第22話 不幸の重さ


・親しい人が亡くなる 90p


俺の不幸ポイントが加算された。

つまり、近藤さんは俺の不幸に、巻き込まれた?

今まで気にしたことはなかったが、不幸というのは誰かにも起こるのか?

だとしたら、俺は、今までどれくらいの人を、不幸に。


「電話で最後に近藤先輩と何を話していたのかを教えてもらってもいいですか?」


名倉が何か俺に話してくるが内容が入ってこなかった。


ふと、今まで俺を不幸にしてきた人の顔を思い出した。

最後に母の名を泣き叫んだ父。

なぜか俺をストーカーするほどに執着してくる、昔イジメを行ってきた牧野。

そして。


「あさくら、あかね」


あの子も、俺の不幸に巻き込まれたのだとしたら。

やはり。

俺は。


「死ぬべきだった」


「なにを、言っているんだい?」


名倉の顔が視界に入る。


(早く死になよ)


彼の瞳がそう言っているように見える。

あの時、死んで入れば。

横山の親友だってつらい目に合わなかった。

俺は疫病神だ。


「お、おれ。俺は」


「お、落ち着いて、まずは深呼吸を」


取調室の机の上に置かれたペン立ての中の赤ペンを手にする。

これ以上、誰かを不幸にするくらいなら。


「や、やめるんだ」


「弱いままなら、不幸なままなら」


死んだほうがましだ。

俺は首にペンを突き刺した。


「な、なんて、ことを」


名倉は瞳を大きく開きながら驚いている。

薄れていく意識の中、息をすべて吐き出した。


“天使の加護が発動しました”


「え?」


自分の首に触れる。

だが、そこには俺が経った今貫いた傷がなかった。


「どう、なって、る?」


「え?」


「どうなってるんだ。今、確かに君は首にペンを」


名倉さんが顔を青くしながら今の状況を見ていた。

そのおかげかわからないが逆に俺自身はどこか落ち着いて今の状況の異常さを確認していた。


「おい、名倉。そこに、どうなってるんだ?」


さらに状況が悪くなる。

名倉を呼びに来たと思われる警察官がこの惨状を目にしてしまったのだ。


「え、なに、え?」


誰もが動けない中、入ってきた警官を押しのけて大きなうろ衣服の男が俺の前に現れた。


「おや、じ」


「カシラがお呼びだ。行くぞ」


俺を黒服で首元を包んだ後に担いで親父が出ていこうとする。

それを、警官が止めようとした。


「ペンが暴発して汚れた。そういうことにしておけ」


「で、すが」


「そっちの方がお互いにいいだろ?」


親父の言葉に警官は引き下がる。

そして、警察署を出る。

出入り口には黒いリムジンが待っていた。

親父は何も言わずに車内に乗せる。


「親父」


「今は言わなくていい。カシラが待ってる」


その言葉で嫌な予感がしていた。

何を言われるのだろうか。

どんな不幸が待っているのだろうか。

でも、どうでもよかった。

俺は。


「着いたぞ」


そこは、いつものビルではなかった。

昔の日本風の大きな屋敷の前だった。

テレビでこんな料亭を見たことがある。


「行くぞ」


「はい」


親父の後ろについて門をくぐり、石畳を進み、屋敷の中に入る。

木製の廊下を静かに進んでいくと、一際大きな屏風の前に立たされた。


「入れ」


中に入ると、そこには豪華な料理とそれを囲うように社長と一緒に千花さんがいたのだった。

俺の姿を見て社長は一瞬眉をひそめ、千花さんは涙した。


「これは?」


隣にいる親父に視線を向ける。


「入学祝だ。本当はカシラとお嬢の二人でやる予定だったが、せっかくだからお前も呼ぼうとお嬢が言ってくださったのだ」


「そう、だったのか」


「どうしたのですか!? く、首元に、ち、血が」


千花さんが泣きそうな目で俺を見てくる。

近寄り、千花さんは俺の血を拭った。

そして、首に触れる。

それを見ていた社長は立ち上がる。


「こんな場所にそんな恰好で、だからそいつを呼ぶのは「パパ!!」


千花さんの一言で、社長の言葉が止まる。

そして、俺の瞳を見つめる。

まるで俺のすべてを見通すようなその瞳に吸い込まれそうだった。


「お願い、少しでいい。二人にして」


「そんな「ねえ、お願い」


千花さんは一瞬社長に顔を向ける。

どんな表情なのかわからない。

だが、千花さんの顔を見た黒服や社長はそそくさと部屋を出ていった。


「喰われるなよ」


意味の分からない言葉を残して、親父も出て行ってしまう。

どういうことだろうか?


「ねえ、尊さん」


やさしい言葉で千花さんが俺を撫でてくれる。


「はい」


「そんなに、怯えてどうしたのですか?」


「俺は」


否定しようとしたが、震える手を千花さんが握る。

全てお見通しなのだろう。

だが、少しでも早くここを離れたかった。

もし、千花さんに、社長や親父に不幸が降りかかったら。


「私は離れませんよ」


千花さんの言葉に俺は息をのむ。

そんなことをしたら、千花さんが。


「近藤警部みたいに「離れてあげません」


千花さんは両手で俺の腕をつかむ。

俺は振りほどこうとするが、思いのほか千花さんの力が強く離れない。


「私は離れません!」


「俺は」


「分かってます。尊さんがどんな方とも距離を置いているのも。何かあるから、だって。でも、離れてあげません」


「なんで、そこまで」


「あなたが好きだから」


彼女の言葉に一瞬息をし忘れた。

でも、すぐに俺が俺の中で俺を否定する。

そんなわけがない。


「どうして?」


自傷するような笑みで俺は千花さんに聞く。


「私はね」


千花さんは俺の耳元に顔を近づける。


「そこまでやさしくないの」


そして、顔を離す。

その表情はいつものかわいい顔とは同じ顔とは思えないほど妖艶だった。


「でも、好きだから、ヒントを上げる」


ちゅっ


何が起こったかわからなかった。

俺の唇に柔らかい感触が、温もりが襲ってきた。

情報量が多すぎて理解ができない。


「あなたがそんな死にそうな顔をするほどに、どんな辛いことが起きたかわからないし、話したくないなら聞かない」


「はい」


「でも、あなたが死ねない理由を上げる」


「はい」


「愛してる。だから、あなたの全てで守って」


「はい」


「私の覚悟が決まったら」


ああ、彼女におぼれていくのも悪くないかもしれない。

そう思えるほど、今の俺には彼女は暖かくて、気持ちがよくて、魅力的で、甘かった。


「私をあげるから」


「はい」

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