【6】

 ◆



 総菜屋の品出しのアルバイトを終え、俺は夜の公園で地べたに座りながら、のんびりと煙草の紫煙を燻らせていた。

 晴れた夜空の下の空気はじっとりと湿気に満ちており、半袖になっても暑さは拭えない。襟元を掴みぱたぱたと服の下に風を送ると、汗が気化する過程で幾らか肌表面は冷えてくれるものの、仰ぐのを止めるとまた汗が滲んできて、不快な熱気に苛まれた。

「ねえ、コンビニ行ってさ、箱一つ買ってきてくんない? お金なら出すから」

 俺の横には、生意気そうな目をした女の子が一人、同様に煙草を口に咥えながら紫煙を吐き出していた。彼女が成人していない事はバイト先で聞いて知っていたので、勿論言う通りにする気は毛頭無い。今彼女が口に咥えているものも、彼女が自前の巾着袋に忍ばせていたものであり、俺はただ要求されるがままライターを貸してやっていただけだ。

「だーめだよ」

「なんでいいじゃん、お願い」

「んー」

 生返事をしながら夜空を仰ぐ。細い繊月が浮かんでいるのみで、星は見えない。

「もう少しだけ待てば、自分で買えっからさ。ちょっとだけ待ちなよ」

「駄目待てない無理」

「つってもねぇ、未成年でしょ? 犯罪になっちゃうから、俺はちょっと手貸せねえわ」

 街灯の明かりを避け、わざと一層濃い闇夜に紛れ、悪事の味に浸る。吐き出した煙は闇を漂い、街灯の明かりに触れ、くねくねと踊るように霧散した。

 少女は俺の横でむくれ「いいよじゃあ、別の人に頼むから」と最初からそうすればいいであろう案を口にして、わざとらしく苛立ちを紫煙に乗せて乱暴に吐き出した。俺は、少女の清い身体が毒素に冒されていく様を、影に身を浸らせながら、ただ茫と眺めていた。

「うん、そうしな。ごめんね、融通利かなくって」

「いいよ、真面目なんでしょ?」

「真面目、ねえ……」

 少女からそう言われて、それ以上何も返せなかった。俺はただ、そうするべきだという固定概念に従って、少女の要求を突っぱねただけだ。別に正義感だとかそういったものは持ち合わせていないし、あれば今目の前で少女の吸っているそれをすぐさま取り上げている事だろう。

 結局、関わらないのが一番だと、そう思っているのかもしれない。狡い大人に育ってしまって、心底自分が嫌になる。この子には、もっと人と真っ向から向き合える、そんな人に育って貰いたいものだと思った。

「さて、そろそろ俺は帰るよ」

 よっこいせ、とその場から立ち上がり、尻に付いた土をぱんぱんと軽く払う。隣で腰を落ち着けていた少女は「待って、一本吸ったら一緒に帰ろ」と慌てた様子で残りの葉を吸い始めた。

 おいおい、そんなに深く吸って大丈夫か。

「いいよ、ゆっくりで」

 少女の頭上から優しく声をかけてみるが、少女は意に介していないようにその場からぱっと立ち上がり、若さの為せる肺活量でさっさと煙草を吸いきり、吸い殻を足元に落とし、靴の裏で火元を潰した。

「終わった、行こ」

 少女の靴の裏から見えた潰れた吸い殻に、どうしたものかと思考を巡らす。周囲を見渡し、寂れたベンチに数人のホームレスが身を寄せあっているのを視界に留め、いよいよ罪悪感が勝り、ポケットから携帯灰皿を取り出すと、潰れた吸い殻をひょいと摘まみ上げ、ぽいと灰皿にそれを放り込んだ。

 一連の流れを見ていた少女は、ぽかんと目を丸くする。

「ちゃんと持ってんだ、やっぱ真面目だね」

「一応ね」

 携帯灰皿をポケットに戻し、少女と並んで夜道を行く。向かう先はバイト先の最寄り駅だ。これから二人で電車に乗り、お互いの家に帰るのだ。


 帰る? 何処に。

 家とは、何だ。俺の家? 違うよ、俺には帰る家なんて無い。

 じゃあ俺は、何処に帰るんだろう。

 貴女の家、そう、あの子の家。

 俺を生んだあの子の家。


 うん、そう、俺には。

 他の子たちみたいに、帰る場所や、部屋は、何処にもない。

 俺には何も、何も、ないんだ。

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