第10話 回復魔法

入院生活が始まって三日が経った。

不幸中の幸いに俺のお漏らし疑惑は発見した看護師さんの心の中にとどめておいてくれたらしい。

ありがとうございます。

そんな、入院生活は想像以上に暇だった。

やることなど何もないので、結局は中学の様に本の虫になっていた。

だが、二週間後には俺は自分の意思とは別に高校に行くことになっている。

タダで通えるのはありがたい。

そういうわけで、高校の勉強をしているのだった。


「あ、そうか。ここに代入すれば」


俺の頭はそこまでよくない。

成績だけで見れば平均よりかなり上ではある。

だが、やることが無く四六時中勉強ばかりしていてそれだったのだ。

所詮その程度が俺の限界だと思っていた。

だが、今高校三年の数学を勉強しているが、勉強したことがスラスラと頭の中に入っていくのだ。

しかも、何度も頭をひねって理解した内容も、一読みしただけで応用まで理解できた。

知力Up のスキルはちゃんと発動しているのだと初めて実感できたのだ。


「そういえば、今知力Upってピックアップしてるんだよな」


今後の為にも引いておいた方がいいのでは?

ガチャポイントを確認すると80pだった。

ずっと、病室にこもっていたので、起きる不幸も少なかったようだ。

何もないのが一番だが、ずっとこのままというのもよろしくない。

看護師さんにももっと身体を動かせって言われたし。

俺はさっそく病室を出ようとしと靴を履く。


「イタッ!」


靴の中になぜかガラスが……


「いや、大丈夫。行こう」


病室の扉を開いて出る。


キャッ!!


看護師さんが押していたカートにぶつかる。

カートに乗っていた籠が宙を舞う。

袋に入っていた注射器が出てしまう。

俺の腕、太腿、額に注射針が刺さったのだった。


・注射針が刺さる 20p×3


早速60pの好スタートだった。


「い、いやああ!」


「お願いです。叫ぶより先に、注射を抜いて、ください」


「す、すみません!」


看護師さんの方があまりにも取り乱すので逆に冷静でいられた。

すぐに抜いてもらうはずが、看護師が手を滑らせて更に二回刺されたのだった。


「そのうち俺はスポンジにでもなるのかもしれない」


病室を一歩出ただけでこの仕打ちだ。

もう、どこにもいかない方がいいのかもしれない。

それでも、知力Upは欲しい。


「もう少し頑張ろう」


そう、思ったことを数分後には後悔していた。

車椅子に足をひかれる。

不機嫌なおっさんに殴られる。

体調の悪そうな女性に嘔吐物をかけられる。

病院を走り回っている子供にぶつかる。

その親に殴られる。


「なんだろう。理不尽が多すぎないか?」


俺は自分に回復魔法をかける。

思いがけないところで役に立った。

だが、病院はいつから世紀末になったのだろうか?

注射や車椅子は百歩譲ってあるとして、二回も殴られるって何なの!?

そのうち病院内でバイクでも走り出すのではないだろうか。

俺は泣きそうになりながら、病室に戻ろうとした時だった。

松葉杖を突いて歩く制服を着た女の子がいた。


「あ」


長い黒髪に白い肌、可愛らしい顔を見て思い出した。

彼女は。


「きゃっ」


松葉杖を滑らせて倒れそうになる。

俺は走ってそれを受け止めるのだった。


「大丈夫ですか?」


「はい、ありがとうございます」


本当は人とかかわりを持つのは嫌だが、彼女は別だ。


「よければ、病室までご一緒してもよろしいですか?」


「え? はい」


彼女の承諾を得られたので、俺は彼女を抱きかかえて持ち上げる。


「な、なにを」


「たぶんですが、足を痛めてますよね」


俺がそう言うと彼女は俯いてしまった。

リハビリをしてるって話だったし、頑張りすぎてしまったのだろう。


「病室教えてもらってもいいですか?」


「はい」


彼女の病室は思ったよりも俺の病室の近くにあった。

幸いなことに、彼女がいる間に不幸な出来事は起きずに病室に着く。

病室前に書かれている名前を見る。


「やはりか」


彼女の名前は千藤せんどう 千花ちかさん。

社長の娘さんだった。

俺は病室のベッドに寝かせる。

その時だった。

足首を動かしたときに表情をゆがめた。


「どうしよう。学校に行けなくなっちゃう」


そうだね。

社長の娘の溺愛ぶりはなんとなく察していた。

足を怪我しようものなら、学校に行くのを禁止されてしまう。

そうなると、俺のバイトも無くなる可能性がある。


「特別ですよ」


「え?」


俺は彼女の足を見る。

スカートから見える太腿に大きな縫合の後があり、靴下を脱いでもらうと足首赤く腫れていたのだ。

患部に回復魔法をかける。

淡い光に包まれた足の腫れは引いていく。

そして、何もなかったかのように綺麗な足に戻ったのだった。


「え? なんで? どうやって?」


「もう、大丈夫」


「あり、がとう。ありがとう」


涙を流しながら千花さんはお礼を言ってくる。

そんなに捻挫を直したのが嬉しかったのだろうか?


「手術の傷が」


「え?」


太腿の縫合の傷も無くなっていたのだ。

直し過ぎた!


「わたし、昔、階段から落ちて、骨折して、この傷、もう、消せないって」


「そ、そうか。良かったね」


「ありがとう」


そう言って俺に千花さんが抱き着いてくる。

病室の扉が開く。

社長が入ってくる。


・千藤 頂に娘との関係を勘違いされる 70p


「ち、違うんです」


「玉っとたる!」


「いやああああああああああ!!」


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