2ー2
結月が寮の部屋に戻ろうとする少し前。
一方的に通話を切られた一弥は眉を吊り上げ、明らかに不機嫌な表情を隠そうともせず、携帯端末の通話をオフすると胸ポケットへと仕舞いこんだ。
「結月ちゃん、なんだって?」
登校中、横を歩く悠香が一弥に聞く。
「弁解せずに適当に誤魔化してさっさと切りやがった」
「ん〜…やっぱり私達に話せない事情があるのかな?」
「毎週休日2日間、重症を負う理由を簡単に話す訳がない」
結月が重症を負っていて、治療後に工房から姿を消したと連絡が来た際、一弥と悠香も流石に驚いた。
一体、どういう事だと工房から連絡を寄越した医局員に詳しい話を聞いた所、ここ3ヶ月の間に結月は何度も工房に運び込まれているらしい。
3ヶ月の僅かな期間でその頻度はハッキリいって"異常"だ。
何か後ろ暗い事象に巻き込まれている可能性が濃厚であるのは未だ高校生の一弥や悠香でも推察できる。
そして、それに一番関わってそうな人物も、だ。
「瞳子さん。俺や悠香にバレるのが面倒だから工房の院長脅して隠蔽してやがったな」
「工房の院長脅すって…そんな事できるの?」
「あの人、色々な機関にコネがあるかな。院長の後ろ暗い何かをネタに脅して隠蔽させるなんて簡単だ」
現に今朝連絡が来るまで結月の怪我について、一弥と悠香は全く預かり知らなかった。瀬里や徹平も恐らく同様だろう。
「結月当人が口を開いて喋ってくれたなら御の字だったが…渋るなら隠蔽した輩の口を割らせるしかないな」
「瞳子おば様に?あのおば様が正直に話してくれると思う?」
悠香が訝しむ声音で首を傾げて聞いた。
一弥も悠香の意見に激しく同意ではある。
瞳子がそう容易く口を割るはずがないのは一弥も分かっている。
ならば、だ。
「最悪、直接礼園に乗り込むしかない」
相手の性格を一弥は百も承知している。
連絡して瞳子が口を割らないなら、直に結月の元に赴いて事の次第を問いただすまでのこと。
とはいえ…
「乗り込むって言っても七稜郭礼園は私達の学校で言うとこのF.A.I.T.Hのお嬢様学校だよ?一弥が行っても門前払いされるんじゃないかな?」
「まぁ…確かに」
悠香の指摘に一弥が言葉を詰まらせる。
結月の通う七稜郭礼園女学院は文字通り、女子校。
生徒が全て
男性の一弥では校門前で止められる可能性が大きい。
「一弥が行くより私が行った方が確実だと思うよ?」
「…それもそうだが…」
悠香が礼園に居る結月の様子を見にいくのが都合良いことは一弥も納得いく。
だが、この一件…結月が現在巻き込まれている事態、一般人である悠香を矢面に立たせるのは一弥としては少々リスクが高いと思っている。
明らかにきな臭い匂いがしていて、悠香の手を借りるの些かどころか、かなり気が引ける。
しかし…
「悠香に訪問してもらった方が怪しまれないか…」
「当然でしょ?女子校でも他校の女子高生が訪問する方が男子高生が来るより遥かに自然だよ」
異性より同性が訪れた方が違和感や警戒心も薄くなる。
悠香の提案は尤もなものだ。
けれども、一弥は悠香を本件に関わらせるのが複雑なのか、難しい表情を浮かべる。
そんな彼の顔付きを見て、悠香は悪戯っ子な笑みを口元に作り、言う。
「うんん?なに、なにその表情?まさか、一弥くんは女子校に入れなくて残念なのかな〜?」
「阿呆な事言うな。春樹じゃあるまいし」
悠香の人を誂う発言に一弥は軽薄な同級生の名を出して答えた。
そして、
「ただ、悠香が実際に礼園を訪れて、結月が面会を許諾するか微妙な所だと思ってな」
「あぁ…なるほど…」
無論、悠香の身も案じているが本題である結月との接触が可能かどうか一弥も判然と断言は出来なかった。
瀬里を筆頭とする高波・早島家側の中で一番、話しやすい存在ではあると思うが、結月が悠香へ正直に話す以前に顔を合わせてくれるか分からない。
一弥の考えに結月も同様の考えに至る。
「それに七稜郭礼園は少し特殊な女子校だ。緋女が通っていた頃から閉鎖的で土日の外出以外で外界の情報が得られない。そんな学校が結月と繋いでくれるかも怪しい」
「じゃあ、どうするの?」
「さぁて…どうしたものか…」
悠香に尋ねられ、一弥は歩きながら思案する。
脳裏に少々物騒な手段が思い浮かんだが、すぐに却下した。
悠香が結月と接触出来ない場合、打てる手はあるにはあるが、それは一弥が単独行動をするのが前提であり、下手をすれば、彼の"裏稼業"活動が露見する危険もある。
(正直、厄介事の匂いがプンプンするな。瞳子さんが母さんや俺に何も相談してこないって事は、瞳子さん自身も迂闊に他者へ話せない内容って事だ)
基本、社会不適合者の瞳子だが、彼女の実家である土御門家は相応の名家であり、瀬里や徹平よりも自治区の関係機関に顔が利いて、多少の"我儘"を黙認される程度には家名の権力を使える女性だ。そんな人が沈黙し、隠蔽工作をしてまで結月の秘密を守ろうとしてるのだから相当のナニかがあると一弥は踏んでいた。
(結月は兎も角…瞳子さんが連絡一つ寄越さないって事は彼女自身も何らかの制約、監視を受けている…或いはーー)
ありえないと思うが一弥として最悪な状況が頭を過る。
深く自分の思考に沈んで考えこむ一弥の横顔を悠香は少し心配そうに覗き見ていた。
すると……
「ふたりともおっはようごさいまーす!!」
明るい挨拶とともに。
ドン!と一弥の背中に衝撃が奔った。
悠香は一弥の背中に負い被さった人物を見て、苦笑を浮かべ、急な衝撃に一弥は前方に詰んのめるが、踏みとどまって首を動かし背後を見た。
「往来でいきなり抱きついてくるな…"ソーフィヤ"」
綺麗な長い金髪を毛先でリボンに纏めた髪型、蒼い瞳に白磁の肌、整った顔立ちにメリハリあるスタイル。日本人の容姿とは完全にかけ離れている外国人美少女が一弥の通う高校の制服を着て、一弥の首に腕回して背中に密着する。
少女の名はソーフィヤ・ディミトロフ・永野。
母親がロシア人とのハーフらしいので本人はロシア人のクオーターになるそうだ。
容姿は外国人だが日本生まれの日本育ち故にロシア語は一切話せない。
一弥や悠香とは高校入学を切っ掛けに仲良くなった新たな友人である。
「良いじゃないですか、ハグは親愛の証ですよ?それよりも二人して朝からどうしたんですか?特に一弥くん辛気臭い顔して」
「別にそんな顔してない。この顔は生まれつきだ」
「そうですか?まぁ、言いたくないなら別に良いですけど」
ソーフィヤはそう言いながら、一弥の背中から身体を離した。
「改めて、おはようです!一弥くん、悠香さん」
「おはよう…」
「おはよう、ソフィちゃん」
3人は挨拶を交わし合う。
示し合わせた訳ではないが、その場の流れでソーフィヤも仲間に加えて一弥達は通学路を再び歩き出した。
「あれ?ソフィちゃん、いつもこの道通ってたっけ?」
「いいえ、今日はたまたまですよ?普段、私はバイク登校ですし?」
ぶんぶんと声出ししながら両手でハンドルを握る仕草をしてソーフィヤは答えた。
一弥達の通う高校の学生は公共の移動手段としてAMDCか、リニアモーターカーを利用する。
今どき手動運転のバイクや原付き、自転車を使用する学生は中々稀有といえる。
その影響か普通自動車、大型二輪免許の取得年齢は法律上低くなり、十五歳から取得可能で免許を持っている学生は意外に多い。一弥も実は免許取得してたりする。
「何だ?徒歩通学って事はバイク壊れたのか?」
「そうなんですよ〜…昨日突然エンジン止まっちゃいまして。業者に見てもらったら、もうエンジン部が完全に焼き付いて修復不可能らしくて。まぁ、旧い型の車両でしたから。寿命が来た感じですかね?」
「じゃあ、これから俺らみたいに通学途中までAMDCか、リニアモーターカーを利用するのか?」
「いえいえ!ちゃんとパパに頼んで新車を発注してもらってますよ?早くて今週には届きますからそれまでの辛抱ですね」
AMDCとリニアモーターカー等の無料或いは低価格利用できる交通手段を使うのが主流だが、手動運転による移動手段は廃れた訳ではない。
裕福な家なら車やバイクを趣味で保有していて、乗り回したりしている。
ソーフィヤの家は新車をすぐ用意出来るくらいの財力があるらしい。
「前のバイクはなんてヤツだったか?」
「《ガ○ガ○》っていう外国メーカーのです。今、取り寄せてるのは日本製でH○N○Aの《FI○E ST○RM》っていう車種です」
一弥の問いにソーフィヤはワクワクしている様子で話す。
「昔の某平成変身ヒーローが乗ってたバイクみたいにカスタマイズしてもらう予定なんです!」
ウキウキした調子でソーフィヤは語る。
見た目に反して彼女は中々オタク要素が強く、21世紀初頭にTV放映されていた特撮の某変身ヒーローが大好きなのだ。
彼女が嬉しそうに話しているところから本当にラ○ダーバイクを忠実に再現して改造を施しているのだろう。
「…まさか、変形機構までつけろとか無茶な注文してないよな?」
「一弥くん。幾ら私でも夢と現実の区別くらいつきますよ?」
流石に重度のオタクでも物事の分別はある。
変形して巨大ロボットになり、ミサイルを発射したりできない事くらい承知している。
「いや〜ほんとに楽しみです!」
ルンルンとステップを刻むように足取り軽やかにソーフィヤは一弥の隣を歩く。
その姿に一弥に微笑ましさを覚えるも、結月の件もあって苦笑を浮かべて答えた。
「そういえば、一弥くんもバイク持ってましたよね?最近、乗ってます?」
「最近は全然乗ってない。前に気分転換で遠出する時、悠香を後ろに乗せたのが最後…だっけ?」
思い出しつつ、ソーフィヤに答えながら悠香に目で問いかける。
悠香は「そんな事もあったね〜」等と言い、かなり前の記憶ながら朧気にあった事は肯定した。
「車種なんですか?」
「知らん。あれって"知人のおばさん"が強引に押し付けてきたもんだからな」
一弥の言う"知人のおばさん"というのは瞳子の事。
免許取得した事を誰から聞きつけ、彼女が昔、趣味で乗り回し、もう乗ることはないからと宅配で送ってきたのだ。
(昔、趣味で使ってたとか言っていたわりには、色々とオプションや無駄なギミックが付いてて、絶対仕事で使ってた感じだから乗り回せない代物だしな)
一弥が譲り受けたバイクはソーフィヤの憧れるラ○ダーバイクとは違い、某有名なスパイ映画に出てくるエージェントが乗るような特殊な機構が搭載されていた。
「下手すればもう乗ることないかもしれん」
「えー勿体無いですよ。わたしのバイク届いたら、悠香ちゃん後ろに乗せて一緒にツーリングとか行きましょうよ〜」
「俺や悠香を誘うより春樹を誘えば良いんじゃないか?あいつ趣味人だから俺よりバイク乗り回してるし」
「やですよ。春樹くん、チャラいですし、わたしをエロい目で見てくるので」
一弥の提案にソーフィヤは、ないないと胸の前で手を振った。春樹は高校生になっても態度や性格に変化はなかった。
よくある高校生デビューなんてものも、中学の頃と変わらずテンション高い調子者で、美少女を見れば声を掛ける。
確かに軽薄が服を着ているような男だが、彼は一度も女性と付き合ったこともなく、手を出した事もない。
ソーフィヤの言うように女性をエロい目で見たりしているのは否定しないが、そこは年頃の男子だから仕方ない。
「それに春樹くんが乗ってるのアレ、スクーターじゃないですか。私達のバイクと出る速度が違いますからお荷物ですよ」
「酷い言われようだな。あいつも」
普段の行いが行いなだけに一弥も擁護出来ない。
かわいそうな男である。
「まぁ、機会があれば付き合わないこともないが」
「ほんとですか?」
「悠香と時間が合ったらな」
「私も特に当面用事はないから、いつでも問題ないよ?一弥の後ろに乗ってるだけだしね?」
別に付き合うくらいはどうってことはない。
悠香自身は一弥の操縦するバイクに乗るだけなのだ。
「安請け合いするなよ?休日、お前だって友達付き合いあるんだし」
悠香の交友関係は広い。
彼女は見た目通り、他の女子と比べれば目を惹く美少女であるし、性格も良い為、既に学年のカースト一位に君臨していおり、それに誘蛾のように擦り寄って彼女を中心とした女子グループをいつの間にか形成されている。
しかし、本当の意味、友人と呼べる人間はその中でも限られている。悠香としてはその友人達との付き合いが第一優先だ。
それでも、人間関係を円滑にする為には他の人間とも付き合いというものがあるのは事実で、気が乗らずとも親密度が薄いクラスメイト達と何処かへ遊びにいくくらいは当然ある。
「当然、琴音ちゃんとかとの用事ができたら、そっちを優先させるけど、何もないなら一弥とソフィちゃんに付き合うよ?一人で居てもする事、限られるし」
「お前が良いなら良いけどな」
一弥も悠香が問題ないなら別に良いのだ。
「じゃ、ソフィのバイクが戻ってきたら、何処か行くか。とはいえ、遠出するにも俺達は基本、ギガフロート内から出れないけど」
本土への通行は禁止されている訳ではないが、通行する際には別途手続きが必要になる。そこまでして遠くへ行きたいとは一弥は思っていない。
「なら、"アクアリウ厶ビーチ"に行きませんか?」
「春なのに海辺に行くのか?」
「別に良いじゃないですか〜。それに今時期のあの辺りって海桜が綺麗ですよ?季節的にあってません?」
「そういえば、そうだったな」
ソーフィヤに言われ、一弥も思い出す。
海上都市上には潮風に弱い普通の桜の木ではなく、海辺で育つ海桜という品種の桜が植えられており、非常に見応えがあるのだ。
「他に選択肢も浮かばないし、そこにするか」
一弥もソーフィヤの意見を採用し、行き先が決定した。
話している間に3人の周りには通学路を歩く学生達が溢れている。3人も学生達の人混みへと溶け込みながら高校の校門を目指し、雑談しながら歩き続けた。
あとがき
いかがでしたか?
2章より新キャラを更に追加です。
暫く戦闘シーン等はありません。
次回の更新については一週間後を予定しています。
それではまた次回、ごきげんよう。
感想・レビューお待ちしています。
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