第53話「からかい上手の渚ちゃん」
文化祭まであと1週間。作るべきはジャケットにベスト、ズボンとその他小物。
衣装作りなんてしたことのない俺にとってすらわかるほどに、それは無茶な日程だった。
学校が終わったらすぐに全員揃って下校し、ルーの部屋で作業を行う。
各自の門限に間に合うよう帰宅してからも、持ち帰りの作業は続く。
わからないところがあれば、そのつどルーに電話して教えてもらう。
もちろん学生だから勉強を怠るわけにはいかない。
渚ちゃんには風紀委員としての活動もあるし、ちひろには運動部の助っ人がある。
期間も最後の方になると、みんなの表情には疲労の色が濃くなった。
同じクラスのちひろによると、あの渚ちゃんですらが授業中にうとうとするほどだという(ちひろは余裕で寝ているので、あくまで伝聞だが)。
俺の役目はお茶を淹れることと時々試着をすること以外は、ただみんなを見守るだけ。
強制されたこととはいえ、驚くほどの役立たず。
などと言ってもいられないので、俺は俺なりに努力することにした。
要は発想の問題だ。
衣装作りに参加できないなら、それ以外の部分で役に立てればいいのだ。
そこで考えたのは、執事としての動きをマスターすることだ。
ネットに流れている動画などで執事の動きを学習し、本物の執事喫茶に客として乗り込んでコツを聞いたりすることで、誰に見せても恥ずかしくないような完璧な執事になろうと考えた。
練習相手は当然みんな。
紳士然とした笑みを浮かべながら声をかけ、制服の上着を預り、膝にナプキンをかけてあげて、速やかに水をサーブ。
抜群のタイミングでお菓子を提供、紅茶を淹れる時はなるべく高い位置から。
作業の補助も行った。
材料が切れたら材料を手渡し、糸くずひとつすら残らないよう片付けて。
これがけっこう好評だった。
みんなの顔が喜びに染まり、作業効率が格段にアップした。
「なんか最近、自信がついてきたよ。俺、立派な執事になれるかも」
ルーの家からの帰り道、渚ちゃんと肩を並べて歩きながら、俺はしみじみと言った。
「相手が今なにを求めているのかとかさ、そうゆーのがわかるようになってきた気がするんだ。んで実際にそれをやってみると、相手もすんごい喜んでくれてさ」
「たしかに先輩の接客は、今や接遇のレベルに達しているようですね」
渚ちゃんによるならば、接客はただ単純に必要なサービスをお客さんに提供すること。
接遇はそれに加えてお客さんに特別感を感じさせることなのだそうだ。
「でも、本当にシンプルな理由を言うならば、みなさんが喜んでくれているのは、それが先輩だからでもあるんですよ」
「え? そんなの関係ある? 普通にイケメン執事が相手だったりするほうがよくない? 俺相手って逆にマイナスポイントじゃない?」
「先輩は本当にいつもいつも……もう、わかってらっしゃらないみたいなのでいいです」
渚ちゃんはぷいとそっぽを向いた。
「本当に鈍感なんだから……。そんなだから
ぼそぼそ、ぼそぼそ。
不満げに何事かをつぶやいている。
ありゃ、怒らせちゃったのかな?
それとも単純に疲れてて機嫌が悪いとか?
「渚ちゃん怒った? 俺、なんかまずいこと言っちゃった?」
「別に、怒ってなんかないですよ」
焦った俺の様子を、渚ちゃんはくすくすと笑った。
「ただちょっと、からかってみただけです」
「……っ」
後ろで両手を組んで、ぱっと表情を明るくして。
屈託のない笑顔があまりにも可愛すぎて、俺は一瞬みとれてしまった。
「どうしました? 先輩」
「いや、その……なんでも……」
俺は口元を押さえながら、慌ててそっぽを向いた。
いかんいかん、可愛さのあまり道端で絶叫しそうになってしまった。
こんなところで叫んだら、それこそ渚ちゃんにめっちゃ怒られる。
うおーしかし。
最近、渚ちゃんがめっきり可愛くなったような気がする。
もともとの可愛さにさらに磨きがかかったというか、不意に見せる笑顔の破壊力がマジヤバいというか。
ぷんぷんしたり冗談を言ってみたりと表情にもバリエーションが増えて、俺の心臓はいつもバクバク爆発寸前だ。
一生に打つ心臓の鼓動の数には限界があるそうだから、俺は絶対早死にするだろう。死因は渚死。
「先輩? なんでそっちを見るんですか?」
「なんでもない、なんでもないよ」
赤くなった姿を見られないよう、必死で顔をそらす俺。
「なんでもないことないでしょう。何かこっちを見られないような理由が?」
やがて俺がそっぽを向いている理由に気づいたのだろう、渚ちゃんは途中から明らかにからかうようなそぶりをして見せた。
素早いフットワークで俺の前に回り込んだり、驚くほど速いフェイントを入れて幻惑して逆を突いたり。
普通の女の子のするようなからかいとは違うけれど、実に渚ちゃんらしい動きで。
俺は前を取られないよう必死に逃げ回りながら……やがて自分たちのしていることのバカっぽさに気づいて、たまらず噴き出した。
それはただちに渚ちゃんに伝染し、俺たちはふたり、その場にうずくまって笑い出した。
とある秋の日、真っ赤な夕陽を浴びながら、そんなことをしていたんだ。
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