第54話「変わってゆく渚ちゃん」
「ああー、渚? そうね、あいつ最近変わったわ」
家に帰ってから渚ちゃんの話をすると、ちひろはそんなの知ってたよとばかりにかったるそうにソファに寝転がった。
「信じられないかもしれないけどね。以前より表情が柔らかくなって、言い方も多少柔らかくなって、クラス内でもそんなに恐がられなくなってるの」
「おおーっ?」
まさかそんなことになっていようとはと、俺は心底驚いた。
男子三日会わざればじゃないけれど、成長してるんだなあ渚ちゃんと。
「他には? 他にはなんかあるの? 渚ちゃんのいいとこもっと聞かせてっ?」
前のめりに食いつく俺に、ちひろはめんどくさそうにひらひら手を振った。
「ああー、まあね。あいつ、もともと成績はいいし、あたしほどじゃないけど運動神経もあるし、まあ見た目も悪くないし? あの空気読めない発言さえなけりゃ、嫌われる理由はないのよね」
「じゃあじゃあ、今やクラス内でもそれなりの立場にいるってこと?」
「んー……まあ、低い立場にはいないけど……」
「すごいな、すごいなあ渚ちゃんはっ」
渚ちゃんの成長を手放しで褒める俺に、しかしちひろはニヤリ、反撃とばかりにいやらしい笑みを浮かべると……。
「でもさー、それはそれで新たな問題が出て来ると思わない? たとえば兄貴以外の男子が渚を好きになっちゃったりとかさあー。そんでそいつが、兄貴よりいい男だったりしたらさあー。ねえ、どうするの兄貴?」
「…………!?」
思ってもみなかった言葉に、俺は息を呑んだ。
「ば、ば、ば、バカ言うなよっ。あの渚ちゃんに限ってそんなこと……っ」
浮気、心変わり。
それは渚ちゃんには最も縁遠い感情のはずなのに……どうしてだろう、胸の鼓動がやたらとうるさい。
「なーんて、焦った? 兄貴、焦った?」
ちひろはパッと表情を明るくすると、俺の肩に手を置いて口元を歪めた。
「冗談よ冗談、あんなめんどくさい女、相手にする奴いないって。いくら顔が良くたって、性格が合わなきゃダメよ。だから兄貴が焦る必要は……って、兄貴? 兄貴?」
ちひろの言葉の後半を、俺はまるで聞いていなかった。
ただただ胸を抑え、口を閉じて押し黙っていた。
~~~現在~~~
「浮気ぃー? 心変わりぃー? 誰がそんなこと考えるんですかーっ」
飲酒による眠りから目覚めた渚ちゃんは、水の入ったグラスを持ち上げながらぷんぷん怒った。
「そんなのを心配するのはですねっ、むしろわたしのほうですっ。先輩じゃなくわたしのっ。いつ飽きられるか捨てられるかって、びくびくしながら過ごしてたのはわたしのほうなんですからっ」
言いたい放題に言うと、渚ちゃんは俺の肩に顎を載せた。
ガチガチと歯を嚙み合わせると、「いぃいぃーっ」と不満そうに口を歪めた。
「ごめんね。でも、それはお互い様だよ。念願かなって最愛の人とつき合えたのはそりゃあ嬉しいんだけどさ、同時にこうも思っちゃうわけだよ。こんなに素晴らしい女の子なんだから、俺以外にも狙ってる奴がいるに違いないって、そしてそいつはもしかしたら俺よりもいい男で、ひょっとしたら俺よりもっと渚ちゃんを幸せにしてくれるんじゃないかって」
「ぶーっ、ぶぶぶーっ。先輩はっ、昔からっ、自己評価が低すぎるんですーっ」
渚ちゃんはぷうと頬を膨らませながら、何度も俺を叱った。
がみがみと、ぎゃあぎゃあと。
鈍器で殴るようなその言葉はたいそう重く、たいそう響いた。
でもそれは、決して嫌な感覚ではなかった。
相手にこうして欲しいと願う。自らの気持ちを素直に打ち明ける。
それは当時の俺たちに、最も欠けていたものであったから。
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