第55話「モテ期到来?」
さて当日。
俺は万全の準備をした上で本番に挑んだ。
真っ黒な燕尾服にズボン、白シャツ、クロスタイは臙脂色。
グレーのベストの裾に編み込まれた髑髏のモチーフがワンポイント。
3人の作ってくれた衣装はプロ並みの出来で、全体的にしゅっと締まったシルエットもクラスの女子陣からの評判が高かった。
「おおーっ? 本気じゃんヒロ」
「すっごい衣装の出来っ。どこで買ったのっ?」
「髪もオールバックにして……心なしか背筋もしゃんとして……」
口々に褒めてくれることで、俺のテンションもアップ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
お客さんへの第一声も、照れずにすっと口を出た。
執事喫茶自体も順調な滑り出しを見せた。
呼び込みが功を奏したのだろうか、あるいは女子陣のツテか?
下級生や他校の女生徒たちが、開店からわっとばかりに押し寄せた。
いまいちやる気のなかった俺以外の男子たちはこれに気をよくしてキザな台詞を連発。
髪をかき上げたり意味不明なカッコつけポーズを取ったりしながらお嬢様たちをもてなした。
準備万端整っていた俺も、颯爽とフロアを歩き回った。
お嬢様に声をかけ、席を引いてアテンドし、速やかに水をサーブ。
紅茶を淹れ、軽食を提供し、チェキのサービスにもにこやかに応じ……。
「……信じられん。もう3人からアドレスを教えられたんだが」
空き教室に臨時で設けられた休憩スペースでひと息つきながら、俺はしみじみとつぶやいた。
手の内にはお嬢様たちからもらったカードや付箋紙がある。
そこにはコメントやアドレスなどが書かれていて、おそらくここに連絡すればおつき合いが始まる仕組みになっているのだろうが……。
「は? え? ウソだろ? ウソだよなヒロ?」
「おいおいヒロくん、そんな見栄はらなくていいからね? 無理しなくていいから、俺たちは桜園の誓いを結んだ仲で……」
一緒に休憩に入った吉田安井が、動揺もあらわに聞いてくる。
「いや、マジだよマジマジ。ほら、これが連絡先。もちろんなにもする気はないけどさ、好意を向けられて悪い気はしないよな」
「お、おまえ……っ、なんだその余裕っ?」
「バカ言え、こんなチャンス逃してどうするよっ」
なぜか俺より必死になった吉田安井がぜひ連絡するように言ってくるが、その気は無い。
何せ俺には最愛の渚ちゃんがいるのだから。
「じゃ、じゃあ俺にくれよ。俺が代わりに連絡するから」
「な、なら俺も。ヒロでいいなら俺だってイケるはずだもんな?」
俺が処分しようとした連絡先を争うように奪いに来る吉田安井。
すると──
「バカじゃないの吉田安井」
「女の子の純情を踏みにじるとか最低、死ねばいい」
「だからあんたらはモテないのよ」
俺たちの話を聞いていたのだろう女子陣が、俺の手から奪い取った連絡先をビリビリに破いて捨てた。
「ああ……ああああーっ!?」
「お、俺たちのチェリー脱出切符があーっ!?」
女子たち非情な対応に、吉田安井は絶望。
その場に崩れ落ちると、真っ白になって燃え尽きてしまった。
「ヒロ。あんたもほいほいそうゆーのもらってんじゃないわよ」
「そうそう、ちょっとモテ期が来たからってさー」
「こんなのただの文化祭マジックだからね? 勘違いしないでよね」
女子たちの矛先は俺に向かって来た。
「お、おう、悪かったよ。なんせ思ってもみなかった事態だからさ、思わず断るの忘れちまって……」
執事に連絡先を聞いてはいけませんというルールを先に破ったのはお嬢様たちだが、受け取った俺は俺で悪い。
「……ま、お店が繁盛してるのはあんたのおかげでもあるわけだから許すけど」
「まあね……悔しいけど、その衣装は質が高いわ」
「けっこう練習もしたんでしょ? 他の男子とはクオリティが違うもんね」
素直に謝ったのが良かったのか、女子たちはそれ以上俺を責めることはなかった。
むしろ俺の衣装のクオリティの秘密や接遇スキルの理由について、目を輝かせて聞きたがった。
うお、すげえ。
モテ期到来とまでは思わんけど、こんなに女子に認められたの産まれて初めてだ。
いつもは変人対応係とかバカ3人組のひとりとか、そんな風な扱いしかされなかったから超新鮮。超気持ちイイ。
「ヒロー、ご指名入ったよー。休憩んとこ悪いけど出て来てよー」
悦に浸る暇も無く、次なる仕事。
というかご指名? すごいな、そんなことあるのか。
たしかに入り口に執事たちの写真は張っておいたけど、まさか本当に効果があるとはな。
「おっけ、今行くー」
俺は慌てて立ち上がると、直前まで話していた女子陣にひらひら手を振ってその場を後にした。
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