第11話 家族

「では、パパとあなたは知り合いだったのですね」


千花さんはそう言ってほほ笑んだ。

社長は娘がいるのを思い出したのか俺にとびかかるのを止める。

さすがに血は見せられないとの判断だろう。

だが、ここをでたら殺される。

それも惨たらしく。

そんな死に方は嫌だ。


「はい、仕事の関係で知り合いまして」


なんとか、ここは話を長引かせよう。

その間に活路を。

隣に座った社長を見ると笑っているが、一瞬目が合うとその目は人を殺せてしまうそうなほど鋭くなる。

い、胃が痛い。


「それで、なんで、あんなことに?」


「それは」


社長に先ほどの事を聞き出そうとする。

次の瞬間黒服たちは後ろを向いた。

俺も黒服たちと同じように後ろを向く。


「これを見てください」


「な!? どうして?」


なるほど。

千花さんは今頃、スカートを上げて太腿を見せているに違いない。

黒服さんたちの危機察知能力は高いようだ。


「そこの魔法使いさんが身体中の手術痕を直してくださいました」


「ほう、そうか。大石!」


「は、はい! 殺すなら苦しまないようにお願いします!!」


俺はせめて安らかに逝けるように社長にお願いする。


「え? どうして、死んじゃうの?」


「おい、大石。冗談、だよな?」


「はい! 冗談であります!!」


俺は腹の底から大声で否定する。

そう言うと、千花さんは「よかった」と呟くのだった。


「千花、身体に障るだろうから、俺達はこれで失礼するよ」


「はい、パパ。魔法使いさんも、また遊んでくださいますか?」


俺はどのように答えればいいのか分からないので社長に視線を向ける。

そうすると、小さく頷いた。


「もちろんであります、お嬢さま」


「先ほどみたいに砕けて話していただいても構いませんよ」


俺は社長を見る。

横に首を振る。


「お気持ちだけ頂きます」


「パパ!」


千花は社長を見て頬を膨らました。

溜息と一緒に俺を睨むと「千花の思うようにしろ」とお達しがでる。


「ち、千花さん。よろしく、お願いします」


「はい、初めてのお友達です!!」


後ろを向いたままの俺は彼女の表情は見えないが、嬉しそうな声を聴いて、その内容にちょっと嬉しくなった。


「俺も初めての友達です」


「そうなのですか?」


「嫌われやすい人間なの「そんなことないです!!」


え?

大体のやつが俺を嫌うかイジメる、関心を持たない人間ばかりだった。

同級生も、家族も、自分自身も俺が嫌いだった。

どうせこいつも。


「何も知らないくせに」


無意識に口から出てしまっていた。

俺は無意識に千花を見ると、頬を膨らませていた。

やってしまったと後悔が襲ってくる。


「私は嫌いじゃないですよ。足を痛めてしまった私をここまで運んでくれて、一生残ると言われた手術の痕も治してくれました。心なしかいつもより体調がいいです。そんなやさしい魔法使いさんを嫌いになれるわけありません」


「千花さん」


「それに魔法使いさんの初めてを二つ貰っちゃいましたね」


「え?」


「初めてのお友達に、初めてあなたを好きになった人です」


俺はいつのまにか泣いていた。

ああ、これが俺の運命の出会いなのかもしれない。


「一生付いていきます、お嬢!!」


「その呼び方は止めてください!」


「はい、千花様!」


「だから、もう!!」


「おい」


低い声に振り向くと社長が眉間にしわを寄せていた。

黒服たちはもう病室の外に出ていた。

俺も出ろという事だろう。


「それでは、千花さん。また近いうちに」


「はい」


俺は病室に出る。

そして、社長が歩くのに合わせて黒服がついていくので俺もそれを最後尾からついていく。


「おい、大山」


歩みを止めないまま社長が俺に話しかける。


「はい」


「勘違いすんなよ」


千花さんの隙の発言に対してだろう。

それぐらい分かっている。

彼女の言う好きは友達に対しての好きだというのは。


「はい」


でも、それでも誰かからもらった初めての好きはとても心地よいものだった。


「それと、傷の件は千花を泣かせるような結果にはならねえよな」


「はい」


確証はないが、たぶん大丈夫だろう。


「もし、千花に何かあった時はその力を使ってくれるか?」


「はい」


もちろんだ。

彼女は俺の友達なのだから。


「なら、この件はこれ以上は聞かない。ありがとう」


「はい」


病院の外には黒い外車が待っていた。

それを社長が乗り込むのを見ると頭を下げる。

車の窓が開いた。


「大石、何か欲しいものはあるか?」


「それは」


「今回のお礼だ。貸は作りたくない」


欲をいえばいくらでもある。

だが、すぐに欲しいものは無いが。

千花さんと高校を通うのであれば。


「お嬢を守れる力が欲しいです」


「分かった。だが、それでは褒美にならん」


それ以外にとなるとすぐには、


「あ」


「なんだ?」


「苗字をもらってもいいですか?」


その言葉に窓から社長の手が伸びてくる。

そして、胸元を掴んでくる。


「どういう意味だ?」


「お、大石の、苗字を、捨てたいだけです。他意は、ありません」


「そう言う事か、なら。おい、大和やまと


「はい」


俺を掴んでいる手を社長が離し、隣に声をかける。

そして、車から出てきたのは俺を最初に迎えに来た左目に傷を負った大男だった。

そういえば、俺の手術待ちをしてくれた人もこの人だったような。


「お前をこいつの教育係にする。それとお前はこれから大和やまと たけるだ。いいな」


「「はい」」


社長を乗せた車が出て行く。

俺は頭を下げてそれを見送るのだった。

大和さんと一緒に。


「えっと」


「俺は兄貴でも先輩でも何とでも呼べ。下の名前以外でだ」


「ちなみに下の名前は?」


「……」


無言で睨んでくる。

聞いちゃダメという事ですね。

兄貴という年齢ではないだろうし、先輩?

でも、同じ苗字になるし、どこか厳ついところが昔の家庭のお父さんって感じがする。


「よろしくお願いします! 親父!」


「……。まあ、いいだろう」


そして、俺は親父に抱きかかえられる。


「さっそく今から始めるぞ」


「え? なにを?」


「訓練だ」


俺を抱きかかえたまま、病院から拉致されるのだった。

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