第63話「キャンプファイアを眺めながら」

 ルーは無事に戻って来た。

 怪我することもなく、何ごともなかったかのように渚ちゃんと談笑しながら戻って来た。


 それ自体は良かったのだが、まだ大きな問題が残ってた。

 それはルーの俺への想いだ。

 渚ちゃんが言うには確定だし、俺的にもたぶんそうなんだろうなと思う部分があった。

 

 だけど全然、その話は出て来なかった。

 ふたりは終始笑顔で、きゃいきゃいと俺と渚ちゃんの馴れ初めみたいなのを話してた。

 

 俺は改めて今まで黙っていたことをびたが、これもあっさりと許してくれた。

 むしろ動転して逃げ出してすまないと謝られた。


「んー……つまりはただの取り越し苦労だったってわけか?」


 拍子抜けした気分になった俺は、ボソリとつぶやいた。

 やっぱ女の子ってのはわからんわと。

 

 そうこうするうちにキャンプファイアが始まった。

 3メートルぐらいのピラミッド状に組み上げられた薪が下から徐々に、やがてゴウと凄まじい勢いで燃え始めた。


「ほおおおー、意外とやるわねうちの生徒会も。こんなにデカいの作るとはねえー」


 隣にいたちひろが感心したように腕組みし。


「ふっふっふ……見よや愚民ども。これが煉獄の炎……すべてを焼き尽くす終末の火……(キャンプファイアすごいですっ)」


 いつもの調子に戻ったルーが中二病言語を発している。

 炎に手をかざすようにしているのは、自らの魔術で燃やしたという設定なのだろうか。


「うおおおーっ! すっげえ火! 燃えろ燃えろーっ!」


 いつの間に来たのだろう、あんずちゃんが大きな声を上げている。

 傍にいるのは親御さんだろうか?

 銀幕のスターみたいな清楚美人のお母さんと、対照的に鬼瓦みたいな顔をした怖いお父さん。


「あれ、うちの両親です。先輩、挨拶でもしてみますか?」


 渚ちゃんがいたずらっぽく囁いてくるが……。


「い、いやあー……? さすがに今日の今日では勇気がね、出ないというか? ほら、向こうもいきなり俺みたいなのに来られても迷惑だろうし? 戸惑いの方が大きいというか? ね? ね?」


 目を泳がせながらの俺の返事を、渚ちゃんはくすりと笑った。


「ふふ、冗談ですよ。むしろ今挨拶なんてされたら、わたしが困っちゃいます。先輩に受け身のとり方を教える暇がないですから」


「あ、やっぱりぶん投げられるのは間違いないのね」


「ええ、そりゃあもう豪快に」


 口元を引きつらせる俺を、渚ちゃんは楽しそうに眺めた。


「でもきっと、遠くない未来の話なんで、覚悟だけはしておいてくださいね」


「そ、そう……うん。気をつけるわ」


 そうだな、たしかにいつバレるかわかったもんじゃないしな。

 どんなタイミングでバレるかはわかんないけど、一応覚悟だけはしておこう。


「あ、お父さんたちこっちに来る。ほら先輩、逃げないと」


「え、え、マジで? 待って、置いてかないでっ」


 ひょいひょいと身軽に人ごみをかき分けていく渚ちゃんを、俺は必死に追いかけた。

 

「あら、ダメですね全然遅い。いまいち真剣味が足りないんですかね。んー……じゃあこうすれば本気になりますかね? 杏ーっ、こっちこっち、お父さん連れて来てーっ」


「ちょ……マジで洒落にならな……っ?」


 杏ちゃんに向かって手を振る渚ちゃんを止めようと、俺は死に物狂いで駆け出した。

 必死な俺の姿を見た渚ちゃんは、堪え切れずに噴き出した。

 彼女の可愛い笑い声が、後夜祭の夜にこだました。 

 







 ~~~現在~~~




「うん……なんかもう疲れたわ」


「もういいわ、おまえら末永く爆発しろよ」


 俺と渚ちゃんの話を聞かされ続けた吉田安井は、疲れ切ったようにテーブルに突っ伏した。


「ああー、やってられんやってられん」


「なぜわざわざ同窓会まで来てこんなイチャコラ聞かされなけりゃならんのだ」


「逆に俺たちが聞かせる側だったら延々聞かせてやるんだがな」


「マジそれな」


「ああー、彼女欲しいーっ」


「マジそれしかねえわ」


 マッチングアプリが全然機能しねえとか、ナンパしたら警察呼ばれたとか、どうしようもない愚痴り合いを始めるふたり。


「くそっ、ヒロてめえっ、いま哀れなゴミを見る目でこっちを見やがったな!?」


「そうだそうだ、このウジ虫どもめみたいなあれを感じたぞっ!?」


「いやいやさすがに被害妄想がすぎるでしょ」


「うるせえこの幸せ者!」


「カップルで同窓会なんか来やがって!」


「わかった、わかったから落ちつけ、声がデカい」


 絡んでくるふたりをまあまあとなだめていると……。


「…………幸せ者?」


 ぼそり、渚ちゃんがつぶやいた。


「…………カップルで同窓会に参加?」

 

 水のコップを持ったままうつむいて、その言葉はひやりとした冷気を伴っている。


「……誰がそんなことを言ったんですか?」


 顔を上げた渚ちゃんの目は、完全に据わっている。

 あれ、ヤバい。このコ全然回復してない。

 むしろお酒が悪いところに入ってる。


「……誰が幸せで、誰がカップルだって言ったんですか?」


 ひさびさに向けられた氷の魔眼に、ふたりは思わず抱き合って怯え出した。


「え、ええとええと……おふたりが、です」


「高城さんとヒロさんが、です」


 ガチガチと歯の根も合わぬ震えよう。

 こいつらどんだけ渚ちゃんにトラウマあんだよってのはさておき……。


「な、渚ちゃんちょっと落ち着こうか。ほら、お水飲んで」


 渚ちゃんを落ち着かせようと声をかけたが、渚ちゃんはこれを全無視。


「……じゃないんですよ」


「渚ちゃん、ほら、手に持ってるお水をごっくんしようねー。出来るよねー? 偉いからねー?」


「……わたしたちはもう、カップルじゃないんですよ」


 ……。

 …………。 

 ………………。 

 ……………………あちゃー。


 渚ちゃんの爆弾発言に、場は完全に氷ついた。


「は? え? なんて?」


「今、なんて?」


「カップルじゃないって言ったんですよ。わたしと先輩は、もう恋人じゃないんです。わたしはあの後……先輩に……」


 渚ちゃんの瞳から、つつーっと一筋の涙が流れ落ちた。


「先輩に……フラれたんです……」

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