【4】

 僕は図書室に行かなくなった。彼女に合わせる顔がないのだ。知らなかったとはいえ、彼女を傷つけていたのは金子さんでも、周りの圧でもなく、僕自身だった。花火の話を彼女にした時、僕は花火の名前を出さなかったが、彼女にとって1番聞きたくなかった話に違いはないだろう。それを知った上で金子さんは僕を彼女から離したかったのだろうと、気付かされた。


 急に来なくなった僕を心配して、休み時間の度に彼女は話しかけてきたが、毎回トイレに逃げ込み、帰りは誰よりも早く帰った。図書局は引退した。彼女をこれ以上僕の手で傷つけたくなかった。



 僕が彼女と話さなくなってから2週間後の事だった。もう既に大学が決まっている僕は先生に準備室の整頓の手伝いを任され、施錠ギリギリの時間まで残っていた。外も暗くなったし帰ろうとリュックを背負うとガラッと扉が空いて、彼女が入ってきた。

「あ、彼方君……」

いつか見た光景だった。あの時はまだ、僕は彼女をキラキラした別の世界の人だと感じていたっけ。そんな彼女にこんな特別な感情を抱くとは思っていなかった。

「待って……待って、私、彼方君になにかしちゃったかな!」

背中から聞こえる、大好きな彼女の声。これから僕は大好きな人に自分から嫌われなければいけない。

「なにかしちゃったんなら、直すから……彼方君まで私を見ないなんて嫌なの!」

いつだったか、一緒に帰っている際に彼女が「皆、私じゃなくて完璧な黒川百合を求めてる気がするの。私じゃなくてもいいような気がして、」と言っていたことを思い出す。

「お願い、最後でいいから、一緒に帰ろうよ彼方!」

僕と彼女しかいない教室に彼女の大きな声が響く。さあ、僕は勇気を出さなくちゃいけない。僕は彼女といては"いけない"存在なのだ。涙が出ないように、震えないように強く、彼女を見ずに言い放つ。




「君の弟が死んだのは、僕のせいなんだ!」




 彼女は何も言わなかった。どういう顔をしていたか、分からなかった。ただただ、彼女の声にならない吐息と、何かが倒れたような音が響いただけだった。言ってしまって気付いた。唯一本当の自分を見てくれた相手が、自分の家族を殺した相手だと知って彼女は何を思うのか。強くない、周りに頼ることの出来ないたった1人の女の子が、このあとどんな行動をとるのか。僕が今更後悔してももう遅かった。




――2日後、彼女はこの世からいなくなった。

また僕は、大切な人を殺してしまった。

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