第62話「ルー④」
わたしが泣きやむまで、渚はずっと待っていてくれた。
隣に座り込んで、無駄に言葉をかけることなく、ただじっと。
その気遣いはありがたかったが、同時に自分をみじめだとも感じた。
後輩に、しかもライバルに気を使われるだなんて、なんて哀れな女なのだと。
だけど、だからこそ──
ここは意地でも、シャンとして見せる──
「落ち着きましたか?」
わたしの涙が乾き気持ちが落ち着き、覚悟が固まったのを見計らって、渚が声をかけてきた。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。あまり先輩を心配させるのも問題なので」
渚はすっくと立ち上がると、わたしに手を差し伸べて来た。
わたしが手を掴むと、驚くほど強い力で引き起こしてくれた。
「渚、今日のことは秘密にして欲しい」
「……秘密、というと?」
「我がグインを好きなこと。ずっと告白しようとしていたけれど、なかなかタイミングが掴めずにヤキモキしていたこと。ふたりがつき合っているのがショックで、嫉妬で身を焦がすようにしていたこと」
「……先輩への気持ちを押し込めるという意味ですか?」
意外そうな顔で渚。
「そうだ」
わたしは迷わず答えた。
「今ここで告白したところで、結果は見えている。奇跡は起こらず、わかりきった敗北だけが待っている。だったら言わないほうがいい。ただ単に『びっくりして逃げ出してしまった』と処理すれば、明日からは普通でいられる。今まで通り、友達でいられる」
多少はギクシャクするかもしれない。
でもきっと、そのほうがマシだ。
告白して、玉砕して、友達でいられなくなるよりもよっぽど。
「あなたがそれでいいのなら……」
何かを言いかけて、渚はかぶりを振った。
「いいえ、ごめんなさい。わたし、またウソをつくところでした。ホントは今、ほっとしたんです。ここであなたに告白されて、万が一にも先輩が心変わりしたら……そう思って、ほっとしました」
渚はわたしから距離を取ると、後ろで手を組んで振り返った。
「ごめんなさい、わたし、ずるい女なので」
そう言うと、ニヤリ口元を歪めた。
まるでアニメや漫画に出て来る悪役のような……いや、実際に彼女はそう振る舞っているのだ。
悪を装うことでわたしの敵愾心を煽って、生きる活力にさせようとしているのだ。
わざと傷つけることで心の
「知ってる」
「おや、知っていましたか」
「ずるくない女なんて、この世にいないから」
そしてそれは、わたしも同じ。
「ちなみに勘違いしているようだが、我はまだ諦めていない」
この場は退くが、それは永遠ではない。
戦術的撤退であって、恒久的な敗北ではない。
「中学生でつき合った者同士がそのまま結婚、なんてなかなかある話じゃない。ましてや渚はことのほか面倒な女だし、だったら別れる可能性は十分にある。我はそれまで辛抱強くグインにつきまとうだけ。そして隙を見つけ次第横からガブリと噛みついてかっさらうのだ」
「ほう、なるほど、なるほど……」
渚はわたしの言葉を噛みしめるようにうなずいた後──
「それはわたしに対する挑戦ですね? いいでしょう、受けて立ちましょう」
眉をきりりと引き締め、こう言った。
「でも、侮らないでくださいね? わたしはあなたが思うよりもずっと強く、先輩の事を愛していますから。ぎゅっと掴んで、離しませんから」
「気持ちなら、我も負けない」
「上等です」
「ちなみに、ちひろも同じ気持ちだと思う」
「ちひろさんは実妹ですからね、もとから敵ではありません。むしろ将来のことを考えるなら、積極的に味方につけておきたい人材です」
「……むむ、もうそこまで計算済み?」
「ええ、もちろん。わたしはずるくて、計算高い女なので。でも、そうですね……」
渚は真っ赤な夕暮れを見上げると──
「その未来は、なんだか楽しそうです」
心から嬉しそうに──
そしてどこかほっとしたように──
クスリと笑った。
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