魔導技師のある一日
つくえがみさとし
魔導技師のある一日
「直りますか……?」
依頼人の婦人は、心配そうな表情で仕事を覗き込んでいた。
ドワーフ族の魔導技師は、人の背丈ほどもある三角フラスコのような形状をした魔法装置の内部を調べている。
「あー……パーツを交換で一時的な修理はしておきましたが……ただ、このままだと再発するでしょうね」
この装置は、魔力ジェネレータ。
各家庭に一台は設置されており、冷蔵庫や洗濯機などの魔導具に安定した魔力を供給するための装置だ。
魔導技師にとって、ジェネレータの修理はよくある仕事の一つ。
家庭用魔道具のほとんどがこのジェネレータの供給に依存しているため、緊急の案件として呼び出されることは珍しくない。
今回も、そんな仕事の一つに過ぎなかった。
「再発、ですか?」
「ええ。魔力環境が良くないんですよ。パーツの配線にびっしりと霊障の痕跡がありましてね。……近所には、神殿や墓地などがあったりしますか? 病院などでも良いんですがね」
「いえ……ですが、どうして?」
「不安や恐怖といった否定的な感情が強く集積する場所は、不安定化した魔力が溜まりやすいんです。そういう場所の近くでは、不安定化した魔力が配線に固着する霊障、という現象が起きます。ジェネレータの安定稼働が阻害されてしまうんですよ」
その説明に、婦人は、不安げな表情になっていた。
ただでさえ細い身体が、さらに小さくなったように見える。
「つまり、環境が悪い、ということですか?」
「まあ、有り体に言えば、そうですね。標準のシールドで防御しきれないところを見ると、そこそこ強い霊障が起きています」
説明を受けて、次第に表情が曇ってゆく婦人。
「どうにか、ならないものでしょうか。これでは生活ができなくなります」
「シールドのアップグレードで対応はできますが……霊障の根本がわからない限り、どれくらいの製品が良いのか判断もできません。神殿で採用されるような最上位の製品はいいお値段もしますし、気軽にはお勧めできないんですよね」
そんな会話に、突然、割って入る音。
ドン、という床を叩いたような衝撃が、上階から発せられていた。
その音に、婦人は怯えたような表情を見せる。
魔導技師は、何かを察していた。
「オプション料金で魔力環境の調査を請け負っていますが、いかがします? 原因が判明すれば対処も可能になるでしょう」
「あの……いえ、やめておきます」
「……そうですか。では、今回はパーツ交換だけ、ということで。また障害が出るようでしたらお知らせください」
「はい……ありがとうございました」
こうして、魔導技師は、家を後にした。
それ以降、この家から依頼が来ることはなかったのである。
魔導技師のある一日 つくえがみさとし @Tsukuegami
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