2ー3

 

 

 

 

 



学校が終わると、一弥と悠香は別々に行動を開始した。

 悠香は結月の居る七稜郭礼園へ。

 一弥は瞳子の仕事場へ向かっていた。

 AMDCでビルのある区画に移動すると、表の道から少し外れて建物の間をすり抜け、裏道へと入る。

 そうして道を暫く歩いていくと、5階建のビルに辿り着いた。

 この5階建のビルこそ、近辺の土地を瞳子自身が買い上げ、自分で図面を引き、設計した彼女の自宅兼工房である。

 瞳子は大学に席を置いているものの、基本そちらに居る

 一弥はビルの正面玄関から中へ入るとエレベーターに乗り込んだ。

 彼女の執務室がある三階へと上がると、エレベーターを降りて直ぐ正面にある扉を数回ノックする。

 しかし、返事はない。ビルの駐車スペースには瞳子のモノと覚しき車が止められていたので外出はしていない。

 もともと、出不精で引きこもりである瞳子がビルから出ているなどと、一弥は考えていない。

 単純に居留守を使っているだけだと判断し、扉が開くことを確認すると、許可を得ず部屋の中へと足を踏み入れた。

 すると、

 

 

「おっ、と…」

 

 

 扉を潜るのとほぼ同時。

 一弥の顔面めがけてボールペンが飛来してきた。

 筆先はそのまま、彼の顔面に刺さるかと思われた。

 しかし、

 

「ご挨拶ですね。俺じゃなきゃ怪我してますよ?」

 

 ボールペンは一弥の顔面手前で急停止し、パラパラと細かい砂となって地面へ落ちた。

 足元に広がる灰を指差して一弥はそれをやった人物に非難めいた口調で言う。

 その光景を部屋の奥、窓側に置かれた執務机に座り、投擲姿勢をしていた女性は不機嫌を隠さず鼻を鳴らす。

 

「ふん!また"広がった"か…余り良い兆候ではないぞ?」

 

「制御出来てますから問題ありません」

 

「今のは完全に無意識だっただろう」

 

「突発的な害意は基本自動オートで発動するようにしてるだけです」

 

 瞳子の言葉に返答しながら、一弥は彼女の居る机の前に立った。

 

「用件は分かってますよね?」

 

「さて、なんのことやら?」

 

「とぼけずとも良いでしょう?何か明かせない"事情"があるのか、何かを"理由"に脅されているのかは知りませんが、結月が"何"をしているのか。教えてくれても良いでしょう?」

 

 一弥は瞳子に問いただす。

 実際は彼の中で幾つか推測は立っていたが、仮にも保護者である瞳子の口から事実確認をしたいのだ。

 

「私の口を割らさずとも、坊やなら予想はついているだろう?何故、わざわざ私の元に来た?」

 

 怪訝な顔で瞳子は一弥へ質問する。

 彼は自分が語らずとも、大体の経緯に関して大まかに察しているだろうと瞳子は思っている。

 問いに答えないことも一弥ならこの場所に訪れる必要もなく、事前に分かっていたはずだ。

 だからこそ、分からない。何故、瞳子の元に来たのか。

 

「何を企んでる?」

 

「企んでるのはそちらで、それをやっているのは結月でしょう?俺らは蚊帳の外だ」

 

 一弥達は何も知らない。

 3ヶ月間、姿を見せず彼らに隠れ、結月が何をしていたのか。

 後見人である前に、彼女の友人であり家族として一弥達に知る必要がある。

 

「話せないというなら仕方ない。こちらの"流儀"で調べますけど、構いませんか?」

 

「……好きにしろ…もとよりわたしにはお前を止める力はない」

 

「ですか。ではーーー」

 

 瞳子からの了承を得ると、一弥は片腕を横一閃に振るった。

 次の瞬間、事務所のあちこちからパリン!バンといった割れる音と破裂音が鳴り響いた。

 

「随分、仕掛けられていたようで。古巣からの信用薄いですね、瞳子さん?」

 

 音の原因は部屋の各所へ秘密裏に仕掛けられたカメラ、盗聴器の数々であった。

 一弥は彼の持つ"力"の性質上、部屋に入った瞬間に違和感を感じていた。

 どうやら当たりだったようで彼が認識する範囲でそれらの機材は瞬く間に破壊され、ただのガラクタと成り果てたようである。

 突然、監視機材が壊れた事でそう遠くない時間、瞳子の事務所に仕掛けた輩が襲来することだろう。

  

「坊やにして強引な手段をとったな。余程、腹に据えかねているのか?」

 

「"身内"に手を出されるのを俺が最も嫌ってる事だって知ってますよね?」

 

 腕をおろし、一弥は瞳子へ鋭い視線を向けながら言った。

 一弥の視線を受け止めながら、瞳子は服のポケットからタバコを取り出し、口に加えて返答する。

 

「知っていたさ。でも、わたしにはあの娘を止められなかった」

 

「瞳子さんに知られず、通さずに人理会が結月に接触を?」

 

「どうやら、そのようだ。連中はあいつの妹を出汁にあの娘に異端審問コロシをやらせている」

 

「……あ?」

 

 瞳子の発言に一弥の思考が止まる。

 どうして、何故、どこからと疑問が次々と脳内を駆け回り、処理が追いつかない。

 そして、胸の奥底から小さな炎が燻り始めた。

 一弥は思考が纏まらないものの、口を開く。

 

「あいつに……そんな技術はーーー」

 

「私が教えた。私以上の適役も居まい」

 

「そんな…」

 

 瞳子の告白に愕然としつつ、一弥の思考は混乱から一周回って、徐々に落ち着き始めた。

 心の炎はそれに反して燃え上がりつつある。

 

「しかし、技術を身に着けようとあいつに人型は害せない。クソ親父が定めた原則は絶対だ。結月に審問対象F.A.I.T.Hは始末できない」

 

「あの娘達は普通のF.A.I.T.Hじゃない。それは坊やが良く知っているだろう?」

 

 一弥の実父…F.A.I.T.Hの生みの親、物部博明がただのF.A.I.T.Hを製作するはずはない。

 瞳子唯一の作品むすめもまた、丁寧に造った覚えはないが、彼女の想定を超える結果を示した。

 故にあり得ないことではないのだ。

 

「結月達は"馬鹿娘"と同類だ。おそらく"原則"に縛られていない。違いがあるとすれば、家出娘は原則を無視出来るのにあえて原則に縛られる事を選び、結月は元より原則を設定されておらず、縛られず汎ゆる倫理と論理を飛び越え無視する」

 

「本人に自覚は…?」

 

「無かった。私自身含め。あの娘も私の教えを受けていた際に気づいたようだ。だれに似たのかカンが良い。当人が設定されていると誤認していれば、切っ掛けがないと気づきようもない」

 

 まして、と瞳子は言葉を続ける。

 

「原則を設定しないなど本来ありえん。あれは物部博明が人間という種を守るためにF.A.I.T.Hに施した"安全装置セーフティ"の1つだ」

 

 人工知能の反乱があってから、人類は知性ある人型をした人でないモノを忌む傾向が見受けられようになった。

 それはAI然り、MHマシン・ヒューマノイド然り、F.A.I.T.H然りだ。

 再び彼らのような存在が牙を向いてきた時を想定し、対抗策を講じない訳がない。

 人類はそこまで優しくなく、狡猾な生き物達だ。

 

「己が産み出した娘達とはいえ、施さない訳がない。敢えて施さなかったのなら何か理由があるはずだ」

 

「ろくな理由じゃないと思うのは俺だけですか?」

 

「私も同意見だよ。おそらくロクでもないことだ。あの男は人が自分の行いの結果を見て右往左往するのが面白くて仕方のない奴だからな」

 

 ほんとうにロクでもないと瞳子は毒づいた。

 

「奴の目的はイマイチ読めんが…現状それを推察しても事態は好転せん。今の問題は結月を如何に異端審問の仕事からおろして、人理会から引き離すかだ」

 

「今の結月の戦闘能力は貴女の視点から見てどうなんですか?」

 

「わたしから見ればまだまだ荒いが坊やは間違っても近接するなよ?お前の力と相性は良くない」

 

「近づけさせなければいいんですよね?」

 

「そうなる前に滅多刺しにされるぞ」

 

「アイツの得物は?」

 

「長物や刀剣の類は余り才能がなかったのでな。暗器の手解きをしてやったら嵌った。結月の武装は絶縁素材のセラミックメスだ。人体構造上の弱点はわたしが頭と身体へ直に叩き込んだから、平気で急所を狙ってくるぞ?」

 

 瞳子は現在の結月の性能について淡々と説明していく。

 

「もともと医療系、医師・看護師志望だからな。メスの一本二本持っていても問題にもならん」

 

「問題ですよ。まだ医師免許も看護師免許もないのに刃物メスの所持は」 

 

 暗器として使い勝手いいのかもしれないが。

 普通に軽犯罪法違反に該当しかねない。

 しかも、それを使って仕事をしているのなら何れ異端審問関連で捜査などされたら、そこから足がついてもおかしくない。

 

「取り敢えず対人相手なら問題ないと認識しても?」

 

「その辺りのチンピラじゃ返り討ちに合うだろう程度だな。お前みたいな輩相手となるとその限りではないが」

 

「人を化け物みたいに言わないでくれません?」

 

「化け物だろう?まだ自分が人のつもりだったか?」

 

「刺されれば血は流れ、心臓が止まれば死にますよ」

 

 社会不適合者に人外扱いされるのは一弥も心外だった。

 

「どんな力や才能を持っても俺達は所詮、人の身体としがらみから逃げられません。故の貴女の現状じゃありませんか?」

 

「本当に可愛くない坊やだよ……」

 

 痛いところ突かれ、瞳子は舌打ち混じりに吐き捨てた。

 これだから、瞳子は一弥が苦手なのだ。

 知り合いの息子で高校に上がったばかりの子供なのに、話していると同年代の大人と話しているように錯覚する。

 大体言っている事は正論であり、彼女も簡単に言い負かせれないからタチが悪い。

 

「まぁ…ともかくだ。結月を取り巻く変化は人理会が原因だ。幾ら坊やでもいつもの様に容易く解決はできんぞ?」

 

 これ以上、説教臭く言われるのを避ける為、瞳子は話題を引き戻した。

 瞳子の考えに一弥も同意する。 

 

「でしょうね。相手が組織となると準備がいる。今はこちら側から手を出す時期ではないですね」

  

「時期が訪れれば手を出すように聞こえるが?」

 

 瞳子がそう指摘すると一弥は口元にスゥーと小さく笑みを浮かべて言う。

 子供らしからぬその笑みを見て、瞳子は背筋が冷えた。

 

「ウチの妹分を家族の許可なく後ろ暗い世界に引きずり込んだんです。しっかりオトシマエはつけてもらう。当たり前でしょう?」

 

 彼にとっては取り巻く環境を維持する事が最優先事項。

 家族、隣人、親戚、幼馴染、友人、クラスメイト。

 自分の周りに居る人々の平穏こそが彼の願い。

 故にそれを乱そうとする要因全てが。

 今を生きている高波 一弥にとって排除すべき"敵"なのだ。

 




あとがき


舞い戻って参りました。

嵩枦 燐と申します。

カクヨムより撤退していましたが帰ってきました。

こちらの作品は小説家になろうのサイトにて投稿されているものです。

以前、カクヨムにも投稿していましたが私情により撤退させていましたが、再掲載しようと思った次第です。

どうぞ、よろしくお願いします。

★及びフォロしてくださると嬉しいです。

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