【2】
駅の改札口で「また明日ね」と笑う彼女を見て、去年まで仲良かった後輩を思い出した。同じ図書局に入っていた
後期中間考査を終えて雪が降り始めた12月、いつものように図書室に行くと花火が本を開きながら泣いていた。花火がないている姿を見るのは初めてで、「どうして泣くの?」「そんなにこの本が感動したの?」と聞いても首を振るだけで、どうすればいいか分からない僕は彼の背中を擦ることしか出来なかった。帰る頃には落ち着いた彼が弱々しい声で呟いた。
「また、掲示板に載れなかったんだ。」
テスト後に成績が良かった人、20人の名前が張り出される順位表の事だろう。励ましたくて「いつもの事だろ、なんで今更」と笑いながら言うと、花火は勢いよく顔を上げ僕に激しくまくし立て始めた。
「いつもだから駄目なんだよ!今回が最後のチャンスだった、優秀な子供じゃなきゃ要らないってわかっているのに。俺は"あの人"じゃないから母さんの期待に答えられないんだ!」
それ以降は何を言っていたかは覚えていない。ただただ衝撃を受けた。彼が親とあまり仲良くないことは知っていたが、自分を"要らない"と思わせた環境に驚愕した。何も言えずにいる僕に「ごめん」とだけ言って走って言ってしまった。
前日のことがあってどういう顔で合えばいいか分からないまま図書室に向かうと、いたのはいつもの無表情な花火だった。よかったと、安心した。何が良かったのか自分でも分からないが。
それからもいつも通り二人で下校して、何気ない話をして、あの日のことはなかったかのように思えるほどたったある日、僕の教室に花火と同じクラスだという少女が尋ねてきた。
「
緊張した顔をしているふわふわした栗毛のショートヘアの少女は、僕が返事をすると安心したように顔を緩ませた。
「わたし、篝くんが岸戸先輩の悪口言ってるの聞いちゃったんです。」
僕の顔色を伺うように見る少女の発言に思わず「は?」と口に出た。
「ほんとなんです。1人になりたいのに話しかけてきてウザいし、無神経だ。2年のくせに俺とばかりいてアイツには友達がいないのかって。わたし、止められなくて、怖くて……だから岸戸先輩に話しておこうと思ったんです。」
信じて貰えなくてもいいけど、先輩がかわいそうだと言う少女に「ありがとう」と言って教室に返した。花火がそんなこと言うはずがないと思っていても、火の無い所に煙は立たぬというためショックを受けた。放課後になって、いつものように図書室に向かう途中で、花火があんなこと言うとは思えないが会う気に離れず、そのまま帰ることにした。
次の日の放課後、花火が本当に言ったのかどうか確かめたくて図書室に行くと、僕の姿を見た花火がこちらに走ってきた。
「昨日、俺のクラスメイトが彼方に会いに行ったって聞いたんだ。」
まさか、あっちからその話をしてくるとは思わなかった。だからこそ怪しいと思った。
「花火が僕の悪口言ってたって聞いたよ。」
その言葉を聞いて、真っ青になり慌てだした花火を見て「やっぱり」と思う。言っていないんだったら自信を持って違うといえばいいのだ。それなのに、否定もせず慌てる彼にふつふつと苛立ちを覚えた。
「そっか、花火は僕が話しかけるのを嫌だと思っていたんだね。いや、謝らないでよ。僕が馴れ馴れしく話し続けて気づかなかったのが悪かったんだ。もう話しかけないから安心してよ。」
図書室の中なので大きな声では言わなかったが、確かに花火に聞こえる声量で、はっきりと言って図書室を出た。後ろで引き止める声が聞こえたが、僕は足を止め無かった。友人だと思っていたのは僕だけだったと思ったのだ。
委員会の仕事をサボって当番の日になっても僕は図書室に行かなかった。花火に会いたくなかった。ただ、冷静になってくると自分が仕出かしたことの重要さに気づき始めた。花火には同じ学年の友人がいなかったのだ。"ひとりも"だ。そんな彼が愚痴を言える相手はいないはずなのだ。初めから気づけばよかった。だが、その事実に気付いても尚、僕は自分が悪いと思いたくなかった。
しばらくして彼が学校をやめたことを知った。学校を辞めた1週間後、篝 花火は自ら命を絶った。
花火と黒川 百合の性格も、環境も、全てがまるで違う。それなのに花火と彼女が重なってしまうのは何故だろう。花火と同じようにいなくなって欲しくないと強く思った僕は、彼女が最後の生徒会の仕事を終えた日の帰りに花火の話を打ち明けることにした。
「僕には、去年まで親友がいたんだ。後輩だったんだけど、すぐに仲良くなれて――」
彼女は僕が言葉を詰まらせても、僕の目を見たまま頷いてくれた。「辛かったね。」「彼方君は何も悪くないよ。」と言ってくれる彼女に、喋って良かったと安心した。
「その親友くん、いじめにあってはいなかった?」
彼女にそう言われてはっとした。毎日図書室に来るのは何故なのか、深く考えたことがなかった。無愛想で不器用だから友達がいないだけだと思っていた。「もしかしたら」と気づき始めた僕には、もう死んでしまった彼に何もすることが出来なかった。思わず涙が溢れ出した僕を、彼女はただただ背中を擦った。
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