第13話 魔法の指輪


社長の言う通り入院費や手術費は全て払ってくれたようだ。

特に持ち込み物もなかったので、俺は着の身着のまま病院を出ようとした時だった。


「待ってください!」


振り向くとそこには千花さんがいるのだった。

何だろうか?


「なんで何も言わないで出てってしまうのですか?」


「え? 昨日、また会おうって、別れましたし」


「でも、連絡先の交換もしないで退院しちゃうって、もしかして私といるのが嫌だったんじゃないですか?」


あ、そうか。

この後、学校で会うことを話してない。

それに、スマホを持ってないし、友達もいなかったから連絡先の交換という事を忘れていた。


「ごめん、忘れてた」


「じゃ、じゃあ、ルインIDと番号の交換を」


「えっと、ごめん。スマホが無くて」


千花さんは泣きそうな顔になる。


「それって、交換したくない言い訳ですか?」


「そんなわけでは」


「大和 尊!」


社長が拳を上げながら玄関から走ってくる。


・千藤 頂に千花を泣かせたのを見られる。 45p


そうだよな!

俺は社長の拳をノーガードで受けるのだった。

だが、吹き飛ばされずに踏みとどまる。


「死ね!!」


「パパ、やめて!!」


千花さんの言葉で社長の拳が追撃を止める。


「私が悪いの。連絡先を教えてもらえるほど仲が良くなれなかっただけだから」


「なんで教えない、尊!!」


「だから、お金が無くてスマホの契約ができないんです! 教えて上げたくても教えれないんですよ!!」


「「……」」


千花さんと社長はお互いを無言で見合って、その後笑顔で近づいてきた。


「ごめんなさい。早とちりで」


「すまない。でも、殴ったことに後悔してない」


「社長、謝るならちゃんと謝ってくださいよ」


俺はため息をついた。

そんな時に隣に親父が現れる。


「プレゼントだ」


そこにはケースに入ったスマホだった。

しかも、アイロンの最新機種。


「親父、なんで?」


「これから働くのにないと困るだろ?」


「ありがとう。俺、初めてプレゼント貰ったよ」


「大事にしろ」


「はい」


俺は早速千花さんと連絡先を交換しようとした時だった。

千花さんは頬を膨らませて俺達を見ていた。


「私が初めて、プレゼントを上げたかった」


「え?」


また、社長が拳を上げる。

でも。


「お、親父。プレゼント、ダメだったらしいぞ」


「な!!」


社長の視線が親父に向かう。

親父も驚いているが、すぐに落ち着きを見せる。


「それはプレゼントではありません。仕事用の支給品です。だから、尊、勘違いするな!」


親父の言葉に千花の表情が戻る。


「プレゼントじゃない。なら、私が一番になれるね」


「「はい」」


俺達の言葉に千花さんは嬉しそうに笑顔に戻る。

そして、社長の拳はゆっくりと下ろされるのだった。

俺達親子は胸をおろすのだった。


「じゃあ、プレゼント考えないと」


「いえ、特に何でもない日ですし」


「そんなことないよ。退院祝い、でね」


「なるほど」


でも、特に欲しいものは。


「尊くんは髪が長いからこれあげる」


俺は床屋代がもったいないので一年程度伸ばしてからカットしに行っているのだ。

今は肩にかかるぐらい伸びている。


「ちょっとしゃがんで」


ポケットの中から赤色の髪留めのピン日本ととレースの付いた白いリボンを取り出した。

ピンで俺の前髪をまとめ、リボンで俺の髪を結ってくれた。

これでは当分髪を切ることはできないな。


「やっぱり、スゴイ美人だね」


「はは、お世辞でもうれしいですよ」


「本当なのに」


とりあえず、これで何とか。


「明日わたし退院です」


ならないようだ。

でも、明日まで時間が。


「明日退院に来てもらうのは悪いから、今あるもので何かちょうだい」


無かった。

でも、本当に何もない。

今あると言ったら入院中に来ていた下着と今貰ったスマホくらいだ。

俺は助けを求めて親父を見るが、親父はそっと視線を逸らしたのだった。


「くれ、ないの?」


千花さんの表情に社長の顔が険しくなっていく。

そういえば!!


「これで、どうかな?」


俺が取り出したのは魔法使いの指輪だった。

綺麗だし、女の子はこういったもの好きだろう。


「これ、もらっていいの?」


「はい! 千花さんに喜んでもらえると思って」


と、とりあえず、貰ってもらえるようになんとなく話を合わせて。


「え? 前から用意してくれてたって事?」


「はい、ちょっとした伝手で手に入れまして、是非千花さんに」


「そう、なんだ」


嬉しそうに千花さんは手の甲を俺に指しだす。

なんだ?

普通は手のひらでは?


「つけて、薬指にだよ」


「え?」


どういうこと?


「おっきな、宝石の付いた指輪だよ。給料三ヶ月分以上の物じゃない? でしょ、パパ」


「そう、だな。こいつの、給料だったら、そうかもな」


社長が額に青筋立ててる!

賢者の杖にしておけばよかった!!

どうすればいい!?


「まだ~」


「ど、どうすれば!!」


俺の脳細胞がフル回転する。


・ケース1 指輪じゃないプレゼントに変える。

 結果 賢者の杖を渡し、千花さんを怒らせる。社長に殺される。


・ケース2 指輪を薬指以外の指にはめる。

 結果 千花さんはちょっと不服。社長はうちの娘のどこがダメなのだと殺される。


・ケース3 指輪を薬指にはめる。

 結果 問答無用で殺される。


どちらにせよ殺されるな。

でも、どうせ殺されるなら、彼女の要望通りにしよう。

俺にたくさんの初めてをくれたんだから。


「はい、千花さん」


俺は薬指に指輪をはめるのだった。


「尊!! 貴様ああああああああああ!!!」


ああ短い人生だった。

死因は殴ることによる撲殺死か。

早めに逝けるように願おう。


「パパ!!」


だが、千花さんの声に社長が視線を向ける。


「冗談だよ」


「「「え?」」」


全員が気の抜けた声で返事する。


「私の冗談に尊くんが乗ってくれただけ、でしょ」


俺は首が千切れんばかりに縦に振る。

そして、千花さんは指輪を外した。


「ありがとう。プレゼント貰っておくね」


「はい」


「ほら、パパも帰って、病院の邪魔になるでしょ」


その千花さんの言葉に社長や黒服さんたちが帰っていく。

そして、何千年にも思える時間が動き出したかのように思えた。

だが、千花さんは指輪を握りしめながら俺の耳元でささやく。


「パパより強くなったら、もう一回薬指にお願いね」


「へ?」


それは冗談ですよね?

そう聞こうかと思ったが、答えが怖くて聞けなかったのだった。

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