第7話

 山の中にある補装がかなり出来ていない道を走る一台の黒い軽自動車。その中には2人の男が乗っていた。助手席に乗る男の名は、夕崎 昌大。この世界最弱クラスである“鋏”の“器具憑き”の力を持ち、同時に異常な力を持つ“妖刀・村正”も身体に宿した少年。

 その隣で車を運転している男、彼の名は描樹 楓悟。昌大の通う学校の教師で、対・殲魔撲滅組織“Artemis”に所属している。ちなみに階級は中佐である。

 彼らは今、“Artemis”日ノ本支部・〇一基地へと向かっていた。

 〇一基地…そこは世界のどこかにあるとされる、“Artemis”本部と唯一連絡を取ることが可能であり、准士官以下のクラスではどの県にあるかもわからず、というか本当に日本にあるのかすら分からない…そんな場所だ。

 そんな場所に昌大は現在、連れていかれているのだが、

「先生…一番凄くて重要な基地なのに世間に情報が出ていないってことは、やっぱり秘密基地的な感じなんですか?」

「うん、マジ秘密基地」

「ひょえー…」

 昌大は口を少ししぼめて、背もたれにポスっと寄りかかる。

 彼は想像した。よく映画で見るような地響きと共に建造物が湖の底から浮き上がってくるのだろうか?それとも地面の一部が平行にスライドして下に向かって延びている道が現れるのだろうか?それともファンタジーもののてん五魔法陣なのだろうか?それとも…どんどん想像が膨らんでいく昌大と対象に描樹の表情はとても強張っていて、悩んでいるようだった。

 暫くすると、描樹は突然と運転を止め、車の収納を漁り始めた。それを見て昌大は困惑しながら、描樹へと声を掛けた。

「せ、先生。ここが目的地…」

「ではないよ。もう少し奥」

「じゃあ、もしかして通行証的なやつを探してるんですか?」

「いやー?…っとあったあった」

 昌大の質問に対して雑に答えていた描樹が取り出したのは何の変哲もないアイマスクだった。描樹はそれを少し窓の外で叩くと、そのまま昌大に付けたのだった。

「え?え??」

「ちょっとそれ付けといてくれ。まだ君は組織の人間じゃないわけだし、重要機密なんで」

 困惑してジタバタとしている昌大に、単調な声で言葉を掛けて、また運転し始める描樹。

 運転を再開して暫く、描樹は車に付いていた無線で誰かと会話を始める。

「こちら描樹中佐…現在〇一から約800m。車用のゲート、指令室付近駐車場の解放を求む。……了解。護送に関しては私だけで十分だ」

 だが、相手側の音はどうやら無線イヤフォンで聞いている様で、昌大には全く聞こえていないのであった。だが彼は、自分の立場を再確認させられるワードがあったことだけは聞き逃さなかった。

「…まず俺は、どこに連れていかれるんですか?」

「んー?まず君が行くのは…日本支部・全体指令部の会議室。そこで君をどうするかについて会議される」

 昌大は驚いた。今の話からでは、自分はまだ、入隊試験すら受けることも出来ないのかもしれない…そう思ってしまったからだ。

「せせせ、先生…?もしかしてもしかして…??」

「…あぁ~!君に入隊したらとは言ったけど、支部…というか本部から許可はまだ下りてないんだっ!」

「えぇ…」

 『何言ってんだこの人』。そう昌大は思ったのであった。

 車がまた止まり、今度こそ着いたと昌大は思ったが、それにしては自然の音が聞こえていた。そこはとある山の中で道が先には続いていない場所だ。

 すると描樹は何かしら用の端末を取り出し、“0,4,1,9,4,5,0,7”と打ち込んだ。そうすると、昌大には何か大きなものが動く音が聞こえ、また少しの間車が動いた感覚がした。というか正確に言うと、下っていた気がしていた。

「着いたんですか!?着いてないんですか!?」

「一応着いたよ。でもまだアイマスクは外さないでくれ」

「というかなんか動いてないでしたか!?」

「いや。気のせい気のせい」

「嘘ヤーン」

 そんなことをしているとまたまた車が止まった感覚があったが、今度は車が動いているというより、車がいるように昌大は感じる。

「今度はなんですか!?」

「気のせい気のせい」

「ふざけてる…!ってもういいや…」

 何度も何度も感情が昂ったことにより疲れた昌大はもう目的地に着いていると理解しながらも、一度眠ることにした。


―さ…ろ、昌大…!起きろ昌大!」

「はぃ?ここは…?」

「いや着いたよ。ほら、それ外して」

 そう言われ、昌大はアイマスクを外す。するとそこは、一般的な箱状の車庫のようになっており、入ってきたと思われるシャッターと逆方向に一枚の鉄扉が設置されていた。

 昌大は車から降りると、描樹の後ろについて、会議室に向かって歩いてゆく。会議室までの通路は、特に何の面白みもないほんの少し点滅しているような気がする蛍光灯と少し汚れている気がしなくもない薄暗い緑色のカーペット…『つまらない』その言葉が口から洩れてしまいそうだ…昌大はそう思った。


“ドォン…”


 そんな何かが爆発した音が昌大にはうっすらと聞こえた気がしたが、それも“気のせいだ”と思うことにしたのであった。

 暫く歩き、昌大達はいかにもな雰囲気のある扉の前に着いた。描樹がその扉を開けると、最大で高さ10mほどの部屋の壁の一面に、沢山の監視カメラのものであろう映像と日本の一部地域の地図が表示されたモニターが百数十枚と、一秒も途切れることなくカタカタと聞こえ続けるタイピング音…そしてどこかとその部屋を往復し続ける何かの制服に身を包んだ人々、というか職員。

 そう、そこは“Artemis”日ノ本支部・〇一基地“全体指令部”ずられていく。だが、引きずられているその現状に対して、昌大は抵抗する素振りを見せない。正直、驚き疲れていて思考することが面倒臭くなっていたのだ。

 その光景を職員に見られながら、昌大達は一番奥にある扉へと進んでゆく。目の前まで来た描樹は扉にサンドノックして扉を開いたのであった。



 日本支部・“全体指令部”会議室。そこに置かれた楕円状の長机を囲むように座る、日本支部の幹部達。そのうちの一人の中年男性・真田さなだ 幸路ゆきみちは眠たそうに肘をついて携帯電話を弄っていた。

「ちょっと真田少将、これからこの日本支部にとってかなり大切な会議があるんですから、携帯なんて弄らないでください!」

 そう言ったのは二十代ほどの女性・糾見あざなみ つむぐであった。

「別にいいでしょ糾見ちゃん~」

「“糾見ちゃん”じゃないです!“中佐”を付けてください“中佐”を!!」

「了解しました糾見ちゃん“中佐~」

「もぉ!!!」

 ヘラヘラとして返しの酷い真田に対し、頬を膨らませて睨みつける糾見。その様子を見る他の殆どの幹部達は対して呆れた目を向けていた。

「あなた達」

 そんな二人に向けて声を掛けた白髪の老女・有賀あるが はなは扇子をパシンと掌に打ちつけた。その音と共に糾見はピーンと身体を硬直させ、汗をタラりと流し、錆びついたねじのようにカクカクと首を向けた。それに比べて、真田は特に変わらずの態度で有賀の方を向く。

「は、はい!」

「なんですか大奥様」

「そろそろ描樹が対象を連れてきます。だからイチャイチャしてないで早く席に着きなさい」

「自分は席についているので、それは糾見ちゃんに言ってくださーい」

「えと、す、すみませぇん!!」

 有賀は威圧を放つように言うが真田には効かず、全部糾見へと流れてしまう。そして威圧を全て受けた糾見は瞳が涙で一杯になりそうになる。その光景は他の幹部からしてみればまぁ、地獄だ。

 そんな時、三回のノックと共に部屋の扉が開き、皆の目線はそちらへと集まった。そこには、今回の議題である「危険な“器具憑き”を持つ少年」を護送することになっていた描樹が何かを掴んで立っていた。

「どうもー、運び屋でーす。対象を運びに参りましたー」

 だが、真田と糾見の目には最初、対象である少年が後ろにいるようには見えなかった。だが、他の幹部達が少し下を向いて顎が外れていそうなくらいに口を開いているものだったので、同じ様に少し目線を下に傾けると、真田は普段周りには見せない程に驚いてしまった。 

 そこにいたのは少し汚れの付いた服を身に纏い、目や口を含む全身の力を完全に抜いた…

「…えぇ!?」


 知人の息子・夕崎 昌大だったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る