小さくなるといった具合だ。そこでも彼らはやれクサいだの、焦げてるだのはしゃぎながらやっていた。彼らの姿を見ていたレオンは、あまりの緊張の無さに呆れてため息をついた。それは目元を右手で隠し、顔を静かに横に振る程だった。そんなレオンを横目に、サバージは楽しそうに見ていた。

「全く……なんだあの緊張感の無さは。遠足じゃないんだぞ……。」

「まぁまぁそう言わずに。滅多に来れない人間界。彼らがはしゃぐのも無理ないニャ。それに、ああ見えても、仕事をしっかりこなしてくれるから、きっと大丈夫ニャ。」

「浮かれて、見落としなどがなければいいんだがな。」

「……さて、行きますかニャ。」

「……あぁ。」

 部下たちにレオンは不安を、サバージは期待を持って、2人はコンテナの方に向かった。そして道中、破壊されたコンテナの壁を見つけた。レオンはサングラスを外し、コートの中にしまった。

「爆発事故と言うより、事件の可能性が高くなってきたな。」

「ここだけ壁に穴が空いてるのは不自然すぎるからニャ。」

「何があるか分からない、注意して行こう。」

 そういうと2人はその壁を撮影し、慎重にその穴から中に入っていった。中の物は、ほぼ黒くに炭化していた。天井が所々崩れ落ちていたので、隙間から刺す陽光のおかげで、中の景色は把握できた。一番最初に目に止まったのは、ガラスの割れたケージだった。

「ひどいな……見た所、何かを収容していた場所らしい。」

「それが何なのかは、つかめなさそうだがニャ。」

 コンテナ内の物はほぼ黒く炭化していた。至る所から焦げ臭い匂いが漂い、2人の嗅覚を狂わせる。辺りを調べて撮影している最中、レオンの鼻が何かを感じた。サバージはそれに気付いた。

「どうかしたかニャ?」

 サバージが気になって尋ねた。

「ここに着く前からなんだが、匂いがキツくてな。」

「見た感じ爆発事故が起きたのは昨日の夜。時間が経っていないから、まだ燃えた匂いが残っててキツいんじゃないのかニャ?」

「いや、焼け焦げた匂いじゃない。」

「では一体なんの?」

「考えたくはないが、生き物が燃えた匂いだ。」

「まさか、ここが違法の研究所だと?」

「……外れているといいんだがな。」

 そう言って2人は調査を続けた。歩く度に地面に落ちたガラスが砕けて音が鳴る。歩いていると、遠くの物陰で金属の何かが落ちる音がした。2人は同時に音の鳴る方を見て、レオンだけは構えた。物陰から現れたのは爆弾だった。しかもそれは、獣国界で作られた爆弾だった。サバージは恐れる事なく近づいて、白い布手袋のついた手で爆弾を手に取った。

「安心するニャ。これは不発弾ではなく、そもそもピンすら抜かれていない未使用のヤツだニャ。」

「わかっているさ。何年の付き合いだと思っている? それよりも、どうやらこの事件を起こしたのは獣国こちら側のヤツらしいな。だが、何の意図を持ってこんな事を……。」

「タイチョー!!!! 大変でーす!!!!」

 上から声がして見上げると、別れていたムササビが慌てて2人の所に飛んできた。顔は真っ青で、グライダーの様に飛ぶ姿からも、どれだけ慌てているのかがすぐ分かった。レオンは腕を高く上げ、ムササビの飛び移り先を作った。勢いよくレオンの腕に張り付いて、すぐ話し出した。

「●:#!▲&%=¥○•?■#?/]¥-^&%&($×#!!!!」

 目は回っているのに、口が回っておらず、何を言っているんだかさっぱりだった。聴き取れても主語述語がめちゃくちゃだったり、意味不明な擬音語を使っていて状況が全く掴めない。

「待て、落ち着け! 一体何があったんだ?」

 接着剤で張り付いたようなムササビをなんとか引っぺがし、ボトルのように振って正気に戻した。そして腕を横に倒して足場を作り、そこに立たせた。ムササビは頭を思い切り振って、ようやく落ち着いた。

「そんなに慌ててどうしたのかニャ?」

「やはりここは違法研究所でした! しかも『キメラ計画』の研究です! それと先程、生き残りのキメラと対峙しました! 他のみんなはソイツと戦闘中です! あとどうでもいいかもしんしれないけど個人的に思ったのは、見た目がキメラって言うよりなんか全く別のモンスターみたいだった。」

 最後の部分は声が小さかったが聞き取れた。二人は驚き、お互いの顔を見て、サバージは静かに頷いた。

「そこに案内してくれ。」

「了解しました!」

「その必要、ねぇからー!!」

「■■■■■■■■ーーーーーー!!!!!!」

 遠くから他のメンバーが叫んで走ってきた。その後ろからは、噂のキメラが雄叫おたけびを上げながら追って来ていた。それはとても元人間とは思えないような体をしていた。なんの動物かは判別できなかったが、四足歩行の動物であることは確かだった。キメラと言うだけあって、何かを発する声自体が動物の鳴き声と混ざって不協和音に近いものになっている。聞き取る事はもはや不可能だった。

「しつこいぞ!」

 そう叫んだ少しポッチャリしたクマは足を遅めた。元から最後尾を走り、更に遅くなったクマを見逃すはずもなく、キメラは狙いを定めてはさらに加速し、とんでもない速さで飛びかかった。その時、クマは呼吸を整えた。その瞬間、クマの体から黄色いオーラが放たれた。息を思い切り吸い、前に出した足をバネのように使って反対方向に強く踏み込んだ。体の切り返しを利用して、その拳にありったけの勢いを乗せた。そしてキメラの顔面に打ち込む瞬間、引き手を思い切り引き、足先から空気を出すように一瞬で鋭く息を吐いた。すると拳は加速した。振りかぶって出した瞬間よりも何倍、何十倍、何百倍にも加速して。拳はキメラの顔面に一直線。無駄な動きは一切無かった。

「大砲パンチ!」

 重く速い一撃を見事なくらい綺麗にもらったキメラは、さながら大砲の玉のごとく吹き飛んだ。そしてキメラ玉は、近くのケージを突き破り、その先にある瓦礫に向かって一直線。見事二つとも木っ端微塵にした。キメラが壁に勢いよくぶつかった衝撃でコンテナが揺れ、真上の天井が崩れ落ち瓦礫がれきとなって埋めた。他にも数カ所崩れ落ち、レオンたちのところも落ちてきたが、サバージとレオンは難なく避けた。調査メンバーの何人かは避けきれずぶつかっていたが。崩れ落ちたことにより、更に明るくなった。レオン、サバージ以外の獣人ビーストたちは大喜びだった。

「はあ〜。怖かった〜。」

 クマの行動は、咄嗟に出たものだったようだ。

「さっすがクマ! 頼りになる!」

「流石のアイツも、もう動けないだろ!」

「よーし、僕も行くぞー!」

 メンバーがクマに寄る中、ムササビも入りたくなったのか、飛び降りて獣化を解き、獣人ビーストに戻った。

「そんじゃあ、一気に畳みかけるぜ!』

「待て! 全員外に出るんだ。」

「一気に攻める」という、チームのムードを壊したのはレオンだった。その雰囲気を壊したことに、メンバーは口々に不満の声を漏らす。それを制止したのはサバージだった。

「このまま畳み掛けてヤツを倒すのもいい。でも場所が悪いニャ。仮にこのまま戦ったとして、落ちてくる天井を避けながら、あのキメラを相手にするのは流石に無理ではニャいかな?」

 そう諭すと、みんな顔を見合わせて「確かに」や「成る程」などと言いながら頷いた。そんな事をしていると、埋もれているキメラが暴れだし、重しとなっていた瓦礫を押し退けた。身体を振り、身体の自由を喜ぶように雄叫びを上げた。それを見た全員の行動は見事に一致した。先程レオンとサバージが入った所へ一目散いちもくさんに向かい、外へ出た。

「全員構えろ!」

 レオンの合図とともに、全員穴の方を向き、左腰に付けた鞘に手を当てて構えた。しかし、突然響く足音が消えた。壁穴から出て来る気配は全くない。サバージは細い目を開いた。緑色に光るその美しい目は、開けた時だけ、少し先の未来を予知することができるのだ。

「危ない!!!!」

 叫んだと同時に、キメラが壁を突き破り襲いかかってきた。それを察知したメンバー達は既の所すんでのところで高く飛び、距離を取った。そして着地すると、鞘からどんぐりを1つ弾き出し、握り締しめると木刀に変わった。そして呼吸を整え、それぞれ違う色のオーラを発していた。砂埃すなぼこりが消え、コンテナの外に出たことにより、キメラの正体は明らかになった。二足で立つと、レオン達が見上げる程の高さがあるライオンと人間のキメラ。人間の体に、手足と顔までライオンの骨格になっている。全身は焼け爛れ、目は白目を向いている。傷口からダラダラと血が流れ、歩いた所の雪を赤く染めていた。見ているだけでも痛々しいものだった。白い息を吐きながらこちらに唸る姿は、痛みを訴えているようにすら見える。サバージからは普段の笑顔は消え、だんまりを決め込んでいた。

「……10年経っても尚……過ちを認めようとしないのか!? 人間ヤツらは!!」

 レオンの怒号を合図に、全員がキメラ向かって走り出した。向こうも動きを合わせるように突進してきた。先頭を走るイヌとトカゲは両サイドに回り込み、声を上げてタイミングを合わせた二人は、蜂のように突いた。肉質がやわくなっているおかげで、木刀は2本ともももに突き刺さり、ひざまずく様に倒れた。すかさず第二撃。ムササビを背負い、空高く飛んだカワウ。2人は空中で獣化を解き、前に進もうとするキメラの両手を串刺した。重力も相まって、両手は木刀のペグによってしっかりと固定された。そして、顔面にクマがアッパーを打ち込む。その威力は凄まじく、木刀で固定された両手は地面を抉り、周りの雪と土を高く持ち上げるほどだった。両手が浮いたその一瞬、体の下をレオンは華麗にスライディングして背後を取り高く飛んだ。正面にいたサバージはガラ空きになった胸部に狙いを定めて飛び込み、両腰についたレイピアを抜いて心臓を貫いた。そこから更に、レイピアを抜きながら身体を一回転させた。縦一線を剣で描き、ヤツの肉を内側から深く斬りつけた。直後レオンは空中でキメラの首を狙い、抜刀して切り落とした。やいばは綺麗に通り、何の抵抗も無く首を跳ね飛ばした。首は落ちた拍子に転がった。そしてレオンが血振りして納刀したと同時に、キメラの体は倒れ、地面には赤い花火が上がった。レオンの元に集まったその瞬間、全員が言葉を失った。目の前であり得ないことが起きている。はねたはずのキメラの生首が、まだ動こうとしていたのだ。レオンが刀を抜こうとするとサバージがレオンのつかを持つ手を抑え、首を横に振った。

「何が起こるか分からないから近づかない方がいい。」

 とでも言うように、そしてコートの裏に提げていた銃を取り出し、生首に1発弾丸を撃ち込んだ。

「これで良し。」

 サバージは当たった事に満足そうな顔をしていた。すると少し動きが止まったが、たった1発で死ぬはずも無く、打ち上げられた魚のように跳ねていた。

「これのどこが完璧なんです?」

 イヌが不思議そうに尋ねると、サバージは突然カウントダウンを始めた。

「3……2……1……0。」

 瞬間、キメラの頭の中から無数の棘が、一瞬にして出てきた。頭は内側から串刺しになった。チームのみんなは揃いも揃って凍りついていた。当然、再び動き出すことは無かった。チームのみんなも驚きのあまり、動けなくなっていた。

「これも調査しときます? する必要無いと思いますけど。」

 トカゲは面倒くさがっていた。人間のやったことだと火を見るよりも明らかだった。

「……いや、頼む。」

「俺が持ってくるよ。」

 そう言うとカワウは獣化して、アタッシュケースを取りに行った。残骸を眺めていると後ろから突然拍手が聞こえた。

「セリザワ隊……。」

 先に振り返ったサバージが静かにつぶやいた。振り返ると、そこにいたのは確かに[セリザワ隊]だった。青基調のパワードスーツを着て褐色のマントを身に纏う男、セリザワ・アキラ。羽織袴で小太り白髪、眼鏡をかけた還暦間際の男、稲林義隆いなばやしよしたか。そして黒いキャソックに灰色のコート、金髪でオールバックの男、オズウェルド・ケレイブ。彼らとは以前、一戦交えたことがあった。

「流石だなレオン・ヘルガー。『国の飼い犬』は相変わらずだ。」

「そう言う貴様は、今では『野良犬の集まり』で楽しそうだな。セリザワ。」

 互いに皮肉を言い合うと、セリザワは被っていたマスクを外し、顔を出した。彼も他の2人と似たような年齢で、黒髪でベリーショートの男だった。だが元々老け顔というのもあってか、外見は10年前とほとんど変わらず、全くと言っていいほど老いを感じなかった。しかし彼の目は相変わらず氷のように冷たかった。

「何の用だ? また隠蔽工作か? それとも10年越しのリベンジマッチか? サコミズは獣国界こっちで元気にやってるぞ。」

「今はもうはお前らではない。俺たちは俺たちのやり方でと決めたんだ。貴様らこそ、人間界ここに無断で立ち入るのは禁止されているはずだぞ。」

「何を言っている? 調査依頼は受けているからここにいる訳だが?」

「いや、そんなものは出ていない。出るはずがない。そもそもこの事故は世間で報道されてないのだからな。」

「何だと?」

 矛盾が起き、レオンたちは困惑した。確かに依頼は出ていた。現にここに来たのも、それがあったからだ。だが人間界で知らされていない事に調査をしろと言われたのは一度もなかった。

「それに今回の事件が報道されたとしても、お前らに依頼が出ることはない。」

「なぜだ? キメラがいる時点で我々にも関係があるはずだ、むしろ出ないはずが無い!」

「条約上、お前ら獣人ビーストが人間界の事件・事故に介入できるのは『人間が獣人ビーストを巻き込む事件・事故を発生させた場合、もしくは、政府が人間の力では対処不可能と判断した場合』のみだ。ソイツは合成人間キメラノイドの成り損ね、獣人ビーストでも何でも無い。人間が勝手に人間をイジって事故を起こした。なのになぜ貴様らが出てくる? では失礼する。」

「『それだけ』だって?」

「待て。」

 向かおうとするクマをレオンは制止した。悔しいが彼の言い分は正しかったからだ。調査依頼や救援要請を受けた時は、決まって世間に認知され、人間の手だけではどうしようもない場合だった。災害の時が良い例だ。だが今回は、それに一切当てはってはいなかった。黙っているレオン達の間を通り抜け、セリザワ達は研究所の方へ歩いていった。

「しかし、ここには我々の国で作られた爆弾があったニャ。」

 サバージが食い下がると、彼らは足を止めた。

「だから何だ?」

 彼らは振り向くこともせずこちらに聞き返した。

「獣国の武器はそちらに一切流していない。なのに、何故流されていないはずの武器が、人間界の研究所にあるのかと思ってニャ。」

 サバージはどうにかセリザワに話を聞いてもらおうと、出し渋りながら話した。

「何が言いたい?」

 振り返ることはなかったが、サバージの話し方にもどかしさを感じたのか、口調が少し強くなっていた。

「つまる所、この爆発事故は事故ではなく事件であり、加えて人間が起こしたのでは無く獣人ビーストなのではないかということだニャ。そうなって来ると、我々にも関係がある内容だと思うんだがニャア?」

 セリザワは青空を見上げて、呆れたように大きなため息をついた。聞いた時に少しでも感情を高ぶらせたのが損だった。と言わんばかりのものだった。

「話を聞いてなかったのか? もう一度だけ行ってやるが、お前らが関われるのは『獣人ビーストを巻き込む事件を発生させた場合、もしくは、政府がでは対処不可能と判断した場合』のみだ。お前らが自主的に介入することはできない。例え、犯人がお前らのトコの誰かだとしてもだ。」

 そして3人は研究所の壁穴に入って行った。納得がいかないレオンは追いかけた。

「待て! まだ話は終わってない!」

 レオンの声はコンテナ内をこだました。だがセリザワ達は足を止めることすらしなくなった。

「いいや、終わりだ。これ以上お前らと話すことは無い。」

 代わりに、レオンをあしらうように後ろを手で払った。しかし、レオンが戻ろうとした時、セリザワは、何かを思い出したかの様に足を止め、振り返った。

「あぁそれと、これは警告だが、もうお前らは戻った方がいい。」

「何故だ?」

「もうじきお前らより無能ながやって来る。この爆発を調べ事実を知りながらも、事実にはない嘘で塗り固められた情報で世間に報道するためにな。だがここにお前らがいたら、それこそ尾鰭おひれがついた状態で条約違反を報じられ、獣国の立場がさらに悪くなる。ただでさえお前ら獣人ビーストは人間界での権利を半分も得られていない動物同然と言っても過言ではないのだからな。民衆のことを考えるなら、さっさと戻ることだ。」

 話している最中、肉声からマスクを通した声になっても、獣国を気遣ってくれていることはすぐに分かった。だがレオンはそれよりも、人間の報道の部分が気になった。

「なぜ人間はそんなことをする!?」

「……サコミズにはよろしく伝えておいてくれ。」

 そう静かに言うと、彼は研究所の奥に消えていった。レオンの質問の答えが帰って来ることは無かった。レオンはチームの所に戻った。戻るとそこにはカワウが先に戻っていた。遅くなった理由としては、チーム全員分のアタッシュケースを一度に持っていけるように試行錯誤していたのだと言う。だからこんなに時間がかかったらしい。

「じゃあ、調査開始といきますか。」

「すまないが、調査は終了だ。獣国に戻ろう。これ以上長居すると、問題になる。」

 メンバーが張り切ってケースを開けているところを、レオンは静かに制し、撤退を命じた。その重い表情や思い切り握る拳から察し、全員意見すること無く静かに頷いた。

 そしてレオン・サバージ率いる調査チームは研究所跡から撤退した。その後、人間界ではセリザワの言った通りの事が、まるで写されたかのように起こった。


 夕方、獣国に戻ったレオンとサバージは5種族獣術協会最高評議会(通称:BARUM《バルム》機関)の会議に出席し、調査報告を行なっていた。

「哺乳類代表レオン・ヘルガー。サバージ・ロシアブルー。以上で報告を終了します。」

 全員が事態の深刻さを理解し、頭を抱えていた。

「調査ご苦労様でした。マスター・ヘルガー。マスター・ロシアブルー。それでは、これにて依頼達成とし、会議を終了とします。次の会議については追って連絡をします。ではさようなら。」

 爬虫類をべる年老いたリクガメであり、この評議会の議長、グランドマスター・エイジの一言で会議が終了しエイジは席を離れた。

「では、俺達も行くとしよう。」

 レオンが煽動せんどうし退室しようとする所を、エイジの側近であるマスター・リザードとマスター・ワ二が呼び止めた。

「レオン、サバージ。奥でグランドマスターがお呼びだ。」

「あぁ、すぐ向かう。」

「シルベスターはどうした?」

「彼は別の緊急の案件を担当して今回は欠席ですニャ。」

「そうか。アイツにも伝えておいてくれよ。きっとだからな。」

 2人は頷いた。内容は分かりきっていたからだ。

 会議室の奥は外になっている。エイジはそこに植えられている桃の木の上で背中を向けて坐禅ざぜんを組んでいた。夕焼けに照らされるエイジはどこか神々しさを感じる。流石はグランドマスターだった。こちらが見ているだけなのに、エイジの「気」が流れ込んでいるように感じてしまう。2人が入るのに気付いたエイジは坐禅を崩しながら話し始めた。

「先日伝えた『』は考えて頂けましたかな?」

 そもそも『獣術協会』とは獣国特有の武術「獣術」を極める集団であり、中央列島のバルム機関を中心に、種族に合わせた5つの支部が存在する。そして、グランドマスター・エイジの言う「獣国騎士団」とはエイジの任命でしか団員になれない特殊な少数精鋭部隊。団員となった獣人ビーストはエイジと同じ「グランドマスター」の地位に立つ。だが、そこが2人にとっては憂慮する点だった。

「……申し訳ありませんが、我々には荷が重すぎます。グランドマスターに上がり、アーリーだけでなくマスターである獣士達かれらを正しく教え導くのは。」

「それに、マスター・エイジのおっしゃる騎士団結成予定の5人はまだ揃っておりませんニャ。」

「それならいるではないですか。もう獣国ここに。」

 二人は理解できなかった。エイジは悠揚ゆうよう迫らぬ態度で答えると、ゆっくりと獣術の型を始めた。するとやわらかい風が吹き始め、辺りに積もった雪を花びらのように浮かし始めた。そして風に乗って宙を舞い桃の木の高い所にある巻物に雪が一粒乗ると、巻物は傾きマスター・エイジの手の上にゆっくりと落ちた。

「なぜそんなに『正しさ』にこだわるのです? 獣という字がつけど、私たちだって? いつかどこかで失敗をします。この私でさえ、たくさんの過ちを犯しました。」

「それは……おっしゃる通りですが……。」

 2人は顔を俯かせた。レオンの視界に巻物が静かに入って来た。

「なにも全てが正しくある必要はありません。間違いを犯したっていいのです。間違いの中にも、正しさが存在することがある。そして間違いからしか、新たに学ぶ事はありません。大事なものは全て。ここに記してあります。」

 渋々受け取ったレオンの顔は曇っていた。レオンとは反対にエイジは笑みを浮かべていた。

「大丈夫ですよ。まだ時間はあります。これも、天の贈り物。」

 そう言うとエイジは去っていった。2人はただ、巻物を眺めていた。

「マスター・エイジ、私は……。」

 後ろを振り返ると、エイジは音もなく消えていた。空からは先程の雪が再び降り始めた。


 その夜、レオン達はいつもの酒場「マザリ屋」でいつもの4人メンバーと飲んでいた。哺乳類代表であるレオンとサバージに加え、先程別の案件で会議に出れなかった猫人、シルベスター・キシードと幻獣領域出身の竜人、ワイバーン・ドラゴン。全員、獣士の中では、折り紙付きのマスターだった。4人の中でワイバーンだけは唯一バルム機関の代表ではないが、ここにはいつもこの4人で集まっている。ワイバーンは今日、幻獣大陸で「師匠」と修行をしていたらしい。木のテーブルにいっぱいの料理が出て、食べながら今回の調査の話をするとワイバーンは憤慨していた。

「なんっじゃそれ! そんなんおかしいじゃんかよ! 何だよ『こっちが勝手に出てきた』見たいに言いやがって! そもそも呼んだのはそっちでしょうよ!」

 酒も入っているせいか、いつもより怒りがあらわになっていた。大きな声で文句を言っている。テーブルを強く叩く度に皿がテーブルの上を音を鳴らして踊っていた。

「おいよせワイブ! 料理がこぼれるだろ。これでも食って落ち着いてくれ。」

 怒るワイバーンをレオンは制止し、箸で大きめの唐揚げを一つ掴んでワイバーンの口に突っ込んだ。ワイバーンは顔を上に向け、唐揚げを口の中に落として運んだ。赤ん坊が泣き止んだかのように怒りは収まり、口の中に広がる旨みと溢れ出る肉汁を黙って味わった。

「しかし……まさか10年前の亡霊の名を聞くことになるとはニャア。」

 サバージはそう言いいながら鮭のムニエルを口に運んだ。

「確かに信じられん……10年前の条約締結で終わったと思っていたんだがな。」

 レオンは唐揚げを食べ、後から白米を掻き込んだ。

「『人獣両界和親条約』ねぇ……あんなんあってないようなモンでしょ。何『和親』って? 全然和親してないじゃん。そりゃそうだよ! こっちが歩み寄ろうとしても向こうが拒絶するんだもん。食文化を教えてくれたのは嬉しいけどじゃん! こっちが何か教えてあげようとしたら『人でも獣ないヤツらの文化は中途半端そうだから要らない』ってさ。あいつらも言っちゃえば猿の成り損ねなのに。お前らそんな偉くねぇからな!」

 ワイバーンは条約と人間に対して皮肉と不満を収まったはずの怒りに任せて口から出していると、ウエイターのガチョウが注文したラーメンを運んできた。ワイバーンはお礼を言うと早速麺をすすり始めた。むしゃくしゃしていると自然に腹が減るものだ。

「でも正直変だよな。確かに依頼は出てたのに報道されてねぇなんて。一度もなかったよな? そんな事。」

 シルベスターは油淋鶏ユーリンチーを口に入れた。サバージはジョッキのワインを飲み、置くと一息ついて話した。

「だから今回我々が睨んでいるのは、研究所の爆破、加えて獣国に依頼をしたはこの国にいる獣人ビーストと言う事だニャ。」

「だが一体何の理由があってこんな事をした? 仮にも獣人ビーストが起こしたと言うなら、何の目的があってこんな事を……。」

 そう言って3人が悩んでいると、ワイバーンがジョッキのジュースを飲み干して不思議なことを言い始めた。

「それってさ、獣国にいるって可能性はあったりする?」

 一瞬時が止まったように感じた。ワイバーンの一言に3人は啞然あぜんとした。

「それは……どういうことですかニャ?」

 全く考えもしなかった発想に理解が追いついていなかった。会話を繋げるために出せた言葉はそれだけだった。3人の反応にワイバーンも啞然とした。だが何とか理解されるように必死に頭をフル回転させて説明を考え、そのまま話を続けた。

「いや〜何と言うかその……そこの研究所は合成人間キメラノイドを作ってたんでしょ? しかも10年前に僕らが捕まえて禁止にしたヤツ。だから人間界にいる人間がやったとは考えられない。でももし、10年前の実験体の中で、脱走とか何かの拍子で誰かが獣国ここに迷い込んで住んだとしたら? そして誰かと協力して、今回そこにいる実験体を救い出して、僕らに伝えるためにこんな事をしたとしたら? 全てが繋がるんだ、少なくとも僕の中では!」

 ここから討論会が始まった。全員が彼と同じように徐々に辻褄つじつまが合おうとしているからだ。

「ちょっと待て! それでは10年前の合成人間キメラノイドが生きていて、この国のどこかにいると言うことになるぞ。」

「それに、研究所の場所は10年前と違う、そうなると場所も予知していたと言うことにもなるニャ。協力した『誰か』と言うのは一体……。」

「そこら辺に関しちゃ、悪いけど何も説明できないよ。けど10年前調査した時、ある1体の合成人間キメラノイドだけは行方不明だったのは覚えてるでしょ?」

「えぇと……ザケルガ?」

「マチルダだ。」

「あぁん、それだ。」

 レオンはシルベスターに呆れながらも造作なく答えたが、シルベスターは全力で絞り出した答えで、しかも綺麗に外していた。ケロッとしているところを見たサバージは彼が哺乳類の代表であることにとんでもなく不安を感じた。その時はいつも細目でいる彼の目をひんむかせるほどだった。

「だがそいつは行方不明で、死亡という扱いになっているだろう?」

「だからこそだよ。10年経っても遺体はおろか骨すら見つかってないのに死亡? 消えたのは合成人間キメラノイドだよ? ただの人間じゃない。しかも研究記録上じゃ完成個体だ。行方不明だからって、とても死んだとは考えられないよ。」

 全員が黙った。ワイバーンの言っている説明は十分に納得がいくものだったのだ。周りの席は賑やかに飲み食いしているのに、ここだけは音が消えていた。この沈黙を破ったのはシルベスターだった。

「そういやすんごい話変わるけど、誰か幻獣領域でフェンリルに近づいたやついる?」

 この不穏な1日が、彼ら4人の運命の歯車を回し始めた。






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