第65話「天罰」
居酒屋を飛び出た渚ちゃんを、俺は慌てて追いかけた。
全力で、全速で、小さな路地すらも見逃さないような繊細さを保ちながら。
それは5年前のあの時に身に着けた慎重さだ。
突然駆け出したルーを、俺はついに見つけることが出来なかったから。
おかげで、というべきだろう。
すぐに渚ちゃんを捕まえることが出来た。
居酒屋を出てから5ブロックほどの場所で、渚ちゃんは道沿いに設置されたベンチに座り込んでいた。
「渚ちゃん!」
「……ああ、先輩」
俺を見る渚ちゃんの目からは、まだ涙がこぼれている。
「大丈夫!? 転んだりぶつけたりしてない!?」
「大丈夫ですよ、急にどうしたんですか……って、ああ、なるほど。わたしが転んだりどこかに体をぶつけたりしたからすぐに捕まえられたと思ったんですね。ふふ、さすがは先輩。優しいですね」
涙をグイと拭うと、渚ちゃんは無理して笑った。
「でも大丈夫、転んでもぶつけてもいません。酔ってるから走れなかった、というのもまた違います」
重大な隠し事を打ち明けるかのように、まっすぐに俺を見た。
「わたしはね、先輩に見つけて欲しかったんです。だからこうして、見つかりやすいような位置にいたんです。ほら、家出した子供が意外と家の近くで見つかったって話、よく聞くじゃないですか。あれと同じ心理です。わたしは先輩に迷惑をかけて、心配させたかったんです」
「……渚ちゃん?」
渚ちゃんの様子がおかしい。
何とは上手く言えないけど、とにかくおかしい。
「ふふ、意外ですか? そうですね、今までのわたしとはイメージが違いますもんね。品行方正で謹厳実直で、真面目だけが売りの高城渚とは違いますもんね。でも……ねえ、見てください。これもまたわたしなんです」
「それってどういう……」
渚ちゃんがベンチをペシペシと叩くので、俺は大人しく隣に座った。
「……昔、
例の文化祭の日のことを、渚ちゃんは語り出した。
ルーに追いついた渚ちゃんが告白した『おつき合いする上での約束』の本当の意味を。
「秘密を共有する、障害を共に乗り越える、それがふたりの関係を強く結びつけるのだ。そのことをわたしは知っていたんです。知っていたからこそ様々な面倒を言ったんです。本当は1メートルの間を置かなくてもよかったし、下駄箱にラブレターを入れてもよかったし、学校の帰りに寄り道をしてもよかったし、ちょっとぐらい華美な服装をしてもよかったし、そもそもみんなに知られてもよかったんです。いえ、正確にはよくはないんですけど、先輩とおつき合い出来るのなら無視をしてもいい程度の障害にすぎなかったんです」
「うわマジか……」
俺は思わず唸った。
俺と渚ちゃんが共に過ごした中学生最後の1年間、あの時に共有した障害は、すべて渚ちゃんの計算から生まれたものだったのか。
「
今も覚えている。
俺の言葉を聞いた渚ちゃんの驚愕と、絶望の表情を。
忘れようったって忘れられない、あれは辛い光景だった。
「わたし、言ったじゃないですか。『どうしてですか』って。『アメリカと日本ではたしかにあまりに遠距離ですが、出来ないわけじゃないですよね』って。でも先輩は、頑として聞いてくれなくて……」
そうだ。
俺はあの時、取りすがる渚ちゃんの手を振り払って告げたんだ。
俺たち別れようって。
ホントにごめんって。
「ねえ、どうしてなんですか? どうしてわたしたちは、別れなければならなかったんですか?」
泣き笑いめいた笑みを浮かべた渚ちゃんは、俺の顔を覗き込むと。
「ねえ、先輩、教えてくださいよ」
心を震わせるような、切ない声で聞いて来た。
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