第21話 トラウマ

小学校の頃、学校内でイジメに気づいたのはまだ一年生の頃だった。

最初はノートや筆記用具が無くなるくらいだった。

物がなくなるのを不思議に思った俺は教師に言ったが、ただの物忘れだと勘違いされた。

教師たちが何もしないのをいいことに、次第にエスカレートしていった。

ゴミ箱に捨てられるようになり、ハサミなどでズタズタに切られたりするようになった。

そして、四年生になる時には直接的になっていた。

転ばされるなんて日常茶飯事だ。

そこから、殴る、蹴るの暴行も少なくは無かった。

その頃、クラスの中心的人物だったのが牧野まきの ひかりだった。

女子でありながら、男子とサッカーや野球をするのが好きで、イジメてくるメンバーとも仲が良かった。

でも、彼女は最初からイジメていたわけではない。

むしろ、俺が車に轢かれる少し前だった。

そんな彼女を俺は恐ろしく思っていた。

背は高く、高圧的で、いじめをしながらも悪魔のように笑っていた。

今の彼女のように。


「ねえ、お願いがあるの」


「やめて、く」


彼女が俺の耳をあまがみする。

恐怖のあまり吐き気がした。

視界がぼやけて、俺が涙を流しているのが分かった。


「あら、嬉しいの?」


そんな訳があるか。

だが、もう。

言葉すら出てこない。


「大丈夫、すぐにおわ「何をしてる?」


声の方を向くとそこには朝倉 葵さんだった。

どこか怒っているようにも感じる。


「あら? 恋人同士の逢瀬に口を挟まないで」


「そういう割には、彼は君におびえているようだが」


ストーカーの言葉に一切引かず、葵さんは彼女を睨んだ。

牧野は一瞬たじろぐも、俺から離れようとはしない。


「これは久しぶりに会えて、嬉し涙を流してるの」


「顔色を青くしてか? 君はずいぶんと好かれているのだな」


「嫉妬ですか?」


「そんな気持ちはないが、彼は私の生徒会の後輩だ。この後用事がある。そろそろ放してほしいのだが。そうだ、何なら警察でも呼ぼうか?」


警察を呼ぶという言葉に牧野は渋々手を離した。

そして、葵さんを睨む。


「また、変な女がいないときに、会いに来るね」


そう言って、牧野爪先立ちで顔を近づける。

俺は何かされると目を閉じた。

だが、右目に温かく柔らかい感触がするだけだった。


「またね」


そして、フードを深くかぶると走り去ってしまったのだった。

俺は緊張の糸がほどけて、その場に座り込んでしまう。


「だ、大丈夫? 大石 尊さんですよね」


「はい」


やさしそうな声で話しかけてくる。


「やっぱり。最後に会ってから随分と背も伸びたし、前は長い前髪で顔もよく見えなかったので。でも、聞き覚えのある声だったから、もしかしてと」


「ありがとうございます。助かりました」


助けてもらってうれしかった。

あの状況で俺一人では、牧野のいいようにされていただろう。

でも、俺は少しでも早くここを立ち去りたかった。


「警察に連絡を」


「大丈夫です。これから、用事で警察署に行くので」


「付き添う?」


「本当に大丈夫です。すみませんこれで」


俺は膝についた土埃を払うと逃げるように走り去った。

涙をぬぐいながら、走る。

親父に鍛えられて少しは強くなっていると思っていた。

ガチャのスキルで誰かを助けることだってできると思っていた。

でも、俺は昔の弱いままの俺だった。

牧野に言い寄られて、まるで蛇ににらまれたカエルのように動けなくなってしまった。

それが悔しかった。

それだけじゃない。

葵さんの前で泣いて、助けてもらって。

それが、茜さんに似ている葵さんだったから、情けなくって。

涙が止まらなくなってしまった。


「君、大丈夫かい?」


警察の制服を着た男性が心配そうに俺に話しかけてきた。

いつの間にかいつもの警察署に来ていたようだ。


「心配してもらって、ありがとうございます。大丈夫です」


「そうかい」


「それで、今日は近藤 あゆむ警部に呼ばれてきたのですが」


「? 近藤さんなら、きん、じゃなくて。今日は休みの筈だが」


今、謹慎中と言いかけなかったか?

確かに社長の所と揉めて、謹慎中とか名倉が言ってたような。


「ここで待つように言われまして」


「それなら、中の待ち合い室で待ってるといい。今、色々と事件が起きてて、慌ただしくなってるから」


「分かりました」


そんなに事件が起きているのだろうか?

ニュースとかでも東京の政治家の汚職とか、離婚話とかばかりでそんなに事件らしい事件があるようには思えなかった。

そして、待ち合い室で待ち続けるが、一時間が経っても来る事はなかった。


「かけ直してみるか」


Prrrr prrr prrr


電話は通じるが、取ってもらえない。

仕方なく電話を切ろうとした時だった。


『もしもし』


電話に出てくれた。

だが、その声は近藤さんの声ではなかった。

それに聞き覚えがあるような。


「もしもし、大石です」


『先程ぶりです、名倉です』


そうだ、名倉の声だ。

なんで、名倉が近藤さんのスマホに?

それに、声が沈んでいるような。


『今どこに?』


「警察署です」


『なら、そのまま待っていただいてもいいですか?』


「はい」


十分もすると名倉が待ち合い室に入ってきた。

走って来たのか呼吸が乱れていた。


「来てください」


名倉に言われるがままついて行く。

すると、そこは取り調べ室だった。


「なぜ、俺はここに?」


「詳しくは話せませんが、心して聞いてください」


名倉は大きく息を吸い込む。


「近藤さんが襲われた女性を庇い、亡くなりました」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る