第6話

 鳳学校に殲魔が現れてから4日。退院日までの間、昌大は家族に“Artemis”に入隊することを伝えたり、描樹から貰った書類の中から転校先を選んだりなど様々なことがあった。



 描樹の来た翌日、家族に昌大が“Artemis”へと入隊することを伝えたとき、ヤマは反対した。「これ以上怪我をしてほしくない」「あんたが自分より先に消えてしまいそうで怖い」…そんなことを昌大の手を握って言うが、昌大はうっすらと笑ったままその言葉を聞いていた。その顔を見たヤマの顔からは、涙がポロポロと零れ落ちていく。

「…母さん、兄ちゃんの好きにさせてあげてよ」

 昌大が入隊すると言ってからずっと黙っていた剣斗が重かった口を開いてそう言う。

「うん…私もまさ兄の思ったようにさせてあげてほしいな…」

 同じく黙っていた鏡果もほんの少しだけ苦しそうにこっとした表情でそう言った。だがどちらの声も明らかに震えている。二人ともなんとなく分かっていたのだ…自分の兄が多分高校で虐められていたこと、その理由が兄の“器具憑き”にあることを。


 学校が近いのだから高校の噂を耳にすることだってある…『[鋏]の“器具憑き”の高校生がクラスでハブられているらしい』『成績が優秀な生徒を襲って返り討ちにあったって』そんなことを2人とも耳にしていて、すぐによく怪我をして帰ってくる兄の顔が浮かぶ…だが、兄がただ襲ったとは思えなかった。兄が男に背負われて帰ってきた日の数日前、2人で兄が寝ているうちに怪我の様子を見るために服をめくった時にあったのは…複数人に踏まれてできたような青く変色した痣や深く入った傷だった。その時鏡果は悲鳴をあげそうになるが、兄が起きてしまったらと思い、何とか抑えた……そして極めつけに先日起きた決闘…相手はよく噂に出てきていたという優等生の生徒でそれを見てケタケタと笑っていたらしい兄のクラスメイト…その時点でもうわかってしまったのだ…噂の片方は本当で、もう片方の実態は一方的な兄へのリンチであったことが。

 だが、それがわかったはずなのに2人は兄の周りの現状を改善しようと行動には移せなかった。

 兄は自分達や母のことをとても大事にしていた。それは時に己を犠牲にしようとする程だった。自分達は片方はタレント、片方はメディアに取り上げられるほどの選手。それは人の嫉妬心を無意識に逆撫ですることがあるものだ。そして数ヶ月前、夜遅くに兄との帰宅途中、自分達は十数人の男女に襲われた。

 中には殺傷性の高い得物を持った者も少なからずおり、その時に兄は全員の意識を失くさせたと同時に右肩と左手首に重傷を負った。少なくとも剣斗なら軽傷で済むような攻撃を全て受けて…どちらかがアクションを起こせば反感を買って狙われる。そうなれば兄は必ず自分達を庇おうとしてしまう。そんなことになってしまえば、アクションを起こすことは無駄でしかないのだから…

 それにどちらも一定の地域内ですら何かしらのアクションを起こせば、それをメディアに取り上げられる可能性が高い。そうすれば兄もメディアに取り上げられて余計に兄の精神をすり減らし続けるだろうし、自分達と比較されることだってある。

 だから兄ができるだけ苦しまずに済む道を自分自身で見つけて、それを選ぼうとしているのなら、それを否定したくないのだ。


「でも…」

「お母さん、まさ兄はもう意志を固めてるんだよ。それにさ、お母さん。まさ兄はお母さんの子だよ?そんな簡単にくたばることは絶対にないってわかってるじゃん!」

「…」

 ヤマはしばらく下を向き黙り込んだ後、ゆっくりと顔を上げて握っていた昌大の手を静かに離し少し悲しそうな笑みと共に言った。

「…死ぬことだけは絶対にないようにしなさい。そして、私たちが貴方が出来るだけ健康に生きてほしいと願っていることを忘れないでね」

「…はい…!」

 それを見ていた剣斗と鏡果の瞳からはポロポロとゆっくり涙がこぼれ落ちていく。


 –兄(ちゃん)、本当に、いつもごめんね–



 「…転校先、どこにしようかな」

  そう呟いて勢いよく備え付けの机に勢いよく頭を打ち付けたまま突っ伏す昌大。机の上には描樹が持ってきていた転校先候補であるいくつかの高校のパンフレットが散乱している。“Artemis”の隊員の職務がどのようなものなのか分からない人間なら“普通の高校でもいいだろう”と言うかもしれないが、隊員達の職務時間には規則性がなく、普通の全日制の高校と通信制の高校のどちらでも上手く調整することはあまりできない。隊員達の中には未成年のうちに殲魔による災害等で故郷や家、そして家族を失い、残った者として、なくなったものへ報いる為に入隊した者も少なくないのだ。だが、もし殲魔が世界から完全に消滅、または組織の力無しでの殲魔への対抗策が立案され、それが成功した時、彼らのその後の生活はどうなってしまうのだろうか?

 そう考えた政府は隊員達が組織の職務を全うしながら、望むものには合格資格を取得するまで通うことのできる教育機関を設けた。

 そしてその殆どは、組織の隊員ではない一般人も通うことができるのである。理由としては「隊員が一般社会に戻ることがある場合、コミュニケーションを取る相手が軍事関係の者のみでは考え方や行動に偏りが出てしまう可能性がある」ということらしい。だが、昌大は出来るだけ人との関わりを最低限にしたい為、どこにするか迷っているのである。



 昌大はあまり他人と関わることが苦手だ。…いや、苦手に

 彼は元々、元気で人と話すことが大好きだった。幼い頃は彼にも友達が多くいて、彼は幸せだった。毎日誰かと追い駆けっこや特撮ヒーローごっこ。友達の家に遊びに行ってみんなでお菓子を食べながらゲーム…だけどそんなものは人格が作り上げられていく中で、簡単になくなってしまった。

 子供達は成長すればするほど、自分や他人の社会的立場がどんなものなのかを段々と理解していく。この世界の社会的ステータスになってしまうものの中でも、“器具憑きの力”というものはとても強いものなのだ。その力を用いて未来で何ができるか、その力でどれほどの者を屈されることができるか、その力が、どれほどの力を秘めているのか…それがこの世界のルールで、この世界に生まれた者の運命なのだから。

 それがまだ10にも満たない頃から理解できてしまうのだから。


 …彼はまだ、いい方なのだ。まだ残しては逝けないと思える家族がいるから。残ってほしいと想ってくれる、家族がいるから。



「うーん…ここにしようかな。」

 そう言って昌大が見ているのは東京の少し奥の方にある高校で、航空写真の様子からして、学校関係者以外との関わりを殆ど断つことが出来ると思ったのだ。

「よし。とりあえず、先生に『ここにします』…っと」

 そう言って昌大は携帯でコメントと共に渡されていたパンフレットやらの画像と検索して出てきたその学校のホームページらしき物のURLを送信して、机の上に携帯を置く。

 暫くすると、携帯による振動音が部屋中に鳴り響き続け、昌大は携帯を手に取る。すると、画面には“描樹”と表示されており、電話に出る。

「はい、もしもし夕崎です」

『もしもし描樹せんせーだぞ〜!』

(この人酒でも飲んでるのか…?)

 携帯から最初に聞こえてきたのは、いつもと違いすぎて素面か疑ってしまいそうな舌足らずの描樹の声だった。だが、一拍置いて彼はいつも通りの喋りに戻った。

『…昌大、行くとこはここで良いんだね』

「あ、はい。この後、家族にもここにすると連絡します」

『そうか〜…わかった。鳳の方に出す方の書類やらはほぼほぼ手続きの準備ができているから』

「ありがとうございます…!」

『はぁーい。じゃ』

 “この人、こう言う時だけはしっかりしてるんだよなぁ”と思いながら“終了”のボタンを押そうとする昌大。

『あ、』

「?どうしたんですか」

 何かを思い出したのかポロっと声が出た描樹に正弘は聞き返す。

『言い忘れてたんだけど、もし仮に君が入隊試験合格しなかった場合、君は組織のムショ的なところに入ることになるから』

「え、ちょっ−」

 昌大が詳しく聞こうとしたところで、描樹側から電話が切られる。

「…」

 無言でスマホから行く予定のない別のところのパンフレットに持ち替えて、勢い良く地面に叩き付けた後、看護婦に怒られる昌大なのであった。

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