第2話
昌大は、遠い何処の誰のかもわからない記憶を見ているように感じる。それは荒れ果てた何処かにある何かの基地の跡地のような所で、右腕のない見たことのない誰かと、おそらくこの視点の持ち主であろう誰かが話しているようだ。だが、会話の途中に頻繁に入ってくるノイズで、昌大はあまりよく聞こえていない。
『―g憑きは――の世界にh―』
『憑き』と『世界』。昌大はその言葉しか良く聞き取れない。そこから思い浮かぶのは世界の人々が持っている器具憑きの事だけだ。もっとその話の内容を聞き取れれば村正や謎の声の正体について分かるのかもしれない...その為に記憶の深くへと入り込もうとした昌大だが、その思いを壊すかのようにノイズが強くなり、視界が暗くなっていく...
完全に真っ暗になったと思えば、昌大は目を覚ました。昌大の息は荒くなっており、寝ているうちに凄い量の寝汗を掻いたようで、シーツはグショグショになっていた。よく周りを見ると、そこは物心ついた頃から見慣れた昌大にとっての我が家...喫茶店・黄昏園だった。取り敢えず昌大は顔を洗うために起き上がり、洗面所へと向かった。
「昨日俺ってどうやって帰ったっけ...覚えているのは、クズに谷近くに連れて行かれて、殲魔に遭遇して、そのあとあの謎の力で倒して...あとは覚えてないな。...やっぱりこの鋏が関係あるのだろうか?」
そんなことを考えていると、正面からドタドタと走ってくる音がどんどん昌大に近付いていく。昌大は何も怖くないように音のする方へ歩いていく。
「まさ兄ぃ~!!!」
「兄ちゃあぁぁん!」
その声が聞こえたときには昌大の腹に二人の男女の子供が飛びついて、昌大は地面に転がった。が、すぐに起き上がり二人に声を掛ける
「おい...急に飛び込んできて、お前達が怪我したらどうすんだよ。
「ごめんごめん。兄ちゃんがあまりに起きなくてさ、俺らずっと心配してたから嬉しくて...」
よく見ると二人には涙を流した跡がある。そんな少年たちに「心配した」と言われ、昌大はこの家の存在の有り難さが身に染みる。少女の方は夕崎 鏡果、この家に住んでいる子供で、年齢は14歳。見た目については、美少女とでも言えばいいのだろうか。顔はとても整っており、現在は中学3年生ながら、人気モデルとして活躍している。因みに、学力は県内トップクラスである。
「いやぁ...まさ兄はよく怪我して帰ってくるけどさ、まさか3日眠ってしまう日が来るとは...」
そう言って少年は、自分が立ち上がった後、昌大に手を伸ばし起きるのを手伝う。彼の名は夕崎 剣斗、14歳。鏡果の双子の兄であり、現在は様々な武術で全国レベルの賞を獲得している。容姿はイケメンという言葉が似合うほど格好いい。が、昌大は2人を床に正座させ説教を始める。
「あのなぁ...俺を心配してくれてたのは嬉しいけどさ、お前らは今、社会的にはどういう認識にある立場だ!言ってみろ!」
「えーと...ちょっとモデルやってる中校生と」
「少し武術で良い成績残してる中校生です」
「......お前らはぁ...現在超人気モデルで仕事と学校のバランスギリギリの美少女と!現在では全国レベルの実力で、テレビにも見ない日が少ない程のイケメンだろうがぁぁぁ!!!大体なあ...」
「いやぁ私たちまだまだ雑魚な方だし...てか論点ずれてない?」
「ズレとらんわ!」
鏡果達は論点が少しずれてると思った。だがそうでもないらしい。説教が再開する。
「あのな、お前達はまだまだテレビでなにか披露するとかあるんだろ?特に剣斗。もしそれで「密着取材とかなのに怪我で大会に出れない」とかになったらどうなると思う?放送できからとかで賠償金とか課せられたりするし、スポーツ推薦とかも危うくなる。鏡果の方は、モデルってその姿を写真とかに納めるだろ?怪我とかしていた場合、モデルの仕事にも行けなくなるし、勉強効率も明らかに下がってしまう。そうなればいろんな事が大変だ。それに怪我してしまったら俺としてはすごく悲しいし......だから出来るだけ怪我する行動は避けるように」
「「...はーい」」
「よし、2人とも朝飯食いに...イテッ!」
昌大は後ろから誰かにおたまで殴られる。だが、そこには優しさによる力加減と家族の暖かみを昌大は感じる。
「...ったく、あんたは自分が一番心配かけてたの忘れたんか!全く知らん人に送ってもらって...」
「いてぇよ、母さん。心配かけてごめん...でも、殴られたの俺とかじゃなきゃ頭割れてたぞ!」
「いや、兄ちゃん頭から血ぃ出てるって」
その言葉通り、昌大の頭からは血が小さな噴水のようにピューピュー出ている。昌大がそれに言われてすぐに絆創膏を貼ると、頭から出ていた血は吹き出なくなっていった。昌大が母と呼んだ女性。夕崎 ヤマはブログで生計を建てている?らしい女性で、昌大達の母親である。
「もう茶番しとらんで、飯食うよ!」
「「はーい」」
食卓についた昌大は、家族達との他愛のないしながら食事を終え、準備をすぐに済ませ学校へ向かった。向かう途中昌大は考える。
「食事中の話題にも出てきた、俺を家まで運んできた男...そいつは『自分は彼が転んだのを見て、学生手帳から家を調べて連れてきた』と言った...俺は基本的に隠し棚に学生手帳はいれているのに、どう調べるんだ...?...何か悪いモノが迫ってくるかもしれんし、そいつの正体は早い段階で調べよう」
昌大が学校へ着くと周囲からの視線を感じる。普段から見られてはいたが、今日はいつも以上に見られている。そのことを少し不思議に感じながら、昌大は教室へと入る。その瞬間...!
「犯罪者が立ってんじゃねぇよ!」
昌大の背中に衝撃が走る。衝撃によって昌大は倒れるが、倒れた後は、後ろから無数の鈍器のような物で殴られると共に、クラスメイト達から訳もわからず罵声を浴びせられる。
「クラスメイトを殺そうとするとか人としてあり得ない!」
「自分が仲良くしてもらってたのに、何の腹いせよ!」
「殲魔の所に誘導するとか最低...」
「みんなもういいよ...二人はパニックになってるけど、一応僕らは無事だったわけだしさ、ね?」
鬼嶋が少し悲しそうにニコッとする。
(そういうことか...)
昌大は何となくだが、こんな状況になった理由がわかった。鬼嶋だ。鬼嶋は、まるで昌大があの場所へ呼び出し、鬼嶋達を殺そうとした...そんな風にクラスのグループチャットか何かに流したのだろう。取り巻き達は本当に今日学校には来ていない。それも利用すれば、言っていることにも信憑性が増すようなのがこの世界だ。そんな状況下の教室に担任が入って来る。が、一度だけ昌大達の方を向くと「みんな席につけ~」とだけ言って、何も見ていないかのようにホームルームを始める。
「あー...まず佐々木と木下のことだが、暫く精神を安定させる為に自宅療養することになった。どうやらこのクラスにそうなった理由がいるらしいが...」
クラス全員が昌大を見る。いつも以上に嫌な目を向けられ、昌大の精神は狂う寸前の状態へと向かっている。その状況が午前の授業の間ずっと続き、やっと昼になった。昌大が屋上へ行く道すがらでもひそひそと陰口を叩かれ、バケツの水を浴びせられたときもあった。屋上に着いて、昌大はタンクトップになって服を乾かす。服が乾くまで弁当を食べながら、謎の鋏を見つめる。
「そろそろ精神が病むだけで済む話じゃなくなってきたなぁ...今までの自分なら、今すぐここから飛び降りるけど、この鋏の謎をそのままにはしておけないし...」
「君はあの偽優等生クンに仕返ししたいと思わないのかい?夕崎」
「いや、それはしたいけど...って、うわっ!」
昌大は急に後ろから声を掛けられ驚き、鏡果に作って貰った弁当を落としてしまう。
「鏡果の弁当がぁ~......なんすか急に話し掛けてきて。弁当落ちちゃったじゃないすか...
この男・
「いやぁ、僕の教え子の中でも特に美術の成績が良い君が、自分の
そう優しそうな声で描樹が話すと、昌大は心の中の思いを言葉にして描樹に向けて爆発させる。ずっと長い間、鬼嶋にリンチにされたり金づるにされていたこと。殱魔の出やすい谷に連れて行かれ、実際に遭遇したこと。鬼嶋が能力を使って自分を囮として残したこと。そして―
「―あの謎の力が覚醒して、なんとか殱魔を倒した。だろ?」
昌大は驚く。自分使った謎の力のことは、信頼している家族たちにもまだ伝えない。それなのに、自分にとってはただの教師でしかないこの男が、なぜ力のことを知っているのだろう、と。それに恐怖した昌大は、後退りしながら言う。
「あんたはそれをどこで知った...?」
後がどうなろうと関係ない。もしかしたら答えを聞く前に死ぬかもしれない。けど、発せられた言葉はもう心の中へは戻らない。そんな覚悟で昌大は聞いた。だが、答えは意外にも普通の返しだった。
「いや、君を家に送り届けたの僕だよ?」
「え?」
「君が鬼嶋クン達に連れて行かれた後、暫くして君がいるところへ向かったんだ。その道中で鬼嶋クンとボロボロになったその取り巻きクン達が急いで降りてきているのが見えてね。急いでショートカットして行ったら、」
「俺が殱魔をあの力で倒して、倒れた?」
「正解!」
少しよく分からないところがあるが、なんとか昌大は理解した。
「俺の担任でもないから、母さん達はわからなかったのか......まあそれは別として、復讐なんてあの力使うしか、できないんじゃないですか?」
そう昌大が描樹に尋ねると、クククと笑いながら言った。
「実はそうでもないんだよ。君は僕が能力使ってるの見たことあるよね?」
「まぁ一応...確か筆の器具憑きでしたよね。物理法則無視の、自由に浮かせたり、飛ばしたり、同時に10本ぐらい動かすアレ」
「そう!僕の能力は筆系なら何でも操れる...鉛筆でも、毛筆でも、はたまたボールペンでも!」
狂気的な笑顔を浮かべる描樹に若干引きながら、昌大が聞く。
「…それで、改めてそれがどうしたんですか?」
「君の能力は一般名詞系の鋏だ...つまり、僕と同じようにその一般名詞にカテゴライズされる様々な種類の物を浮かしたりすることが出来る。試したことはあったか?」
その言葉を聞いただけで、昌大の心拍が上がっていく。今までバカにされていた能力が...何度も死にたいと思わせてきた能力が...周りに見返させることが出来るのかもしれないのだから。
「僕が君にその力を教えてあげよう...さぁ、復讐しようか」
昌大は今、授業をサボって描樹に自分の器具を浮かす力の訓練をしてもらってる。
「夕崎。力を使うと体力の消費が激しいが、君は基礎体力の量がとても良い。だから、憑きの質を深くしよう」
「先生、憑きの質とは何ですか?」
昌大は憑きに質があることを初めて知った。質も何も、能力を使いこなすのは才能でしかないと思っていたのだから。
「器具憑きの力には、その力の持ち主との適合率というものが存在するんだ。君は今は大体適合率46%ってとこだ。だけど、今の君は、いわゆる三流だ。あ、鬼嶋は四流だから」
一応は教え子の自分に対して大分辛口だと昌大は思ったが、その通りな気もする自分がいるため、何も言わずにそのまま話を聞く。
「三流とは出来る人が努力しないことだ。だから成長しない。だから君は一流を目指せ。君が努力できることを僕は知っている。君は美術のとき、初めて使う道具でも試行錯誤して使いこなし、魅了されるほどの作品を創り出した。そのとき僕は君を『自分の最高の教え子にしたい』と心から思った...すまない、脱線したね」
昌大は知らなかった。目の前にいるただの顧問だと思っていた教師がそこまで自分に情を持っていたことに。嬉しさを抑えるのがギリギリな状態だ。だが、昌大はなんとか復讐に心を切り替える。
「訓練の方を」
「あ、あぁ...実は適合率を上げることが出来てね。その方法は自分の感覚をもうひとつの心の深くに入り込むことなんだ。そんなことしたこともないだろう?」
「...一応昨日ありました」
その言葉に少し驚く描樹だが、表情はすぐに笑顔に戻る。
「それなら早い!そのときの感覚でやってみてくれ!」
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