第12話 スキルアップ

親父との訓練が始まって二週間が経った。

俺はその間、病院と訓練場所である道場を行き来していた。

朝早く病院を出て道場で訓練。

主に合気道や空手を中心とした総合格闘を学ばされた。

知力が高くなっているおかげで、言葉足らずな教えでもその動きを理解することはできた。

瞬発力もあるので型自体は真似ることもできている。

でも、体力面でミジンコ並みしかなくお昼過ぎには倒れてしまうのだった。


「が、ガチャがあれば」


体力Upをとか引き当てて今の現状を打破できるかもしれない。

でも、病院から道場までは親父が運んでしまうし、訓練中は大けがをしないように親父が細心の注意を払ってくれている(訓練内容は容赦ないが)。

病院内も近くの千花さんの病室に行くぐらいで、疲れてしまってほとんど動かない。

ご飯も筋力が付きやすいのを親父が用意してくれるので、看護師さんの出し忘れもない。

つまり、不幸が全然起きないのだ。


「こ、こんな時に、限って」


でも、不幸が起きるよりも親父との毎日の方が辛かった。

これは不幸に含まれないのだろうか?


“訓練はあなたが望んだことです。不幸に入りません”


だそうです。

とりあえず今一番つらいことをどうにかしてもらいたい。

黙々と隣でご飯を食べる親父に視線を向ける。


「親父」


「なんだ?」


「お願いがある」


「訓練は変えないぞ」


そこじゃないんだ。

訓練は自分の身体が鍛えられてるのを感じれて嬉しい。

でも。


「この食事の量はどうにかなりませんか?」


高く積まれた肉に野菜。

それと同じくらい高く積まれたご飯。

しかも、ノルマのご飯は目の前にあるだけでなく小櫃にもある。

とても食える量じゃない。


「食え。食は体の基本だ」


この一週間の筋肉もつき、成長期もあってか背もかなり伸びた。

でも、背が百九十センチ以上ある親父より頭一つ分は小さい。


「俺の身体の許容を超えてる」


「やればできる」


「それで、毎回吐きそうになる」


「吐かないだろ? お前のギリギリは把握してる」


もうやだ。

今日も説得は無理だ。

冷たくなって美味しくなくなると口に入れるのも大変になるので、急いで山を崩しに入るのだった。


「大丈夫ですか?」


「なん、とか」


昼食が終わり、病院に戻ってくると今度は千花さんと遊ぶことになっているのだが、最近は特に中学の復習や高校の予習を行っていた。

俺は吐きそうになるのを堪えて千花さんのノートを見る。


「そこ、過去の話をしてるか Would じゃなくて Used to じゃないと。ちょっとしたミスが多いから気を付けよう」


「はい」


今は中学英語の復習をしているのだ。

千花さんは数学や理科などは得意のようだが、英語は苦手のようだ。

俺とかは逆に覚えて型に当てはめるだけの英語や社会、国語の方が得意な方だと思う。

俺は自分の苦手科目である数学の予習を始める。


「それ、難しそう。高校でこんな勉強しなくちゃいけないのですね」


「まあ、そうだね」


この内容は三年になってからだという事は黙っておこう。

ちょっとした話題でも話がそれて勉強から離れてしまうからだ。

最初の数日で何度も話がそれて、勉強にならなかった。


「もう! もう少しかまってくれてもいいと思うのですよ」


「そういうわけにはいかないでしょ、っと。もうこんな時間か」


社長の言いつけにより夕方の四時以降の面会は禁止されているので俺は自分の病室に戻る。


「今日で最後だったのに」


つまらなそうに千花さんはそう呟いた。

彼女の言う通り、こんなに長く一緒にいれるのは病院では最後だ。

俺は明日の朝一で退院だからだ。

彼女は最終検査の結果が明日の夕方に出るので明後日退院になる。


「また、会えますよ」


「絶対ですよ」


「はい」


だって、同じ学校だし。

警護も含まれているので、自然と一緒にいる時間も多くなるだろう。

ただ、その事を千花さんにはまだ言っていない。

社長から言うなと厳命されているからだ。

あくまで自然に、偶然を装ってとの事だった。


自分の病室に戻ろうとした時だった。

ふと、見覚えのある誰かが見えた。


「葵さん?」


葵さんはエレベーターで上がっていく。

そして、エレベーターは六階で止まったのだった。

俺は階段を駆け上がっていく。


「おっと」


階段を駆け上る最中に降りてくる女性にぶつかりそうになったのだ。

俺はなんとかよけたが、そのせいで女性はバランスを崩す。

俺は手を伸ばし彼女を抱きしめると彼女を庇うように階段を落ちるのだった。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。尊さんは?」


軽く体を動かしてみる。

落ちてすぐは痛みがあったが、今は特に問題なさそうだ。


「こちらも問題無いです。すみません、急いでて」


「いえ、こちらも不注意でした。すみません」


お互い謝って、俺は駆け上る。

あれ? 俺名前教えたっけ?

後ろを振り向くとそこにはもう誰もいなかった。

その後、急いで六階に着くが葵さんは見当たらなかった。

もう、病室に入ったのだろう。


「茜さんの捜索を手伝う話、どうしよう?」


俺はスマホはおろか携帯すら持ってない。

最近は公衆電話もどこにもない。

この病院には公衆電話が一台あるが故障していて使えず、今まで連絡が取れなかったのだ。


「仕方ない。明日、退院してから電話してみるか」


俺は一人、自分の病室に戻るのだった。

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