厄災の器具憑き

高菜哀鴨

第1話

 器具憑き...それは、この世に在るとされる器具の力を持つこの世界の住人達である。


 五月中旬。色鮮やかに咲く花の色より、夏を思い浮かばせる緑が増えてきた頃。私立鳳高校の校舎裏では1人の少年が3人の同級生らしき少年達にリンチにされ倒れていた。

「やめてくれ、鬼嶋!もうお前に渡せるだけの金が無いんだ!」

「...は?やめる必要ある?金出せないなら当然だろ。てか君さ、僕と戦えるほどの力じゃないじゃん。誰に口聞いてると思ってるの?無能夕崎」

 そう言いながら鬼嶋は少年・夕崎 昌大ゆうざき まさひろの顔を地面に擦り付けるように踏みつけた。夕崎の顔に地面にあるガラスの破片や尖った石が刺さる。擦り付けられてる分刺さった物でどんどん顔に傷が付いていく。やられてばかりじゃいられないと思った昌大はなんとか取り巻き達を掻い潜り、器具憑きの力を使い、鬼嶋に攻撃を仕掛けた。

切断カット!」

 昌大の手に鋏のオーラのようなものが纏わり、そのまま鬼嶋に向かってくる。だがその攻撃は無意味だった。

圧力プレッシャー

「ぐっ...く、そぉ!」

 鬼嶋の声と同時に昌大の周辺に見えない重力のようなものが掛かる。そしてまた、昌大は地面に倒れる。身体がのめり込みそうな位にだ。昌大は鋏の器具憑きだが、鬼嶋は転圧機の器具憑きだ。どう戦おうと昌大側は勝てると思えないとどちらも思っている。

「いい加減さ、来んなよ学校に。お前は雑魚器具で、クラスでもぼっちだしさ?まぁ俺は、『浮いてる可哀想なぼっちに接してあげてる優等生』っていうイメージUPも出来たし、ある意味感謝してるよ。けど正直金無いんなら要らないわ。この時間はこれで終わりにしてやるけどさ、放課後またしてやるよ。あ、ちなみにクラス帰ったら『非常階段で転んで落ちた』って言えよ」

 鬼嶋はそう言って取り巻き達と笑いながら教室に帰っていった。残った昌大は残った力で何とか立ち上がり、石等を払って教室へ戻った。正直、昌大は自分の存在の意味を見失っていた。この世界では昔から、『器具憑きは皆平等である』と言われているが、実際は平等な筈もなく、力の差が全てな社会では立場の1つも変えられないと感じている。

 何故自分はこんなに弱い力なのか。何故世界は器具憑きなんて生み出したのか。何故世界は見下すものばかりに力を与えるんだ。そうやって何度も何度も、昌大は世界を恨み、憎んだ。その気持ちは呪いだ。今までは自分でコントロールしていたが、抑えが利かなくなってきている。この世界の人間は感情が完全にできなくなってしまった場合、別世界とされるところから来る、『殲魔』という化け物になってしまう。そうならないよう、人間は感情を保つように動く。

 教室に入った昌大は、クラスメートから軽蔑の眼差しを向けられ、通ろうとすると異様なほどに離れる。

「雑魚が汚い格好で教室に入ってくるんじゃねぇよ...」

「おいっ!聞こえるだろ!」

「あんなのがクラスにいると空気悪いわー」

 そうやってクラスメートがひそひそと話していると、鬼嶋がビックリしたように昌大に駆け寄って抱きつく。まるでこの様を初めて見たかのように。

「ゆ、夕崎君⁉どうしたのその怪我⁉」

 顔を近づけて昌大にしか分からないように、「分かってるよな?」と低い声で呟く。

「大丈夫、だ。ちょっと非常階段から転げ落ちてしまって...」

「ちょっと、無能!なに鬼嶋君にタメ利いてるのよ‼」

 クラスメートの女子の一人がそう言うと、周りも「そーだ!そーだ!」と睨みながら昌大に向かって言う。その中に鬼嶋の取り巻きもいて、そいつらは笑っている。それを鬼嶋が止めた。

「皆!僕が許してるんだから、口を挟まないでくれ!夕崎君、保健室に行こう」

 その声でクラスメート達は言うのを止めた。そして教室を出てから暫くし、鬼嶋は昌大を転ばせた。

「あとは一人で行けよ。お前を苛めるとき以外触りたくないが、これでまた株が上がっただろうしな」

 そう言って鬼嶋は教室へ戻る。昌大は保健室へ行って、湿布とかを貼って貰ったが、明らかに教師も嫌そうな顔をする。この世界では『力持たぬものには最低限』というものが暗黙のルールのようなものだった。教室に近づくとクラスメート達の雑音のような声が聞こえてきた。

「ほんと鬼嶋くんってさ、あんな無能に優しくしていて凄いよね!」

「そうだよな~。人が善意で助けてるのに対して、あんな態度とってさ。俺だったら蹴りお見舞いするぜ」

「駄目だよー。彼は彼の全てを出しきってけど、あれが限界なんだろうからさ。皆も優しくしてあげて」

 「っ...!あの野郎、あんなこと口で言っておいて...あいつが俺の怪我を引き起こさせてるんじゃねぇか、クソ!」

 クラスに戻りたくなくなった昌大は、授業をサボって屋上で寝ることにした。屋上への扉は常に開いていて、校内で唯一カメラが設置されていないところである。だが、屋上は昌大のような器具が弱い人間が自殺することが多いため、あまり人は寄り付かないのである。昌大は一度だけ、自殺に出会してしまった事があったが止めなかった。正直、誰が死のうと関係ない。この世界で感情に呑まれ化け物になるよりは、よっぽど自殺の方が良いからだ。それなら止める意味もないし、それが運命なのだろう。

「もし助けたとしても、支えがなきゃ生きられないし、俺自身ももうすぐ死のうとするだろうし。…けどもしも、この世界とこの力が無限大な何かなら俺は......考えんの飽きたな」

 昌大は眠りについた。そして昌大は夢を見た。すべての世界が闇に包まれ、人語を話すナニカと自分と同じくらいの背格好の少年が刀を振って戦う姿、少年の周りには血が溢れ、倒れている他の少年や、腰から下がない少女。そして少年から少し離れた所には本の器具憑きらしき力で援護する誰か。そして少年の服に釣り下がる...無数の鋏。それを見た瞬間、昌大は夢から覚めた。昌大の体には沢山の汗と、手で握っていた見知らぬ鋏。それを見て昌大はぞわっとした。すぐに昌大は鋏を捨てようとしたが、何故か捨ててはいけないと思い、できなかった。そして時刻は放課後だと気付いた。すぐに昌大は荷物を取りに向かったが、案の定3人組がいる。

「あれぇ~?夕崎クンはもう帰ったと思ってたよ~」

「...何をする気だ」

「いや~一緒に帰ろうかな~と。もちろん来るよね?」

 まだ殴り蹴りレベルなら良いし、あってもプレッシャー下でもっと圧力を掛けられる位だろう。そう思った昌大は荷物を手に持って鬼嶋について行った。ついて行った先は、周辺でも有名な殲魔が出やすい区域のところで、下には谷があり、底には川が流れている。

「因みに無能。お前に地獄を味わせ....て.....あっ...あ、あぁあ!ああぁぁぁぁああああ!!」

 昌大にとって、初めて見たそれは...『恐怖』だった。

 殲魔は元々この世界でないとされていて、異界門ゲートを通りやって来ることがある。個体さも激しいらしく、昌大達の目の前の殲魔の体は水飴のようにドロドロしていもすれば、氷のようにカッチカチに固まった所もある。そもそも個体でも、液体でも、気体でも、流体でもない。まるで混沌から生まれたようだ。鬼嶋達は固まっていたが、昌大は少しだが、動けた。が殲魔の畏怖の圧を打ち消しているように。そんな中、殲魔は触手らしきもので攻撃を仕掛けた。昌大は狙いを明らかに柔らかいところに狙いを定めた。

「ターゲットセット!...切断カット!」

 昌大は何とか攻撃が来る前に相手を切り避けるのに成功した。昌大は力を使ったことによって、身体的にも疲れが出てきた。

「ぷ、ぷ...圧力プレッシャーァァ!」

 怖がりながらも、鬼嶋は何とか触手に重力を重くし、触手を避けられたが、取り巻き達は避けられずに捕まった。

「た、助けてくれよぉ鬼嶋ぁ!」

「む、無理だぞこんなの!自分だけで精一杯なんだ!」

「...っち!両切断カットダブルス!」

 昌大は鬼嶋の取り巻き二人を縛っていた触手も頑張って切り落とし、ひどい頭痛に襲われる。だが、なんとか精神を保ち、ギリギリの体力で立っている。

「ハァハァ...鬼嶋、街からもっと強い人間を救援に呼んでこよう。俺達じゃ無理だ」

「...あぁ、そうだな...でも街にこいつが行ったら危ないしからさ...お前、囮な」

「は?...!っぐぅ.....!」

 鬼嶋はなんと、昌大を囮にするために昌大の周辺の重力を重くした。押し潰されそうな昌大は頑張って声を出す。

「おま、え...!俺の周辺、だけを...!殲魔の方じゃなく....!」

「大丈夫だよ~君のことは皆に『無能だからこれぐらいしないとって...』とでも伝えるからさ...恨むなよ、無能」

 生死に関わるこの状況での発言とは昌大には思えなかった。この期に及んで、自分のことを亡き者にしようとするのだから。鬼嶋達は昌大からどんどん離れて行く。遠く...遠く...。

(感情が抑えられなくなって、今にも呑まれそうだ...正直それでも良いのかもしれない。この器具の力を殲魔の方が使いこなせるかもしれないし...まぁこんな終わりなのか......)


『―変えろ』

 (何かの声が聞こえる。何か...体に近い場所から―)

『憎しみや恨み、呪いを力に変えろ…それがお前の力の一つなのだから―』

 昌大には意味が分からない。感情を力に変えること...それが殲魔だと習ったのだから...つまり殲魔になれと...昌大は覚悟を決めた。支配できない感情を全て一点に集める。それは気味悪いもののつまった球体に包まれていくような感覚。それでも昌大はやり続ける。たとえ、殲魔になるとしても...感情の球体の中に一筋の黒くも白くもある一筋の光が指した。その光に導かれるように、昌大は感情の奥へと潜る。たどり着いたと思ったら、昌大は頭の中に夢で見た刀のようなものを思い浮かんだ。そうすると何故か自分でも知らぬ言葉を発していた。

「情呪属、超級器具憑き、レベル.ハザード...妖刀・村正」

 昌大は髪の色が半分黒から変わり、全体の4分の1が紺、もう4分の1が薄紫、残りが黒だ。右目からは感情のオーラが出ており、紺と紫の刀身の刀を持っている。昌大は右足を少し下げると、右目だけを開ける。

「器具憑依、固有術...『血の災厄・烙』」

 その言葉を放ったときには、殲魔の体に無数の傷が付く。だがそれで終わらない。その傷から出てくる血は紅く燃え、殲魔を包み込む。殲魔は鳴きもせず、最後には塵も残らなかった。そして昌大の見た目も戻って行く。

「よし、なんとかなっ、ゴフッ!...ゴフッ、ゴフッ...」

 昌大は肺が焼けたような痛みに見舞われ、吐血した。戦いが終わるのを待つように...そしてついに意識を手放した。

「ふーん...ついに出たか、この街にも超級器具憑きが...」

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