第5話

カーテンの隙間から光射す少し暗い部屋やそこら中に漂う独特な薬品のものらしき匂い、土台部分にはいくつかの車輪がついている寝具…鳳高校に殲魔が現れた数時間後、自宅から一番近い総合病院にて昌大は目を覚ました。その病院には何度か入院をしたこともあったが、なぜ自分が今その場所にいるか理解出来ず、周りを少し散策しようと床に足をつけたその時、

「痛っ…!」

 腹部を中心に体中に激痛が走り、その場に座り込む。起きてすぐで動揺していて気付いていなかったが、昌大のその腕には何本も管が通されており、座り込んだ時に開《はだ》けて見えたその胸にはミイラという程ではないが何周にも包帯が巻かれている。そんな自分の姿を見て何故かだんだんと冷静になっていき、その場所がどこで、何故そこにいるかを理解する。

「んーと、殲魔の攻撃を躱して完全に力尽きて…やっぱりあの時の俺は結構重症だったのか。周りになんか今がいつなのか分かるものは…ないな」

 昌大は自分の寝ていた寝具の周りを見回すが時計の一つもない。寝具にはナースコールボタンがあるが、明らかに時間は深夜を過ぎているし、体調が今現在悪いわけでもない。そんなことを思いながら寝具へと戻り、とりあえずその夜はそのまま眠ることにした。


 翌日。夜中に一度起きたからだろうか。昌大が起床した時間は普段と比べるとかなり早く、眠気もほとんどなかった。それから暫くの間、何か暇を持て余すものもない為、昌大が天井のシミを数え続けているとガラララと部屋の扉が開く音がする。その音のしたところには、昌大が幼い頃から何度も顔を合わせたことのある看護婦がおり、二人の目と目が合う。が、すぐにその看護婦は廊下からナースセンターの方へ「急患で運ばれた夕崎君、目を覚ましましたぁぁ!!」と大きな声を出しながら走っていく。

「…そんな叫ぶ程だった!?」

 それから暫くし、先程の看護婦が主治医と共に昌大のもとへ戻ってきて、横の椅子に腰掛けて彼にいくつか質問をする。

「昌大君、身体が何かおかしいとかはあるかい?」

「いや、腹が痛いだけです」

「記憶が何か抜けているとかは?」

「それも多分大丈夫です。力尽きて気を失った後以外は覚えているので」

「そうか…一応明日中に精密検査をして、何も異常がなければ3日後以降に退院だな」

「わかりました」

 何か書き終えた主治医は部屋を出る直前、扉の前で立ち止まり、何か思い出したかのように昌大の方へと振り返る。

「そういえば、昌大君。多分だけど今日の昼頃、殲魔特別対策組織の人が君のところに来るから準備しておきなさい。じゃ」

 そう言って主治医は看護婦と共に部屋を後にした。

「…暇だな」

 昌大はそんなことをぼやきながら窓の外で飛んでいる鳥を見つめていた。

 それから一時間ほど経ち、昌大が心を無にして一人じゃんけんをしていた時…

「じゃんけーん…」

「(お)兄(ちゃん)~!!」

「トゲシっ!…」

 鏡果と剣斗が飛びつき、腹にダメージを負った昌大はピクピクと震え一瞬意識を失いかけるが、ヤマに額に向かって素早いチョップを食らうことで意識を取り戻す。

「昌大おきな!まだなんも話してないんだから」

「痛っ…」

「ほらこれ。あんたのスマホと部屋から適当に漁ってきた愛読書だよ」

 そう言ってヤマが渡した鞄の中には、昌大が普段使いしていると青少年なら心躍らせるような性的な本が入っていた…のを見た瞬間、その性的な本を昌大は地面に叩き付け、ヤマに顔を近づけ怒鳴り始める。

「母さん!!!」

「ん?」

「『ん?』じゃねぇよ!!小説か何か持ってきてくれたのかと思ったら“愛読書”ってこれかよ!確かに結構お世話になってるけど…てかなんで知ってんだよ!」

「…母親だから?」

「理由になってないよ!!」

 そう言いながら昌大は寝具に付いている机をバンバン叩き落ち込んでいく。それからしばらく後、完全に心が沈んで顔を伏せた昌大の肩を剣斗が優しくポンポンと叩き言う。

「…兄ちゃん、今 度なんかおごるから元気出して」

「うん…」

 その言葉を聞いた後、できるだけ顔を普段と同じものに戻し起き上がる。

「そういえばさ…俺の意識がなかった間、どのくらい被害がでたんだ?」

「んーと…意識がいつからなかったのか知らないけど、最終的に被害は高等部の教室棟が一部損壊、高等部グラウンドほぼ全壊、死亡者0名の重軽傷者約300名だっけな?」

 昌大の問いに鏡果はそう答えた。事実、腕を殲魔に持ってかれた者はいたが、政府公認の組織により殆どの者の傷の完治などが終わっているのであった。剣斗が今度は話し出す。

「どうやら政府公認のとこの隊員が高等部にいたらしくてね。応援を呼んでおいてくれて、本人は勇敢にも殲魔と闘ったって噂だよ」

「…そっかー」

 昌大がつまらなそうに反応したところで、三人とも荷物を持ち扉の方へ歩いていく。三人は扉の前まで行くと、主治医のようにまたそこで立ち止まり昌大の方へと振り返り一言ずつ言ってその場を後にしていく。

「とりあえず、入院中もう一回ぐらいは来るから、何か緊急であれば連絡して」

「兄ちゃん無理しすぎないようにね」

「お兄早く退院しないとそれ系の愛読書全部燃やしとくから…」

「まて、燃やすのだけは…」

 ピシャン…昌大が言葉を言い切る前に扉は閉められる。

「…頭がおかしくなりそう」

 だが彼への訪問は終わらない。すぐにコンコンとドアが叩かれ、扉が開く。そこにいたのは描樹…なのだが、昌大の知る緩いの服装とは全くが違い、ピシッとしたスーツに身を包んでおり、何かオーラのようなものも違うと昌大は感じていた。

(か、描樹先生…だよな?でも普段とまったく違う人間に見えるし…そうか!きっとこの人は先生の兄弟…)

「よっ、昌大!」

(あ、なんだいつもの描樹先生か」

「多分声に漏れているよ、それ」

 普段のよく知っている描樹子を見て、真顔になる昌大。そしてそんな昌大を見て笑いながら入ってくる描樹のその手には、普段の姿からは想像の付かないようなしっかりとした革の鞄がある。寝具の横まで行くと、その鞄を寝具に付いている机の上に置き、近くの丸椅子に座り、メトロノームの針のように身体を前後に揺らし始める。

(この後、なんかの組織の人が来るらしいのに…さっさと先生に帰ってもらえればな)

「…先生、今日はどうしたんですか?」

「あーね…ちょっと待ってくれ」

 そう言うと描樹は持ってきた鞄の中を漁りだし、そこから何かファイリングされたものと名刺のようなものを広げて昌大と目を合わす。

「…こんにちは、夕崎 昌大君。対・殲魔撲滅組織“Artemis”日ノ本支部所属、描樹 楓悟中佐であります」

「…え?」

 描樹が名刺をこちらに差し出すが、昌大は何が何だかよくポカーンとしてしまう。

昨日さくじつ、我が組織は政府の公認の下、レベル.ハザード以上の器具憑きの力を君が持っていると判断し、身柄の確保と保護・監視することを決定し…おーい昌大聞いてるか~?」

「…」

「…ていっ!」

「痛っ」

 描樹は勢いよく昌大の額にデコピンする。昌大は下を向いて弾かれたところを掌ですりすりと擦り、顔を上げてまた描樹の方を見上げ口を開く。

「っは~!…先生痛いっす」

「いやさ、『私は奴らとの闘い方を知っている…』的なムーブみたいなことしてたんだから、なんとなく気づいてなかったの?」

「あ~…あの時は完全に戦闘狂みたいになってたんで、所々記憶があやふやななんですよね…で、監視とかってのは何ですか?俺、牢獄行きですか?」

「いや、そういうわけではないよ。ほらこれ」

 そう言ってファイリングされたもの一枚を指さして昌大に見せる。そこには、

“新規入隊者募集、応募はこちらから…”

と大きく電話番号と共に書かれている。昌大はその資料を見せられたのか分からずきょとんとしていると、トントンと資料を突いてこう続けた。

「昌大、君には僕らの組織に入ってもらう。絶対に」

「俺が入隊ですか…」

 昌大はシンキングポーズをとったまま、しばらくの間その状態で固まり考える間、いくつか描樹は付け足していく。

「入隊後、研修生の間は組織が運営している寮で生活してもらうけど、それが終われば、普通に現在住んでいる家で暮らせるし…」

「う~ん…」

 その内容を聞きながら昌大は依然として悩み続ける。

(…このまま嫌がらせを受ける生活を送り続けるのも嫌だし、心機一転も良いかもしんない。でもこれ…隊員としてというより、兵器という感じだろうな。そうなると…下手すれば今以上にストレスが増える可能性もあるな…あぁ~!!どうしたら…)

「組織の関連する高校にも学費免除で通うことだって出来るけど」

「これからよろしくお願いします!!!!」

 その一瞬で昌大は悩むことをやめた。昌大にとって、今通っている鳳高校はただただ自分が苦しくなることしか何もできない場所なのである。弟達と違い、能力が何にも敵わない自分は『学歴で何とかするしかない』としか思えずにずっと過ごしていたのである。描樹のその申し出は、昌大には家族や描樹との生活以外で初めての光だった。だがそれを聞いたうえで一つ、彼には疑問ができた。

「…でも、俺が転校したら先生はどうす…」

「あ、俺もついていくよ?昌大の監視係として」

「じゃあ何でもないです!」

「よし、それなら書類にサインしてくれ!転校手続きとか諸々やっておくし、不安なら受理された証拠もちゃんと出すし」

「わかりました」

 言われた通り、昌大は入隊志願書等十数枚の内容を確認した後、全ての書類にサインしていく。それが終わると描樹は出したものを鞄に全て戻し、立ち上がる。

「んじゃ、明後日までには連絡するから待っててくれ」

 そう言い残して描樹はその場を去っていった。昌大は描樹の姿が見えなくなると、何か思い出したのか、「あ…」と声が漏れてしまった。

「…母さんに何も伝えず決めちゃった☆」

 だが、その日は普段以上に疲れが一気に回ったのか、数秒でそのことを忘れ、昌大はのんびりとスマホを見つめてその日は過ぎていった。

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