第61話「ルー③」
「どこかに座ってお話しましょうか。といっても座るところはないですが」
屋上には空調関係の設備があるだけで、ベンチも何も無い。
本来なら生徒が立ち入るべき場所ではないのだ。
「……ううん、このままでいい」
わたしはかぶりを振ると、改めて渚を見た。
つややかな黒髪をベリーショートにした、ボーイッシュな女の子。
堅物で偏屈で
そんな風にみんなは言うけれど、わたしはまったくそう感じなかった。
意外と柔軟な部分があったり、ふとした時に優しい笑顔を覗かせたり。
みんなが言うよりもっとずっと、素敵な女の子だと思ってた。
考えてみれば当たり前だ。
わたしが出会った時にはすでに渚はグインとつき合っていたのだから。
──知ってる、グインには。
あの男には、女の子を柔らかくする成分が詰まってる。
「ゴホン、ええと、まずは謝らせてください」
咳ばらいをすると、渚はこれ以上ない真摯な瞳でわたしを見た。
「先輩とつき合っているのをあなたに黙っていたことを。あんなに頻繁に会って、遊んで、衣装作りでもあれだけ協力し合った仲なのに黙っていた。そのことを」
「……」
「……いえ、それは正確ではありませんね」
渚は小さくかぶりを振ると、きゅっと唇を噛んだ。噛んで、離した。
みずみずしい唇に、わずかに赤く、歯形が残った。
「わたしはあなたのことを騙していました。あなたが先輩のことを好きだと知りながら、先輩が薄々勘づいているのも知りながら、なおも秘密にするよう迫った」
「渚が……?」
「先輩とおつき合いする前の話です。わたしは色んな本を読みました。何か事を起こす時には事前に徹底的に調べものをするタイプなので、恋愛Howto本から心理学関係の書物まで、それはもう何冊も。初めて男性とつき合うにはどうすればいいのか。失敗しない、長続きする秘訣は何か。その中のひとつ、一番感銘を受けたのが『秘密の共有』でした。他人に知られてはいけない秘密を抱え、障害として乗り越えることでふたりの絆が深まり、連帯感が強まると。社内恋愛するカップルの結婚率が高いのもそのためだと、そこには書かれていました」
渚はどこまでも正直に──
「わたしは先輩が好きです。他の誰にも渡したくないし奪われたくない。そして出来れば、末永くおつき合いしていきたい。だから先輩に、秘密にするよう迫ったのです。女心を弄ぶ卑怯な男でいるよう願ったのです」
──飾ることなくまっすぐに語った。
「そのせいで、あなたを深く傷つけた。
渚は頭を下げると、わたしの言葉を待った。
罪人が刑の執行を待つような潔さで、じっと。
「……許すと思うか?」
「わかりません」
「……思い切り罵られたり、叩かれたりするかもしれないぞ?」
「かまいませんし、もともとそのつもりでやって来ました」
「……っ」
一瞬頭に血が上った。
心の底から、怒りが湧いてきた。
「なんで……」
そんなに潔いのだ。
「なんで……」
逃げ口上のひとつもないのだ。
「なんで……」
ここまであっさりと罪を認められて、どんな罰でも受ける覚悟を示されて。
いったい誰が、罰を与えることが出来るだろう。
口汚く罵ったり、頬をぶったり出来るだろう。
こんなに小さな、後輩の女の子に対して。
「そんなの……」
いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
渚に感じていた怒りが行き場を失い、体の内でぶすぶすと
「ずるいよ……」
立っていられなくなって、わたしはへなへなとその場に座り込んだ。
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