第56話「初日終了」
いざ教室に戻ってみると、俺をご指名したのはいつもの面子だった。
渚ちゃんとちひろとルー。
3人がひとつのテーブルについて、俺の戻りを待っていた。
「遅ーい、何やってたのよ兄貴。こっちはもう座っちゃったよ。椅子を引くところからが執事じゃないの?」
俺が遅れて到着したことでご立腹のちひろは、テーブルを指でトントン叩いている。
「先輩はずいぶん人気者のようですから、きっと休憩をとる暇もなかったのでしょう。だから多少の遅れはしかたのないことなのですよね? なにせ人気者なのですから」
渚ちゃんは渚ちゃんで、不機嫌そうに氷の魔眼を光らせている。
「う、噂によると、グインはお客さんからアドレスを聞かれたりしてたいそう人気だと聞いた。
上目遣いになってにらみつけてくるルーの一言で、渚ちゃんとちひろの態度がさらに激化した。
「ほうー? アドレスを聞かれた? ねえ兄貴、そこんとこ詳しく」
ちひろはドンと拳で机を叩き。
「その場で起こったことを、細大漏らさず教えてください。もし少しでもウソをついたりごまかそうとしたら……」
渚ちゃんはどこからか取り出したメジャーをキリキリと伸ばし始めた。
「待て待て待って、そんなんじゃない、そんなんじゃないからっ」
俺は慌てて、事の次第を説明した。
あまりに突然のことで断れなかったこと。
もらった連絡先は、女子たちによって虚空の彼方へ葬り去られたこと。
「兄貴にその気がなくてもねー……」
ため息混じりのちひろの言葉に、心底というように同意するふたり。
「ふん……まあ、しかたないわね。今回は兄貴の言い分を認めてやるとして、その代わり全力であたしたちのことをもてなして、気分良くさせてよね」
「それは構わんが……」
なにか釈然としないが、3人には恩がある。
衣装作りに賭けた恐ろしいほどのその情熱に、今こそ報いる時だろう。
そう考えた俺は、誠心誠意おもてなしをした。
それぞれが最高のお姫様であるかのように扱った。
その甲斐あってか──
「ん……うん、良かった。正直かなり良かった」
ちひろは頬を染めながら悔しそうに腕組みし。
「こ、これが執事喫茶……。これはたしかに、世の女性たちがハマるのもわかるような……?」
渚ちゃんは自らを抱きしめるようにしながらうつむき。
「はあああー……桃源郷かハライソか、まさに夢幻のような時間であった……」
ルーは最高の料理を食べた後のようにお腹に手を当てると、うっとりと目を閉じた。
「ご満足いただけたようで何よりです。お嬢様」
優雅に一礼したところでその日の営業は終了。
売り上げは当初の予測の、なんと3倍にも上った。
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