第23話 不幸の価値


俺はあの後、異様に機嫌がいい千花さんと、それに反比例するように機嫌の悪い社長と、いつものように寡黙な親父の四人で豪華な懐石料理を食べてその日はお開きになった。

帰りは親父に車で送ってもらっていた。


「親父」


「なんだ」


「さっきの喰われるなって」


「馬鹿なお前には言っても意味がないだろ」


親父の言葉に怒りを覚えたが、反論できる要素がないので黙るしかなかった。

そして、もうすぐで俺の家に着く直前だった。


「お嬢とのやり取り、すべてカシラは知ってるぞ」


「え!?」


「どんな時でも、最悪の事態は想定できる。いざという時のためにお嬢には位置情報が分かるようなアプリと、内緒で盗聴器がつけられている。プライベートは守るようにしているが、カシラの娘ってだけで狙われることは多いからな」


「そう、なのか」


あれ? 

でもそれって、俺社長に殺されるのでは?


「カシラはお嬢の好きにさせろと仰っていた。何かあることは、ないだろう。たぶん。きっと。……。大丈夫だ」


「今の発言になにも大丈夫な要素が無いんだけど!!」


「いいか。もう、お前は来るとこまで来てしまったんだ。後戻りできると思うなよ。だから、喰われるなよって言ったのに」


「もう、どうすれば」


「どうしようもなくなったら、首をくくれ。死ぬよりつらいことはないだろう」


それができれば苦労はしないよ。

俺は盛大にため息をついた。

だが、こんなやり取りでも、楽しいと。

あのことを忘れることができた。


「家に着いたぞ」


俺は車を出ておんぼろアパートを見上げる。


「そういえば、ちゃんと帰ってくるの久しぶりかも」


親父との訓練でほとんど山奥の道場で訓練していた。

道場が焼けて無くなった後も学校で倒れたりして、ビルに保護されて戻ってこれなかった。

車の窓を開けて親父が顔を出す。


「もう一度忠告するぞ。今回の件に首を突っ込むな」


「理由を聞いても?」


親父は少し悩む。

そして、俺の胸ぐらをつかんで俺を引き寄せる。


「組でも犯人を捜しているが、犯人の形跡どころか、目星もつかない。こういう時の犯人は快楽殺人犯の可能性が高い。そういうやつは計画的なのに人を殺すのに躊躇いがない」


親父の手から解放される。


「常識人が相手にするには荷が重い案件だ。それに、お前は弱い」


親父に言われていつの間にか俺は拳を握りしめていた。

今日一日でそれは痛感していた。

でも、俺は。


「千花さんを守れるほど強くなりたい」


「……。強さとは結果だ。為すべきことを完遂できたその結果こそが強さだ。完遂できずに後悔することこそ弱さだ。いいか。お前自身の結果に後悔を残すな。そうすれば、お前は強い」


「……。親父」


「酒が入ってるせいかいつも以上に口が軽くなった。さっさと寝ろ。明日から本格的に学校が始まるぞ」


「はい」


親父の乗った車は走り去ってしまった。

親父が言っていた後悔のない結果。

俺は千花さんを守る。

その為にできることをしなくては。

とりあえずは、ガチャによるスキルを手に入れることが手っ取り早い。

丁度、新春キャンペーンでポイントも貯まりやすくなってるし。


「とりあえず、荷物を置いて」


俺は自分の部屋の扉を開ける。

久しぶりの家は埃っぽく、また以前の腐ったようなにおいが残っていた。


「出鼻くじかれた気分だ」


帰りに芳香剤を買って帰ることを心に決めて歓楽街に向かった。

歓楽街は多くの人でごった返していた。

時刻は八時を少し回ったくらいだ。

駅の近くは帰宅のため足早に通り過ぎる人が多いが、少し離れた飲み屋街になると途端に酔っ払いが多くなった。

これだけ、不幸要素があれば。


「さて、行きます「おい、お前!」


その声に振り向くと酔っ払いのおじさんが拳を振り上げていた。


「え?」


「おらあ!!」


受け身もとる前に殴られるのだった。

俺はすぐに離れようとするが、おじさんは不意に頭を上げる。

そして、口の中から吐しゃ物をまき散らしながら頭を振り下ろした。


「くっさ!!」


それを頭からかかってしまう。

俺は一発目から心が折れそうになって帰ろうとする。


「危ない!!」


だが、俺に迫ってくる暴走したバイクを見て、少し後悔するのだった。


俺は気づくと太陽が昇り始め、朝早いせいか澄んだ空気だった。

ゴミ捨て場に転がされていなければ素晴らしい朝だっただろう。

すぐに回復魔法をかける。

傷は塞がったようだが、体中が痛い。

傷は治っても痛みは消えないようだ。


「君はいつも問題が起きているね」


その声に俺はゆっくりと目を開くとそこには朝倉 葵さんが心配そうに俺を見ていた。

昨日助けてもらったばかりなのに、こんなひどい姿を見せてしまった。


「穴があったら入りたい」


「穴の前に君はお風呂に入るべきだ」


葵さんは俺の肩を持って立ち上がらせる。


「汚れてしまいます」


「そんなこと気にするな。近くに知り合いの店がある。確かシャワーくらいはあったはずだから、そこに行こう」


俺は恥ずかしさや悔しさでいっぱいになりながら、小さな床屋さんに運び込まれるのだった。





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