黒川 百合が死んだ。

ただの佐藤。

僕はクラスメイトを殺した。【1】

百合ユリ、自殺だって。」

黒川 百合クロカワ ユリが死んで多くの人が泣いた日から約2ヶ月がたったある日、一人のクラスメイトが興奮した様子で発した言葉は、教室内だけでなく、学校中を騒がせた。人に愛され、恵まれた彼女に限ってそんなことは絶対にしないと、皆が無意識のうちに思い込んでいたのか、大袈裟では無く確かに大勢の人が驚いたのだ。たった一人、彼女の隣の席だった僕を除いて。



 黒川 百合の名前を聞いて不愉快に思う人はほぼ居ないと言っても過言では無いほど、彼女は全てにおいて優れていた。成績優秀な彼女の名前は、テスト後に3年間掲示板の1番上を陣取り、生徒会長で明るく責任感の強い性格から、生徒だけでなく先生達にも好かれている。3歳から続けているピアノは、有名な音楽家の名前(音楽に疎いので覚えていない)がついたコンクールで何だか凄いらしい賞を何度も取っていたとか。それなのに自惚れず、謙虚でいつも笑っている彼女は学校中の人気者だった。だからこそ僕は初め、彼女のことを違う世界に住む人としか思っていなかった。



 そんな彼女と初めて話したのは、隣の席になってちょうど1週間たった日の放課後だったと思う。その日、僕は図書局の仕事で本の貸し出しの当番だった。テスト前だからか人は全く来ないし、もう1人の当番が風邪をひいて休んだので話し相手もいなく、終わる時間になるまで机に適当に積まれていた本の山の1冊を読むことにした。思ったよりもその本が面白くてついつい夢中になっていると、顧問がもう施錠時間になると呼びに来たので、しまったと思い教室に小走りで戻った。帰る支度を済ませ、リュックを背負おうとしたところで教室の扉がガラッと音を立てたのでそこに目線をやると、何かの資料を沢山抱えた黒川 百合がたっていた。

「あ、彼方カナタ君も今帰るところ?」

首を傾げながらこちらを見る彼女に、「そうだよ」とだけ言って教室を出ようとすると、

「待って、私一人だから彼方君も一人なら一緒に帰ろうよ」

と言ってきたため、まあ外も暗いし断る理由もないので支度が終わるのを待つことにした。


「彼方君がこんな時間まで学校にいるの珍しいね、いつもは直ぐに帰っちゃうのに。」

学校から駅に向かっている最中、どうして?という表情をしながら聞いてきた。

「えっと……今日は図書局の当番で、」

「あ、やっぱり彼方君って図書局なんだ!こんな遅い時間まで大変だね〜。」

やっぱりとはどういうことなのか問うと、「いつも本読んでるでしょ」と返され、こんな地味な僕のことなんてよく見ていたなと感心する。

「いつもはもっと早く終わるんだ、ただ今日は本に夢中になってただけで……そういう黒川さんはいつもこの時間なの?」

施錠ギリギリの時間で外はもう真っ暗なので、小柄で可愛らしい彼女が1人でこんな時間に帰っては危険なのではないかとふと感じで聞くと、「うん、そうだよ。」と返してきた。

「女の子が一人で危なくない?」

「うーん、けどいつもの事だからな。ちょっとだけ怖いけど、今日は彼方君がいるでしょ?」

ああ、こういうことをすらっと言えてしまうことも人から好かれる理由の一つかもしれない。色素の薄い大きな瞳を密度の高い睫毛で隠すかのように目を細める彼女が眩しく見えた。


 彼女の家は僕と反対方向らしい。駅の改札口まで来たところで「私こっちだから」と小さく手を振って、僕と逆側のホームに向かっていった。同じクラスだけど僕とはグループが違うし、今日はたまたま時間が重なっただけで、きっと二人で話すことはもうないだろうと思っていたため、翌日挨拶をされた時驚いて何も返せなかったことを、あまり責めないで欲しい。


 二人で帰った日から、僕が当番で遅くなる日は決まって彼女と終わる時間が重なったので、一緒に帰ることが多くなっていった。話をする中でわかったのは、彼女は僕達が思っているほど強くはないということだ。生徒会長でしっかりしていて信頼されている彼女に、先生たちも生徒会役員も仕事を任せっきりにする。遅い時間まで学校にいるのはこのせいだろう。ずっと習っているピアノも、テストも、皆が期待しているから良い成績でなければ行けない。

たくさんの友人から相談を受け、解決しようとするが、どうすればいいか分からないことがある。本当は運動がすごく苦手だが、なんでも出来る黒川 百合でなければ行けないと、毎朝ランニングしている。沢山悩みがある彼女も普通の女子高生なんだと、当たり前のことなのに今更思った。辛くないのか聞くと、「成功して褒められるのは嫌じゃないよ」と笑う彼女の顔が、少し苦しそうな理由に、自分はわかっている気がした。


 彼女の家族の話もした。お父さんも、お母さんも私を誇りに思ってくれるのだと笑いながら話していた彼女に「一人っ子なの?」と聞くと、悲しげな顔をしたのでそれ以上は聞かないことにした。

「こんなこと話せるのは彼方君だけだよ。いつも聞いてくれてありがとう。」

普段グループが違うからか、僕に友達が多くなく自分との会話を誰にも言わないとわかっているからなのか、他の理由かもしれないが、何だか頼られていると感じて少し嬉しかった。

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