第8話 悪魔の笑顔

「まさか、こんな形で会うとはな」


病院の一室で俺 大石おおいし たけるを見下ろす警察がいた。


「すみません。近藤警部」


俺は一歩も動けずにベッドの上で横になっていた。

近藤警部はため息をついて俺を睨む。


「まさか、君があんな奴らとつるんでいるとは」


近藤警部はヤクザを毛嫌いする人のようだ。

俺が先ほどまで一緒にいた黒服を見て急に機嫌が悪くなったのだ。


「それには原因が」


「先ほど、あいつらから話を聞いた。ある程度は分かっているが、それでも少し迂闊すぎるのではないかい? それでもなく、君は人よりも面倒ごとに巻き込まれやすい」


「はい」


「こちらで話はつけておきます。もう関わらないように」


そう言って近藤警部は出て行った。

さて、俺がこんな状態になっているのを説明するには少し時間をさかのぼる必要がある。

俺が父さんとの再会が終わってヤクザの事務所からアパートに帰ってきてすぐに悲劇は起こった。

俺の部屋から異臭がしてきたのだ。

それもそのはず、一回目の拉致にあってから一度も家に帰ってきてなかったのだ。

黒服たちに踏まれた黄金プリンが黒く変色して異臭を放っていたのだ。


「片付けよう」


父さんとの一件から俺の気持ちは複雑だった。

元々大して期待などしていなかった。

本当は今でも俺のことなど大嫌いで、さっさと死んでくれと言われるものだと思っていた。

だからこそ、サラリーマン風のヤクザとの賭けでは負けて臓器の一つでも取られていると思っていた。

それでも、俺の中で淡い期待を。

もしかしたら、俺に家族はいる。


「断ち切りたかった。なんでだよ」


俺を見て父さんは母さんを思い出していた。

写真も、何も知らない母さんの面影を父さんは俺に見ていたのだ。

その事実を知って、落胆した自分がいた。

断ち切ることもできず、でも夢も何もなかった。


「ははは、俺はバカだよな」


自然と涙が溢れ出てきた。

この世界はどこまでも俺に残酷なのだと。

部屋に染み付いた悪臭や気分が落ち込んでいるせいかお腹が痛くなってきた。


「はは、もうどうにでもなっちまえ」


うずくまって、座っていることもできなくなって、呼吸をするのもつらくなった頃だった。


「大石 尊さん、約束のって、おい、大丈夫かい」


どうやら、黒服は約束していた黄金プリンを買ってきたようだ。

倒れた俺を見た黒服の一人が救急車を呼んで、俺はこの病院に運ばれるのだった。

状態はかなり悪かったらしく、すぐに手術を行うことになった。

そんな俺を一人にしておくのはまずいと思ったらしく黒服の一人が残って、俺の手術が終わるのを待ってくれていたらしい。

そして、俺の身元保証人である施設の人と近藤警部が来て黒服は帰ったが、俺と一緒にいるのを近藤警部に見られた、というのが事の顛末だった。


さて、そんな俺には困ったことがある。


「入院費用どうしよう」


今月のアパートの家賃があるので、この前ガチャで当たったお金は手を付けたくない。

でも、手術までしてさらに経過観察が必要なので一週間は入院しなくてはいけない。

いくらかかるのだろうか?


「使いたくないが、使うしかない」


俺はギャの画面を呼び出す。

このガチャって何が出るか分からない。

物もスキルもジャンルすらバラバラだ。

あんまり期待はできないだろう


「もう少し、融通を聞かせてくれればいいのに」


“ガチャに融通を聞かせてほしいと願う、そんなあなたに朗報! ピックアップガチャ開催! 最高レアリティのスキルやアイテムが魔法系をピックアップ! 引くなら今だ!”


と、透明な板が突然現れる。

……魔法、か。

火や水が出せたりする魔法だったら、ちょっとしたマジックとかで稼げる可能性が。

いや、でも今は現物支給。

お金そのものがないと困るのだ。


「もっと、別のタイミングで来てほしかったよ」


でも、引かなければお金が来る可能性はゼロだ。

とりあえず、ポイントを確認する。


584p


ん?

目をこすっても、二度見してもポイントの数字に変わりがなかった。

なんで、こんなに貯まってるんだ。

今までの事を思い出して見る。

父さんの借金でヤクザに拉致されるところからスタートし、病気で倒れる。


「うん、なんかこれぐらい貯まっててもおかしくないような気がしてきた」


とりあえず、引いてみた。

ポイント投入! 

ボックスは虹三個、金一個、他は普通の箱だった。

そして、全て消えてしまった。

十一連なのに全部スキルのようだ。

だ、大丈夫だ。

まだ、四回も残っている!

……

…………

手元に残ったのは箱は三つだけだった。

虹の箱「賢者の杖」

金の箱「魔法使いの指輪」

普通の箱「ピストル」


「最後のどう転んでもハズレじゃね?」


ピストルなんて持ってたら即逮捕だよ!

近藤警部に手錠かけられてお終いだよ!


「お金が欲しかった」


「おや、そうなのかい?」


俺は顔を上げると見覚えのある顔だった。


「サラリーマン風のヤクザさん」


「それ言い難くない?」


そう言いながらやさしそうな笑顔を俺に向けてくるが、今の俺には悪魔のほほえみのように見えた。

金に困っている人間なんて、ヤクザからしたらいい鴨だろう。

何の理由があってここに来たんだ。


「そう警戒しなくても大丈夫だよ。元々ここには別の理由で来たら、君が運び込まれたなんて聞いたから少し見に来ただけだよ」


「そうですか」


「でも、お金に困ってるんじゃない?」


「え?」


やっぱりか。

お金を無理やり貸して、知らないうちに利子が莫大に増えていき、殺さないギリギリで金を奪っていく気だな!

なんて悪党だ!


「私のお願いを聞いてくれたらタダでお金を出してあげよう」


「肺ですか? 腎臓? それとも血?」


「悪いけど今のご時世、日本のヤクザは臓器売買なんてしないよ。そうじゃなくて、君には今年の四月から学校に行って欲しいんだ」


「薬を回せと」


「そうじゃない。いったん黙って私の話を聞いてくれるかい?」


そう言いながら、内ポケットにヤクザさんは手を入れる。

その瞬間、ピストルの文字が俺の頭の中によぎる。


「すみません!」


「いや、そこまで怖がらなくてもいいよ」


ピストルを出してきたのかと思っていたが、ヤクザさんの手にあったのは一枚の写真だった。

そこには可愛らしい女性が。


「私の娘だ」


「え? ぜ、あ、そうなのですね」


一瞬、全然似てないですね、と口にしそうになったが、寸前でのみ込むことができた。

色々事情があるのかもしれない。


「死んだ妻に似て綺麗だろ?」


「は、はい」


ただ、ヤクザさんに似てないだけのようだ。


「数ヶ月前に心臓の手術を終え、今リハビリしてるんだ。それで、四月からこの子の強い要望で学校に通うことになったのだが、心臓の病気が見つかった小学校二年生から学校に行けていなかった。もしかしたら、同年代の子たちと話が合わないかもしれない。イジメられる可能性だってある。そこで、彼女の護衛をお願いしたいんだ」


「え、俺にですか?」


「そうだよ。いじめられっ子の大石 尊くん」


もう、ある程度の俺の情報は手に入れているのか。

でも、それ以外の情報も入っているなら、普通は選ばないはず。


「かなり運が悪いですよ、俺は」


「そのようだね。でも、今こうして生きている。さっきだって一歩間違ってれば死んでたらしいよ。それでも生きているなら、それは君が逆に運がいいのではないかい?」


「ですが」


「それに、私は自分が決めたことは誰が何と言おうと実行する。そういう意味では」


ああ、この人は確かに悪魔だ。

そう思うほどに怖い笑顔を俺に向ける。


「君は運が悪いのかもね」


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